池田 年穂(いけだ としほ、1950年 - )は慶應義塾大学… 池田 年穂(いけだ としほ、1950年 - )は慶應義塾大学名誉教授。歴史学者、翻訳家。専門は、移民論、移民文学、アメリカ社会史。ティモシー・スナイダーやタナハシ・コーツの著作のわが国における紹介者として知られる。 1950年横浜市に生まれる。横浜国立大学学芸学部附属横浜小学校・同中学校、東京学芸大学附属高等学校卒業。慶應義塾大学文学部史学科卒業、同修士課程修了。海保眞夫、可児弘明、上村達雄らの謦咳に接する。海保眞夫の遺志を継いで、2009年以降は翻訳にも力を入れるようになる。論文には移民関係のものが多いが、「福原有信と揺籃期の近代薬事制度」(共著者1名 1997年)は、「日本における化学史文献:日本篇」化学史研究Vol.34 (2007年)にも選ばれている。
中村 不二夫(なかむら ふじお、1950年 - )は、日本の… 中村 不二夫(なかむら ふじお、1950年 - )は、日本の詩人。 神奈川県横浜市生まれ。神奈川大学法学部卒業。1974年より東京都在住。恵泉女学園短期大学非常勤講師を務める(1992年から1999年)。 1979年に第一詩集『ベース・ランニング』、1984年に第二詩集『ダッグ・アウト』と、スポーツをタイトルとする独自の詩世界で颯爽と登場し、第三詩集『Mets』は第一回日本詩人クラブ新人賞を受賞した。 一方で日本聖公会信徒であり、日本キリスト教詩人会に所属する。信仰、愛、平和を現代に問う詩世界を構築する詩集『People』、『使徒』を刊行、2007年の第六詩集『コラール』は第33回地球賞を受賞した。
新井 清一(あらい きよかず、1950年 - )は、日本の建… 新井 清一(あらい きよかず、1950年 - )は、日本の建築家。京都精華大学デザイン学部建築学科客員教授。アライ・アーキテクツ一級建築士事務所主宰。 神奈川県横浜市生まれ。1980年中央大学商学部卒業。1983年南カリフォルニア建築大学(SCI-Arc)大学院修士課程修了。2004年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了。 1979年から1991年の間、米国のモーフォシス建築設計事務所に所属。1991年にアライ・アーキテクツ事務所を設立。 2014年より京都精華大学客員教授を務める。 主な作品に「くまもとアートポリス」(1988年)、「京都精華大学自習棟」(自在館)、「大連医科大学新校区総体計画設計」、「杖立温泉会館」など。
平野 昭(ひらの あきら、1949年9月21日 - )は、日… 平野 昭(ひらの あきら、1949年9月21日 - )は、日本の音楽学者、静岡文化芸術大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。1979年武蔵野音楽大学大学院音楽学専攻修了。東京工学院芸術専門学校講師、尚美学園短期大学助教授、1996年沖縄県立芸術大学助教授、教授、2000年静岡文化芸術大学教授、同名誉教授、慶應義塾大学文学部教授。2015年退任。 研究領域は西洋音楽史と音楽美学。古典派とロマン派音楽の様式研究を中心とし、特にベートーヴェン研究をライフワークとしている。
山口 小夜子(やまぐち さよこ、1949年9月19日 - 2… 山口 小夜子(やまぐち さよこ、1949年9月19日 - 2007年8月14日)は、日本のファッションモデル。「日本の元祖スーパーモデル」とも称されている。神奈川県横浜市生まれ。活動はモデルだけに留まらず女優、パフォーマー、ファッションデザイナー、と多岐にわたった。また晩年は、その活動を自ら「ウェアリスト」と名乗っていた。 京浜女子大学横浜高等学校卒業後、学校法人杉野学園ドレスメーカー女学院に通う。同校で服飾デザインを学ぶと、日本人女性にしては背が高かったことから、洋服のサイズを仕上げる仮縫いのモデルを頼まれた。後日講師の勧めにより、プロのモデルを目指し始める。 同校卒業後、1971年にプロのモデルとしてデビューし、山本寛斎の「やまもと寛斎ロンドン・コレクション凱旋ショー」や高田賢三、三宅一生のショーに出演して注目を集める。
沢田 雅美(さわだ まさみ、1949年〈昭和24年〉7月11… 沢田 雅美(さわだ まさみ、1949年〈昭和24年〉7月11日 - )は、神奈川県横浜市出身の女優。京浜女子短期大学附属高等学校(現・鎌倉国際文理高等学校)中退。夫は俳優の赤松秀樹。 1964年、10代半ばでTBSのオーディションに合格し、『ただいま11人』にてデビュー。 1967年放送の『渥美清の泣いてたまるか』での渥美とのカラミは絶妙とされた。 若手の頃から石井ふく子プロデュース作品(TBS系列)には常連出演しており、「石井組(ファミリー)」の一員と見なされていた。 山岡久乃や京塚昌子からはデビュー当時よりとても可愛がられ、「山岡のお母さん」「京塚のお母さん」と呼んで慕っていた(『徹子の部屋』より)。
