2代 佐々木 嘉太郎(ささき かたろう、前名・嘉造、1879… 2代 佐々木 嘉太郎(ささき かたろう、前名・嘉造、1879年〈明治12年〉5月27日 - 1961年〈昭和36年〉10月21日)は、日本の商人(呉服商)、青森県多額納税者、政治家(貴族院多額納税者議員)、実業家、銀行家。青森銀行頭取。津軽鉄道顧問。「布嘉」佐々木家3代目。 青森県北津軽郡五所川原村(五所川原町を経て現五所川原市)に生まれる。佐々木眞平の長男。初代・佐々木嘉太郎の孫。早逝した2代目の跡を継ぐ。呉服商を営む。1915年(大正4年)、五所川原町会議員に当選。 1918年(大正7年)には青森銀行頭取を兼ねて佐々木銀行を設立した。呉服屋稼業から金融業へと「布嘉」の看板を掛けかえた。ほか、陸奥鉄道社長、津軽鉄道取締役などを歴任した。
初代佐々木 嘉太郎(ささき かたろう、旧姓・中村、1841年… 初代佐々木 嘉太郎(ささき かたろう、旧姓・中村、1841年8月1日〈天保12年6月15日〉 - 1914年〈大正3年〉12月3日)は、日本の商人(呉服商)、実業家、政治家(貴族院多額納税者議員)、青森県の大地主、青森県多額納税者。五所川原銀行頭取。族籍は青森県平民。勲四等。 陸奥国津軽郡金木村(現青森県五所川原市)の農家に生まれた。中村半治郎の長男。12歳のときに五所川原の呉服商に丁稚奉公。佐々木喜太郎の養子となった。1867年に分家し、一家を創立した。分家した嘉太郎が木綿と雑貨を扱うことにした店の屋号は「又古」だった。 1889年以降、北津軽郡会議員、県税調査委員等を務めた。1895年、津軽鉄道の設立に参画した。
佐々木 喜太郎(ささき きたろう、1836年2月17日〈天保… 佐々木 喜太郎(ささき きたろう、1836年2月17日〈天保7年1月1日〉 - 1890年〈明治23年〉)は、日本の商人、実業家、青森県北津軽郡五所川原村の素封家。族籍は青森県平民。 五所川原生まれ。代々「布屋三之助」を名乗り、屋号を「布三」としたが、喜太郎の代に佐々木姓を名乗る。幼名を覚太郎と呼び、後喜太郎に改めた。父の代より酒造を業としたが、慶応当時に於ては田地僅に2町歩位を所有するに過ぎなかった。 酒造業を営み、米穀取引、小国(外が浜町蟹田)・今泉の鉄山経営などを手掛ける。土地投資にも乗り出す。直接国税総納額は、1890年出版の『帝国議会議員選挙者名鑑』によると「2262円2銭」である。住所は青森県北津軽郡五所川原村(現五所川原市)。
津島 惣助(つしま そうすけ、1835年5月12日〈天保6年… 津島 惣助(つしま そうすけ、1835年5月12日〈天保6年4月15日〉 - 1905年〈明治38年〉5月5日)は、日本の商人(呉服太物商兼雑貨商)、青森県多額納税者、青森県の大地主、政治家。旧姓・山中。前名・勇之助。族籍は青森県平民。 青森県北津軽郡嘉瀬村(現・五所川原市)出身。大百姓・山中久五郎の次男として生まれ、1859年に数え25歳で津島家の婿養子となった。1867年に二代目「惣助」が他界し、家督を相続して三代目「惣助」を襲名した。農業のかたわら商業を営む。灯油、反物販売及び金貸業を副業とする兼業農家となる。 1894年、北津軽郡会議員の大地主互選議員に当選、1895年、北津軽郡所得税調査委員選挙に当選。