松崎 みずほ(まつざき みずほ、1979年1月20日 -)は… 松崎 みずほ(まつざき みずほ、1979年1月20日 -)は熊本県の上益城郡御船町出身の日本の柔道家。現役時代は78kg級の選手。身長161cm。得意技は背負投。 最初はバレエに取り組んでいたが、小学校6年の時に近所にある山下泰裕を育てたことで知られる白石礼介の運営する道場で柔道を始めることになった。九州学院中学から九州学院高校へ進むと、1,2年の時に全国高校選手権72kg級を連覇した。1997年に帝京大学に進むと、大学2年の時には全日本ジュニア78kg級で優勝して、世界ジュニアでも2位となった。また、この年から体重別決勝では警視庁の阿武教子に4年連続で敗れて2位にとどまることにもなった。全国女子体重別では2連覇を果たした。
藤木 正幸(ふじき まさゆき、1965年10月8日 - )は… 藤木 正幸(ふじき まさゆき、1965年10月8日 - )は、日本の政治家。熊本県御船町長(2期)。 熊本県御船町出身。実家は葬祭業を営む「藤木屋」。5代目として育てられた。御船町立御船小学校、御船町立御船中学校、熊本県立御船高等学校卒業。1988年(昭和63年)、第一経済大学(現・日本経済大学)経済学部経営学科卒業。小学校から大学まで野球に没頭したという。 福岡市内の結婚式場に就職。働き始めて2年ほどたった頃、地元が豪雨災害に遭い、実家が運営する結婚式場が水没。これをきっかけに帰郷し、以後25年間、「藤木屋」の専務取締役を務めた。 2007年(平成19年)4月、バイオマスタウン構想を選挙公約に掲げた山本孝二が御船町長選挙に初当選。
出田 敬三(いでた けいぞう、1955年7月23日 - )は… 出田 敬三(いでた けいぞう、1955年7月23日 - )は、日本の作曲家・指揮者。平成音楽大学前学長。 1955年7月23日、熊本県上益城郡御船町生まれ。少年時代に聴いたウィーン少年合唱団の歌声に感動し、音楽の道を志す。 国立音楽大学附属高等学校を経て、国立音楽大学作曲科を卒業。東京では、芸術性の高い音楽の勉強は学校で、大衆的な音楽の勉強はクラブ・キャバレーでの演奏活動や芸能界での編曲仕事などを通じてと、「人を喜ばせる、楽しませる」という音楽の原点を多面的に学んだ。そののちオーストリア・ウィーンに留学、1984年にはウィーン国立音楽大学作曲科を卒業、ウィーン市立音楽院(現ウィーン私立音楽芸術大学(ドイツ語版))指揮科を修了した。
浜田 知明(はまだ ちめい、本名の読みはともあき、1917年… 浜田 知明(はまだ ちめい、本名の読みはともあき、1917年(大正6年)12月23日 - 2018年(平成30年)7月17日)は、日本の版画家・彫刻家。日本の版画家が国際的に注目されはじめたのは1950年代からであるが、浜田も棟方志功、浜口陽三、駒井哲郎らと並び、第二次大戦後の日本を代表する版画家の一人に数えられる。 1917年(大正6年)、熊本県上益城郡高木村(現・御船町)生まれ。教育者の次男である。旧制御船中学校(現在の熊本県立御船高等学校)では、東京美術学校を卒業後すぐに美術教師として赴任していた富田至誠に指導を受ける。16歳の時には飛び級で東京美術学校(現・東京藝術大学)油画科に入学し、洋画家藤島武二の指導を受けた。
井手 宣通(いで のぶみち、1912年〈明治45年〉2月1日… 井手 宣通(いで のぶみち、1912年〈明治45年〉2月1日 - 1993年〈平成5年〉2月1日)は、日本の洋画家。熊本県上益城郡御船町出身。 帝展、新文展、日展、光風会などを中心に活躍。その後、自ら「日洋会」を組織し、戦後の洋画壇の刷新と、日本人の感性による新たな具象絵画の可能性を追求した。 熊本市現代美術館に、井手宣通記念ギャラリーがある。