スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
佐藤 由菜(さとう ゆな、1998年8月22日 - )は、日… 佐藤 由菜(さとう ゆな、1998年8月22日 - )は、日本のフリーアナウンサーで、京都放送(KBS京都)の元アナウンサー。 KBS時代の愛称は「ゆなーなー」。 山形県出身。中学・高校と陸上競技部に所属し、山形大学附属中学校時代には100mと4×100mリレーでジュニアオリンピック陸上競技大会に出場、山形県立山形東高等学校時代には200mで全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)に出場した。 お茶の水女子大学生活科学部人間生活学科を卒業後、2021年に京都放送に入社。同局のアナウンサー新卒採用は、2010年に入社した海平和以来だった。 同年5月24日にラジオで、6月1日にテレビに初出演。
山川 麻衣子(やまかわ まいこ、1994年1月14日 - )… 山川 麻衣子(やまかわ まいこ、1994年1月14日 - )は、山形放送(YBC)のアナウンサー。 山形県山形市出身。山形県立山形東高等学校を経て法政大学経済学部卒業。2016年山形放送(YBC)に入社し、同年6月8日のラジオニュースでデビュー。趣味は散歩、スポーツ観戦、ドラマ鑑賞、ピアノ。法政大学自主マスコミ講座出身。2015年度の第134回学位授与式で当時テレビ東京の原田修佑アナウンサーと司会を務めた。福島放送の山崎聡子、元三重テレビの川口まゆと共に2016年度のパンフレットの表紙を飾った。また、2022年の8月に放送したYBC制作の特番で結婚したことを報告した。
城戸川りょう(きどかわ りょう、1992年〈平成4年〉 - … 城戸川りょう(きどかわ りょう、1992年〈平成4年〉 - )は、日本の小説家。山形県出身。東京大学経済学部卒業。 山形県山辺町に生まれ育ち、山辺町立山辺小学校、山辺町立山辺中学校、山形県立山形東高等学校を卒業の後、東京大学経済学部に進学し、卒業後は商社に就職。 高校時代にはフェンシング部に所属し、インターハイに出場し、個人としてベスト16入りを果たした。高校時代の同級生には、テレビ朝日のアナウンサーの田中萌がいた。 社会人になってから、山村正夫記念小説講座(現・森村誠一・山村正夫記念小説講座)に通い、仕事の傍ら小説を書き始めた。この講座には同時期に新川帆立も在籍していた。 デビュー作となった 『高宮麻綾の引継書』は、第三十一回松本清張賞の最終選考会で選考委員の森絵都の強い推しがあったが次点となった。
笠原 千尋(かさはら ちひろ、1990年9月26日 - )は… 笠原 千尋(かさはら ちひろ、1990年9月26日 - )は、日本の女優。山形県天童市出身。
犬飼 春美(いぬかい はるみ、1986年 )は、NHK山形放… 犬飼 春美(いぬかい はるみ、1986年 )は、NHK山形放送局の元契約キャスター。 山形県寒河江市出身。山形県立山形東高等学校を経て東京都内の大学を卒業後、2009年入局。 山形局では長らく、藤田千枝が地元出身の契約キャスターとして在籍し、『今夜はなまらナイト』の“女将”としてすっかり定着していたが、結婚などの理由からか山形を離れることとなったために、その後任として採用された。従って、入局当初から『なまらナイト』シリーズを主な担当としていた。当然、藤田同様ニュース以外では方言丸出しで、ブログでも表現は方言であった。 2010年、藤田が出られなくなる状態が生じたため、本格的に本編での活動を強化。
佐久間聡一(さくま そういち、英語: Soichi SAKU… 佐久間聡一(さくま そういち、英語: Soichi SAKUMA、1982年〈昭和57年〉9月2日 - )は、日本のヴァイオリニスト。 山形市生まれ。幼少よりヴァイオリンを始め、桐朋学園子供のための音楽教室仙台分室で木村恭子に学ぶ。山形県立山形東高等学校から桐朋学園大学へ進学し、藤原浜雄の下で研鑽を積む。他にも、上野裕佳里、菊池恭江、野村謙介に師事。10代から演奏活動を始め、ソリストや室内楽奏者としてはもとより、日本青少年オーケストラ、桐朋学園オーケストラにて早くからコンサートマスターとして活躍しており、大学在学中にはNHK-FMのラジオ番組でウジェーヌ・イザイや武満徹の曲を演奏し放送された。大学に在学中だった2005年(平成17年)から2006年(平成18年)には新日本フィルハーモニー交響楽団の契約団員を務める。
