北谷 稔行(きたや のりゆき、1980年10月10日 - )… 北谷 稔行(きたや のりゆき、1980年10月10日 - )は、青森県出身の元バスケットボール選手、指導者、実業家である。。 青森県鶴田町出身。鶴田中学校、弘前実業高校から拓殖大学に進学し、1999年の全日本大学選手権(インカレ)で準優勝を経験した。大学卒業後は地元に戻り、青森県国民健康保険団体連合会に勤務しながら競技を続け、国民体育大会の青森県代表チームに13年連続で選出されたほか、2017年には3x3日本選手権大会にも出場、3位に入賞した。2018年2月27日、佐藤信長の後任としてBリーグ2部(B2)所属の青森ワッツのヘッドコーチに就任した。プロ、アマ通じてチームの指揮を執るのは自身初めてである。
栃翼 祐一(とちつばさ ゆういち、1980年10月3日 - … 栃翼 祐一(とちつばさ ゆういち、1980年10月3日 - )は、青森県北津軽郡鶴田町出身で春日野部屋に所属していた元大相撲力士。本名は加賀谷 祐一(かがや ゆういち)、身長167cm、体重99.8kg。最高位は東幕下4枚目(2012年1月場所)。 青森県立木造高等学校から法政大学経営学部に進学。高校の先輩舞の海から「小さくても成長する」と言われ、入門を決意し、郷里の教員採用試験に不合格となったこともあり、第二新弟子検査を受験、合格を果たした。 2003年3月に前相撲でデビューし、翌5月には全勝で序ノ口優勝、7月では全勝で序二段優勝と順調に昇進したが、その後、三段目は5場所で通過し、2004年7月には初の幕下で2勝5敗と負け越した。
棟方 公寿(むなかた こうじゅ、1967年1月10日 - )… 棟方 公寿(むなかた こうじゅ、1967年1月10日 - )は、青森県出身のバスケットボール選手・指導者である。現役時代のポジションはガード。 鶴田町生まれ。弘前実業高校から拓殖大学を経て、1989年に日本鉱業(後のジャパンエナジー、現・JX金属)に入社しバスケットボール部に所属。 1993年、オールジャパン優勝に貢献。 1998年、ジャパンエナジー休部に伴い、トヨタ自動車ペイサーズ(現アルバルク)に移籍。主将も務め、スーパーリーグ2001-02優勝に貢献。 2005年、選手兼任アシスタントコーチに就任。 2度の年間ベスト5賞など個人タイトルも獲得し、スーパーリーグ2005-06優勝を花道に引退。
藤田 健次(ふじた けんじ 1939年-)は、青森県鶴田町出… 藤田 健次(ふじた けんじ 1939年-)は、青森県鶴田町出身の版画家、漫画家、エッセイスト。現代童画会会員。青森県八戸市在住。 公務員生活の合間をぬって版画家、漫画家、エッセイストとして作品を制作する。著書「看護婦のオヤジがんばる」シリーズは同名映画化され、昭和55年度文化庁優秀映画賞受賞。 1939年、青森県鶴田町生まれ。1958年、青森県立五所川原高等学校卒業。青森民友の新聞記者を経て公共職業安定所に勤務。 1999年、八戸公共職業安定所所長を最後に公務員生活を終了。 この間に版画家、漫画家、エッセイストとして活躍し、また1974年、朝日新聞に投書し、看護婦の労働条件の向上をめざして「看護婦のオヤジの会」提唱。