古川 拓哉(ふるかわ たくや、1978年7月14日 - )は… 古川 拓哉(ふるかわ たくや、1978年7月14日 - )は、日本の政治家。愛媛県新居浜市長(1期)、元愛媛県議会議員(4期)、元新居浜市議会議員(1期)。 愛媛県新居浜市生まれ。帝京大学卒業。愛媛県議会議員森高康行事務所、渋谷区議会議員伊藤毅志事務所、参議院議員関谷勝嗣事務所に勤務。 2007年4月20日に行われた新居浜市議会議員選挙に無所属で立候補し、初当選を果たした。市議会では最大会派の自民クラブに所属した。2011年4月10日に行われる愛媛県議会議員選挙への立候補を表明し、同年3月30日に議員辞職願を提出。 2011年4月10日に行われた愛媛県議会議員選挙では新居浜市選挙区から自民民主党公認で立候補し、初当選を果たした。
白石 徹(しらいし とおる、1956年4月1日 - 2017… 白石 徹(しらいし とおる、1956年4月1日 - 2017年3月17日)は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期)。愛媛県議会議員(3期)。 愛媛県新居浜市生まれ。愛媛県立新居浜西高等学校卒業後、早稲田大学に入学。1978年に早稲田大学理工学部工業経営学科、1980年に早稲田大学理工学部土木工学科を卒業。 実家の建設会社白石建設工業社長やハートネットワーク取締役、日本青年会議所副会頭などを務め、1999年に愛媛県議会議員選挙に立候補し初当選。その後、3期連続当選。 衆議院議員・小野晋也の不出馬表明に伴って行われた自由民主党愛媛県連の候補者の公募に応募し公認を獲得。2009年の第45回衆議院議員総選挙に愛媛3区から立候補したが、民主党新人の白石洋一に敗れ、落選した。
小野 晋也(おの しんや、1955年4月28日 - )は、日… 小野 晋也(おの しんや、1955年4月28日 - )は、日本の政治家。愛媛県議会議員(2期)、衆議院議員(5期)、文部科学副大臣(第2次小泉内閣)などを歴任した。 愛媛県新居浜市出身。愛光高等学校、東京大学工学部航空学科卒業。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。中学時代にアポロ11号月面着陸という人類史上の大偉業に出会い、宇宙ロケットのシステムエンジニアを志す。 大学院修了後、松下幸之助が創設した松下政経塾に第一期生として入塾。同期生には逢沢一郎・野田佳彦、横尾俊彦、岡田邦彦らがいる。 1983年、松下政経塾出身者としては初の選挙となる愛媛県議会議員選挙に立候補して当選。以後2期務めた。
木村 健悟(きむら けんご、1953年9月4日 - )は、日… 木村 健悟(きむら けんご、1953年9月4日 - )は、日本の政治家、元男性プロレスラー、宮城野部屋所属の元大相撲力士、元歌手。品川区議会議員(4期)。現災害・環境対策特別委員長。区議会議員としては「木村けんご」名を使用。本名は、木村 聖裔(きむらせいえい)。愛媛県新居浜市出身。血液型B型。ニックネームは「稲妻戦士」。妻は東京都目黒区議会議員を6期務めた木村洋子。 1980年代の新日本プロレスにおいて、藤波辰巳の盟友および抗争相手として活躍した。2003年の引退後は実業家を経て、区議会議員であった夫人の影響で2011年に自らも政治家に転身した。 1969年、大相撲の宮城野部屋に入門、木村山(きむらやま)の四股名で同年7月場所初土俵。
加藤 敏幸(かとう としゆき、1949年2月16日 ‐ )は… 加藤 敏幸(かとう としゆき、1949年2月16日 ‐ )は、日本の政治家。 前参議院議員(2期)。民進党参議院国会対策委員長、参議院外交防衛委員長、国土交通委員長、外務大臣政務官(野田内閣)を歴任。 愛媛県新居浜市出身。 1969年、新居浜工業高等専門学校を卒業し、三菱電機に入社。同社労働組合支部委員長・委員長や全日本民間労働組合協議会事務局次長・日本労働組合総連合会組織局長などを歴任。 2004年の第20回参議院議員通常選挙で電機連合の支援を得て比例区から立候補し、初当選。 2010年に行われた第22回参議院議員通常選挙で再選。 2011年9月、野田内閣発足に伴い、外務大臣政務官に就任。その後、参議院外交防衛委員長に就任した。