庄司 中(しょうじ あたる、1977年12月31日 - )は… 庄司 中(しょうじ あたる、1977年12月31日 - )は日本の政治家、実業家。山形県大石田町長(1期)。いげたや庄司醸造社長。 山形県大石田町出身。 いげたや庄司醸造の5代目主人で後に大石田町長も務めた庄司喜與太の長男として生まれる。 平成2年大石田町立大石田小学校卒、平成5年大石田町立大石田第一中学校卒、平成8年3月山形県立山形東高等学校卒、平成12年3月千葉大学園芸学部生物生産科学科を卒業した。 いげたや庄司醸造を継ぎ、6代目主人となる。楽天市場や横浜高島屋などの催事にも出店。 2023年任期満了に伴う11月5日投開票の大石田町長選挙に出馬。山形県知事の吉村美栄子の応援を受け2,232票を獲得し、現職の村岡藤弥を167票差で破り初当選した。
伊達 風人(だて かざと、1977年5月4日 - 2011年… 伊達 風人(だて かざと、1977年5月4日 - 2011年2月12日)は、日本の詩人である。学位は学士(文学)(学習院大学)。本名は野川 洋二(のがわ ようじ)。 山形県山形市出身。高校は山形県立山形東高等学校、大学は学習院大学文学部日本文学科に進んだ。大学入学と同時に詩の世界に魅了せられ、以降、東京の広告会社に勤務しながらインターネットなどを通じて詩作を始めた。 2003年3月10日に「伊達風人ホームページ」を立ち上げ、詩や評論、エッセー等を掲載し始める。2003年からはWEB同人詩誌「めろめろ」に投稿。(2004年5月17日の同誌に初出の『数詞』が「いん・あうと」誌(04年各月号)にて、MONKから2003年のベストとして寸評を得る。
松永 直子(まつなが なおこ、1974年8月28日 - )は… 松永 直子(まつなが なおこ、1974年8月28日 - )は、かつて静岡県を拠点に活動していたフリーアナウンサーである。 特記なきものはリポーター。
三上 ちさこ(みかみ ちさこ、1974年8月14日 - )は… 三上 ちさこ(みかみ ちさこ、1974年8月14日 - )は、日本の歌手、詩人。かつて音楽バンドfra-foaのボーカルを務めていた(その頃は三上ちさ子表記)。山形県東村山郡山辺町出身、山形県立山形東高等学校、東北大学卒。
高橋 秀幸(たかはし ひでゆき、1973年4月12日 - )… 高橋 秀幸(たかはし ひでゆき、1973年4月12日 - )は日本の歌手である。
小川 糸(おがわ いと、1973年〈昭和48年〉 - )は、… 小川 糸(おがわ いと、1973年〈昭和48年〉 - )は、日本の小説家、作詞家、翻訳家。音楽制作ユニットFairlifeのメンバー。作詞家としてのペンネームは、春嵐(しゅんらん)。 山形県山形市出身。2008年から2012年までアミューズ所属。夫はFairlifeメンバーとしても共に活動する編曲家の水谷公生。 山形県山形市に生まれ育ち、1992年に進学校の山形県立山形東高等学校を卒業の後、清泉女子大学への進学を機に上京。国文学科で古代文学を専攻し『古事記』を研究、またサークル万葉集研究会で活動する。大学在学中、後に夫となる音楽プロデューサー・水谷公生と出会う。 大学卒業後はマーケティング会社に就職し商品開発に携わるが、本の世界にいたいと数ヶ月で退職。
大石 邦彦(おおいし くにひこ、1970年〈昭和45年〉5月… 大石 邦彦(おおいし くにひこ、1970年〈昭和45年〉5月20日 - )は、CBCテレビ報道部の論説委員兼アナウンサー。 山形県最上郡最上町の出身。山形県立山形東高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部卒業後の1994年4月1日付で、アナウンサーとしてCBC(当時はラジオ・テレビ兼営局の中部日本放送)へ入社。同期入社のアナウンサーに、中橋かおり、吉村洋子、日角真(現在は報道部に所属)、相羽装子がいる。 アナウンサーとしては、CBCラジオへのラジオ放送部門移管に伴うCBCテレビへの自動転籍(2014年4月1日)などをはさみながら、平日夕方にテレビ(CBCテレビ)放送される情報・報道番組に長らく出演。
菊地 達也(きくち たつや、1969年9月12日 - )は、… 菊地 達也(きくち たつや、1969年9月12日 - )は、日本のイスラム学者、東京大学教授。専門はイスラーム思想史。 山形県天童市生まれ。山形県立山形東高等学校卒、1992年東京大学文学部イスラム学科卒業、1998年同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、「イスマーイール派の神話と哲学 -ハミードゥッディーン・キルマーニーの思想を中心として」で博士(文学)。2004年神田外語大学専任講師、2008年准教授、2013年東京大学人文社会系研究科准教授。2005年の『イスマーイール派の神話と哲学』で中村元賞受賞。