岩瀬 洋一郎(いわせ よういちろう、1949年 <昭和24年… 岩瀬 洋一郎(いわせ よういちろう、1949年 <昭和24年> 6月1日 - )は、日本の地方公務員。静岡県企画部長、同副知事、静岡県信用保証協会長を歴任。瑞宝中綬章受章者。 神奈川県横浜市生まれ、静岡県出身、静岡県立静岡高等学校、1973年 静岡大学教育学部卒業。静岡県庁に入庁し、空港部理事、企画部長を経て、2010年 (平成22年) 1月 副知事に就任、川勝平太知事を支えた。2012年3月 川勝知事が実現を目指す副知事3人制を巡って議会が大須賀淑郎と森山誠二を起用する人事案を否決する姿勢を示したことに伴い、それを回避するために副知事を辞任。「部下の人事案が否決されることは耐えられない」と語った。
林部 英雄(はやしべ ひでお、1949年4月8日 - )は、… 林部 英雄(はやしべ ひでお、1949年4月8日 - )は、日本の実験心理学者。専門は発達言語心理学、行動分析学。横浜国立大学名誉教授。 神奈川県横浜市出身。栄光学園高等学校、慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科修了。 東京学芸大学教育学部助手、横浜国立大学教育学部助教授などを経て、1997年横浜国立大学教育人間科学部教授。 国際交流委員長、留学生センター長、学長特任補佐(国際担当)などを歴任し、横浜国立大学の留学生教育および大学の国際化に貢献する。2015年名誉教授。
酒匂 真理子(さこう まりこ、1949年3月6日 - )は、… 酒匂 真理子(さこう まりこ、1949年3月6日 - )は、日本の翻訳家。 神奈川県横浜市出身。フェリス女学院高等学校を経て、1971年横浜市立大学文理学部卒業。同年早川書房に入社して、ハヤカワSF文庫の担当者となる。1974年退社ののち翻訳家に専業。
横山 彰(よこやま あきら、1949年3月 - )は、日本の… 横山 彰(よこやま あきら、1949年3月 - )は、日本の経済学者。中央大学名誉教授。財務省財務総合政策研究所特別研究官。日本社会事業大学学長。専門は、財政学、公共選択、総合政策。博士(経済学)(慶應義塾大学、1992年)。 神奈川県横浜市出身。城西大学教授、中央大学教授を経て、2019年より中央大学名誉教授。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
青山 ミチ(あおやま みち、本名: 八木 フサ子〈やぎ ふさ… 青山 ミチ(あおやま みち、本名: 八木 フサ子〈やぎ ふさこ〉、1949年〈昭和24年〉2月7日 - 2017年〈平成29年〉1月)は、日本の元ポップ、ロック歌手。 代表曲に「涙の太陽」「ミッチー音頭」「叱らないで」「恋のゴーカート」「恋はスバヤク」などがある。 神奈川県横浜市出身。父親が在日米軍のアメリカ人兵(黒人と報じられることもあったが菊地史彦は白人と断定している)で母親が日本人(八木キミ子)。横浜中華街でバーを営んでいた母は育児のいとまがなく祖母に任せた。若いころ長唄などを習った経験を有する祖母は歌謡曲のファンであったので、歌の本を買い与えたりしたという。 横浜市立港中学校の1年生だった1962年(昭和37年)3月、横浜のジャズ喫茶「テネシー」で素人ジャズコンテストがあり、祖母の同伴のもとこのコンテストに出場したところ3位で入賞した。
蒲谷 茂(かばや しげる、1949年1月25日 - 2019… 蒲谷 茂(かばや しげる、1949年1月25日 - 2019年6月2日)は、日本の医療ジャーナリスト。 神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部卒業後、3年間の銀行勤務の後、1974年『壮快』の創刊に編集部員として参加。 その経歴から、健康関連を題材とした出版が多い。 かつては八ヶ岳南麓に住み、エフエム八ヶ岳のパーソナリティもつとめていた。 2019年6月2日、Facebookにて蒲谷の妻が死去したことを報告した。70歳没。
