神風 英男(じんぷう ひでお、1961年10月10日 - )… 神風 英男(じんぷう ひでお、1961年10月10日 - )は、日本の政治家。民主党所属の元衆議院議員(3期)。防衛大臣政務官(野田内閣・野田改造内閣)を務めた。 茨城県古河市生まれ。茨城県立古河第三高等学校、法政大学法学部法律学科卒業。大学卒業後、松下政経塾に入塾する(第7期生)。アメリカ合衆国法人INAファームコープを経て、帰国後の1994年、茨城県議会議員選挙に無所属で出馬するが、落選した。この時に出馬した岩井市選挙区は、茨城県政に絶大な影響力を有した自由民主党茨城県連会長の山口武平の選出選挙区であった。1995年、船田元衆議院議員事務所に入所。2001年から武正公一衆議院議員の政策担当秘書を務める。
針谷 力(はりや ちから、1961年(昭和36年)5月28日… 針谷 力(はりや ちから、1961年(昭和36年)5月28日 - )は、日本の政治家。茨城県古河市長(3期)。 古河市立古河第一中学校、茨城県立古河第三高等学校、獨協大学法学部卒業。俳優の渡辺徹は幼稚園、中学校、高校の同級生で幼馴染み同士だった。 1995年(平成7年)、旧古河市の市議会議員選挙に初当選。3選したあとの2005年(平成17年)9月12日、旧古河市は総和町、三和町と新設合併を行い、新制の古河市が誕生する。 2007年(平成19年)4月22日に行われた新古河市の市議選で当選。その後、第4代古河市議会議長に就任する。2011年(平成23年)と2015年(平成27年)の市議選はそれぞれトップ当選を果たした。
小林 栄(こばやし さかえ、1956年(昭和31年)1月18… 小林 栄(こばやし さかえ、1956年(昭和31年)1月18日 - )は、日本の政治家、司法書士。茨城県結城市長(2期)。 茨城県古河市出身。明治大学法学部卒業。1984年(昭和59年)2月、小林司法書士事務所の所長となる。 結城青年会議所理事長を務めたのち、2003年(平成15年)5月から2005年(平成17年)5月まで茨城司法書士会副会長を務めた。 2006年(平成18年)12月、茨城県議会議員選挙に自由民主党公認で結城市から立候補したが、落選した。 2008年(平成20年)9月、結城市倫理法人会会長に就任。 2011年(平成23年)8月7日に行われた結城市長選挙に自民党とみんなの党の推薦を受けて立候補するも、前市議の前場文夫に128票差で破れ落選。
菅谷 憲一郎(すがや けんいちろう、1952年(昭和27年)… 菅谷 憲一郎(すがや けんいちろう、1952年(昭和27年)4月3日 - )は、日本の政治家。茨城県古河市長(1期)、茨城県議会議員(1期)、総和町長(2期)などを歴任した。 茨城県古河市出身。茨城県立古河第一高等学校を経て1975年(昭和50年)3月、東海大学政治経済学部卒業。38歳のときに首長になろうと決意し、1992年(平成4年)、総和町長選挙に出馬するも落選。1996年(平成8年)の町長選挙で初当選。2000年(平成12年)に再選。2004年(平成16年)の町長選挙で白戸仲久に敗れる。 2005年(平成17年)9月12日、旧古河市と総和町、三和町が新設合併、現在の古河市となる。これに伴って行われた古河市長選挙に出馬するも落選。
永岡 洋治(ながおか ようじ、1950年〈昭和25年〉12月… 永岡 洋治(ながおか ようじ、1950年〈昭和25年〉12月24日 - 2005年〈平成17年〉8月1日)は、日本の政治家、農林水産官僚。自由民主党(亀井派)に所属した。妻は洋治の死後地盤を引き継いで衆議院議員となった永岡桂子。 茨城県古河市出身。埼玉県立春日部高等学校を経て、東京大学法学部卒業。ハーバード大学大学院修了。1975年(昭和50年)、農林水産省に入省。1985年(昭和60年)、鹿児島県農政課長。1987年(昭和62年)、農林水産省大臣官房予算課長補佐。1990年(平成2年)、農林水産省大臣官房企画室上席企画官。1991年(平成3年)、農林水産省大臣官房総務課調査官。1993年(平成5年)、農林水産省経済局国際部ガット室長。