後藤 ひろひと(ごとう ひろひと、1969年2月23日 - … 後藤 ひろひと(ごとう ひろひと、1969年2月23日 - )は、日本の演出家、劇作家、俳優。山形県出身。Piper所属。芸能事務所は吉本興業所属。別名は「大王」。 山形大学附属小学校卒業、山形大学附属中学校卒業、山形県立山形東高等学校卒業、大阪外国語大学ヒンディー語学科(現:大阪大学外国語学部外国語学科ヒンディー語専攻)中退。 1987年に劇団「遊気舎」に入団。1989年からは二代目座長を務め、ほぼ全ての作品の作・演出を手掛ける。1996年に「遊気舎」を退団後はフリーの劇作家として活躍し、1997年には元「劇団そとばこまち」の川下大洋と「Piper」を結成。1998年、吉本興業とマネジメント契約を締結。
長岡 弘樹(ながおか ひろき、1969年 -)は、日本の小説… 長岡 弘樹(ながおか ひろき、1969年 -)は、日本の小説家、推理作家。山形県山形市出身、在住。山形県立山形東高等学校、筑波大学第一学群社会学類卒業。 団体職員を経て、2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞。2005年『陽だまりの偽り』で単行本デビューする。2011年に発売された『傍聞き』の双葉文庫版が、本の雑誌社が刊行する『おすすめ文庫王国2012』の国内ミステリー部門で第1位に選ばれると、ロングセラーとなり39万部を超えるヒットとなる。2013年に刊行した『教場』は警察学校を舞台にした新しいタイプの警察小説で、「週刊文春ミステリーベスト10」で第1位、「このミステリーがすごい!」で第2位、第11回本屋大賞で6位に選ばれた。
山口 靖(やまぐち やすし、1968年〈昭和43年〉10月1… 山口 靖(やまぐち やすし、1968年〈昭和43年〉10月10日 - )は、日本の農林水産官僚。 山形県山形市出身。山形県立山形東高等学校を経て、1992年(平成4年)3月、東京大学経済学部を卒業。同年4月、農林水産省に入省(Ⅰ種・経済)。入省後、農林水産省大臣官房文書課課長補佐、同企画評価課企画官、農林水産大臣秘書官などを経て、2008年(平成20年)8月、農林水産省大臣官房政策課上席企画官に就任。在任中、東日本大震災の復興ビジョンづくりに携わった。2011年(平成23年)9月1日には食料産業局食品小売サービス課外食産業室長に就任。「食ビジョン」を取りまとめ、各方面と協働する枠組みを作った。その後、経営局金融調整課長、林野庁林政部企画課長、農林水産大臣官房政策課長を歴任。
土居 健太郎(どい けんたろう、1965年〈昭和40年〉6月… 土居 健太郎(どい けんたろう、1965年〈昭和40年〉6月6日 - )は、日本の厚生・環境技官。 北海道札幌市出身(旭川市出身とする資料もある)。旭川市で育ち、北海道旭川東高等学校に入学し、後に山形県立山形東高等学校に転校し、同校を卒業。1989年(平成元年)8月、国家公務員採用Ⅰ種試験(土木)に合格し、翌1990年(平成2年)3月、北海道大学大学院工学科修士課程を修了。同年4月、厚生省に入省し、生活衛生局水道環境部環境整備課に配属。入省後、容器包装リサイクル、自動車リサイクル、クール・ビズの普及などを担当し、水・大気環境局大気環境課大気生活環境室長、地球環境局総務課低炭素社会推進室長、同局地球温暖化対策課長、同課市場メカニズム室長、東北地方環境事務所保全統括官、同事務所福島環境再生事務所長兼中間貯蔵施設等整備事務所長、福島地方環境事務所長兼中間貯蔵施設等整備事務所長、環境再生・資源循環局総務課長、環境省大臣官房審議官、環境再生・資源循環局次長などを歴任。
須藤 満(すとう みつる、1964年12月14日 - )は、… 須藤 満(すとう みつる、1964年12月14日 - )は、山形県山形市出身のベーシスト。血液型O型。 13歳よりフォークギターを始める。15歳の冬、エレクトリックベースに転向し練習に明け暮れる。中学浪人を経て1年遅れで山形県立山形東高等学校に入学。高校卒業後、東京学芸大学に入学。軽音楽部に所属。 1986年、「THE SQUARE(現:T-SQUARE)」のメンバー・則竹裕之と共通の知人がいたことがきっかけで、田中豊雪の脱退に伴い行われた後任ベーシストのオーディションを受けて合格。同年11月に正式加入。1987年発売アルバム『TRUTH』から2000年発売の『T-SQUARE』まで在籍。13年間で14枚のオリジナルアルバムに参加した。
鑓水 洋(やりみず よう、1964年11月24日 - )は、… 鑓水 洋(やりみず よう、1964年11月24日 - )は、日本の財務・環境官僚。理財局次長、国税庁次長、環境省大臣官房長、総合環境政策統括官を経て、環境事務次官。 山形県山形市出身。1983年山形県立山形東高等学校卒業。東京大学法学部在学中に国家公務員一種試験(法律)に合格。1987年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。国際金融局総務課配属。大蔵省理財局総務課企画係長、観音寺税務署長、大蔵省銀行局総務課長補佐(日本銀行、企画)、大蔵省銀行局中小金融課長補佐(信用金庫、信用補完)、大蔵省主計局総務課長補佐(歳入・国債)、大蔵省主計局主計官補佐(農林水産第一係主査)、内閣官房行政改革推進事務局行政委託型公益法人等改革推進室企画官、熊本県企画振興部長、熊本県総合政策局長、熊本県地域振興部長、財務省主税局総務課主税企画官(広報)、財務省大臣官房企画官(主税局担当)、財務省主税局税制一課主税企画官兼税制第二課、財務省主計局主計官(外務、経済協力、経済産業係担当)、財務省主計局主計官(司法・警察、財務、経済産業、環境係担当)等を経て、2012年7月13日財務省主税局税制第三課長。
