井元 乾一郎(いもと けんいちろう、1946年6月17日 -… 井元 乾一郎(いもと けんいちろう、1946年6月17日 - )は、岡山県苫田郡鏡野町出身の地方政治家。元岡山県議会議員(5期)、元鏡野町長(2期)。 鏡野町長時代に「鏡野町総合計画」の子供を大切にの主題からキャッチフレーズに日本のペスタロッチタウン・鏡野を定めた。ペスタロッチ像を建て、ペスタロッチゆかりの町であるスイスのイヴェルドン・レ・バンからケルネン市長夫妻を招いて「ペスタロッチ祭」を開催した。1996年に、鏡野町とイヴェルドン市が、ケルネン市長夫妻ら8名、井元乾一郎夫妻ら10名、在ジュネーブ日本政府代表部から2名が出席して友好憲章を締結した。翌年、第1回友好都市交流事業を開始したほか、すべての小学6年生の児童を対象として「ペスタロッチ賞」の表彰なども実施した。
片岡 鉄兵(かたおか てっぺい、1894年(明治27年)2月… 片岡 鉄兵(かたおか てっぺい、1894年(明治27年)2月2日 - 1944年(昭和19年)12月25日)は、日本の大正・昭和前期における小説家。「鉄平」と表記されることもある。 岡山県苫田郡芳野村(現・鏡野町)に生まれる。 津山中学の同級生に矢野峰人、中山巍らがいる。中学校卒業後、第六高等学校受験に失敗、自殺を企てた。上京し、慶應義塾大学仏文科に進学したが、出席日数が不足したため中退、一時帰郷。様々な職を転々としながら小説を書き始め、各雑誌・出版社に投稿を行う。1921年『舌』などを書いて文壇に出る。山陽新報、大阪朝日新聞社、大阪時事新報の記者を務める。 1924年(大正13年)、横光利一や川端康成らと文学雑誌「文芸時代」を創刊し、創作活動のみならず評論活動や翻訳活動にも手を付けた。
河田 繁穂(かわだ / かわた しげほ、1860年1月24日… 河田 繁穂(かわだ / かわた しげほ、1860年1月24日(安政7年1月2日)- 1925年(大正14年)10月3日)は、明治から大正期の実業家、政治家。衆議院議員、岡山県会議長、岡山県苫田郡芳野村長。有弘(ゆうこう)に改名した。 美作国西西条郡吉原村(岡山県西西条郡芳野村、苫田郡芳野村を経て現鏡野町吉原)で、河田竹治の長男として生まれる。 1879年(明治12年)吉原村戸長に就任。以後、西西条郡書記、円宗寺村外5カ村戸長を歴任。1886年(明治19年)岡山県会議員に選出され通算6期、1919年(大正8年)まで在任。この間、同常置委員、同議長(1896年-1898年)も務めた。1898年(明治31年)3月、第5回衆議院議員総選挙(岡山県第6区、自由党)で当選し、衆議院議員に1期在任。