中山 一生(なかやま かずお、1962年(昭和37年)11月… 中山 一生(なかやま かずお、1962年(昭和37年)11月13日 - )は、日本の政治家。茨城県議会議員(2期)。元茨城県龍ケ崎市長(3期)。 祖父は衆議院議員を務めた中山栄一。父は防衛庁長官を務めた中山利生。 茨城県龍ケ崎市生まれ。龍ケ崎市立龍ケ崎小学校、龍ケ崎市立愛宕中学校、茨城県立竜ヶ崎第一高等学校、日本大学法学部法律学科卒業。 大学卒業後は、父・中山利生の政策担当秘書を務めた。 1991年、中山利生が宮澤内閣で防衛庁長官に任命された際には、秘書官を務めた。 2005年、第44回衆議院議員総選挙に茨城県第3区から無所属で出馬したが、自民党の葉梨康弘、民主党の小泉俊明の後塵を拝し、得票数3位で落選した。
中山 利生(なかやま としお、1925年3月16日 - 20… 中山 利生(なかやま としお、1925年3月16日 - 2004年9月30日)は、日本の政治家。衆議院議員(9期)、防衛庁長官、自民党副幹事長、衆議院安全保障委員長などを歴任。位階は正三位。 衆議院議員を務めた中山栄一の息子として、茨城県稲敷郡龍ケ崎町(現・龍ケ崎市)に生まれた。旧制龍ケ崎中学(現・竜ヶ崎一高)を経て、日本大学法学部を卒業。大学時代は水泳部に所属し、副主将を務めた。 大学卒業後、父の秘書を経て1969年の第32回衆議院議員総選挙に自民党公認で旧茨城県第1区から出馬し当選。以降9期当選した。法務政務次官や自治政務次官を経て、1992年12月12日、宮澤改造内閣で初入閣し、防衛庁長官に任命された。
来栖 七郎(くるす しちろう、1883年(明治16年)7月2… 来栖 七郎(くるす しちろう、1883年(明治16年)7月20日 - 1928年(昭和3年)5月24日)は、衆議院議員(立憲政友会)、ジャーナリスト。 茨城県北相馬郡北文間村(現在の龍ケ崎市)出身。日本法律学校を経て、東京政治学校を卒業。二六新報記者、同理事、帝国通信記者、自由通信社理事などを歴任。さらに殖民協会理事長を務めた。 1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。次の第16回衆議院議員総選挙でも再選された。
山崎 慎三(やまざき しんぞう、1854年(安政元年3月) … 山崎 慎三(やまざき しんぞう、1854年(安政元年3月) - 1912年(明治45年)2月8日)は、明治時代の政治家。貴族院多額納税者議員。幼名は守正、字は子順。茨城県河内郡馴柴村長。 常陸国河内郡馴馬村(茨城県河内郡馴柴村、稲敷郡馴柴村を経て現龍ケ崎市)出身。幼い頃より椎名克堂、朽木久綱などについて学び、土浦藩儒の五十嵐儀一に師事し和漢学を修めた。その後、江戸に遊学し文武を研鑽した。 馴馬村副戸長、同戸長、門倉村ほか五箇村連合戸長を経て、1889年(明治22年)馴柴村長に就任。翌年、1890年(明治23年)には茨城県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日から1897年(明治30年)9月28日まで務めた。