深水 黎一郎(ふかみ れいいちろう、1963年2月13日 -… 深水 黎一郎(ふかみ れいいちろう、1963年2月13日 -)は、日本の小説家・推理作家。山形県山形市生まれ。山形県立山形東高等学校、慶應義塾大学文学部卒、同大学院後期博士課程単位取得退学(仏文学専攻)。在学中に仏政府給費留学生としてフランスに留学。ブルゴーニュ大学修士号取得、パリ第12大学博士課程研究専門課程(DEA)修了。 2007年に『ウルチモ・トルッコ』で第36回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。「ウルチモ・トルッコ」とはイタリア語(あるいはスペイン語)で「究極のトリック」を意味する言葉で、ミステリー界に最後に残った不可能トリックである「読者が犯人」に挑戦した意欲作であり、島田荘司も深水の小説を「この被害者を殺した犯人は、ぼくだった。
櫻井 義秀(さくらい よしひで、1961年4月18日 - )… 櫻井 義秀(さくらい よしひで、1961年4月18日 - )は、日本の宗教学者、北海道大学教授。研究分野は、宗教社会学、アジア社会研究。 山形県上山市生まれ。1980年山形県立山形東高等学校卒業、1984年北海道大学文学部哲学科宗教学専攻卒業。1986年北海道大学大学院文学研究科行動科学専攻修士課程修了。1987年北海道大学大学院文学研究科行動科学専攻博士後期課程中退、北星学園女子短期大学家政学科専任講師。1992年北海道大学文学部講師(人間行動学講座)、1996年助教授(社会システム科学講座)、2004年教授。2005年、博士論文「東北タイの開発と文化再編」で北海道大学博士(文学)。北海道大学出版会理事長。
伊勢 宜弘 (いせ よしひろ、1960年(昭和35年)5月2… 伊勢 宜弘 (いせ よしひろ、1960年(昭和35年)5月29日 - ) は、日本の実業家。 山形県出身。1979年山形県立山形東高等学校卒業。1983年学習院大学経済学部卒業、藤田観光入社。宿泊部門に長年携わった。2002年藤田観光コーポレートセンター開発・建設グループリーダー。2003年藤田観光レジャー事業部企画室長。2005年藤田観光コーポレートセンター関係会社グループリーダー。2006年ワシントンホテルカンパニー企画室開発グループリーダー。 2008年キャナルシティ・福岡ワシントンホテル代表取締役社長兼総支配人。2010年浦和ワシントンホテル代表取締役社長兼総支配人。2012年千葉ワシントンホテル総支配人。
村上 康聡(むらかみ やすとし、1960年〈昭和35年〉2月… 村上 康聡(むらかみ やすとし、1960年〈昭和35年〉2月29日 - )は、日本の元検察官、弁護士。東高円寺法律事務所代表。 山形県山形市生まれ。山形県立山形東高等学校を経て1978年に中央大学法学部法律学科へ進学。1982年に司法試験合格。1985年、第37期司法修習修了後、検事任官。 東京地方検察庁、那覇地方検察庁、那覇地検沖縄支部、長崎地検佐世保支部などで勤務。1992年から1993年、米国証券取引委員会(SEC)および米国司法省刑事局Fraud Sectionに派遣され、株価操縦事件の調査研究に従事。 帰国後、外務省総合外交政策局付き検事、東京地方検察庁検事、千葉地方検察庁検事、内閣官房副長官補付き内閣参事官(森喜朗・小泉純一郎両内閣期)を務め、東京地方検察庁検事、東京地方検察庁総務部副部長、東京地方検察庁刑事部副部長、福岡地検刑事部長などを経て2006年12月に退官。
奥山 清行(おくやま きよゆき、1959年 - )は、日本の… 奥山 清行(おくやま きよゆき、1959年 - )は、日本の工業デザイナー、カーデザイナー。日本国外では Ken Okuyama(ケン・オクヤマ)の活動名義で知られる。 イタリアピニンファリーナ社デザインディレクター(Creative Director)を経て2006年9月に独立。KEN OKUYAMA DESIGNのCEO。山形県山形市出身。 ゼネラルモーターズのチーフデザイナー、ポルシェのシニアデザイナーを務めた後、1995年にイタリアのデザイン会社ピニンファリーナにいちデザイナーとして入社。1998年に日本人初の同社チーフデザイナーに就任し、フェラーリ・エンツォフェラーリ、マセラティ・クアトロポルテなどのカーデザインを担当した。
