たいぞう(本名:横山 泰三〈よこやま たいぞう〉、1974年… たいぞう(本名:横山 泰三〈よこやま たいぞう〉、1974年1月12日 - )は、日本のお笑いタレント、画家。吉本興業所属。香川県観音寺市出身。香川県観音寺市ふるさと応援大使、大阪府障害者芸術文化大使でもある。 尽誠学園高等学校卒業。マッシュルームカットが特徴。 アホキャラクターで活動する一方で、画才も認められており個展を開催している。 大阪NSC11期生。同期には陣内智則、たむらけんじ、ケンドーコバヤシ、中川家、ハリガネロック、烏川耕一がいた。他事務所では児嶋一哉(アンジャッシュ)と同期にあたる。 田野島秀和と「ギャグガスバクハツ」というコンビを結成する。当時、ぜんじろうのテレビ番組によく出演していた。
岩倉 壽(いわくら ひさし、1936年6月30日 - 201… 岩倉 壽(いわくら ひさし、1936年6月30日 - 2018年10月11日)は、日本画家。元日本藝術院会員。元日展常務理事。京都市立芸術大学名誉教授。 香川県三豊郡山本町(現 三豊市山本町)出身。香川県立観音寺第一高等学校、京都市立美術大学(現 京都市立芸術大学)日本画科卒業。同大学専攻科修了。 風景や花鳥などの題材を淡い色彩で描く。京都市立美術大学在学中に日展への初入選を果たす。1959年(昭和34年)同大学卒業後、晨鳥社に入り、山口華楊に師事。日展を中心に活躍する一方、大学に残り、後進の指導に当たってきた。1961年(昭和36年)同大学専攻科修了。1962年(昭和37年)同大学教授に就任。
井上 員男(いのうえ かずお、1932年 - )は、日本の版… 井上 員男(いのうえ かずお、1932年 - )は、日本の版画家。ペーパー・ドライポイント(紙凹版画)において独自の技法を開発した。 香川県観音寺市出身。1950年(昭和25年)香川県立観音寺第一高等学校卒業。1954年(昭和29年)香川大学教育学部美術科卒業、地方公務員として公立高校の教員となり兵庫県立高校美術教諭となる。1970年(昭和45年)紙凹版画独創技法開拓。1979年(昭和54年)香川県立高校美術教諭を辞め、東京都羽村市に転居。1988年(昭和63年)在仏日本大使館主催ユネスコ日本週間展覧会に招待出品(『版画平家物語』、『雪国』、『アヤメ』)。2003年(平成15年)8月、香川県中学校美術教育研究会の活動の一環として、香川県の中学の美術教員に対して紙凹版画の技法を教えるなど、技法の普及にも力を入れている。
田中 岑(たなか たかし、1921年4月4日 - 2014年… 田中 岑(たなか たかし、1921年4月4日 - 2014年4月12日)は、日本の洋画家。春陽会会員。 香川県三豊郡和田村(現 観音寺市豊浜町)出身。旧制香川県立三豊中学校、日本大学芸術科卒業。 1937年(昭和12年)三豊中学4年生の時に美術部を創る。1939年(昭和14年)東京美術学校油絵科に入学、小林万吾が保証人であった。その後、海老原喜之助に出会い日本大学芸術科に転校を薦められて入学した。在学中、独立美術協会展などに出展する。 兵役に就き復員後、第15回独立美術展に出品する。1947年(昭和22年)自由美術協会展に出品、同年4月に上京して以後出展を続けた。1950年(昭和25年)春陽会の出展して研究賞を受賞。
門脇俊一(かどわき しゅんいち、1913年6月23日 - 2… 門脇俊一(かどわき しゅんいち、1913年6月23日 - 2006年)は、日本の画家、版画家。「現代の浮世絵師」とも呼ばれる。 1913年6月23日に、香川県三豊郡観音寺(現在の観音寺市八幡町)で門脇百太郎とみねの六男として生まれる。家は代々木材彫を営んでいた。 1994年にフランス国立高等美術学校(パリ)にて開催した個展がきっかけとなって、1995年8月、セントビンセント・グレナディーンから木版画「不動明王」の郵便切手が発行された。
合田 好道(ごうだ よしみち、別呼称・こうどう、1910年〈… 合田 好道(ごうだ よしみち、別呼称・こうどう、1910年〈明治43年〉 - 2000年〈平成12年〉2月6日)は、日本の画家・陶芸家。 益子焼の窯元や陶芸家志望の若者たちを指導し、「民芸の町・益子」「陶芸の町・益子」を作り上げた、戦後の益子の歴史における象徴的な人物の一人であり、「益子のお目付役」と呼ばれ、濱田庄司を益子焼の中興の祖とするならば、同じ益子焼の陶芸家であった島岡達三から「濱田の精神の伝導者」と呼ばれ、益子の陶芸家たちへの思想的影響力が強かった人物である。 1910年(明治43年)、香川県三豊郡豊濱町(現・観音寺市)に、味噌醤油醸造業であった父・合田辧治、母・まつの4人兄弟の次男として生まれる。