スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
佐々木 健(ささき たける、1996年5月13日 - )は、… 佐々木 健(ささき たける、1996年5月13日 - )は、青森県西津軽郡木造町(現:つがる市)出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 つがる市立瑞穂小学校在学中の5年生の時に野球を始め、つがる市立木造中学校在学時には軟式野球部に所属していた。 青森県立木造高等学校では投手兼外野手として2年生から出場。最高成績は県大会ベスト16で、甲子園出場経験はない。 富士大学時代は、4年次にエースとして活躍。北東北大学野球連盟秋季リーグではベストナインに選出され、大学野球日本代表候補メンバーにも選出された。 大学卒業後はNTT東日本に所属し、1年目ながら先発に抜擢されると、都市対抗野球大会や日本選手権大会でも起用された。
寶智山 幸観(ほうちやま こうかん、1982年1月18日 -… 寶智山 幸観(ほうちやま こうかん、1982年1月18日 - )は、青森県弘前市出身で境川部屋(入門時は中立部屋)所属の元大相撲力士。本名は棟方幸観(むなかた ゆきみ)。身長188cm、体重155kg、血液型はO型。得意手は突き、右四つ、寄り。最高位は西前頭14枚目(2006年9月場所、2007年5月場所)。現在は年寄・君ヶ濱。なお、「寶」という文字は常用漢字外であるため新聞・雑誌などでは宝智山(のちの四股名の時は宝千山)と表記されることが多い。関取として在位した場所はすべて寶智山の四股名で在位。
栃翼 祐一(とちつばさ ゆういち、1980年10月3日 - … 栃翼 祐一(とちつばさ ゆういち、1980年10月3日 - )は、青森県北津軽郡鶴田町出身で春日野部屋に所属していた元大相撲力士。本名は加賀谷 祐一(かがや ゆういち)、身長167cm、体重99.8kg。最高位は東幕下4枚目(2012年1月場所)。 青森県立木造高等学校から法政大学経営学部に進学。高校の先輩舞の海から「小さくても成長する」と言われ、入門を決意し、郷里の教員採用試験に不合格となったこともあり、第二新弟子検査を受験、合格を果たした。 2003年3月に前相撲でデビューし、翌5月には全勝で序ノ口優勝、7月では全勝で序二段優勝と順調に昇進したが、その後、三段目は5場所で通過し、2004年7月には初の幕下で2勝5敗と負け越した。
宮本 裕大(みやもと ゆうだい、1980年7月22日 - )… 宮本 裕大(みやもと ゆうだい、1980年7月22日 - )は、日本の陸上競技選手。青森県つがる市出身。Japan Ultra Multieventsの代表。国内で初となるウルトラ混成陸上競技である二十種競技、十四種競技の大会を開催した。 青森県立木造高等学校在学時代は走り高跳び選手として、1998年のかながわ・ゆめ国体に出場し、6位の成績を残す。その後は国際武道大学体育学部に進学するが成績は振るわず、卒業後は社会人として日本国内初となる二十種競技、十四種競技の大会を企画・開催する。自身の運営するホームページで出場者やスポンサーを募り、地元の青森で開催して多くのメディアに取り上げられる。2006年より国際武道大学の陸上競技部のコーチとなり、2006年、2008年、2014年と二十種競技の大会を開催した。
舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい、1968年2月17日 … 舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい、1968年2月17日 - )は、日本のスポーツキャスター、タレント、NHK大相撲解説者、出羽海部屋所属の元大相撲力士。現在は境川部屋の師範代もつとめている。有限会社舞の海カンパニー(本人の個人事務所)所属。本名は長尾 秀平(ながお しゅうへい)、愛称はまいちゃん、シュウヘイ。現在の体格は身長169cm、体重85kg。血液型B型、左利き。
小島 和恵(こじま かずえ、1965年12月12日 - )は… 小島 和恵(こじま かずえ、1965年12月12日 - )は、青森県つがる市出身の日本の元陸上競技選手。1989年に女子マラソンの日本最高記録(当時)を樹立したが、同年で現役を引退した。 高校入学以前から、吹雪に閉じ込められた校舎で廊下を走っていたという。稲垣村立稲垣中学校 卒業後、青森県立木造高等学校に進学し、長谷川穂と長谷川宇民の指導を受ける。高校3年生の時には青森県高校総体の800mで優勝。「1000m以上の練習は大嫌い」だったため、800mにこだわっていた。木造高校在籍時代の1983年には、『陸奥湾一周駅伝競走大会』(青森県民駅伝競走大会の前身)の第1回大会に、稲垣村代表の女子選手として参加した。
