山下 政樹(やました まさき、1966年〈昭和41年〉5月1… 山下 政樹(やました まさき、1966年〈昭和41年〉5月11日 - )は、日本の政治家。山梨県笛吹市長(3期)。元山梨県議会議員(4期)。 山梨県東八代郡石和町四日市場(現在の笛吹市石和町四日市場)出身。石和町立石和南小学校、石和町立石和中学校、山梨県立石和高等学校(現在の山梨県立笛吹高等学校)卒業。1989年(平成元年)3月、拓殖大学政経学部政治学科卒業。同年4月、富士急行に就職。1993年(平成5年)7月、衆議院議員の堀内光雄の公設秘書となる。 2003年(平成15年)4月の山梨県議会議員選挙に東八代郡選挙区から無所属で出馬し初当選。 2004年(平成16年)10月12日、東八代郡石和町・御坂町・一宮町・八代町・境川村・東山梨郡春日居町の5町1村が合併して笛吹市が発足。
八代 英太(やしろ えいた、1937年〈昭和12年〉6月2日… 八代 英太(やしろ えいた、1937年〈昭和12年〉6月2日 - )は、日本の政治家、元アナウンサー、タレント、大学教授である。本名は前島 英三郎(まえじま えいざぶろう)。 郵政大臣(第65・66代)、参議院議員(3期)、衆議院議員(3期)を歴任。 山梨県東八代郡八代町(現:笛吹市)に生まれる。山梨県立石和高等学校(現:笛吹高等学校)卒業後、1957年 ラジオ山梨(1961年から山梨放送)にアナウンサーとして入社。1968年より日本テレビ『お昼のワイドショー』に中山千夏と共に司会者として加入。 1973年6月3日 愛知県刈谷市の市民会館で行われた畠山みどりの歌謡ショーの司会として出演。ものまねを始めようとマイクから後ずさりした際、せり舞台の穴(奈落)に転落。
堀内 光雄(ほりうち みつお、1930年〈昭和5年〉1月1日… 堀内 光雄(ほりうち みつお、1930年〈昭和5年〉1月1日 - 2016年〈平成28年〉5月17日)は、日本の政治家、実業家。血液型AB。 衆議院議員(10期)、富士急行株式会社会長、労働大臣(第51代)、通商産業大臣(第60代)、自由民主党総務会長(第43代)を歴任した。位階は正三位。勲等は勲一等旭日大綬章。 山梨県東八代郡御坂町(現笛吹市)出身。富士急行創業者一族の出身で、祖父、父ともに衆議院議員。生誕地は当時父・一雄が関東軍参謀として赴任していた関東州旅順。誕生時は元日だった為産婆がおらず、隣家に住む石原莞爾の妻が代わりに取り上げたという。父の転任に伴い奉天、新京、安東の日本人小学校に通った。
松沢 一(松澤、まつざわ はじめ、1896年(明治29年)2… 松沢 一(松澤、まつざわ はじめ、1896年(明治29年)2月16日 - 1961年(昭和36年)9月4日)は、昭和期の農民運動家、政治家。衆議院議員。 山梨県東山梨郡春日居村桑戸(春日居町を経て現笛吹市)で生まれる。農業を営む。早くから農民運動に加わった。 1930年(昭和5年)日本農民組合山梨県連合会結成時に青年部理事に就任。以後、会長の平野力三と行動を共にした。しかし社会情勢の変化に伴い、日本国家社会党、さらに皇道会に所属した。 また、春日居村会議員に就任し、さらに1939年(昭和14年)10月、山梨県会議員に選出され、同参事会員、小作戦時特別調停委員、金銭債務戦時特別調停委員、人事戦時特別調停委員、県農地委員、山梨地方森林会議員などを務めた。
生原 忠右衛門(忠右衞門、はいばら ちゅうえもん / ちゅう… 生原 忠右衛門(忠右衞門、はいばら ちゅうえもん / ちゅううえもん、1868年3月15日(慶応4年2月22日)- 1932年(昭和7年)12月20日)は、明治後期から昭和前期の政治家、実業家。衆議院議員。 甲斐国山梨郡小松村(山梨県東山梨郡春日居村、春日居町を経て現笛吹市春日居町小松)で、豪農・生原広賢、かく の長男として生まれる。1892年(明治25年)6月、家督を相続した。 1889年(明治22年)町村制施行以来、春日居村会議員を務め、1894年(明治27年)東山梨郡会議員に当選。1899年(明治32年)山梨県会議員に選出され、所得税調査委員、春日居村助役なども務めた。 1917年(大正6年)4月、第13回衆議院議員総選挙に山梨県郡部から立憲政友会所属で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。
