皆川 嘉博(みながわ よしひろ、1968年 - )は、日本の… 皆川 嘉博(みながわ よしひろ、1968年 - )は、日本の彫刻家、美術教育学者、秋田公立美術大学教授。専門は、彫塑表現研究、テラコッタ(素焼彫刻)の表現研究。 1968年(昭和43年)秋田県平鹿郡十文字町(現・横手市)生まれ、1987年3月に秋田県立横手高等学校普通科を卒業、東京芸術大学に入学し、1993年3月には同大学の美術学部彫刻科を卒業した。1995年3月、同大学の大学院院美術研究科彫刻研究領域を修了し、1998年3月、同研究科の博士後期課程美術専攻彫刻研究領域を満期退学した。 1995年4月から東京芸術大学美術学部彫刻科のティーチング・アシスタント(指導助手)を務め、同時に学校法人河合塾美術研究所彫刻科の講師を、1999年4月からは同研究所の主任講師を務めた。
柴田 育秀(しばた いくひで、1962年 - )は、日本の構… 柴田 育秀(しばた いくひで、1962年 - )は、日本の構造家。オーヴ・アラップ・アンド・パートナーズ・ジャパン リミテッド所属(2020年現在)。 秋田県横手市出身。1986年に茨城大学工学部建設工学科を卒業後、株式会社類設計室に入社。1996年にアラップ(Arup)入社、2020年現在、オーヴ・アラップ・アンド・パートナーズ・ジャパン リミテッドのダイレクター、ビルディングエンジニアリングチームリーダー。 2015年現在、自身が関わってきた最小のプロジェクトが「Ribbon Chapel」(広さ72m2)、最大が台湾タワー(高さ300mで建設予定)だという。 2011年から慶應義塾大学大学院非常勤もしている。
泉谷 閑示(いずみや かんじ、1962年 - )は、日本の医… 泉谷 閑示(いずみや かんじ、1962年 - )は、日本の医学者、精神科医。専門は精神療法。音楽家、評論家でもある。 1962年に秋田県平鹿郡十文字町(現・横手市)に生まれる。東北大学医学部卒業。精神科医。大学時代に音楽理論や作曲法の個人教授を受ける。東京医科歯科大学医学部附属病院、財団法人神経研究所附属晴和病院等に勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。同時に、パリ日本人学校教育相談員を務めた。帰国後、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法を専門とする泉谷クリニック(東京・広尾)院長。また、舞台演出や作曲家としての活動も行っており、「横手市民歌」等の作品がある 。
柿﨑 明二(かきざき めいじ、1961年〈昭和36年〉8月2… 柿﨑 明二(かきざき めいじ、1961年〈昭和36年〉8月2日 - )は、日本のジャーナリスト、帝京大学法学部教授。 元内閣総理大臣補佐官(菅義偉内閣)、共同通信社論説副委員長、編集委員。 秋田県平鹿郡平鹿町(現・横手市)生まれ。秋田県立横手高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。1984年、毎日新聞社に入社し、1988年に退社して共同通信社に入社。1993年から東京本社政治部に勤務し、2011年より編集局編集委員。2013年からは論説委員を兼任し、2018年に編集委員を外れる。2019年から編集局論説副委員長。この間、独立行政法人評価委員会臨時委員や法政大学法学部兼任講師も務めた。2020年9月16日付で総務局付に異動し、9月30日付で退社。