襟川 恵子(えりかわ けいこ、1949年1月3日 - )は、… 襟川 恵子(えりかわ けいこ、1949年1月3日 - )は、日本の実業家、ゲームデザイナー。株式会社コーエーテクモホールディングス取締役名誉会長。株式会社コーエーテクモコーポレートファイナンス代表取締役社長。ソフトバンクグループ社外取締役。投資家。神奈川県横浜市出身。夫の襟川陽一は同社社長。夫との間に2子あり、長女の襟川芽衣は同社取締役、次女の襟川亜衣は株式会社光優ホールディングス(襟川家の資産管理会社)監査役。 コーエーでは、ゲームデザイナーであり職人気質の夫に対し、総務・経理・人事に目を配り、また他社との交渉の多くを担ってきた。 コーエーテクモゲームスの開発チーム“ルビーパーティー”を立ち上げ、女性向けゲームのシリーズ、ネオロマンスゲームの生みの親でもある。
伊藤 緋紗子(いとう ひさこ、1949年1月2日 - )は、… 伊藤 緋紗子(いとう ひさこ、1949年1月2日 - )は、日本のエッセイスト、翻訳家。 1949年(昭和24年)1月2日、神奈川県横浜市に生まれる。横浜雙葉小学校・横浜雙葉中学校・高等学校・上智大学外国語学部卒業、同大学院仏文科修士課程修了。上智大学在学中にフランス政府給費留学生としてフランスへの留学歴がある。 フランスの生活やファッションなどを紹介し、翻訳も行っている。恋愛、生き方、美容、ファッションなどのライフスタイル関連の執筆活動や講演、雑誌等への登場で活動している。
上原 隆(うえはら たかし、1949年 - )は、日本のエッ… 上原 隆(うえはら たかし、1949年 - )は、日本のエッセイスト、コラムニスト。 神奈川県横浜市出身。立命館大学文学部哲学科を卒業後、PR映像制作会社に勤務。会社勤務と同時に、同人誌「揺」、雑誌「思想の科学」において編集、執筆活動を開始、後に作家活動に専念する。市井の人々の生き方に目を向けたルポルタージュや身の回りの何気ないことに温かな目を向けるエッセイから、「日本のボブ・グリーン」と称される 。 『上原隆のオールナイトニッポン サポーターズ』のラジオパーソナリティなどをしていた実業家の上原隆は、同姓同名の別人である。
長野 茂(ながの しげる、1949年 - )は、株式会社フィ… 長野 茂(ながの しげる、1949年 - )は、株式会社フィットネスビジネス研究所代表取締役、ながら運動考案者。神奈川県横浜市出身。(他のホームページでは愛知県出身と表示。)1973年、早稲田大学第一文学部卒業。
有賀 一郎 (ありが いちろう、1949年 - ) は、日本… 有賀 一郎 (ありが いちろう、1949年 - ) は、日本のランドスケープ・アーキテクト(RLA)、樹木医。東京農業大学客員教授。景観施策アドバイザー 街路樹診断士 認定委員長。環境再生医上級、全国さくら功労者、環境カウンセラー全国連合会(ECU)の環境教育環境学習インストラクター。 横浜市生まれ。父は日本鋼管に勤める鉄骨専門の建築技師、父方の祖父は東芝のエンジニアで家電の工業デザイナー。母は書家。母方の祖父は潜水艦の動力関係の設計研究者で東芝の役員待遇、東京菊の会の会長。母方の祖母は江戸小紋の染め物屋の出。 1968年、青山学院大学高等部卒業。1973年、東京農業大学農学部造園学科卒業、同年サンコーコンサルタント(株)入社。
廣木 一人(ひろき かずひと、1948年12月15日 -)は… 廣木 一人(ひろき かずひと、1948年12月15日 -)は、日本の中世文学研究者。青山学院大学文学部日本文学科名誉教授。学位は、修士(文学)(青山学院大学)。 神奈川県横浜市生まれ。1972年、青山学院大学文学部フランス文学科卒業、同大学大学院文学研究科日本文学日本語専攻修士課程入学。1976年、同大学大学院文学研究科日本文学日本語専攻博士課程退学。1977年、日本女子大学付属高等学校教諭。1990年、青山学院大学文学部日本文学科講師。1993年同助教授、2002年同教授。2017年、同大学を定年退職。
青山 文平(あおやま ぶんぺい、1948年12月3日 - )… 青山 文平(あおやま ぶんぺい、1948年12月3日 - )は、日本の小説家。神奈川県横浜市出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。 経済関係の出版社に18年勤務した後、1992年からライターとなる。 1992年、『俺たちの水晶宮』で第18回中央公論新人賞を受賞(影山雄作名義)。その後、創作活動を休止。 2011年、青山文平名義の『白樫の樹の下で』で第18回松本清張賞を受賞し再デビュー。