黒江 哲郎(くろえ てつろう、1958年(昭和33年)3月1… 黒江 哲郎(くろえ てつろう、1958年(昭和33年)3月18日 - )は、山形県出身の防衛省官僚。第31代防衛事務次官。
齋藤 弘(さいとう ひろし、1957年(昭和32年)10月1… 齋藤 弘(さいとう ひろし、1957年(昭和32年)10月18日 - )は、日本の政治家。前山形県知事(1期)。国際教養大学国際教養学部グローバル・ビジネス課程客員教授。斎藤 弘とも。 日本銀行を経て、山形銀行の総合企画副部長や監査副部長などを歴任。その後、2005年1月の山形県知事選挙に地元選出の衆議院議員である加藤紘一の支援を受け出馬する。 1993年、現職の板垣清一郎の任期途中の辞職で行われた知事選挙で、加藤は近藤鉄雄や岸宏一が推す副知事の高橋和雄の出馬に対抗し、土田正剛を推したが敗れた。2005年の選挙で4選を目指す高橋は共産党を除く県議会全会派から支持を取り付け、県内市町村長の多くも支持し、地元財界、マスコミ、県職員労働組合などからも支持を受け、オール与党体制で当時は現職の高橋当選が確実視されていた。
山内 志朗(やまうち しろう、1957年9月18日 - )は… 山内 志朗(やまうち しろう、1957年9月18日 - )は、日本の哲学者。慶應義塾大学文学部名誉教授。慶應義塾女子高等学校元校長。山形県西村山郡西川町出身。 専門は中世哲学と紹介されることが多いが、山内自身の述懐によれば学生時代にはライプニッツを専攻しており、自らを指して「近世哲学の研究人」、「中世哲学の専門家でもない者」と言っている。スコラ学をはじめ、研究対象はグノーシス主義、現代思想、現代社会論、コミュニケーション論、身体論、ミイラ、修験道(出身地は修験道の盛んな地域である)など多岐にわたる。 サブカルチャーにも造詣が深いが、宮﨑駿の『君たちはどう生きるか』について書いた文章において冒頭の火事を空襲ではないのにも関わらず「空襲」と表記した。
新関 茂(にいぜき しげる、1957年(昭和32年)4月9日… 新関 茂(にいぜき しげる、1957年(昭和32年)4月9日 - )は、日本の政治家。山形県天童市長(1期)。 山形県天童市山口に生まれる。天童市立第二中学校、山形県立山形東高等学校を経て、岩手大学農学部卒業。卒業後は天童市役所に入る。市役所では市長公室長、政策調整監などを歴任、2014年(平成16年)に天童市副市長に就任。 2024年(令和6年)8月、天童市長の山本信治が次期市長選に出馬しないと表明。副市長の新関は11月24日告示、12月1日投票の天童市長選挙に立候補することを表明。市長選挙には元市議も立候補を表明し、16年ぶりの選挙戦となった。選挙は元市議を破り、当選した。 ※当日有権者数:50,127人 最終投票率:53.14%(前回比:pts) 2024年12月1日投開票の市長選挙における選挙公報において、①モンテディオ山形の新スタジアムを活用した若者が集まりやすいまちづくり、②小中学校給食費の完全無償化等の実施、③新たな工業団地の整備、④高齢化社会に対応した公共交通網の再構築、⑤新たな防災センターの整備や住宅地の整備促進などを掲げた。
石澤 靖治(いしざわ やすはる、1957年 - )は、日本の… 石澤 靖治(いしざわ やすはる、1957年 - )は、日本の教育者、ジャーナリスト。学習院大学・教授。 山形県山形市生まれ。山形東高校を経て、立教大学社会学部社会学科卒業後、ダイヤモンド社入社。週刊ダイヤモンド記者。フルブライト留学で渡米。ハーバード大学国際問題研究所(CFIA)フェロー。同大ケネディ行政大学院修了(MPA) 、博士(政治学、明治大学)。ワシントンポスト極東総局記者、ニューズウィーク日本版副編集長などを経て、2000年より学習院女子大学助教授、2002年より同教授、2011年より同学長。2017年3月末で任期満了に伴い同学長を退任。2026年4月より学習院大学との統合により、学習院大学・国際文化交流学部教授。
原田 宏哉(はらだ ひろや、1956年3月10日 - )は、… 原田 宏哉(はらだ ひろや、1956年3月10日 - )は、日本の実業家。東北電力特別顧問、元社長。 山形県出身。山形県立山形東高等学校を経て、1978年3月早稲田大学法学部卒業後、同年4月東北電力入社。2010年同社取締役企画部長。東日本大震災発生時には計画停電を回避するため、経産省などとの連絡・調整業務に奔走した。2011年上席執行役員東京支社長。東京支社長時代には同社の被災状況や経営状況、原子力発電所の再稼働に向けた取り組みを政府に説明する役割を担った。2014年同社副社長。2015年6月同社取締役社長。2019年6月電気事業連合会副会長。その後同副会長を退任し、2020年6月東北電力特別顧問に就任した。
