阿部 美里(あべ みさと、1988年5月7日 - )は、東日… 阿部 美里(あべ みさと、1988年5月7日 - )は、東日本放送(khb)のアナウンサー。 山形県西村山郡河北町出身。杏林大学卒業。また、短期大学に通っていたこともある。 大学を卒業後、2010年4月に山形放送に入社。同局のアナウンサーを務めた後、2012年4月に東日本放送へ移籍した。 移籍直後の2012年11月、第11回ANNアナウンサー賞のナレーション部門で新人賞を受賞した。 2017年夏に産休に入り、同年8月に長男を出産。1年半あまりの育休期間を経て、2019年4月中旬に職場復帰した。 2020年12月、第19回ANNアナウンサー賞のナレーション部門で優秀賞を受賞した。 Category:東日本放送のアナウンサーを参照。
兼子 真也(かねこ しんや、1955年1月6日 - )は、日… 兼子 真也(かねこ しんや、1955年1月6日 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、造形作家。E.ART.H (アース) 代表。山形県河北町出身。血液型はO型。 兼子一は従伯父、兼子仁は再従兄。
森谷 俊雄(もりや としお、1954年7月4日 - )は、日… 森谷 俊雄(もりや としお、1954年7月4日 - )は、日本の政治家、地方公務員。山形県環境エネルギー部長や、モンテディオ山形代表取締役社長を経て、河北町長。 山形県西村山郡河北町出身。山形県立寒河江高等学校を経て、1978年東北大学法学部卒業、山形県入庁。2004年最上総合支庁企画振興課長。2006年人事課長。2009年総務部次長。2011年企画振興部長。2012年環境エネルギー部長。2015年公益財団法人山形県産業技術振興機構専務理事。 同年から株式会社モンテディオ山形代表取締役社長を務めたが、2018年にJ1リーグ昇格に向け後任を外部招請する意向を示して途中退任した。2019年吉村美栄子山形県知事の河北後援会などの推薦を受け、無投票で河北町長に当選した。
小和田 敏子(こわだ としこ、1947年11月17日 - )… 小和田 敏子(こわだ としこ、1947年11月17日 - )は、日本の卓球選手。元世界チャンピオンである。 山形県河北町出身。現姓・竹内。河北町立谷地中学校(現在の河北町立河北中学校)、山形県立谷地高等学校卒業。体育の教師になることを夢見て、両親の反対を押し切って中京大学体育学部に進学。 1969年の世界卓球選手権ミュンヘン大会では女子シングルスで優勝、混合ダブルスと女子団体で銅メダルを獲得し、輝かしい成績を収める。 1970年3月、中京大学卒業。同大学体育学部の助手となる。 1971年の世界卓球選手権名古屋大会では、同じ河北町出身の大場恵美子、そして大関行江、今野安子と共に女子団体で優勝を果たした。
五十嵐 敬喜(いがらし たかよし、1944年1月28日 - … 五十嵐 敬喜(いがらし たかよし、1944年1月28日 - )は、日本の弁護士、都市政策学者、立法学者。法政大学法学部政治学科名誉教授(都市政策)。菅直人再改造内閣で内閣官房参与を務めた。 山形県河北町出身、早稲田大学法学部卒業。大学在学中の21歳時に司法試験に合格、司法修習(20期)を経て、弁護士となった。不当な建築や都市計画による被害者の弁護活動に携わるとともに、従来の公共事業を批判、「美の条例」(神奈川県真鶴町)の制定を支援するなど、美しい都市創りを訴えている。また、日本において「日照権」という権利を生み出したことで知られている。 1981年(昭和56年)には、早川書房が徳間書店および作家の堀晃を訴えた『太陽風交点事件』で早川書房側の弁護士を務め、敗訴した。
渡辺信夫(わたなべ のぶお、1932年2月18日-2001年… 渡辺信夫(わたなべ のぶお、1932年2月18日-2001年1月15日)は、日本の日本史学者。 山形県西村山郡河北町生まれ。1957年東北大学大学院国史学修士課程修了。福島工業高等専門学校助教授、1967年東北大学文学部助教授、教授、文学部長。 1995年、定年退官、名誉教授、放送大学教授。 交通・流通史研究を軸とした近世東北地域史研究を専攻とした。 1967年、東北大学より文学博士の学位を取得。
堀米 庸三(ほりごめ ようぞう、1913年2月24日 - 1… 堀米 庸三(ほりごめ ようぞう、1913年2月24日 - 1975年12月22日)は、山形県河北町生まれの歴史家。専攻は西洋中世史。
大場 恵美子(おおば えみこ)は、日本の元卓球選手。現役時代… 大場 恵美子(おおば えみこ)は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表として活躍した。世界卓球選手権金メダリスト。 山形県河北町出身。山形県立谷地高等学校卒業。 中京大学在学時の1969年度、全日本学生卓球選手権大会では小和田敏子と出場した女子ダブルスで優勝。全日本大学対抗卓球大会では中京大を優勝に導き、敢闘賞に選出された。 谷地高職員時の1970年度、名古屋市で行われたアジア卓球選手権シングルスで銅メダル。伊藤繁雄と出場した混合ダブルス準決勝で長谷川信彦 / 小和田組に敗れ銅メダル。 1971年度、名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権シングルスで16強。伊藤和子と出場した女子ダブルスで林慧卿(英語版) / 鄭敏之(英語版)組 (中国)に0-3で敗れ16強。