牧口 義方(まきぐち よしかた、1853年1月13日(嘉永5… 牧口 義方(まきぐち よしかた、1853年1月13日(嘉永5年12月4日)- 1899年(明治32年)12月20日)は、明治期の実業家、政治家。衆議院議員。幼名・正太郎。 越後国刈羽郡荒浜村(新潟県刈羽郡荒浜村を経て現柏崎市荒浜)で、代々村の組頭役を務め、回船業を営む牧口家4代当主・庄三郎の息子として生まれた。同郡比角村の星野鏡里に師事し漢学を修め、さらに同郡南条村の藍沢朴斎につき、柏崎県立学校で学んだ。 海運業を営み、柏崎銀行頭取、直江津取引所理事長、新潟商業銀行取締役、新潟銀行監査役などを務めた。 1881年(明治14年)12月、新潟県第18中学区第18小学区学務委員に就任。以後、荒浜村戸長、所得税調査委員などを務めた。
飯塚 弥一郎(彌一郎、いいづか やいちろう、1852年8月2… 飯塚 弥一郎(彌一郎、いいづか やいちろう、1852年8月21日(嘉永5年7月7日)- 1923年(大正12年)9月18日)は、明治から大正期の地主、農業経営者、実業家、政治家。衆議院議員、新潟県刈羽郡日高村長。 越後国刈羽郡新道村、のちの新潟県刈羽郡日高村(高田村を経て現柏崎市新道)で、大地主・飯塚弥兵衛の長男として生れた。藍澤南城の三余堂学寮で漢学、洋学を学んだ。1868年(明治元年6月)に家督を相続。農業を営む。 実業界などでは、1882年(明治15年)1月、第百三十九国立銀行取締役に就任。その他、同行監査役、日本石油監査役、柏崎銀行取締役、同頭取、柏崎米穀取引所理事、北浜酒造監査役、北越植民監査役、日本赤十字社特別会員、帝国義勇艦隊名誉会員、恩賜財団済生会名誉会員などを務めた。
関矢 孫左衛門(せきや まござえもん、1844年3月12日(… 関矢 孫左衛門(せきや まござえもん、1844年3月12日(弘化元年1月24日) - 1917年(大正6年)6月21日)は、明治時代の政治家、銀行家、実業家。衆議院議員(1期)。北海道開拓者。号・道菴、北海道人。 越後国刈羽郡新道村(新潟県刈羽郡日高村、高田村を経て、現柏崎市新道)出身。飯塚七十郎の子として生まれ、1858年(安政5年)魚沼郡並柳新田(新潟県北魚沼郡並柳村、下条村、広瀬村、広神村を経て現魚沼市)の関矢家の養子となった。戊辰戦争では居之隊に属して新政府軍とともに各地に転戦した。西南戦争にも従軍した。 1870年(明治3年)帰郷後、大区長に就任。のち三等警部、地租改正御用掛、北魚沼郡長兼南魚沼郡長を歴任する。
岡村 為蔵(おかむら ためぞう、天保14年5月25日〈184… 岡村 為蔵(おかむら ためぞう、天保14年5月25日〈1843年6月22日〉 - 1915年〈大正4年〉2月21日)は、幕末期の桑名藩士、明治時代の司法官僚、大審院判事。 越後国山室(現在の新潟県柏崎市)に、行田常冶改め常左衛門の次男として生まれ、まもなく山室の庄屋岡村家第14代権之丞の娘と入婿して岡村家を継ぐ。14歳で庄屋見習。慶応3年(1867年)桑名藩柏崎陣屋から郡中取締役を申し付けられ、その年の6月には一代苗字帯刀を許され武士となる。桑名藩が戊辰戦争で鯨波戦争を最後に敗走し、新政府が柏崎民政局を置くと、民政局御用掛となり、敗戦処理の経験を買われて会津戦争の戦後処理のため、若松県に2年出向。
松村 文次郎(まつむら ぶんじろう、1839年4月15日(天… 松村 文次郎(まつむら ぶんじろう、1839年4月15日(天保10年3月2日) - 1913年(大正2年)9月23日)は、明治時代の政治家、実業家。自由民権運動家。衆議院議員(2期)。 越後国刈羽郡柏崎村(現新潟県柏崎市)の町年寄の家に生まれた。原修斎に学び漢学を修めた。町年寄を務め、その後、柏崎県に出仕し学区取締に就任。1879年(明治12年)新潟県会議員に当選し、初代議長となった。ほか自由民権を唱え、北辰自由党に加わった。実業家としては柏崎活版印刷社長などを歴任した。1889年(明治22年)鈴木昌司、西潟為蔵、山際七司らと越佐同盟会を結成し評議員に就任。1890年(明治23年)6月に県会議員を辞職し、同年7月の第1回衆議院議員総選挙では新潟県第6区から出馬し当選。
阪口 大助 は、日本の男性声優。青二プロダクション所属。新潟… 阪口 大助 は、日本の男性声優。青二プロダクション所属。新潟県柏崎市東の輪町出身。
