玉ノ国 光国(たまのくに みつくに、1975年12月28日 … 玉ノ国 光国(たまのくに みつくに、1975年12月28日 ‐ )は、福島県西白河郡泉崎村出身(出生地は秋田県湯沢市(旧雄勝郡雄勝町))で片男波部屋に所属していた元大相撲力士。本名は、岡部 光国(おかべ みつくに)。得意手は突き、左四つ、寄り。あだ名は本名に由来する"黄門様"。最高位は東十両7枚目(2001年3月場所)。 後述の通り、現役後期は玉光国 喜太郎(たまみつくに きたろう)の四股名を名乗り土俵に上がっていたが、十両在位時は全て玉ノ国の四股名で通した。 元プロボクサー・タートル岡部の長男で、元関脇玉乃島の兄である。また、元大関清國の甥で、落語家林家希林は従弟にあたる。 自身の出生地は秋田県、育ちは東京都文京区であるが、日本相撲協会へは父親の故郷である福島県を出身地として届け出た。
清國 勝雄(きよくに かつお、1941年11月20日 - )… 清國 勝雄(きよくに かつお、1941年11月20日 - )は、秋田県雄勝郡雄勝町(現・湯沢市)出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は荒磯部屋)に所属した元大相撲力士。本名は佐藤 忠雄(さとう ただお)。最高位は東大関。現役時代の体格は182cm、133kg。得意手は左四つ、寄り、押し。 元十両・玉ノ国、元関脇・玉乃島の兄弟は甥。二男の嘉由生は林家木久扇門下の落語家、林家希林。 現夫人は国宝犬山城12代目城主平岩親吉の末裔。 中学3年時に同郷の元横綱・照國の荒磯部屋から熱心に勧誘され、夏休み中の体験入門だけのつもりで上京したが両親の同意や住民票の移転など根回しされたことで観念して入門を正式決定。1956年9月場所初土俵。
白龍山 慶祐(はくりゅうやま よしひろ、1926年3月10日… 白龍山 慶祐(はくりゅうやま よしひろ、1926年3月10日 - 1968年8月25日)は、秋田県雄勝郡雄勝町(※現役当時、現・同県湯沢市)出身で荒磯部屋(入門時は伊勢ヶ濱部屋)に所属した大相撲力士。本名は金子 寅男(かねこ とらお)。最高位は西前頭12枚目(1956年3月場所)。現役時代の体格は176cm、109kg。得意手は右四つ、寄り、内無双。 14歳の時に上京し、同郷の元関脇・清瀬川が率いる伊勢ヶ濱部屋(後、荒磯部屋に改称)へ入門。1941年1月場所で初土俵を踏んだ。 「両邦山」の名で番付に載るまでに2年かかるなど当初は苦戦したが、その後は順調に番付を上げ、1947年11月場所で新十両に昇進。
照國 萬藏(てるくに まんぞう、1919年1月10日 - 1… 照國 萬藏(てるくに まんぞう、1919年1月10日 - 1977年3月20日)は、秋田県雄勝郡秋ノ宮村(現:秋田県湯沢市)出身で伊勢ヶ濱部屋に所属した大相撲力士。第38代横綱。本名は菅 萬藏(すが まんぞう)で、のちに大野 萬蔵(おおの まんぞう)となる。 1919年1月10日に秋田県雄勝郡秋ノ宮村の農家で生まれ、秋ノ宮第一尋常小学校を卒業後は家業である農業を手伝う。畑作業で土を掘ったり、収穫した野菜などを運搬するうちに力が付き、1930年の夏に「秋田に怪童あり」との評判を聞きつけた母の遠縁である5代伊勢ヶ濱から熱心に勧誘されたが、入門が嫌で逃げ回り、5代伊勢ヶ濱が訪問している間は実家に近寄らなかったほどだった。
幡瀬川 邦七郎(はたせがわ くにしちろう、1905年6月1日… 幡瀬川 邦七郎(はたせがわ くにしちろう、1905年6月1日 - 1974年5月12日)は、秋田県雄勝郡幡野村(現:秋田県湯沢市)出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は楯山部屋)に所属した大相撲力士。本名は大野 邦七郎(おおの くにしちろう)(旧姓:佐藤)。最高位は東関脇。 1905年6月1日に秋田県雄勝郡幡野村(現:秋田県湯沢市)で小作農家を営む家に生まれる。子供の時から骨太の体格で、運動神経が良いために動きも俊敏で度胸があり、幡野小学校で相撲を取り始めた。県内の小学校対抗試合でも高等科の生徒を向こうに回して圧勝したが、負けず嫌いの性格だったために決勝戦で敗れると悔しさのあまり泣くほどだった。小兵ながら宮相撲で圧倒的な強さを誇っており、家業でも大人顔負けの作業量を引き受けて周囲を驚かせた。