毛内 浩靖(もうない ひろやす、1964年8月2日 - )は… 毛内 浩靖(もうない ひろやす、1964年8月2日 - )は、日本の漫画家。後にペンネームを百丸に変更。 青森県出身。青森県立木造高等学校卒業。 1984年、『増刊少年サンデー』(小学館)掲載の『MOMOKO』でデビュー。代表作は『カンニンGOOD』など。 漫画家になろうとしたきっかけは、水島新司の漫画作品『ドカベン』を読んだことから。 東京ヤクルトスワローズのファンである他、自身の作品にも野球漫画や野球の描写を投入した作品も多い。口癖は「金くれ~」で、『カンニンGOOD』の登場人物・金内金暮が生まれたきっかけにもなっている。 画力・物語の構成力ともに高く、「コロコロNo.1ストーリーテラー」と評されている。
青山 良平(あおやま りょうへい、1952年10月23日 -… 青山 良平(あおやま りょうへい、1952年10月23日 - )は、青森放送(RAB)のパーソナリティ兼ディレクター。青森県つがる市出身。青森県立木造高等学校卒。愛称は(後輩の青山英次がいるため)良平、良平さん、良ちゃん良平ちゃん。 『津軽弁の日』メンバーの一人であり、開催される10月23日(高木恭造の命日)は奇しくも青山自身の誕生日のため、祝福されている。 岩手県盛岡市に住んでいた頃にたまたまデンコードーにてレコードを見ていたところ、伊奈かっぺいの「消ゴムで書いた落書き」のレコードを見かけて購入し、そのレコードを聞いて衝撃を受ける。なお、青山は当時、伊奈かっぺいのことは全く知らなかった。 その後、青森へ戻り様々な仕事を経て、田中耕一の店で飲んでいたところ田中より「良平おめ、面白ぇなぁ、俺のラジオさ出るが?」と誘われ、ラジオ番組に出演。
田中 英壽(田中 英寿、たなか ひでとし、1946年〈昭和2… 田中 英壽(田中 英寿、たなか ひでとし、1946年〈昭和21年〉12月6日 - 2024年〈令和6年〉1月13日)は、学校法人日本大学第12代理事長、日本オリンピック委員会(JOC)元副会長。 青森県北津軽郡金木町(現在の五所川原市金木町)で農家の三男として生まれた。青森県立木造高等学校を経て1965年、日本大学経済学部に入学。日大紛争では、体育会系学生として日大全学共闘会議議長・秋田明大と対峙している。1969年、日本大学経済学部経済学科を卒業し、日本大学農獣医学部体育助手兼相撲部コーチに就任。1999年学校法人日本大学理事、2000年日本大学保健体育事務局長、2001年日本大学校友会本部事務局長、2002年学校法人日本大学常務理事、2005年日本大学校友会会長、2008年から2021年まで学校法人日本大学理事長などを歴任した。
盛 貢(もり みつぐ、1932年(昭和7年)12月9日 - … 盛 貢(もり みつぐ、1932年(昭和7年)12月9日 - 2026年(令和8年)2月20日)は、日本の政治家。元青森県西津軽郡木造町長(5期)。 青森県西津軽郡木造町(現・つがる市)出身。青森県立木造高等学校卒。柴田村(のち木造町、現・つがる市)農業協同組合専務理事、木造町議会議員、同町農業協同組合組合長理事を経て、1983年(昭和58年)木造町長に就任。5期務める。2003年(平成5年)に退任。同年、岩木川左岸地区土地改良事業促進協議会会長となる。このほか、木造町出身の横綱旭富士の後援会長を務めた。 2004年4月の春の叙勲で旭日小綬章を受章する。 2026年2月20日、老衰のためつがる市内の福祉施設で死去した。
藤田 博保(ふじた ひろやす、1924年5月21日 - 20… 藤田 博保(ふじた ひろやす、1924年5月21日 - 2007年9月6日)は、日本の児童文学者。 青森県西津軽郡水元村妙堂崎(現北津軽郡鶴田町)出身。木造中学校卒。1948年から尾上町立尾上中学校(現平川市立尾上中学校)に数学教員として採用、その後弘前市立第一中学校、弘前市立新和中学校、弘前市立石川中学校、弘前市立第四中学校に赴任。小説「十六才」で1966年度家の光協会地上文学賞、「嫁の位置」で1973年度同文学賞を再度受賞。「甚平とシャモ」が1975年度講談社児童文学新人賞佳作となり、翌年『情っぱりとシャモ』と改題して刊行し児童文学作家としてデビューし、多くの著作をなした。
升田 世喜男 は、日本の政治家。