鶴見 五郎(つるみ ごろう、1948年11月23日 - 20… 鶴見 五郎(つるみ ごろう、1948年11月23日 - 2022年8月26日)は、日本の男性プロレスラー、トレーニングジム経営者。本名:田中 隆雄。 悪役レスラーとして人気を集めた。 神奈川県横浜市出身。東海大学理学部物理学科卒業。大学に入学後、勉学と同時にレスリングに打ち込んでいたが、入学当時同大学にはまだレスリング部がなく、場所を転々としながら独自に練習していた。1971年6月、サンダー杉山の知り合いのつてで国際プロレスに入門。 7月12日、札幌中島スポーツセンターでの大磯武戦でデビューする。 1973年3月、八木宏(後の剛竜馬)と共に海外武者修行としてヨーロッパに渡り、主に西ドイツやイギリスで活動。
ルイズルイス加部( - かべ、本名:加部 正義(かべ まさよ… ルイズルイス加部( - かべ、本名:加部 正義(かべ まさよし)、1948年11月5日 - 2020年9月26日)は、ベーシスト、ギタリストである。横浜市出身。 ※ザ・ゴールデン・カップスの頃は、所属事務所の意向で1歳サバを読んで1949年生まれと称していた。その名残りで今でもたまに1949年生まれと書かれることがある。 1966年、後のグループ・サウンズ(GS)ブームにおける重要なバンドの一つとなる「ザ・ゴールデン・カップス」へ参加。加部はベースを担当していたが、1969年5月にエディ藩の脱退によりギターへ転向(加部はカップス参加前はギタリストだった)。なお、カップスの4thシングル『愛する君に』は、オリコン13位のヒットとなっている。
小島 周二(こじま しゅうじ、1948年(昭和23年)10月… 小島 周二(こじま しゅうじ、1948年(昭和23年)10月28日 - )は、日本の放射線生物学者。薬学博士(東北大学、1981年)。東京理科大学薬学部元教授。放射線被ばく後の適応応答に関する研究で知られる。 低線量の放射線を被ばくしたマウスにおいて、抗酸化物質グルタチオンの血中濃度とナチュラルキラー活性が上昇することを見出した。また、放射線誘発バイスタンダー効果において、アデノシン三リン酸(ATP)が細胞間シグナル伝達に関与する可能性を示した。 その他、がん関連抗体を用いたがんの放射免疫学的診断・治療の分野等でも業績を残している。 神奈川県横浜市出身。1973年東京理科大学薬学部卒業、1975年千葉大学大学院薬学研究科修士課程修了。
ロバート・ハリス(Robert Alan Harris, 1… ロバート・ハリス(Robert Alan Harris, 1948年9月20日 - )は、日本のDJ、旅行作家、エッセイスト。 神奈川県横浜市生まれ。ウェールズ人で「百万人の英語」などの英語講師を務めたJ・B・ハリスを父に、日本人で眼科医の平柳富美子を母に、日本とイギリスのクオーターとして生まれる。日本名は平柳 進(ひらやなぎ すすむ)で、2人の弟は他界している。父方の祖母・平柳うらは千葉県出身。 セント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジを経て上智大学在学中にアメリカ・カリフォルニアヘ留学する。1971年に東南アジアを放浪してバリ島に1年間滞在後、オーストラリアに16年間滞在してシドニーで書店兼画廊の「EXILES(エグザイルス)」を経営する。
小宅珠実(こやけ たまみ、1948年9月14日 - )は、日… 小宅珠実(こやけ たまみ、1948年9月14日 - )は、日本のジャズ・フルート奏者の草分け。夫はジャズ・ドラムス奏者のマイク・レズニコフ。
千葉 景子(ちば けいこ、1948年〈昭和23年〉5月11日… 千葉 景子(ちば けいこ、1948年〈昭和23年〉5月11日 - )は、日本の政治家。 法務大臣(第82・83代)、参議院国会等の移転に関する特別委員長、同環境特別委員長、同決算委員長、参議院議員(4期)、日本社会党中央執行副委員長民主党総務委員長、同広報委員長、同副代表などを歴任。旭日大綬章受章。 神奈川県出身。横浜国立大学学芸学部附属横浜中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1971年(昭和46年)中央大学法学部を卒業。 1982年(昭和57年)、弁護士登録。横浜弁護士会に所属。弁護士時代の活動としては、有名な訴訟として厚木基地爆音訴訟、富士見産婦人科病院事件、宇都宮病院事件などがある。 弁護士活動を通じて日本社会党と関係が生まれ、所属していた弁護士事務所長からの薦めもあり、1986年(昭和61年)、第14回参議院議員通常選挙に日本婦人会議神奈川県本部の支援を受け、社会党公認で神奈川県選挙区から立候補し初当選。