上月 正博(こうづき まさひろ、1956年 - )は、日本の… 上月 正博(こうづき まさひろ、1956年 - )は、日本の医師。公立大学法人山形県立保健医療大学理事長・学長、東北大学名誉教授(医学博士)。リハビリテーション医学、内科学、内部障害学(呼吸循環、代謝、腎、消化器などの内部機能障害)の研究・臨床で知られる1, 2。障害医学の研究を専門的に行うわが国初の大学院専攻として設置された東北大学医学系研究科障害科学専攻の初代専攻長。腎臓リハビリテーションの創設・啓発活動に関して、2018年、ハンス・セリエメダル、2022年、日本腎臓財団「功労賞」を受賞した。父はエンジニア、母は俳人の上月正子(句集『花林檎』、『卒寿』など)、兄は作家・精神科医の上月英樹(『ことばセラピー』、『精神科医がつかっている「ことば」セラピー』、『精神科医がよくつかっている治癒することば』、『精神科医のつきない悩み対応法』など、元筑波大学精神神経科助教授)。
兼子 真也(かねこ しんや、1955年1月6日 - )は、日… 兼子 真也(かねこ しんや、1955年1月6日 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、造形作家。E.ART.H (アース) 代表。山形県河北町出身。血液型はO型。 兼子一は従伯父、兼子仁は再従兄。
長谷川 公一(はせがわ こういち、1954年 - )は、日本… 長谷川 公一(はせがわ こういち、1954年 - )は、日本の社会学者。環境社会学・社会運動論の研究で知られる。学位は、博士(社会学)(東京大学・論文博士・2004年)。盛岡大学および盛岡大学短期大学部学長。東北大学名誉教授。尚絅学院大学名誉教授。元尚絅学院大学特任教授。 山形県上山市生まれ。山形県最上町、同県尾花沢市で少年時代を過ごす。山形県立山形東高等学校を経て、1977年東京大学文学部卒業。1983年、東京大学大学院社会学研究科博士課程社会学専攻単位取得退学。2004年東京大学より博士(社会学)の学位を取得。 東北大学教員としての最終講義をもとに、2021年、個人史と研究史と社会史を統合的に記述した「パーソナルな物語」としての『環境社会学入門――持続可能な未来をつくる』を刊行した。 1983年東京大学文学部助手。
飯嶋 和一(いいじま かずいち、1952年12月20日 - … 飯嶋 和一(いいじま かずいち、1952年12月20日 - )は、日本の小説家。ジャンルは主に歴史小説。 山形県山形市生まれ。山形県立山形東高等学校を経て、1977年3月に法政大学文学部日本文学科を卒業。中学校教員、予備校講師などを経て執筆活動に専念。 2008年までに刊行された長編作品は、文芸誌の連載ではなく、全て書き下ろしの小説である。 2009年8月から刊行されている小学館の「STORY BOX」に、初めての連載となる『狗賓童子の島』を執筆。 2012年5月に連載終了後、翌月号より『灯守り』が連載。 2009年に新潮社発行の月刊小説誌「小説新潮」10月号から『星夜航行』が連載。 「史料を読み込むと書き手の視点に引っ張られるため、視点を変えることが大事」との姿勢を持ち、権力者ではなく民衆や在野の主人公からの視点で描いた作品が多い。
斎藤 保(さいとう たもつ、1952年〈昭和27年〉7月13… 斎藤 保(さいとう たもつ、1952年〈昭和27年〉7月13日 - )は、日本の経営者。IHI社長を務めた。山形県出身。 山形県山形市出身。山形県立山形東高等学校を経て、1975年に東京大学工学部を卒業し、同年に石川島播磨重工業に入社。2008年4月に取締役に就任し、2011年4月に副社長を経て、2012年4月に社長に就任。2016年4月には会長兼CEOに就任2020年6月には相談役に就任。2023年4月、新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長に就任。
板垣 信幸(いたがき のぶゆき、1952年 - )は、NHK… 板垣 信幸(いたがき のぶゆき、1952年 - )は、NHK解説委員、解説主幹。担当分野は財政、金融、国際経済。放送文化基金賞受賞。 山形県西村山郡大江町左沢出身。山形県立山形東高等学校理系コース卒業後、1年間の浪人を経て、1977年一橋大学社会学部社会学科(哲学専攻)卒業。同年日本放送協会入局。高校、大学では演劇活動を行う。 NHK岐阜放送局、NHK金沢放送局を経て、1984年から報道局経済部記者。農水、運輸、通商産業、大蔵といった中央省庁や日銀を担当。米価、国鉄改革、東芝ココム事件、公定歩合、銀行合併、リクルート事件、金融証券不祥事、湾岸戦争拠出金、東京サミットなどを取材。 1993年からNHKワシントン支局特派員となり、ホワイトハウス、FRBのほか、国務省や財務省など、経済官庁も担当。
大宮 登(おおみや のぼる、1951年6月12日 - )は、… 大宮 登(おおみや のぼる、1951年6月12日 - )は、日本の社会学者。高崎経済大学地域政策学部名誉教授、同大学の元副学長。群馬県選挙管理委員会委員長職務代理。山形県山形市出身。 なお、2013年には高崎経済大の学長選に立候補するも、現職の石川弘道に敗れた。 ◆平成23年度 各種委員会、学会、社会活動