生田 ちむ(いくた ちむ、12月24日 - )は、日本のタレ… 生田 ちむ(いくた ちむ、12月24日 - )は、日本のタレント、レースクイーン、モデル。 新潟県柏崎市出身。イー・スマイル所属。愛称は「CHIMU」「ちむちゃん」「ちむちむ」。 モデルとしての初仕事は2013年8月のサマーソニックのコンパニオン。同年11月には東京モーターショーに初参加。2014年、ミスアクション2015候補生にエントリーするも、グランプリ受賞はならなかった。 2015年のSUPER GTで「JLOC マネパランボルギーニ with クロコクイーン」を務めレースクイーンデビュー。同年には桶川スポーツランドのイメージガールに当たる「桶川サーキットレディ」としての活動もあった。 2016年はスーパー耐久で「フロンティアキューティーズ」、SUPER GTで「TOMEI SPORTS ベイビットエンジェルス」を兼任。
梶野 敏貴(かじの としたか)は、新潟県柏崎市出身の日本の天… 梶野 敏貴(かじの としたか)は、新潟県柏崎市出身の日本の天文学者。専門は理論天文学、とりわけ天体核物理・宇宙論。 国立天文台の実証宇宙論・宇宙核物理学研究グループ(COSNAP)を主宰。理学博士(物理学)を取得している。 東大総長、文部大臣として活躍した有馬朗人の門下生である。また、梶野の門下からも多くの宇宙論研究者を輩出している。特技は書道。
柏戸 宗五郎(かしわど そうごろう、嘉永元年6月10日(18… 柏戸 宗五郎(かしわど そうごろう、嘉永元年6月10日(1848年7月10日) - 明治41年(1908年)7月26日は、越後国(現在の新潟県)出身の元大相撲力士。 現在の新潟県柏崎市善根出身。本名は北村忠之助(後に松村姓から伊勢ノ海姓に)。 1869年、7代伊勢ノ海(前1・柏戸宗五郎)の伊勢ノ海部屋に入門。入門時は藤ノ川を名乗り、1877年12月場所に入幕。1881年1月、柏戸宗五郎を襲名。1886年3月、7代伊勢ノ海の死去に伴い、8代伊勢ノ海を二枚鑑札で襲名。1889年1月場所には番付面でも伊勢ノ海五太夫と改名し、翌5月場所限りで引退して年寄専務となる。 引退後は、桐山・宮城野一門と提携し、勝負検査役(現在の勝負審判に相当)を長く務めた。
原 直行(はら なおゆき)は、明治時代初期の海軍・陸軍軍人・… 原 直行(はら なおゆき)は、明治時代初期の海軍・陸軍軍人・警視隊幹部。海軍少佐・陸軍中尉を歴任し、のち三等大警部として西南戦争に従軍した人物。勲六等受章者。 原直行は元・新潟士族で、柏崎の人。維新後は新政府の軍制整備の中で海軍士官として登用され、明治5年(1872年)には海軍大尉に任じられ、正七位を授けられた。 明治6年(1873年)6月には海軍少佐へ進み、砲兵隊長を命じられている。翌・明治7年には業務上の不都合により3日間の謹慎処分を受けた記録が残る。 その後、原は陸軍および警察機構へ転じ、明治10年(1877年)3月2日には陸軍中尉兼三等大警部となった。 同年、西南戦争が勃発すると、自身が三等大警部として率いる警視隊400名とともに戦地へ向かい、3月26日に八代へ入港した。
村山 久良女(むらやま くらじょ)は、明治時代の俳人。倉女、… 村山 久良女(むらやま くらじょ)は、明治時代の俳人。倉女、久良とも。「北越の生んだ千代女」とも、また採花女(さいかじょ)とともに「明治奮派の二才女」と称された。没後に『久良女発句集』が編まれている。 慶応2年(1866年)、越後国刈羽郡岡野町村(現・新潟県柏崎市)の素封家・村山家に生まれる。同家は代々文芸に通じ、久良女の祖父・9代藤右衛門(号:哲斎、俳号:章嶂、亀石)、父・吉次(号:抱月)もまた俳諧をよくした。なお、『平家詩史』を著した11代亀一郎(号:亀齢)は久良女の弟に当たる。 養志軒桑古が『久良女発句集』に寄せた跋によれば、久良女は幼少期から茶と俳諧をたしなみ、その天賦の才は「其器、一を聞て万を知るの才有り」と称されたという。
夕渚 愛(ゆうなぎ あい )は、新潟県柏崎市出身の演歌歌手。… 夕渚 愛(ゆうなぎ あい )は、新潟県柏崎市出身の演歌歌手。本名非公開。ニックネームは「あいちゃん」。 キャッチフレーズは全国デビュー前から一貫して「会いに行ける演歌歌手」。 1988年に地元の新潟県で開催された「BSNラジオ生放送 ダイエー杯カラオケ大会」に出場。小林明子の「恋におちて -Fall in love-」を歌い、チャンピオンとなる。 2002年 「クラウン歌謡学院 南歌謡教室」に所属。 2005年 佐渡汽船杯「船上カラオケ大会」優勝。 2009年 クラウン歌謡学院フェスティバル「埼玉大会」優勝。 2010年 NHKのど自慢(新潟県加茂市)で合格。 2010年 新潟県歌謡グランプリ優勝。