山梨 俊夫(やまなし としお、1948年4月1日 - )は、… 山梨 俊夫(やまなし としお、1948年4月1日 - )は、日本の美術史家、国立国際美術館館長。日本とフランスの近現代美術を主な専門領域とし、数多くの展覧会企画を担当する。 神奈川県横浜市生まれ。1972年東京大学文学部美学美術史学科卒業。1976年神奈川県立近代美術館学芸課勤務、1992年同館学芸課長、2002年副館長、2004年館長。定年後も非常勤館長として勤務。2011年国立国際美術館館長。2013年全国美術館会議副会長。2017年『風景画考』で平成28年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
西村 和子(にしむら かずこ、1948年〈昭和23年〉3月1… 西村 和子(にしむら かずこ、1948年〈昭和23年〉3月19日 - )は、日本の俳人。 神奈川県横浜市生まれ。旧姓・是松。実践女子学園中学校・高等学校を経て、1970年に慶應義塾大学文学部国文学専攻を卒業。1966年、大学入学と同時に「慶大俳句」に入会し、清崎敏郎に師事。翌年より清崎主宰の「若葉」に投句。1972年、「若葉」の20代作家による会「青胡桃会」発足、参加。このころに結婚、のち二児を出産。1981年、「若葉」同人。1996年、「慶大俳句」からの句友である行方克巳とともに「知音」を創刊、行方とともに代表を務める。俳人協会新人賞、俳人協会評論賞、俳人協会賞、桂信子賞などを受賞。1977年より俳人協会会員(理事)。
浜田 康行(はまだ やすゆき、1948年3月12日 - )は… 浜田 康行(はまだ やすゆき、1948年3月12日 - )は、日本の経済学者。専門は金融論・中小企業論・ベンチャーキャピタル論。北海道大学名誉教授。はまなす財団理事長。「濱田康行」とも表記される。 神奈川県横浜市出身。1966年横浜市内の県立高校、1970年東北大学経済学部を卒業。全国農業協同組合連合会に勤務。1977年同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。同年、久留米大学商学部講師。1981年3月5日経済学博士(東北大学・課程博士、第6号。学位請求論文は「イギリスにおける長期信用機関の展開」久留米大学商学部附属産業経済研究所紀要第9集、1980年11月)。 1982年北海道大学経済学部助教授。
大崎 滋生(おおさき しげみ、1948年1月3日 - )は、… 大崎 滋生(おおさき しげみ、1948年1月3日 - )は、日本の音楽社会史家。 1948年、神奈川県横浜市生まれ。幼少にヴァイオリンを嗜む。桐朋学園大学附属音楽高校在籍中は音楽学を専攻し、高校・大学を通じて齋藤秀雄に5年間指揮法を師事した。桐朋学園大学卒業後は東京芸術大学大学院に進み、1972年に修士課程を修了。1978年から1979年にかけてヨーロッパ7カ国でJ.ハイドンの原典資料を調査研究。 その後、桐朋学園大学で教える。。1986年から1987年には、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ音楽学研究所の客員教授として音楽社会史および演奏慣習の研究に従事した。桐朋学園大学図書館長、音楽学部音楽学科音楽学専攻主任をつとめた。
渡邊 秀夫(わたなべ ひでお、1948年1月 -2026年1… 渡邊 秀夫(わたなべ ひでお、1948年1月 -2026年1月 )は、日本の国文学者である。信州大学名誉教授。 横浜市生まれ。1970年に早稲田大学教育学部国語国文学科を卒業し、1977年に同大学文学研究科博士課程満期退学。1989年「古今集時代を中心とした王朝文学の和漢比較的研究」で早大文学博士。1983年「小野小町異譚-『玉造小町子壮衰書』攷」ほかの業績で日本古典文学会賞受賞、窪田空穂賞受賞。1972年早稲田実業学校国語科教諭、1977年東横学園女子短期大学専任講師。1982年信州大学人文学部助教授、1992年教授。2005-13年人文学部長。2013年定年退任、名誉教授。この間国文学研究資料館客員助教授、北京日本学研究センター客員教授、ワルシャワ大学東洋学研究所客員教授など歴任。
地主 道夫(じぬし みちお、1948年 - )は、日本の建築… 地主 道夫(じぬし みちお、1948年 - )は、日本の建築家、元ミュージシャン。 横浜市生まれ。聖光学院中学校・高等学校を経て、東北大学工学部金属加工学科卒業。その後、早稲田大学理工学部建築学科に編入学し、同大を卒業。 高校時代にジ・オフ・コース(後のオフ・コース → オフコース)に参加、早大在学中の1971年に脱退した。 1973年に竹中工務店入社。2004年から同社営業本部専門役。 現在は同社を退社し、建築家として独立している。 銀座のメゾンエルメスや青山のプラダブティックの建築を手掛ける。2005年に日本建築学会賞を受賞。
