二村 忠美(ふたむら ただみ、1959年10月8日 - )は… 二村 忠美(ふたむら ただみ、1959年10月8日 - )は、福岡県出身の元プロ野球選手(外野手)。 伝習館高校では投手で4番を打ち、1年秋は県南部大会決勝へ進むが柳川商・久保康生と投げって敗退。社会人野球の三協精機へ入社するが野球部が休部となり、九州産交に移籍。社会人では三塁手に転向。1982年の都市対抗に電電九州の補強選手として出場。同年に日本ハムファイターズからドラフト3位指名され入団。 1983年、左翼手の定位置を得て打率.282、13本塁打、35打点の好成績を記録し、新人王を獲得。 1984年には規定打席(26位、打率.258)に到達。入団から4年連続で二ケタ本塁打を放つ等活躍した。 長嶋茂雄が解説者時代、日本ハムのキャンプ取材で彼を熱心に打撃指導していたシーンが、テレビの珍プレー番組でよく放送されていた。
中村 栄輔(なかむら えいすけ、1958年6月13日 - )… 中村 栄輔(なかむら えいすけ、1958年6月13日 - )は、日本の実業家。株式会社モスフードサービス(モスバーガー)代表取締役社長。 福岡県三潴郡大木町出身。父は池坊の師範。福岡教育大学附属久留米中学校を経て、熊本マリスト学園高等学校卒業後、当初医師を志したが断念し、新たに司法試験を目指して中央大学法学部に進学した。1982年、大学を卒業。司法試験を6回受験したが不合格となった。1988年、モスフードサービス入社。2005年、執行役員に昇格。2010年、取締役。2014年、常務取締役。2016年から代表取締役社長を務め、新たな成長戦略策定にあたった。
北嶋 廣敏(きたじま ひろとし、1948年(昭和23年)2月… 北嶋 廣敏(きたじま ひろとし、1948年(昭和23年)2月20日 - )は、文学・美術評論家、翻訳家、文筆家。 福岡県三潴郡大木町生まれ。1971年に早稲田大学第一文学部仏文科を卒業。コピーライターをへて、文筆家。はじめ塚本邦雄論やフランス文学の翻訳をしていたが、のち雑学書などを多く執筆するようになる。
大藪 龍介(おおやぶ りゅうすけ、1938年11月 - )は… 大藪 龍介(おおやぶ りゅうすけ、1938年11月 - )は、日本の政治学者、運動家。元福岡教育大学教授。 1938年(昭和13年)11月23日、福岡県三潴郡大木町生まれ。1954年、福岡県立伝習館高校入学、翌年久留米大学附設高校に転校し、1957年同校卒業[要出典]。 1957年4月九州大学法学部入学、教養部学生自治会を通じてマルクス主義に接する。同年12月〜1958年5月まで教養部自治会委員長を務め、1958年9月〜1959年3月まで九州大学学友会委員長を務めた[要出典]。1959年6月〜1960年9月、九学連(九州地方学生自治会連合)委員長として、安保改定反対闘争を闘い、三池闘争、福教祖勤評反対闘争支援に取り組む[要出典]。
松永 伍一(まつなが ごいち、1930年4月22日 - 20… 松永 伍一(まつなが ごいち、1930年4月22日 - 2008年3月3日)は、日本の詩人、文学・美術関係の評論家、作家。 福岡県大木町出身。福岡県立八女高等学校卒。詩人の丸山豊と出会い、詩誌「母音」に参加した。中学教師を経て、1957年に上京して文筆活動に入る。1955年に詩集を刊行し、農民や切支丹、落人などの敗者や弱者への共感を叙情的に歌い上げる作風で知られる。このほか、児童文学、美術関係の評論、いわさきちひろの画集編纂、五木寛之との対談、小説など多岐にわたる著述を残した。子守歌の研究でも知られた。1970年『日本農民詩史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。 2008年3月3日午前0時7分、心不全のため東京都練馬区の病院で死去。