金子 拓郎(かねこ たくろう、1997年7月30日 - )は… 金子 拓郎(かねこ たくろう、1997年7月30日 - )は、埼玉県比企郡小川町出身のプロサッカー選手。Jリーグ・浦和レッズ所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 小学1年生のときに地元の小川サッカースポーツ少年団(現:FCアルベスタ小川)でサッカーを始める。中学生年代ではクマガヤSCに15期生として入団しプレー。クマガヤSC同期に庄司朋乃也、加藤陸次樹、原山海里、小島雅也がいた。 2013年、前橋育英高等学校に進学。同期に大畑隆也、野口竜彦、綿引康、1学年上に小泉佳穂、坂元達裕、渡邊凌磨、鈴木徳真、岡村大八などがいる世代であった。高校では2年次の第93回全国高等学校サッカー選手権大会で控え選手ではあったが準優勝を経験し、3年次には主力として、第94回全国高等学校サッカー選手権大会で8強入りした。
林家 木久彦(はやしや きくひこ、1991年4月25日 - … 林家 木久彦(はやしや きくひこ、1991年4月25日 - )は、日本の落語家、YouTuberである。オフィス適材適所合同会社、落語協会所属の真打。出囃子は『タフワフワイ』。本名∶草野 慧介。 1991年4月、埼玉県比企郡小川町出身。実家は同町の「平井商店」(居酒屋)。埼玉県立松山高等学校卒業。 2010年2月、林家木久扇に入門。9番弟子。2010年8月、前座となる。前座名は「けい木」。 2015年5月、柳亭市童、柳家吉緑、柳家やなぎ、林家なな子と共に二ツ目に昇進する。 2018年6月、出身地である埼玉県小川町の観光大使に就任した。 2019年1月、母校の松山高校がある東松山市の應援團員に就任した。
伊藤 和雄(いとう かずお、1989年12月13日 - )は… 伊藤 和雄(いとう かずお、1989年12月13日 - )は、埼玉県比企郡小川町出身の元プロ野球選手(投手)。 小川東中学校時代に野球をスタート。当初は控えの二塁手であった。埼玉県立坂戸西高等学校への入学後に投手へ転向すると、2年時の秋からエースの座を確保したが、在学中には全国大会と無縁であった。卒業後に高校からグラウンドが程近い東京国際大学へ進学。広島東洋カープの監督時代に日本シリーズ制覇を3度経験した古葉竹識が監督へ就任したばかりの硬式野球部で、1年時の春から東京新大学野球のリーグ戦に登板した。エースとして臨んだ4年時(2011年)の春季リーグ戦では、3完封を含む7勝を挙げて、チーム史上初の優勝に貢献。
安藤 しげき(あんどう しげき、本名、安藤 茂樹(あんどう … 安藤 しげき(あんどう しげき、本名、安藤 茂樹(あんどう しげき)、1953年7月10日 - 1997年4月19日)は、日本の漫画家。埼玉県比企郡小川町出身、早稲田大学卒業。 大学では早稲田大学漫画研究会に所属し、堀井雄二やかまちよしろうらと活動を共にする。卒業後は広済堂出版に入社。編集者として勤めた後、イラストレーターとして独立。1982年、「週刊漫画サンデー」において『たまらん!!』で漫画家デビュー。初期は、本名の「安藤 茂樹」名義で執筆していた。その後、ファミリー向け、成人向けを問わず数々の4コマ雑誌で4コマや12コマの作品を発表し、地位を高める。1987年『ヤッちゃんの勝ち!! 』で第33回文藝春秋漫画賞を受賞。
魚住 陽子(うおずみ ようこ、本名: 加藤陽子、1951年1… 魚住 陽子(うおずみ ようこ、本名: 加藤陽子、1951年10月23日 - 2021年8月22日)は、日本の小説家。 埼玉県小川町出身。埼玉県立小川高等学校卒業。紀伊國屋書店に勤務するかたわら、同人誌で詩を書く。池袋コミュニティ・カレッジの小説講座に通い、同人誌『こみゅにてぃ』に小説を発表。 1989年「静かな家」で芥川賞候補、「奇術師の家」で第1回朝日新人文学賞受賞、1991年「別々の皿」で芥川賞候補、「公園」で三島由紀夫賞候補、1993年「流れる家」で芥川賞候補。1996年『動く箱』で野間文芸新人賞候補。個人誌「花眼」を発行している。のちには俳人としても活動した。 2021年8月22日、腎不全のため死去。