今岡 清(いまおか きよし、1948年 - )は、日本の元編… 今岡 清(いまおか きよし、1948年 - )は、日本の元編集者、天狼プロダクション代表取締役。作家の栗本薫は2度目の妻。 横浜市出身。中央大学法学部進学と同時に、SFファングループ「一の日会」に参加する。大学卒業後の1971年、日刊自動車新聞社に3か月勤務したのちに、早川書房に入社、SF担当の編集者となる。 森優(南山宏)が退社した1974年に、長島良三編集長のもとで『S-Fマガジン』の編集者になる。のち、早川浩(のちに社長、現・会長)編集長時代(今岡は編集長代行)を経て、1979年から6代目の『S-Fマガジン』編集長に就任する。1979年から、中断していたハヤカワ・SFコンテストを再開させ、神林長平、大原まり子など「SF作家第三世代」の作家たちをデビューさせるなど、手腕を振るう。
矢島 正見(やじま まさみ、1948年 - )は、日本の社会… 矢島 正見(やじま まさみ、1948年 - )は、日本の社会学者。一般財団法人青少年問題研究会理事長、元中央大学教授。専攻は犯罪社会学、社会病理学、性社会学。 神奈川県横浜市生まれ。1971年、中央大学文学部社会学科卒業、1979年、同大学院文学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学。1981年、大正大学文学部専任講師、1982年、同文学部社会福祉学科専任講師、1987年、同文学部社会福祉学科助教授。1991年、中央大学文学部助教授、1993年、同文学部教授、2005年、日本社会病理学会出版賞受賞、2007年、日本社会病理学会出版奨励賞受賞。一般財団法人青少年問題研究会理事長。
坪内 隆直(つぼうち たかなお、1948年 - )は写真家… 坪内 隆直(つぼうち たかなお、1948年 - )は写真家。横浜市出身。 2輪におけるモータースポーツフォトグラファーの草分け。写真家の二村保に師事後、フォトグラファーとして独立。永年にわたりロードレース世界選手権を追い続ける。2輪レース専門誌「グランプリ・イラストレイテッド」創刊時の編集長、GPMA(現 MSMA)創設時の事務局長などを務める。 1948年、神奈川県横浜市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。1972年、二村保に師事。独立後に渡欧しF1やルマン24時間レースなど撮影。1973年、ロードレース世界選手権など2輪レースの取材も開始。『サイクルサウンズ』や『オートテクニック』などに写真を発表。
田尻 惠保(たじり やすお、1947年12月1日 - )は日… 田尻 惠保(たじり やすお、1947年12月1日 - )は日本の実業家。神奈川県横浜市生まれ。都市拡業株式会社(現T.K.K.ホールディングス株式会社)代表取締役。一橋大学の同窓会如水会横浜支部(横浜如水会)の第11代支部長。 大蔵氏系田尻氏の系統で肥後の金峰山麓を治めていた「山之上三名字田尻氏」の末裔で宮大工の田尻儀作の曾孫として生まれる。 神奈川県立横浜平沼高等学校、一橋大学社会学部卒業。1977年(昭和52年)、一橋大学大学院博士課程を修了。学者を目指していたが、2代にわたって実家の会社に勤める社員に懇願され、家業を継ぐ決意をし父、田尻友作の経営する「田尻海運株式会社」に入社する。 田尻友作の退任に伴い1989年(平成元年)、水環境エンジニアリング企業である都市拡業株式会社代表取締役に就任する。
河野 純一(こうの じゅんいち、1947年11月19日 - … 河野 純一(こうの じゅんいち、1947年11月19日 - )は、日本のドイツ語・ドイツ文学者、横浜市立大学名誉教授。専門は、ヨーロッパ都市文化論、ウィーン方言論。 横浜市生まれ。聖光学院中学校・高等学校卒業。 1970年横浜市立大学文理学部文科卒業。1972年東京外国語大学大学院修士課程修了。 1972年東京外国語大学特設日本語学科非常勤講師。1973年玉川大学専任講師。1977年横浜市立大学助教授。1987年ウィーン大学客員教授。1990年横浜市立大学教授。2013年横浜市立大学定年退職。2013年横浜市立大学名誉教授。 2017年中央学院大学教授。2018年 - 2021年 中央学院大学特任教授。