秋葉 重幸(あきば しげゆき、1951年 - )は日本の通信… 秋葉 重幸(あきば しげゆき、1951年 - )は日本の通信工学者。工学博士。KDDI研究所特別研究員、東京工業大学大学院連携教授、KDDI常務、KDDI理事、KDD研究所所長、KDDI研究所所長、KDDI海底ケーブルシステム社長、電子情報通信学会副会長等を歴任。海底ケーブルに使用される、光増幅国際長距離海底ケーブル方式の開発で知られる。山形県出身。 1980年末から、海底ケーブルに光ファイバ通信技術が導入され、国際間の通信量が膨大になった。しかし、従来の通信方式では、ギガビット以上の伝送容量を実現するには信頼性、経済性の面で海底中継回路の高速化に限界があった。そこで、簡易な構成で飛躍的な伝送容量増加が図れる直接光増幅中継方式の開発が必要となる。
遠藤 利明(えんどう としあき、1950年〈昭和25年〉1月… 遠藤 利明(えんどう としあき、1950年〈昭和25年〉1月17日 - )は、日本の政治家。日本スポーツ協会会長(第16代)。 東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣(第3次安倍内閣・第3次安倍第1次改造内閣)、文部科学副大臣(第1次安倍内閣)、建設政務次官(小渕内閣・小渕第1次改造内閣)、衆議院青少年問題に関する特別委員長、同農林水産委員長、衆議院議員(10期)、自由民主党総務会長(第60代)、同選挙対策委員長(第9代)、同2020年オリンピック・パラリンピック東京大会実施本部長、同政務調査会長代理、同教育再生実行本部長、同国際局長、同幹事長代理、同スポーツ立国調査会長、同財務委員長、同中央政治大学院学院長、山形県議会議員(2期)を歴任した。
飯野 正光(いいの まさみつ、1950年 - )は、日本の医… 飯野 正光(いいの まさみつ、1950年 - )は、日本の医学者、医師。専門は、生理学、薬理学。学位は、医学博士。 東京大学名誉教授・ニューロインテリジェンス国際研究機構特任教授、日本大学生体機能医学系生理学分野上席研究員。元日本大学特任教授、元東京大学教授。 東京大学大学院医学系研究科副研究科長、ニューロインテリジェンス国際研究機構機構長特別補佐、日本薬理学会理事長、日本医学会副会長などを歴任した。紫綬褒章受章。山形市出身。
誉田 慶信(ほんだ よしのぶ、1950年 - )は、日本の歴… 誉田 慶信(ほんだ よしのぶ、1950年 - )は、日本の歴史学者。岩手県立大学盛岡短期大学部名誉教授。 山形県生まれ。1976年東北大学大学院文学研究科博士課前期修了。2000年「日本中世の宗教と地域社会」で博士(文学)(東北大学)。山形県史編さん室主査、山形県立山形東高等学校教諭などを経て、岩手県立大学盛岡短期大学部国際文化学科助教授、のち教授。2016年定年退職。岩手県立大学盛岡短期大学部名誉教授、岩手大学平泉文化研究センター客員教授、東北芸術工科大学客員教授、一関市博物館館長。 論文に「中世後期出羽の宗教」(伊藤清郎、誉田慶信編『中世出羽の宗教と民衆』高志書院、2002年)、「二つの法難コンテクスト」(羽下徳彦編『中世の地域と宗教』吉川弘文館、2005年)、「戦国期奥羽本願寺教団法物考」(細井計編『東北史を読み直す』吉川弘文館、2006年)、「平泉・宗教の系譜」(入間田宣夫編『兵たちの極楽浄土』高志書院、2010年)、「平泉造園思想に見る仏教的要素――平泉庭園と仏会」(藪敏裕編『平泉文化の国際性と地域性』汲古書院、2013年)など。
長谷川 吉茂(はせがわ きちしげ、1949年(昭和24年)9… 長谷川 吉茂(はせがわ きちしげ、1949年(昭和24年)9月30日 - )は、日本の銀行家。山形銀行相談役。山形県EU協会会長。公益財団法人山形美術館評議員。 山形銀行頭取、会長を歴任した長谷川吉郎の長男として山形県山形市に生まれる。 山形県立山形東高等学校を首席で卒業後、東京大学に進学する。在学中は、東大紛争の真っ只中、学生生活を送り自治委員も務めた。もともとは、天文学者を志望していたが、父の影響もあり経済学部に進路を変更し卒業する。 1973年(昭和48年)、住友銀行(現・三井住友銀行)に入行。調査部に長く在籍しあまたの企業を訪問したほか、出向も経験した。また、住銀発行の経済月報誌には数度にわたってレポートも執筆した。