宇佐美 一宝(一寶、うさみ いっぽう / かずとみ、1865… 宇佐美 一宝(一寶、うさみ いっぽう / かずとみ、1865年12月18日(慶応元年11月1日)- 1953年(昭和28年)12月5日)は、明治期から昭和前期の農業経営者、政治家。衆議院議員、山梨県東八代郡境川村長。 甲斐国八代郡小黒坂村(山梨県東八代郡五成村、境川村を経て現笛吹市境川町小黒坂)で、宇佐美太兵衛の長男として生まれる。漢学、英学を学んだ。1879年(明治12年)家督を相続し農業を営む。 1891年(明治24年)郡制施行後の初代東八代郡会議員に選出された。1899年(明治32年)山梨県会議員に当選し2期在任。その他、境川村長(5期)、境川村会議員、所得税調査委員、地方森林会議員、山梨県農会代表員、山梨山林会副会長、大日本山林会評議員、日本赤十字社特別社員などを務めた。
11代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1861年10月2日… 11代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1861年10月2日(文久元年8月28日) - 1933年(昭和8年)4月9日)は、明治期の実業家、政治家。衆議院議員。旧名・平八郎。 甲斐国八代郡南八代村(山梨県東八代郡南八代村、八代村、八代町を経て現笛吹市)で、豪農・10代加賀美嘉兵衛の長男として生まれる。英学、漢学を修めた。 父とは政治姿勢を異にし自由民権運動に加わる。民権派機関紙『峡中新報』の株主総理として経営を行う。1888年(明治21年)山梨県会議員に選出され2期在任し、同参事会員、地方衛生会員、東八代郡会議員なども務めた。 1892年(明治25年)2月、第2回衆議院議員総選挙(山梨県第3区、無所属)で初当選し、その後、第4回総選挙まで再選され、衆議院議員に連続3期在任した。
古屋 専蔵(專藏、ふるや せんぞう、1854年4月4日(安政… 古屋 専蔵(專藏、ふるや せんぞう、1854年4月4日(安政元年3月7日)- 1924年(大正13年)7月25日)は、明治から大正期の豪農、実業家、政治家。衆議院議員。幼名・清太郎。 甲斐国八代郡土塚村(山梨県八代郡御代咲村、東八代郡御代咲村土塚、浅間村、一宮町を経て現笛吹市一宮町土塚)で、豪農・古屋総兵衛、かつ の長男として生まれる。古屋家は代々当主が専蔵と総兵衛を交互に襲名する決まりで、1874年(明治7年)に祖父の通称・専蔵を襲名した。幼くして学問に関心が高く一宮村の蜂谷(名不詳)から学び、次いで徽典館分校・石和教諭所で深町小七郎から指導を受けた。その後上京を願ったが果たせず独学を続けた。
10代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1835年12月11… 10代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1835年12月11日(天保6年10月22日) - 1891年(明治24年)10月14日)は、幕末から明治期の豪農、政治家。旧名・次左衛門光則。 甲斐国八代郡南八代村(山梨県東八代郡南八代村、八代村、八代町を経て現笛吹市)で生まれた。生家の加賀美家は八代郡小石和筋きっての大富豪。幕末には甲州田安家領の支配勘定格・郡中取締役を務めた。 明治維新後、1872年(明治5年)八代郡第7区長、同第8区長に就任し、藤村紫朗県政に協力した。その後、第22区長、第23区長となる。1878年(明治11年)東八代郡長に就任し東山梨郡長を兼務した。 その後、県内の民権派に対抗して立憲保守党の設立に尽力した。