櫛渕 万里(くしぶち まり、1967年〈昭和42年〉10月1… 櫛渕 万里(くしぶち まり、1967年〈昭和42年〉10月15日 - )は、日本の政治家。れいわ新選組副幹事長兼政策審議会長代理。 衆議院議員(3期)、ピースボート事務局長、れいわ新選組共同代表などを歴任。 1967年(昭和42年)10月15日、 群馬県沼田市に生まれる。沼田市立沼田小学校、沼田市立沼田中学校、群馬県立沼田女子高等学校卒業。 1991年(平成3年)3月 、立教大学社会学部卒業。同年、ピースボートの職員となる。後に事務局長に就任。 1995年(平成7年)、田中秀征(新党さきがけ)の「さきがけ塾」専修科生となる。 2006年(平成18年)、民主党国会議員候補公募試験に合格、2008年(平成20年)3月にピースボートを退職する。
横山 公一(よこやま こういち、1947年〈昭和22年〉4月… 横山 公一(よこやま こういち、1947年〈昭和22年〉4月2日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。元群馬県沼田市長(2期)。 群馬県沼田市中町の呉服商、横山昌弘の長男として生まれる。沼田市立沼田小学校、沼田市立沼田中学校、群馬県立沼田高等学校卒業。高校1年生の時に母を亡くし、3年生の時に父を亡くす。そのため大学進学を断念し、10代から家業の呉服店の経営にあたったという。 2010年(平成22年)、沼田商工会議所会頭に就任。 2014年(平成26年)4月27日に行われた沼田市長選挙に無所属で出馬。現職の星野已喜雄、元県議の金子浩隆ら3候補を破り初当選。5月10日、市長就任。選挙の結果は以下のとおり。
中山 弘子(なかやま ひろこ、1945年(昭和20年)2月6… 中山 弘子(なかやま ひろこ、1945年(昭和20年)2月6日 - )は、日本の政治家。元東京都新宿区長(3期)。 日本統治下の台湾宜蘭県羅東鎮に生まれ、生後間もない1946年3月、父の故郷である群馬県沼田市に引き揚げる。群馬県立沼田女子高等学校、日本女子大学文学部社会福祉学科卒業。1967年、東京都庁に入庁。目黒区、中野区で7年間、区政に携わった。東京都人事委員会事務局長、東京都監査事務局長などを歴任。 2002年10月9日、相続税や所得税など約10億円の滞納が問題となっていた新宿区長の小野田隆が辞職。同月東京都庁を退職し、11月24日に行われた区長選挙に自由民主党・公明党・連合東京などの推薦を受けて立候補し初当選した(東京23区初の女性区長)。
尾身 幸次(おみ こうじ、1932年〈昭和7年〉12月14日… 尾身 幸次(おみ こうじ、1932年〈昭和7年〉12月14日 - 2022年〈令和4年〉4月14日)は、日本の政治家、通商産業・科学技術官僚。位階勲等は正三位旭日大綬章。 衆議院議員(8期)、経済企画庁長官(第54代)、沖縄及び北方対策担当大臣(第2代)、科学技術政策担当大臣(第2代)、財務大臣(第6代)、自由民主党群馬県連会長などを歴任。 群馬県沼田市に8人兄弟の長男として生まれる。家が困窮していたため、少年期は父親の商売を手伝い、しばしば行商にも出た。群馬県立沼田高等学校在学中も家業に従事し、就職コースで簿記等を学んだ。高校2年から進学コースに変更し、1952年に一橋大学商学部入学。奨学金とアルバイトにより、1956年に同大学を卒業し、通商産業省に入省する。