江部 努(えべ つとむ、1947年10月30日 - )は日本… 江部 努(えべ つとむ、1947年10月30日 - )は日本の実業家。元NTT東日本社長。電気通信協会賞受賞。 神奈川県横浜市出身。1966年神奈川県立横浜翠嵐高等学校卒業、1970年一橋大学経済学部を卒業し、日本電信電話公社入社。盛岡電話局に配属。その後北海道総支社労働部長や経営企画本部担当部長を務めた。 2003年西日本電信電話代表取締役副社長、2007年日本電信電話代表取締役副社長中期経営戦略推進室長、2008年東日本電信電話代表取締役社長。固定通信と携帯電話サービスの融合を進め、2009年には光通信回線サービス「フレッツ光」の最大通信速度を、利用料金を従来のまま、従来の2倍の毎秒200メガビットに引き上げる新サービスを開始した。
増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は… 増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。法務省入国管理局長や、最高検察庁公判部長、横浜地方検察庁検事正、仙台高等検察庁検事長等を歴任した。 神奈川県横浜市出身。1971年中央大学法学部卒業。1974年東京地方検察庁検事。法務省入国管理局長、最高検察庁公判部長、千葉地方検察庁検事正を経て、2008年横浜地方検察庁検事正。2009年仙台高等検察庁検事長。2010年に退官し、東京弁護士会弁護士登録、外立総合法律事務所入所、中央更生保護審査会委員(常勤)。2018年春の叙勲で瑞宝重光章受章。同年増田法律事務所代表。2022年月島機械取締役。2023年月島ホールディングス取締役。
橋本 榮治(はしもと えいじ、1947年7月8日 - )は、… 橋本 榮治(はしもと えいじ、1947年7月8日 - )は、日本の俳人。 神奈川県横浜市出身。千葉大学法学部卒。1976年、「馬酔木」に投句、水原秋桜子、福永耕二に師事。1986年、馬酔木新人賞受賞。1987年、「馬酔木」同人。1997年、「馬酔木」編集長に就任、2007年まで務める。1995年、『麦生』で第19回俳人協会新人賞受賞。2024年、『瑜伽』で第63回俳人協会賞受賞。句集に『麦生』『激旅』『放神』『瑜伽』、俳書に『水原秋櫻子の一〇〇句を読む』がある。「馬酔木」同人、「枻」代表、「件」編集人。
寺尾 聰(てらお あきら、1947年〈昭和22年〉5月18日… 寺尾 聰(てらお あきら、1947年〈昭和22年〉5月18日 - )は、日本の俳優、ミュージシャン、ナレーター。 神奈川県横浜市保土ケ谷区出身。ホリプロダクション、石原プロモーションを経て、寺尾事務所(自らの個人事務所)所属。 目黒区立第十中学校、和光学園、法政大学第二高等学校、文化学院卒業。父は俳優の宇野重吉。既婚。3児の父。 劇団民藝の創設者である宇野の長男として生まれたが、この境遇に反発し音楽に傾倒。1965年に奥島吉雄、林廉吉らが結成したカレッジ・フォーク・グループ「ザ・サベージ」に加入し、ベースを担当した。1966年に「いつまでもいつまでも」でレコードデビュー、この曲と2枚目の「この手のひらに愛を」が大ヒットするが、すぐにグループを脱退した。
長島伸一(ながしま しんいち、1947年5月4日 - )は、… 長島伸一(ながしま しんいち、1947年5月4日 - )は、西洋史学者、長野大学名誉教授。19世紀英国史が専門。 神奈川県横浜市生まれ。1970年、上智大学文学部新聞学科卒業。1972年、法政大学経済学部経済学科卒業。1982年、同大学院社会科学研究科経済学専攻博士課程単位取得満期退学。1987年、『世紀末までの大英帝国』でサントリー学芸賞受賞。1990年、長野大学産業社会学部助教授、1995年、教授。産業社会学部長、環境ツーリズム学部教授、企業情報学部教授を歴任。2016年、退職。
小浜 逸郎(こはま いつお、1947年4月15日 - )は日… 小浜 逸郎(こはま いつお、1947年4月15日 - )は日本の評論家。国士舘大学客員教授。
大塚 崇(おおつか たかし、1947年3月7日 - )は、日… 大塚 崇(おおつか たかし、1947年3月7日 - )は、日本の俳優。本名同じ。劇団手織座に所属していた。神奈川県横浜市出身。浅野高等学校卒。
十文字美信(じゅうもんじ びしん、1947年3月4日 - )… 十文字美信(じゅうもんじ びしん、1947年3月4日 - )は、日本の写真家、CMクリエイター。元多摩美術大学教授。
