中山 晶量(なかやま てるかず、1999年2月8日 - )は… 中山 晶量(なかやま てるかず、1999年2月8日 - )は、徳島県徳島市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。2026年より、関西独立リーグ(さわかみ関西独立リーグ)の堺シュライクスに所属。 徳島文理小3年時から野球を始める。生光学園中学時代には硬式野球部に入部していた。 鳴門高等学校に進学。1年夏から甲子園出場を果たし、3年連続甲子園出場を経験した。本来の投手だけではなく外野手としても出場し、3年夏の3回戦・盛岡大学附属高等学校との試合では2点本塁打を放ち、8強進出に大きく貢献した。同級生のエースには2019年NPBドラフト会議で日本ハムからドラフト1位指名された河野竜生(後にプロでチームメイトとなる)がいた。
多田 大輔(ただ だいすけ、1996年5月25日 - )は、… 多田 大輔(ただ だいすけ、1996年5月25日 - )は、徳島県徳島市応神町出身の元プロ野球選手(捕手)。社会人野球選手時代の一時期は住吉姓でプレーしていた。 幼稚園の時に野球を始める。徳島市応神小学校卒業後に進学した徳島市応神中学校軟式野球部では、徳島県大会で準優勝した。徳島県立鳴門渦潮高等学校1期生として入学し野球部に入部した。3年時の春の徳島県大会決勝戦ではランナーを牽制で3回、盗塁で2回アウトにする活躍でスカウトの注目を集めた。2014年ドラフト会議で広島東洋カープから7位指名を受け、11月14日に契約金2,500万円、年俸450万円で仮契約を結んだ。 2017年10月4日、一軍出場を果たせぬまま球団より戦力外通告を受ける。
増田 大輝(ますだ だいき、1993年7月29日 - )は、… 増田 大輝(ますだ だいき、1993年7月29日 - )は、徳島県徳島市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 徳島県立小松島高等学校では野球部主将を務めた。3年時の夏の県大会では投手として全試合完投、35.1回22三振8失点の好成績を残すが、準決勝で徳島商業高等学校に敗れた。甲子園に進めなかった8月には日本高野連の四国地区選抜チームの一員としてハワイ遠征を体験した。選抜チームでのチームメイトに木下雄介がいた。 高校を卒業後、近畿大学に入学するも2013年(2年次)に中退した。いったん帰郷し鳶職についたが、高校のコーチの薦めで四国アイランドリーグplusのトライアウトを受験し、徳島インディゴソックスから3位指名を受け入団した。
寺本 四郎(てらもと しろう、1980年7月25日 - )は… 寺本 四郎(てらもと しろう、1980年7月25日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(外野手)。
武田 久(たけだ ひさし、1978年10月14日 - )は、… 武田 久(たけだ ひさし、1978年10月14日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。現在は北海道日本ハムファイターズの投手コーチを務める。 生光学園中学校2年までは主に内野手を務め、投手として活躍し始めたのは3年生になってからだった。軟球でスライダーやカーブを投げられ、四国大会での優勝に貢献するなど活躍したが、投手にはこだわりをもっておらず誘いを受けていた強豪高へ進学し野手転向を考えていた。しかし、本人が留守中に生光学園高等学校の野球部長と監督が家を訪れ、父親を説得して同校への進学が決まった。その後は周囲に説得され、投手を継続した。生光学園では1995年夏の徳島大会で準優勝。
川上 憲伸(かわかみ けんしん、1975年6月22日 - )… 川上 憲伸(かわかみ けんしん、1975年6月22日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。右投右打。
大貝 恭史(おおがい やすふみ、1972年7月19日 - )… 大貝 恭史(おおがい やすふみ、1972年7月19日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(外野手)。ニックネームは「シジミちゃん」。
藤本 俊彦(ふじもと としひこ、1971年5月1日 - )は… 藤本 俊彦(ふじもと としひこ、1971年5月1日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手(捕手)。1994年から1995年までの登録名は藤本 強士(ふじもと つよし)。
広永 益隆(ひろなが やすたか、1968年3月5日 - )は… 広永 益隆(ひろなが やすたか、1968年3月5日 - )は徳島県出身の元プロ野球選手。右投げ左打ち。
鵜飼 克雄(うかい かつお、1947年10月20日- )は、… 鵜飼 克雄(うかい かつお、1947年10月20日- )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(投手)である。
広野 功(ひろの いさお、1943年10月16日 - )は、… 広野 功(ひろの いさお、1943年10月16日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)・コーチ・監督、解説者・評論家。実兄は元プロ野球選手の広野翼。 徳島商業では2年次の1960年に左翼手として甲子園に春夏連続出場し、春の選抜では2回戦で滝川高に敗退。夏の選手権では2回戦で米子東高のエース・宮本洋二郎を打ち崩すなど順調に勝ち進むが、準決勝で静岡高に敗れた。3年次の1961年夏はエースの妹尾幸一(南海)を擁し南四国大会決勝に進むが、高知商の高橋善正に抑えられ、9回裏0-1のサヨナラ負けで甲子園には届かなかった。他のチームメイトに二塁手の多田勉(広島)がいた。 高校卒業後は1962年に慶應義塾大学へ入学し、同期外野手の鈴木義信と共に東京六大学リーグでは在学中3度の優勝を経験。
大坂 雅彦(おおさか まさひこ、1941年11月28日 - … 大坂 雅彦(おおさか まさひこ、1941年11月28日 - )は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手、外野手。
広野 翼(ひろの まもる、1940年11月21日 - )は、… 広野 翼(ひろの まもる、1940年11月21日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手(外野手)。実弟は元プロ野球選手(中日,西鉄,巨人でプレー)の広野功。
平井 三郎(ひらい さぶろう、旧姓:生田、1923年9月4日… 平井 三郎(ひらい さぶろう、旧姓:生田、1923年9月4日 - 1969年7月23日)は、徳島県徳島市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ。
蔦 文也(つた ふみや、1923年(大正12年) 8月28日… 蔦 文也(つた ふみや、1923年(大正12年) 8月28日 - 2001年(平成13年) 4月28日)は、プロ野球選手(投手)、徳島県立池田高等学校野球部元監督。「攻めダルマ」の異名を持ち、「さわやかイレブン」「やまびこ打線」として知られる池田高校野球部を40年間指導。選抜高等学校野球大会、全国高等学校野球選手権大会において、優勝3回(夏春連覇1回)、準優勝2回の実績をあげた。池田町名誉町民第1号。
林 義一(はやし ぎいち、1920年2月1日 - 2008年… 林 義一(はやし ぎいち、1920年2月1日 - 2008年1月17日)は、徳島県徳島市常三島出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ・監督、解説者・評論家。