泉 宏之(いずみ ひろゆき、1960年 - )は日本の会計学… 泉 宏之(いずみ ひろゆき、1960年 - )は日本の会計学者。横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授。日本簿記学会会長。日本簿記学会学会賞受賞。 秋田県横手市生まれ。秋田県立秋田高等学校を経て、1984年横浜国立大学経営学部会計学科卒業。1987年横浜国立大学大学院経営学研究科修士課程修了。1990年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。同年横浜国立大学経営学部専任講師。1991年横浜国立大学経営学部助教授。2004年横浜国立大学経営学部教授。 横浜国立大学大学院大学院国際社会科学研究院国際社会科学部門教授を経て、国際社会科学研究院長を務め、2018年には横浜国立大学法科大学院統括として、長谷部勇一学長や、大門正克副学長、荒木一郎教授とともに会見を開き、首都圏の国立大学では初めてとなる法科大学院の募集停止を発表した。
佐藤克廣(さとう かつひろ、1954年3月1日 - )は、日… 佐藤克廣(さとう かつひろ、1954年3月1日 - )は、日本の行政学者。北海学園大学教授を歴任。「佐藤克広」とも表記される。 秋田県平鹿郡醍醐村(現・横手市)出身。秋田県立横手高等学校卒業。1976年中央大学法学部卒業。1978年中央大学大学院法学研究科修士課程修了。1979年財団法人行政管理研究センター研究員。1981年中央大学大学院法学研究科行政学専攻後期課程単位取得満期退学。1981年北海学園大学法学部専任講師。1986年北海学園大学法学部助教授。1994年北海学園大学法学部教授・大学院法学研究科教授。2003年放送大学大学院文化科学研究科客員教授(~2004年)。2015年より2018年まで北海学園大学大学院法学研究科長。
佐藤 登(さとう のぼる、1953年 - )は、日本の工学者… 佐藤 登(さとう のぼる、1953年 - )は、日本の工学者。名古屋大学未来社会創造機構客員教授、エスペック上席顧問、イリソ電子工業社外取締役。前サムスンSDI株式会社 Vice President(常務役員)、元株式会社本田技術研究所 チーフエンジニア、元秋田県教育視学監。 秋田県横手市(旧平鹿郡十文字町)出身。1972年、秋田県立横手高等学校卒業。1978年、横浜国立大学大学院工学研究科電気化学専攻修士課程を修了、本田技研工業株式会社に入社。社内研究成果により1988年、東京大学で工学博士の学位を取得。1991年、か株式会社本田技術研究所・和光基礎技術研究センターに車載電池研究開発機能を創設、1992年、同社チーフエンジニア、1997年度には名古屋大学非常勤講師を併任。
小松 郁夫(こまつ いくお、1947年4月15日 - )は、… 小松 郁夫(こまつ いくお、1947年4月15日 - )は、日本の教育学者。流通経済大学教授。文部科学省初等中等教育局視学委員。国立教育政策研究所、名誉所員。専門は学校経営学、比較教育学、教育行政学。 1947年に秋田県横手市で生まれる。東京教育大学大学院博士課程教育学専攻を単位取得退学後、東京電機大学理工学部講師・助教授などを経て、1993年に国立教育研究所教育経営研究部学校経営研究室長となる。その後、同研究所の教育経営研究部長を務める。同研究所が2001年の中央省庁再編に伴い国立教育政策研究所となった後は、高等教育研究部長、教育政策・評価研究部長を歴任し、初等中等教育研究部長を併任した。後に玉川大学教職大学院教授となり、その後、常葉大学教授を経て、2015年4月から流通経済大学教授。
佐々木 馨(ささき かおる、1946年4月23日 - )は、… 佐々木 馨(ささき かおる、1946年4月23日 - )は、日本史学者。北海道教育大学名誉教授。元北海道教育大学函館校教授。専攻は日本中世仏教史、日本中世思想史。 秋田県横手市生まれ。1969年秋田大学教育学部卒業。1975年北海道大学大学院文学研究科博士課程日本史学専攻中退。北海道大学文学部助手(日本史学講座)。1977年北海道教育大学専任講師、1979年助教授、1989年教授。1997年北海道教育大学評議員(2000年まで)。1999年「中世仏教と鎌倉幕府」で文学博士(北海道大学)。2000年北海道教育大学付属函館小学校長(2004年まで)。2005年青森県史編集専門委員(中世部会長)。2006年北海道教育大学付属函館図書館長(2010年まで)。
