新田 英之(あらた ひでゆき、1980年(昭和55年) - … 新田 英之(あらた ひでゆき、1980年(昭和55年) - )は、日本の工学者。学位は、博士(工学)(東京大学)。沖縄県那覇市出身。 小谷正雄の下で博士号を取得した父のハーバード大学(マーティン・カープラス研究室)在籍に伴い、米国ボストン郊外のベルモントで幼少期を過ごす。元ボクシングWBAジュニアフライ級世界王者具志堅用高は母方の叔従父にあたる。 1998年ラ・サール中学校・高等学校を卒業。2002年東京大学工学部を卒業。高電圧工学の研究室で卒業研究を終了後、大学院進学と同時に東京大学生産技術研究所でマイクロ工学、ナノ科学分野で研究を開始。その後フィリップ・シャープの勧めで一分子生物学の分野に移る。
大城直樹(おおしろ なおき、1963年 - )は、日本の地理… 大城直樹(おおしろ なおき、1963年 - )は、日本の地理学者(人文地理学・文化地理学)。明治大学文学部教授。フィールドワークに基づく沖縄の地域アイデンティティに関する研究のほか、英語圏のデレク・グレゴリーなどの理論的論文の翻訳や研究動向の紹介に取り組んでいる。 沖縄県那覇市出身。1987年、明治大学文学部卒業、1989年、広島大学大学院前期博士課程修了、1994年、大阪市立大学大学院博士課程単位取得退学、日本学術振興会特別研究員、九州大学助手を経て、1995年10月、神戸大学文学部助教授。その後、神戸大学大学院准教授を経て、明治大学文学部教授。2009年博士(文学・大阪市立大学)(論文タイトルは『国民国家周縁部における生活様式の分節化と地域アイデンティティ再生産に関する文化地理学的研究:19世紀以降の沖縄を事例として』)。
宮城 能彦(みやぎ よしひこ、1960年 - )は、日本の社… 宮城 能彦(みやぎ よしひこ、1960年 - )は、日本の社会学者。沖縄大学人文学部こども文化学科教授。専攻は地域社会学。 沖縄県那覇市出身。最終学歴は兵庫教育大学大学院教育学研究科修了。学位は修士(教育学、兵庫教育大学)。小林よしのり『新ゴーマニズム宣言スペシャル・沖縄論』でエフエム那覇の喜友名智子とともに沖縄の案内役として登場。世界平和統一家庭連合 (統一教会)の機関紙、「世界日報」月刊誌版 Viewpoint『ビューポイント』にも多くの記事を寄稿している。 『名護市史 教育』 本編6 2003年 那覇市教育委員会編 『那覇市教育史・通史編』 2002年
南風原 朝和(はえばら ともかず、1953年 - )は、日本… 南風原 朝和(はえばら ともかず、1953年 - )は、日本の教育心理学者。東京大学名誉教授。広尾学園中学校・高等学校校長。 沖縄県那覇市出身。1972年琉球政府立那覇高等学校卒業。文系も理系も興味があったので、国費・自費沖縄学生制度で東京工業大学工学部経営工学科に進学するため、東京工業大学工学部第4類に入学。しかし、進路が機械工学科と決定されたため、半年で中退し沖縄に帰郷した。 翌1973年、東京大学理科Ⅱ類に合格して入学、その後教育学部教育心理学科に進学し、1977年に卒業。同大学院修士課程中退、1979年アイオワ大学大学院教育学研究科教育心理・測定・統計学専攻修士課程、81年同博士課程修了(Ph.D. )。
与那覇恵子(よなは けいこ、1952年9月24日 - )は、… 与那覇恵子(よなは けいこ、1952年9月24日 - )は、日本近代文学研究者、東洋英和女学院大学教授。 沖縄県那覇市出身。専修大学文学部卒、同大学院日本文学専攻博士課程満期退学、東洋英和女学院大学短期大学助教授、東洋英和女学院大学国際社会学部教授。近現代の女性作家を中心に研究している。NHKのドラマ「ちゅらさん」で沖縄風俗考証を務めた。 名桜大学教授の与那覇恵子(1953-)は同名異人。