伊藤 武志(いとう たけし、1942年(昭和17年)5月14… 伊藤 武志(いとう たけし、1942年(昭和17年)5月14日 - )は、日本の政治家。元愛媛県新居浜市長。 新居浜市出身。1961年(昭和36年)愛媛県立新居浜東高等学校を経て、1965年(昭和40年)早稲田大学商学部卒業。 同年住友スリーエムに入社。村上信二郎、毛利松平の秘書を経て、1979年(昭和54年)愛媛県議会議員に当選。1984年(昭和59年)新居浜市長に当選し、4選した。
森 清(もり きよし、1925年5月6日 - 2008年6月… 森 清(もり きよし、1925年5月6日 - 2008年6月24日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員。正四位勲二等。 愛媛県新居浜市出身。1948年に東京大学法学部政治学科を卒業後、自治省に入省する。自治省官房長などを経て、消防大学校校長を最後に退官。1976年に行われた第34回衆議院議員総選挙に旧愛媛2区から自由民主党公認で立候補し当選(当選同期に愛知和男・鳩山邦夫・中村喜四郎・中島衛・西田司・池田行彦・堀内光雄・相澤英之・津島雄二・鹿野道彦・塚原俊平・中西啓介・与謝野馨・渡辺秀央・中川秀直・甘利正など)。以後、1度の落選を挟んで通算当選4回。防衛政務次官などを歴任した。自民党では福田赳夫-安倍晋太郎派(清和会)に所属し、中川派の旗揚げにも参加した。
湯山 勇(ゆやま いさむ、1912年1月18日 - 1984… 湯山 勇(ゆやま いさむ、1912年1月18日 - 1984年6月16日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)、参議院議員(1期)。 愛媛県宇摩郡別子山村出身。愛媛師範学校を首席で卒業後、愛媛県内の北予中学校、愛媛師範学校、松山高等女学校などで教師を務めた。戦後、愛媛県教職員組合が結成されるとこれに参加し1951年に委員長に就任、翌1952年には愛媛地方労働組合評議会議長にもなる。 1953年の参議院選挙に愛媛県選挙区から出馬(日本教職員政治連盟)し初当選する。勤評闘争では強硬姿勢を取った愛媛県知事久松定武を相手に激しく抵抗し、1958年には参議院文教委員長となったが1959年の参院選で落選する。
小西 英雄(こにし ひでお、1911年(明治44年)11月2… 小西 英雄(こにし ひでお、1911年(明治44年)11月23日 - 1964年(昭和39年)12月8日)は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員(1期)、参議院議員(3期)。 愛媛県新居郡神郷村(現新居浜市)で生まれた。別子銅山で働き、鷲尾勘解治の自彊舎で学び1927年(昭和2年)に卒業した。優秀工員として評価され満州に派遣された。その後独立して康徳金属会社を設立し社長となる。戦時下では、関東軍嘱託、軍需省生産隊本部長などを務めた。 戦後、1947年(昭和22年)4月の第23回衆議院議員総選挙で愛媛県第2区から日本自由党公認で出馬したが落選。1949年(昭和24年)1月の第24回総選挙に民主自由党公認で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。
泉 敬太郎(いずみ けいたろう、1899年(明治32年)1月… 泉 敬太郎(いずみ けいたろう、1899年(明治32年)1月8日 - 1984年(昭和59年)12月7日)は、昭和時代の政治家。教育者。愛媛県新居浜市長。 愛媛県宇摩郡別子山村(現新居浜市)に生まれる。泉半次の長男。1922年(大正11年)愛媛県師範学校(現在の愛媛大学教育学部)卒業。 同年から1955年(昭和30年)まで新居郡内の小学校教員、小学校長、県教育組合副委員長を経て、1955年(昭和30年)から愛媛県議会議員を2期務める。1965年(昭和40年)社会党公認で新居浜市長に当選。5期20年在任し全国最高齢かつ唯一の社会党公認市長だったが、1984年(昭和59年)10月、病気のため任期満了を待たずに辞任した。