高橋 実(たかはし みのる、1946年 - )は、日本史学・… 高橋 実(たかはし みのる、1946年 - )は、日本史学・史料学者、国文学研究資料館・総合研究大学院大学名誉教授。 秋田県横手市生まれ。1969年茨城大学教育学部卒業。茨城県立歴史館研究員、79年作新学院大学経営学部教授。2001年「幕末維新期農村社会史の研究」で中央大学博士(史学)。2003年国文学研究資料館史料館教授、04年同アーカイブズ研究系教授、研究主幹。2010年日本アーカイブズ学会会長。
土田 武史(つちだ たけし、1943年4月3日 - )は、日… 土田 武史(つちだ たけし、1943年4月3日 - )は、日本の商学者。学位は、商学博士。早稲田大学商学部教授。秋田県横手市出身。
笹山 隆生(ささやま たかお、1937年(昭和12年) - … 笹山 隆生(ささやま たかお、1937年(昭和12年) - 1996年(平成8年))は、日立製作所の元主任研究員、工学博士。 秋田県横手市出身。横手美入野高校(現秋田県立横手高等学校)卒業、1963年慶應義塾大学工学部卒業後、日立製作所日立研究所入社。同所主任研究員、日立アメリカ・リミテッド研究開発副社長、同社自動車機器事業部副技師長を経る。IEEEおよびSAEフェロー。電気学会センサシステム応用技術委員会、「自動車センサ関連調査専門委員会)委員長などを歴任。 1984年、慶応義塾大学工学博士 論文の題は「トランジスタの二次降伏耐量の研究とその自動車用電子装置への適用 」。
須々木 主一(すすき しゅいち、1932年〈昭和7年〉4月1… 須々木 主一(すすき しゅいち、1932年〈昭和7年〉4月19日 - 2014年〈平成26年〉10月20日)は、日本の法学者。専門は刑事法、主に刑事政策。早稲田大学名誉教授。齊藤金作門下。秋田県横手市出身。 1932年、秋田県横手市の日本基督教団関係者の家に生まれる。東京都立武蔵高等学校を経て、1955年に早稲田大学第一法学部を卒業。そのまま、早稲田大学大学院法学研究科修士課程・博士課程へと進み、在学中、齊藤金作に師事する。1958年に早稲田大学比較法学研究所助手、1961年に早稲田大学法学部専任講師に嘱任すると、その後1964年に同大同学部助教授、1969年に同大同学部教授に嘱任する。 師である齊藤金作より、刑事政策の研究を勧められ、独学で刑事政策を学ぶ。
平田 冨太郎(ひらた とみたろう、1908年5月22日 - … 平田 冨太郎(ひらた とみたろう、1908年5月22日 - 1995年3月20日)は、日本の社会学者。早稲田大学名誉教授。 秋田県横手市に生まれる。横手中学校(現・秋田県立横手高等学校)卒、早稲田第二高等学院卒、1931年早稲田大学政治経済学部卒。 1936年同助手、1938年講師、1941年助教授、1945年教授、1954-56年社会政策学会代表幹事、1964-66年社会政策学会代表幹事、1969-72年附属図書館長、1979年定年退任、名誉教授、日本社会事業大学学長・教授、86-92年日本生産性本部会長、91年退任、名誉教授、1955年「社会政策論研究 社会政策と資本主義との関連を中心として」で、経済学博士(慶應義塾大学)の学位を取得。
工藤 祐舜(くどう ゆうしゅん、1887年(明治20年)3月… 工藤 祐舜(くどう ゆうしゅん、1887年(明治20年)3月26日 - 1932年(昭和7年)1月8日)は、日本の植物学者。現在の秋田県平鹿郡増田町(現横手市)縫殿生まれ。植物分類学の泰斗として知られる。 父祐哲は浄土真宗の寺院通覚寺の19世住職であり、祐舜は長男であったが、のちに弟祐信を養子として寺を継がせている。 1901年(明治34年)秋田県立第三中学校(現秋田県立横手高等学校)に入学、植物好きの教師宮沢運治に傾倒し、宮沢もまた工藤を殊の外かわいがって植物採集に連れまわし、あたかも助手のような扱いであったという。中学時代、すでに海外の植物園や博物館などと標本交換をおこない、学名不明の植物を札幌農学校の宮部金吾に送ったことで2人の文通が始まった。