坂野 重信(さかの しげのぶ、1917年〈大正6年〉7月23… 坂野 重信(さかの しげのぶ、1917年〈大正6年〉7月23日 - 2002年〈平成14年〉4月17日)は、日本の内務・建設官僚、政治家。自由民主党参議院議員。正三位勲一等工学博士。北栄町名誉町民。 孫は女優の坂野友香、民主党から参院選に立候補経験がある坂野真理(松下政経塾出身、医師)。真理の夫は鳥取県議会議員の坂野経三郎。 鳥取県東伯郡北条町(現北栄町)に生まれる。旧制倉吉中学、旧制松江高校を経て1941年(昭和16年)東京帝国大学工学部土木工学科卒業と同時に内務省採用試験に合格したが、時局を踏まえ陸軍に入隊。復員後は茨城県、大阪府勤務を経て、建設省に移り、河川計画課長、関東地方建設局長、河川局長、建設技監、建設事務次官などを歴任。
豊田 収(とよだ おさむ、1882年(明治15年)11月25… 豊田 収(とよだ おさむ、1882年(明治15年)11月25日 - 1969年(昭和44年)7月24日)は、日本の教育者、政治家。衆議院議員を6期務めた。青山学院大学講師、中央大学講師も務めた。 父は教育者の豊田太蔵。国土交通官僚の竹歳誠(国土交通事務次官や内閣官房副長官など歴任)は豊田の妹の孫にあたる。 鳥取県八橋郡由良村(現東伯郡北栄町)出身。 1910年(明治43年)、東京帝国大学法科大学独法科卒業。オックスフォード大学に留学。 帰国後鉄道書記官、鉄道監察官を歴任する。 1928年(昭和3年)に立憲政友会公認で第16回衆議院議員総選挙に立候補して初当選、以降総選挙に連続6回当選。岡田内閣大蔵参与官、鉄道会議議員、土木会議議員、鈴木内閣大東亜政務次官となる。
田江 泰造(たごう たいぞう、1871年1月17日(明治3年… 田江 泰造(たごう たいぞう、1871年1月17日(明治3年11月27日)- 1939年(昭和14年)6月5日)は、明治から昭和前期の農業経営者、政治家、日本画家。衆議院議員、鳥取県会議長、鳥取県東伯郡下北条村長。号・素堂、素道、素翁。 伯耆国久米郡弓原村(鳥取県久米郡下北条村、東伯郡下北条村弓原、北条町を経て現北栄町弓原)で、大庄屋田江弥三郎の長男として生まれる。父が設けた自邸内の家塾・択善学舎で学んだ。 農業を営み、牧畜、蚕業の改良に尽力した。また製糸工場を経営した。下北条村会議員に就任。1896年(明治29年)東伯郡会議員となる。同年、鳥取県会議員に選出され7期30年間在任。1927年(昭和2年)県会議長に就任した。
田江 弥三郎(彌三郎、たごう やさぶろう、1853年(嘉永6… 田江 弥三郎(彌三郎、たごう やさぶろう、1853年(嘉永6年4月)- 1895年(明治28年)5月8日)は、明治期の農業経営者・教育者・政治家。衆議院議員。 伯耆国久米郡弓原村(鳥取県久米郡下北条村、東伯郡下北条村弓原、北条町を経て現北栄町弓原)で、代々大庄屋を務めた田江家に生まれた。大庄屋を務め農業を営む。自邸内に家塾・択善学舎を設け子弟の教育を行った。 1873年(明治6年)10月、第64区戸長となり、同年12月、第16区第7小区長に就任。広正社を創立して社長となり地域の金融の便を図った。また、田江製糸の設立、ブドウ園の経営など、地域産業の振興に尽力した。 1884年(明治17年)3月、補欠選挙で鳥取県会議員に当選し、同年7月まで在任した。