金子 満広(かねこ みつひろ 1924年〈大正13年〉11月… 金子 満広(かねこ みつひろ 1924年〈大正13年〉11月17日 - 2016年〈平成28年〉4月18日)は、日本の政治家。衆議院議員(通算6期)。日本共産党書記局長、副委員長を歴任した。 1924年(大正13年)、群馬県利根郡利根村大楊(現・沼田市利根町大楊)に生まれる。尋常高等小学校卒業後、1941年(昭和16年)国鉄信越線横川機関区に就職。1944年(昭和19年)に運輸通信省鉄道教習所を卒業し、国鉄の東京鉄道局水上機関区に配属される。 1946年(昭和21年)日本共産党に入党。同年国鉄労働組合(国労)結成。7万5000人首切り反対闘争に参加。1949年(昭和24年)に国労高崎支部長となる。
堀江 文夫(ほりえ ふみお、1924年〈大正13年〉4月2日… 堀江 文夫(ほりえ ふみお、1924年〈大正13年〉4月2日 - 2016年〈平成28年〉4月22日)は、日本の政治家。群馬県沼田市長(4期)。 群馬県利根郡薄根村(現・沼田市町田町)出身。旧制沼田中学を卒業後、1945年(昭和20年)、桐生工業専門学校(現・群馬大学工学部)機械科卒。1951年(昭和26年)、薄根村議会議員となる。1954年(昭和29年)、薄根村は合併により沼田市となったため、沼田市議会議員となる。沼田市議を5期務めた後、1970年(昭和45年)、沼田市長に当選する。沼田市長を連続4期務め、1986年(昭和61年)に退任した。 1980年(昭和55年)4月藍綬褒章、1994年(平成6年)4月勲三等瑞宝章(地方自治功労)を受章。
生方 誠(うぶかた せい、1894年〈明治27年〉8月17日… 生方 誠(うぶかた せい、1894年〈明治27年〉8月17日 - 1978年〈昭和53年〉10月6日)は、日本の薬剤師、政治家、行政委員。群馬県利根郡沼田町(現:沼田市)出身。群馬県会議員、沼田町長、国家公安委員、群馬県薬剤師会会長、群馬県町村長会長などを務めた。妻は歌人の生方たつゑ、長女は料理研究家の生方美智子。 1894年(明治27年)、沼田町上之町の老舗薬種商「かどふぢ(角藤)」を営む生方弥右衛門の長男として生まれる。1910年(明治43年)旧制前橋中学校利根分校(現・群馬県立沼田高等学校)を修了し、1912年(明治45年)同本校(現・群馬県立前橋高等学校)を卒業。1916年(大正5年)に千葉医学専門学校薬学科(現:千葉大学薬学部)を卒業した。
増田 金作(ますだ きんさく、1877年〈明治10年〉2月2… 増田 金作(ますだ きんさく、1877年〈明治10年〉2月26日 - 1947年〈昭和22年〉4月20日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、群馬県会議員(3期)、群馬県利根郡沼田町長、白沢村長。 群馬県利根郡白沢村上古語父に、増田仁兵衛の次男として生まれる。兄・武市は群馬県会議員や白沢村長を務めた。沼田町の育修館(群馬県立沼田高等学校の前身)を卒業。 1907年(明治42年)4月に白沢村収入役となり、1908年(明治44年)10月利根郡会議員に当選。1912年(明治45年)、1920年(大正9年)、1923年(大正12年)の3度にわたり白沢村長に選出された。1917年(大正6年)には白沢村会議員となっている。
久米 民之助(くめ たみのすけ、文久元年8月27日〈1861… 久米 民之助(くめ たみのすけ、文久元年8月27日〈1861年10月1日〉 - 昭和6年〈1931年〉5月24日)は、日本の土木技術者(工学博士)、実業家、政治家。衆議院議員を4期務めた。故郷の群馬県沼田市に沼田公園を寄付し、沼田市名誉市民として顕彰されている。 上野国沼田(現在の群馬県沼田市)に生まれた。父は沼田藩士の久米権十郎正章。幼少期に両親を喪ったため、継母に養育される。 1876年(明治9年)6月、上京して慶應義塾に学ぶ。1878年(明治11年)に工部大学校土木科に入学。 1884年(明治17年)に工部大学校土木科を優秀な成績(第一等及第)で卒業。卒業後は高島嘉右衛門の土木事業に参画したという。