細谷 知行(ほそや ともゆき、1949年4月7日 - )は、… 細谷 知行(ほそや ともゆき、1949年4月7日 - )は、日本の地方公務員。山形県副知事や、山形県住宅供給公社理事長、山形県道路公社理事長、山形県スポーツ振興21世紀協会理事長等を務めた。 山形県立山形東高等学校を経て、明治大学商学部卒業。高校の同級生に遠藤利明元東京オリンピック・パラリンピック担当大臣がいた。1974年山形県入庁。工業振興課開発主幹、工業振興課開発課長、土木部管理課長等を経て、2001年上山市助役。2004年文化環境部次長。出納局長、文化環境部長を経て、退職後、企業管理者、山形県信用保証協会理事長を経て、2013年から高橋節の後任として副知事を務め、公益社団法人山形県スポーツ振興21世紀協会理事長、山形県住宅供給公社理事長、公益財団法人やまがた農業支援理事長、山形県道路公社理事長、山形県土地開発公社理事長も兼務した。
結城 章夫(ゆうき あきお、1948年9月23日 - )は、… 結城 章夫(ゆうき あきお、1948年9月23日 - )は、日本の文部官僚。学校法人富澤学園理事長。 2005年から2007年まで文部科学事務次官を務めた。事務次官退任後は山形大学の学長に就任し、2014年まで務めた。 山形県村山市に生まれる。山形県立山形東高等学校から東京大学理科一類に進学し、1971年6月に東京大学工学部物理工学科を卒業する。 1971年7月、科学技術庁に入庁。入庁後は主に原子力安全や研究開発行政に携わる。1982年 外務省在オーストラリア日本国大使館一等書記官。1987年 科学技術庁原子力局核燃料課長。1994年 科学技術庁科学技術振興局企画課長。1995年6月 科学技術庁長官官房秘書課長。
加藤 典洋(かとう のりひろ、1948年(昭和23年)4月1… 加藤 典洋(かとう のりひろ、1948年(昭和23年)4月1日 - 2019年(令和元年)5月16日)は、日本の文芸評論家、早稲田大学名誉教授。講談社ノンフィクション賞、小林秀雄賞選考委員。 『「アメリカ」の影』(1985年)で注目される。文学、政治、歴史認識と広く戦後日本の社会を独自の視点で考察。著書に『敗戦後論』(1997年)、『日本の無思想』(1999年)、『言葉の降る日』(2016年)、『敗者の想像力』(2017年)などがある。 山形県山形市出身。山形県立山形東高等学校を経て、1972年東京大学文学部仏文学科を卒業。1985年に『アメリカの影』でデビューする。 雑誌『思想の科学』に1980年代からかかわり、第八次『思想の科学』(1993-1996)の編集委員をつとめた。
棚橋 光男(たなはし みつお、1947年9月11日 - 19… 棚橋 光男(たなはし みつお、1947年9月11日 - 1994年12月1日)は、日本の歴史学者。元金沢大学文学部助教授。文学博士。 山形県山形市出身。1966年、山形県立山形東高等学校卒業。1970年、京都大学文学部国史学科卒業、1976年同大学院博士課程満期退学。岸俊男・大山喬平に師事。卒業論文は『国衙領の研究』だった。1976年、香川大学教育学部助手、1978年、同助教授。1981年、金沢大学文学部助教授。 1987年、学位請求論文『中世成立期の法と国家』により、京都大学から文学博士の学位を授与される。 日本中世史を専門とし、中世成立期の公家政権について成果を上げるが、47歳で早世。 京大紛争で反全学共闘会議の活動家として活躍。
梅津 順一(うめつ じゅんいち、1947年4月1日 - )は… 梅津 順一(うめつ じゅんいち、1947年4月1日 - )は、日本の経済学者。第14代青山学院院長。博士(経済学)(東京大学)。青山学院大学総合文化政策学部教授。山形県上山市生まれ。
日野 雅夫(ひの まさお、1947年 - )は、日本の地方公… 日野 雅夫(ひの まさお、1947年 - )は、日本の地方公務員。初代村山総合支庁長や、山形県副知事、東北公益文科大学理事長等を務めた。 山形県山形市生まれ。山形県立山形東高等学校を経て、東京大学医学部卒業後、1971年に山形県入庁。高校の同級生に小児科医の細谷亮太、文芸評論家の加藤典洋などがいた。1998年山形県健康福祉部長、2001年初代村山総合支庁長、2001年初代山形県危機管理監、2003年山形県総務部長、2004年山形県教育委員会教育長、2005年山形県副知事、2007年東北公益文科大学理事長。2009年に退任後、山形つのぶえ学園理事長。
吉田 司(よしだ つかさ、1945年〈昭和20年〉9月29日… 吉田 司(よしだ つかさ、1945年〈昭和20年〉9月29日 - )は、日本のノンフィクション作家。 山形県山形市出身。父親が両足が不自由になり、母親(吉田コト(子))は農村で「一銭店」と呼ばれる雑貨屋を営むことになる。毎晩、酔っぱらった農民たちが押し寄せ、卑猥な宴会を開いたり母親を誘う状態を目の当たりにしており、身障者の家庭から快楽の種を貪りとろうとする農民や封建的なムラの風土への憎悪を抱く。これらの経験を通して得た日本人の原像とつながる村落共同体への反発が、インテリが陥いりがちな民衆への無条件な賛美とは一線を画する後の活動の原点となった。 山形県立山形東高等学校卒業。早稲田大学第一文学部に入学。