香川 ヒサ(かがわ ひさ、1947年3月1日 - )は、日本… 香川 ヒサ(かがわ ひさ、1947年3月1日 - )は、日本の歌人。 神奈川県横浜市出身、大阪府豊中市在住。お茶の水女子大学文教育学部国文科卒業。 1970年、森本治吉主宰の歌誌「白路」入会。1984年、米田登主宰の歌誌「好日」入会。1988年、「ジュラルミンの都市樹」で第34回角川短歌賞を受賞。なおこの年の角川短歌賞は、前年に俵万智『サラダ記念日』の大ヒットがあったため、同賞史上最多の応募数であった。1993年、同人誌「鱧と水仙」を創刊。 時間や存在といった哲学的な素材を好んで詠み、「情緒的な作品に慣れてきた短歌史にとっては異質かもしれない」(小高賢)「理知的な言葉への好奇心によって私達の常識の死角に宿る思いがけない詩を発見してきた歌人」(川野里子)と評される。
石井 正敏(いしい まさとし、1947年2月8日 -2015… 石井 正敏(いしい まさとし、1947年2月8日 -2015年7月6日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史、対外関係史。中央大学名誉教授。日本古文書学会理事。 神奈川県横浜市出身。1969年法政大学文学部史学科卒、1971年中央大学大学院文学研究科国史学専攻修士課程修了、1975年、中央大学大学院文学研究科国史学専攻博士課程単位修了。法政大学では丸山忠綱、中央大学大学院では森克己に学び、大学院の研究会では飯田瑞穂に学ぶ。2002年國學院大學博士 (歴史学)。 中央大学文学部兼任講師を経て、1976年、東京大学史料編纂所助手として着任。1987年、東京大学史料編纂所助教授、1988年に中央大学文学部助教授に転任し、1990年から教授。
荒谷 公之(あらや きみゆき、1947年2月1日 - 没年不… 荒谷 公之(あらや きみゆき、1947年2月1日 - 没年不明)は、神奈川県横浜市出身の俳優。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
佐々木寛志(ささき ひろし、1947年1月16日 - )は日… 佐々木寛志(ささき ひろし、1947年1月16日 - )は日本の地方公務員。横浜市都筑区長、同市健康福祉局長、同市副市長を歴任。瑞宝小綬章受章。 神奈川県横浜市出身。1970年 国際基督教大学教養学部卒業。1971年 横浜市入庁。 道路局理事兼総務部長などを経て、2002年5月 都筑区長。2004年4月1日 福祉局長。2006年4月1日 健康福祉局長。 2007年4月1日から横浜市副市長。こども青少年局、健康福祉局、資源循環局、病院経営局、教育委員会事務局、鶴見区、神奈川区、南区、港南区、磯子区、金沢区を分担。2009年12月11日に辞職。 2010年4月 横浜市信用保証協会会長。2015年2月 ホテル、ニューグランド社外取締役。
小田 修司(おだ しゅうじ、1947年 - )は、日本の弁護… 小田 修司(おだ しゅうじ、1947年 - )は、日本の弁護士、税理士。第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長、弁護士国民年金基金理事長等を歴任。 神奈川県横浜市出身。1966年神奈川県立厚木高等学校卒業。1971年横浜国立大学経済学部卒業。国税庁東京国税局勤務を経て、1984年弁護士登録。2004年税理士登録。2005年第一東京弁護士会副会長。2012年原子力損害賠償紛争審査会特別委員。2016年第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。2018年弁護士国民年金基金理事長、宇部興産調査委員会委員長。 2019年春の叙勲で旭日中綬章を受章。2021年日本弁護士政治連盟副理事長。
清水 正之(しみず まさゆき、1947年(昭和22年) - … 清水 正之(しみず まさゆき、1947年(昭和22年) - )は、日本の倫理学者、思想史家、学校法人聖学院理事長、聖学院大学学長。倫理学・日本倫理思想史専攻。 神奈川県横浜市生まれ。1971年東京大学文学部倫理学科卒業。1977年同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。三重大学人文学部助教授、教授、東京理科大学教授、2007年聖学院大学教授。2013年お茶の水女子大学博士(人文科学)。博士論文の題目は「国学の他者像 : 誠実と虚偽」。2015年4月より姜尚中の後任の聖学院大学学長に就任した。2017年4月より阿久戸光晴の後任の学校法人聖学院理事長に就任した。