佐藤 洋之助(さとう ようのすけ、1894年(明治27年)7… 佐藤 洋之助(さとう ようのすけ、1894年(明治27年)7月9日 - 1984年(昭和59年)7月7日)は、日本の政治家、実業家。所属政党は戦前は立憲政友会→政友会革新同盟→日本進歩党、公職追放解除後は自由党→自由民主党。衆議院議員を通算10期務めた。 茨城県猿島郡古河町(現在の古河市)の旧家・佐藤長之助の長男として生まれる。慶応義塾大学中退。古河町会議員、茨城県会議員、同副議長を経て、1932年の第18回衆議院議員総選挙で茨城県3区(当時)から政友会公認で立候補して初当選。1939年の政友会分裂に際しては中島知久平が総裁を務める政友会革新派に参加。1942年の翼賛選挙では翼賛政治体制協議会の推薦を受けて当選する。
飯島 雷輔(いいじま らいすけ、1887年(明治20年)10… 飯島 雷輔(いいじま らいすけ、1887年(明治20年)10月20日 - 1964年(昭和39年)2月21日)は、日本の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員、貴族院勅選議員、茨城県旧古河市長。 茨城県西葛飾郡古河町(現:古河市)で、製糸業・飯島政吉の長男として生まれる。1909年(明治42年)家業を継承した。 武州銀行相談役、飯島商店社長、日本特殊合金鋳工社長、長島製糸所代表、古河町農会長、日本赤十字社特別社員、済生会特別会員などを務めた。 1936年(昭和11年)4月、古河町長に就任し同年11月まで在任。1939年(昭和14年)9月29日、貴族院多額納税者議員に任じられ、1941年(昭和16年)10月2日に辞任した。
小久保 喜七(こくぼ きしち、1865年4月17日(慶応元年… 小久保 喜七(こくぼ きしち、1865年4月17日(慶応元年3月22日) - 1939年(昭和14年)12月14日)は、日本の政治家、自由民権家。従四位勲二等。中田文武館館長。号は城南。族籍は茨城県平民。 下総国猿島郡(のちの茨城県猿島郡新郷村中田、現在の茨城県古河市)出身。小久保藤吉の長男。幼い頃に母を失い、祖母に養われた。栃木県佐野町で先生に就いて漢学を学んだ。 1879年(明治12年)、郷里に帰り民権自由の説を唱え、自由民権運動に投じる。1883年(明治16年)春に有終会を組織し、又五州志士舟遊会を起し推されて幹事となる。さらに自由党結成大会に出席した。中田文武館を設立し自ら館長となり大に壮士を養う。
初見 八郎(はつみ はちろう、1861年4月14日(文久元年… 初見 八郎(はつみ はちろう、1861年4月14日(文久元年3月5日) - 1930年(昭和5年)5月31日)は、仏語教授、日本の政治家、ジャーナリスト。国会議員衆議院議員。自由民権運動の中心人物。 常陸国猿島郡東山田村(現在の茨城県古河市)出身。東山田村名主の豪農、茨城県多額納税者である初見吉左衛門の四男で土浦五十銀行の頭取を務めた初見敬二郎の長男。明治維新前初見家は代々北山田(きたやまた)の名主でした。農業を中心に大規模な土地経営を行い、地域の有力な地主として知られていました。東山田村は藍の生産地であり、利根川水運を通じて深谷や江戸方面に送られる流通ルート上にあったため、渋沢栄一の藍染業務時代から直接関わっていました。