有福 哲二(ありふく てつじ、1967年〈昭和42年〉3月5… 有福 哲二(ありふく てつじ、1967年〈昭和42年〉3月5日 - )は、日本の政治家。香川県坂出市長(2期)。元香川県議会議員(5期)、元坂出市議会議員(2期)。 香川県坂出市出身。香川県大手前高等学校、日本大学卒業。坂出市議会議員を2期、香川県議会議員を5期務めた。県議時代は自由民主党に所属した。 2021年(令和3年)5月16日に行われた坂出市長選挙に立候補し、現職の綾宏を破り初当選した。6月4日、市長就任予定。※当日有権者数:43,267人 最終投票率:56.04%(前回比:pts) 2025年(令和7年)5月11日、無投票で再選。 2021年6月14日、香川県議会議員と元議員が2018年7月から2020年3月までの間に意見交換会費の名目で有権者に行った政務活動費からの現金配布(総額約1620万円)が公職選挙法違反に当たるとし、高松市の市民団体「市民オンブズ香川」が有福を含めた当時の県議会議員ら21人を高松地方検察庁に刑事告訴。
綾 宏(あや ひろし、1953年(昭和28年)4月7日 - … 綾 宏(あや ひろし、1953年(昭和28年)4月7日 - )は、日本の政治家。香川県坂出市長(3期)。元坂出市議会議員(6期)。 香川県坂出市出身。1977年(昭和52年)3月、学習院大学経済学部卒業。 1987年(昭和62年)5月2日、坂出市議会議員に就任。計6回当選。その間、議長を2回、副議長を1回務めた。 2009年(平成21年)5月17日に行われた坂出市長選挙に出馬。現職の松浦稔明を破り初当選。投票率は63.06%だった。6月4日、市長就任。2013年(平成25年)、無投票で再選。2017年(平成29年)、無投票で3選。 2021年(令和3年)の市長選挙で元香川県議会議員の有福哲二に敗れ落選。
森田 一(もりた はじめ、1934年〈昭和9年〉5月17日-… 森田 一(もりた はじめ、1934年〈昭和9年〉5月17日- )は、日本の政治家、官僚。 運輸大臣(第77代)、北海道開発庁長官(第71代)、衆議院議員(8期)を歴任。香川県坂出市出身。 香川県坂出市出身。父は内科の開業医で、森田は3人兄弟の長男であった。地元の坂出高校に入学したが、大学受験を考慮し、香川県内では最難関の進学校である高松高校へ転校した。 森田は東京大学理科二類に入学し、法学部に進んだ。 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後の1957年大蔵省に入省(官房文書課配属)。東海財務局、アジア経済研究所出向(1960年-1961年メルボルン大学留学)、外相秘書官、国際金融局課長補佐、主計局主計官補佐、銀行局保険第二課長、理財局資金第二課長などを歴任。
松浦 伊平(まつうら いへい、1890年(明治23年)1月1… 松浦 伊平(まつうら いへい、1890年(明治23年)1月17日 - 1971年(昭和46年)3月21日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員(2期)。幼名・浜吉。 香川県阿野郡青海村(綾歌郡松山村を経て現坂出市大屋冨町)出身。林田高等小学校を卒業し、家業を手伝い、土木請負業「松浦組」を設立して社長に就任。松山村議、同村長、香川県議、同副議長などを経て、1937年の第20回衆議院議員総選挙において香川2区(当時)から立憲政友会公認で立候補して当選した。1939年の政友会分裂に際しては久原房之助や鳩山一郎とともに正統派に所属した。政友会正統派内は鳩山・三土忠造・安藤正純ら鳩山系の議員が多かったが松浦は岡田忠彦・津雲国利・肥田琢司・西村茂生・東条貞らとともに久原系の議員とみなされた。
津島 壽一(つしま じゅいち、新字体:寿一、1888年〈明治… 津島 壽一(つしま じゅいち、新字体:寿一、1888年〈明治21年〉1月1日 - 1967年〈昭和42年〉2月7日)は、日本の大蔵官僚、政治家。位階は正三位、勲等は勲一等。 第二次世界大戦後の外債処理や賠償交渉に道筋をつけたことで知られる。 愛媛県阿野郡坂出村(現・香川県坂出市)生まれ。旧制丸亀中学、旧制一高、1912年に東京帝国大学法科大学政治学科卒業。大蔵省に入省。理財局属 昭和戦前期の代表的な国際金融官僚であり、金解禁から昭和恐慌を経て高橋財政に至るまでの期間、海外駐在財務官(英、仏、米駐在)などの職にあって、一貫して第一線で実務に関わった。理財局長、大蔵次官、日本銀行副総裁、北支那開発総裁などを経て、1945年(昭和20年)2月、内閣書記官長に転じた蔵相石渡荘太郎の後任として小磯内閣の大蔵大臣に就任。
鎌田 勝太郎(かまだ かつたろう、諱・正康。号・淡翁、186… 鎌田 勝太郎(かまだ かつたろう、諱・正康。号・淡翁、1864年2月29日〈元治元年1月22日〉 - 1942年〈昭和17年〉3月28日)は、戦前日本の実業家、政治家、社会事業家、資産家、醤油醸造家(堺屋)、香川県多額納税者、地主。貴族院多額納税者議員(4期)。衆議院議員(当選1回)。従五位勲三等。族籍は香川県平民。 坂出塩業の振興につとめ「讃岐坂出塩業の父」とも称される。貴族院政治史上最多の当選回数(4選)の保持者でもあり、貴族院の重鎮としても君臨した。 醤油醸造を業とする家に生まれた。鎌田正平の長男。2歳、あるいは3歳の時、父親が死亡し、祖父母と母親の手で育てられた。1876年8月、家督を相続した。
都崎 秀太郎(つざき ひでたろう、1852年6月25日(嘉永… 都崎 秀太郎(つざき ひでたろう、1852年6月25日(嘉永5年5月8日)- 1926年(大正15年)11月4日)は、明治から大正期の実業家・政治家。衆議院議員、香川県会議長。号・梧庵。 讃岐国阿野郡福江村(香川県阿野郡金山村、綾歌郡金山村、坂出町を経て現坂出市福江町)で、糖業、富農・都崎光蔵の三男として生まれる。高松藩校・講道館で学んだ。1885年(明治18年)11月、家督相続した。 小学校訓導、福江村戸長などを務めた。1882年(明治15年)愛媛県会議員に選出され、同常置委員、同勧業諮問会員に在任。1888年(明治21年)香川県が再置され、その後、香川県会議員に選出され、同常置委員、所得調査委員、地方衛生会員、香川県育英会評議員なども務めた。