十河 信二(そごう しんじ、1884年(明治17年)4月14… 十河 信二(そごう しんじ、1884年(明治17年)4月14日 - 1981年(昭和56年)10月3日)は、日本の鉄道官僚、政治家。愛媛県西条市長(在任1945年(昭和20年) - 1946年(昭和21年))、第4代日本国有鉄道(国鉄)総裁(在任1955年(昭和30年) - 1963年(昭和38年))を務めた。「新幹線の父」と呼ばれた。西条市名誉市民第1号。 1884年(明治17年)愛媛県新居郡中村(中萩村、中萩町を経て、現在の新居浜市)に十河鍋作・ソウの二男として生まれる。1897年(明治30年)愛媛県尋常中学校東予分校(現在の愛媛県立西条高等学校)に入学した。卒業後、上京し受験準備のために正則英語学校(現在の正則学園高等学校)に入学した。
小野 寅吉(おの とらきち、1867年1月25日(慶應2年1… 小野 寅吉(おの とらきち、1867年1月25日(慶應2年12月10日) - 1947年〈昭和22年〉3月17日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、愛媛県会議長、愛媛県新居郡高津村長。 愛媛県新居郡沢津村(高津村を経て現新居浜市沢津町)で、篤農家・小野嘉平の長男として生まれる。1879年(明治12年)泉川の遠藤石山の稽崇館に入り漢学を修めた。家督を相続して農業を営む。 1893年(明治26年)高津村会議員となり、1897年(明治30年)高津村助役に就任。1908年(明治41年)高津村長となり1928年(昭和3年)まで在任。水資源確保のため吉岡泉を掘削し、西条農業学校(現・愛媛県立西条農業高等学校)の設立に尽力した。
飯尾 麒太郎(いいお きたろう、1862年3月5日(文久2年… 飯尾 麒太郎(いいお きたろう、1862年3月5日(文久2年2月5日) - 1908年(明治41年)2月6日)は、明治時代の政治家、銀行家、実業家。貴族院多額納税者議員。 小松藩郷士・飯尾才右衛門、武川氏の長男として伊予国新居郡萩生村(中萩村、中萩町を経て現愛媛県新居浜市)に生まれる。尾埼山人について漢学を修めた。1888年(明治21年)新居郡会議員に当選したのを皮切りに、愛媛県会議員を務めた。1898年(明治31年)愛媛県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年6月8日から1904年(明治37年)9月28日まで在任した。 1888年(明治21年)5月、飯尾製糸場を設けて機械製糸を開始し、県内屈指の製糸工場となった。
加藤 正恵(正惠、かとう まさえ、1851年6月21日(嘉永… 加藤 正恵(正惠、かとう まさえ、1851年6月21日(嘉永4年5月22日)- 1931年(昭和6年)2月25日)は、明治から昭和初期の地主、政治家。貴族院多額納税者議員。 伊予国新居郡黒島村(愛媛県新居郡多喜浜村を経て現新居浜市)で、地主・加藤清吉の長男として生まれる。 1882年(明治15年)以降、多喜浜村黒島村戸長、多喜浜村郵便局長、多喜浜村会議員などを務めた。 1904年(明治37年)、貴族院多額納税者議員に互選され、同年9月29日から1911年(明治44年)9月28日まで在任した。なお加藤の議員選出に際して、前2回の選挙において互選者の多い新居郡から選ばれていたため、他郡の互選者から不満の声が上がり、小西荘三郎らから要求されて額面4千6百円余の公債証書を互選者団体の愛媛親睦会に寄付することによって当選した。
村上 桂策(むらかみ けいさく、1851年4月25日(嘉永4… 村上 桂策(むらかみ けいさく、1851年4月25日(嘉永4年3月24日)- 1925年(大正14年)4月18日)は、明治から大正期の地主、政治家。貴族院多額納税者議員。 伊予国新居郡郷村(愛媛県新居郡神郷村を経て現新居浜市)で、豪農・村上良三郎の長男として生まれる。漢学を修め、早くから政治に関心を持った。1875年(明治8年)7月に家督を相続した。 村会議員を務め、1881年(明治14年)5月、愛媛県会議員補欠選挙で当選し、1884年(明治17年)以降6期連続で務め、1890年(明治23年)8月まで在任した。この間、大同団結運動に加わり、工藤干城らと大同派東予倶楽部を結成して鈴木重遠らと連携した。