笠原 清志(かさはら きよし、1948年8月16日 - )は… 笠原 清志(かさはら きよし、1948年8月16日 - )は、日本の社会学者。跡見学園女子大学学長、立教大学名誉教授。 埼玉県比企郡小川町生まれ。1973年慶應義塾大学商学部卒、1978年から1980年までユーゴスラビアのベオグラード大学経済学部に留学、1981年慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得修了。1984年「自主管理制度の変遷と社会的統合 ユーゴスラビアにおける企業組織と労組機能に関する研究」で慶應義塾大学より社会学博士の学位を取得。 1986年立教大学社会学部助教授、1991年教授。2006年同経営学部教授、2008年副総長。2012年定年退任、名誉教授。2009年より福島学院大学理事を兼務。
松本 恒夫(まつもと つねお、1947年5月18日 - )は… 松本 恒夫(まつもと つねお、1947年5月18日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。 埼玉県比企郡小川町長(2期)、埼玉県議会副議長、埼玉県議会議員(3期、自由民主党)、小川町議会議員(3期)を歴任。 埼玉県比企郡小川町出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、中央大学理工学部中退。 1970年、小川石油株式会社に入社。1998年、小川町議会議員に就任。同年、株式会社武州めんに勤務。その後1999年と2003年にも当選。小川町議を3期務める。2004年の埼玉県議会議員補欠選挙に立候補し、初当選(西15区)。2007年と2011年(無投票当選)の3期にわたって当選した。2013年、埼玉県議会副議長に就任。
川野 幸夫(かわの ゆきお、1942年4月25日 - )は、… 川野 幸夫(かわの ゆきお、1942年4月25日 - )は、埼玉県比企郡小川町出身の実業家。ヤオコー会長。日本スーパーマーケット協会会長。ヤオコー川越美術館館長。 母は川野トモ。首都圏でスーパーマーケットを展開するヤオコーを創業し、社長・会長を歴任した。埼玉県立浦和高等学校同窓会元会長。 元々は弁護士になるため浦和高校に進み東京大学に進学した。しかし、小売業が頑張らないと国民の生活が豊かにならないと感じ、大学卒業後浦和市(現・さいたま市浦和区)のマルエツで4年間修業、その後実家のヤオコーに入社した。 1982年(昭和57年)の夏、幸夫の長男・正登(まさのり)が夏風邪によるウイルス性脳炎により夭折。
川野 トモ(かわの とも、1920年7月24日 - 2007… 川野 トモ(かわの とも、1920年7月24日 - 2007年8月14日)は、株式会社ヤオコー創業者、ヤオコー名誉会長。埼玉県比企郡小川町出身。義父は川野清三。子に川野幸夫・川野清巳。旧姓:門倉トモ。 そのバイタリティや商才の高さから「小川のおしん」の異名を持つ。また父親が経営していた古物商「門倉商店」は、創業当時の八百幸商店の主要取引先だったという。
金子 兜太(かねこ とうた、1919年(大正8年)9月23日… 金子 兜太(かねこ とうた、1919年(大正8年)9月23日 - 2018年(平成30年)2月20日)は、埼玉県出身の日本の俳人。現代俳句協会名誉会長。日本芸術院会員。2008年、文化功労者に選出される。小林一茶、種田山頭火の研究家としても知られる。 加藤楸邨に師事した。「寒雷」所属を経て「海程」を創刊し、主宰した。戦後の社会性俳句運動、前衛俳句運動において理論と実作の両面で中心的な役割を果たし、その後も後進を育てつつ第一線で活動した。上武大学文学部教授、現代俳句協会会長などを歴任した。 埼玉県比企郡小川町の母の実家で、父・金子元春と母・はるの長男として生まれる。父の元春は開業医で、「伊昔紅(いせきこう)」の俳号を持つ俳人である。
梅澤 實(うめざわ みのる、1904年〈明治37年〉9月11… 梅澤 實(うめざわ みのる、1904年〈明治37年〉9月11日 - 1994年〈平成6年〉5月13日)は、日本の産婦人科医。横浜市立大学学長。 埼玉県比企郡小川町出身。1923年に旧制埼玉県立熊谷中学校を卒業。旧制浦和高校を経て、1930年東京帝国大学医学科を卒業。東京大学医学部付属病院産婦人科教室に入り医学博士を取得。 1939年に新潟医科大学助教授に新任。前橋医科大学教授を経て、1950年、群馬大学医学部産婦人科教室教授。1951年、群馬大学医学部附属病院長となる。1957年、附属病院長を辞任。 1958年、群馬大学教授を退官後、横浜市立大学医学部教授となる。1970年退官し、横浜市立大学学長を1974年まで務めた。