石橋 学(いしばし まなぶ、1992年11月30日 - )は… 石橋 学(いしばし まなぶ、1992年11月30日 - )は、日本の自転車競技(ロードレース)選手。 青森県南部町出身。 2014年、全日本選手権個人タイムトライアル男子U23で優勝。青森山田高等学校を卒業。2013年、鹿屋体育大学在学中にチームNIPPO-デローザに所属。2015年、チームがプロコンチネンタルチームに昇格しNIPPO・ヴィーニファンティーニとなった際にもメンバーに残り、5月にはジロ・デ・イタリアの出場メンバーに選出された。(日本人最年少での出場)
根市 寛貴(ねいち ひろたか、1982年10月21日 - )… 根市 寛貴(ねいち ひろたか、1982年10月21日 - )は、青森県出身の元プロ野球選手(投手)。 高校2年夏の県大会決勝で先発したが2回を投げて降板し、敗退。秋の東北大会では初戦で完封、準々決勝では後藤伸也-渡辺雅弘のバッテリーを擁した東北高と対戦して救援登板したが延長11回サヨナラ負け。3年時の2000年、夏の甲子園に出場。大会最速の146km/hを記録した。2回戦10-8丹原高、3回戦4-3九州学院、準々決勝戦2-1樟南高戦では先発して青野毅と投げ合うと完投勝利で勝ち進み、青森県勢として1969年三沢高校以来のベスト4に進出。準決勝で、優勝した智弁和歌山高に5-7と敗退、惜しくも決勝戦進出はならなかった。
坂本 勉(さかもと つとむ、1962年8月3日 - )は、日… 坂本 勉(さかもと つとむ、1962年8月3日 - )は、日本の元競輪選手・元自転車競技選手。現在の青森県三戸郡南部町出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第57期卒業。日本競輪選手会青森支部所属。師匠は実兄の坂本典男。初出走は1986年5月10日の青森競輪場で初勝利も同日。血液型はO型。 同県所属94期生坂本貴史は長男、100期生坂本周輝は次男、117期生坂本紘規は四男。三男は高校で自転車競技部の顧問をしている。同県所属91期生坂本昌宏・105期生坂本周作は甥(典男の子息)。周作と同期の磯島康祐も勉の甥に当たり自身が師匠。 学生時代から自転車競技を始め、青森県立三戸高等学校を経て日本大学に進学し、在学中に出場した1984年のロサンゼルスオリンピックでは、自転車競技の1000mタイムトライアルで出場権を掴んだが、共産圏諸国のボイコットのため追加で出場権を得たスプリント種目において、敗者復活戦から勝ち上がり、3位決定戦でフィリップ・ヴェルネを下して銅メダルを獲得。
坂本 典男(さかもと のりお、1959年5月20日 - )は… 坂本 典男(さかもと のりお、1959年5月20日 - )は、青森県三戸郡南部町出身の元競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第51期生。 坂本勉(57期)は実弟であり、当人が師匠を務めた。また、坂本昌宏(91期)と坂本周作(105期)は実子、坂本貴史(94期)、坂本周輝(100期)、坂本紘規(117期)は甥(ともに勉の実子)にあたる。 青森県立三戸高等学校を経て日本大学へと進む。同大学在籍時代には、1979年の全日本大学対抗選手権自転車競技大会(インターカレッジ)・1kmタイムトライアルで優勝、1980年の全日本アマチュア自転車競技選手権大会では、スクラッチレース(現在はスプリントに名称変更)で優勝し、同年開催のモスクワオリンピック日本代表選手に選出されたが、同年5月24日、日本オリンピック委員会(JOC)が同大会の不参加を決定したことから、オリンピック出場は幻となってしまった。
赤石 清美(あかいし きよみ、1948年4月12日 - 20… 赤石 清美(あかいし きよみ、1948年4月12日 - 2025年11月24日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。厚生労働大臣政務官を務めた。 1967年(昭和42年)、青森県立八戸工業高等学校を卒業。1970年(昭和45年)、京浜学園衛生技術学科を卒業。その後臨床検査技師として活動。 2010年(平成22年)、第22回参議院議員通常選挙に比例区から自由民主党公認で立候補し初当選した。医療技術者団体協議会を支持団体とする。 2013年(平成25年)、第2次安倍内閣で厚生労働大臣政務官に就任(2014年9月、退任)。改選となる2016年の第24回参議院議員通常選挙には立候補しなかった。