里見 進(さとみ すすむ、1948年6月18日 - )は、日… 里見 進(さとみ すすむ、1948年6月18日 - )は、日本の医学者。医学博士。専門は、外科学一般、移植外科、消化器外科。独立行政法人日本学術振興会理事長、日本外科学会名誉理事長。沖縄県那覇市生まれ。 第21代東北大学総長、国立大学協会会長、日本外科学会初代理事長等を歴任。 1948年6月18日、沖縄県那覇市で生まれる。1967年3月、那覇高等学校を卒業。国費・自費沖縄学生制度に応募するも進学先が選べなかったため、沖縄から遠い東北大学に進学した。在学中、東京で祖国復帰運動に参加。 1974年3月、東北大学医学部医学科を卒業。同年4月からは東京都済生会中央病院で勤務し、同年7月に医師免許を取得。
真喜志 好一(まきし よしかず、1943年 - )は、日本の… 真喜志 好一(まきし よしかず、1943年 - )は、日本の建築家、構造家。 沖縄県那覇市出身。1968年、神戸大学大学院修士課程修了後同大学工学部助手。大学在任中は構造エンジニアとして、当時関西の著名な建築家作品の構造をいくつか担当する。1972年に沖縄に戻り、沖縄開発庁沖縄総合事務局に勤務。1976年、同庁を退職し、那覇市に建築設計事務所、有限会社建築研究室DIG and PILE(DAP)を設立。 1981年、日本建築士連合会作品展優秀賞受賞。 1984年から1985年まで、琉球大学非常勤講師を務めた。 一坪反戦地主会、白保の海と暮らしを守る会、SACO(沖縄に関する特別行動委員会)究明委員会、意見広告を出す会、沖縄環境ネットワークなどの市民運動に深く関わる。
来間 泰男(くりま やすお、1941年(昭和16年)7月28… 来間 泰男(くりま やすお、1941年(昭和16年)7月28日 - )は、沖縄史学者・農学者、沖縄国際大学名誉教授。
尚 弘子(しょう ひろこ、1932年12月25日 - )は、… 尚 弘子(しょう ひろこ、1932年12月25日 - )は、日本の農学者。琉球大学名誉教授。1991年から1994年には日本では2番目の女性副知事として沖縄県副知事に就任していた。
東恩納 寛惇(ひがおんな かんじゅん、1882年10月14日… 東恩納 寛惇(ひがおんな かんじゅん、1882年10月14日 - 1963年1月24日)は、沖縄の歴史学者・郷土史家・沖縄史家。東京帝国大学卒業。旧制府立高等学校、法政大学、拓殖大学各教授、拓殖大学図書館長、拓殖大学第一高等学校四代校長。沖縄県那覇出身。 1882年10月14日、新参慎氏の父東恩納寛裕母真呉勢の四男として沖縄県那覇東町に生まれる。沖縄県中学校(現・沖縄県立首里高等学校)、第五高等学校文科(現・熊本大学)を経て、1908年に東京帝国大学文科大学史学科卒業。東京府立一中教諭、高千穂高等商業学校(現高千穂大学)教員、府立高等学校や法政大学、拓殖大学等の教授を務めた。死後、琉球新報社によって「東恩納寛惇賞」が創設された。
伊波 普猷(いは ふゆう、1876年(明治9年)3月15日 … 伊波 普猷(いは ふゆう、1876年(明治9年)3月15日 - 1947年(昭和22年)8月13日)は、日本の民俗学者・言語学者。沖縄学の父と言われている。沖縄県那覇市出身。 琉球藩那覇西村(現在の那覇市西)に父普済・母マツルの長男として生まれる。1903年(明治36年)、第三高等学校を卒業した後、東京帝国大学で言語学を専攻する。帝大では、橋本進吉、小倉進平、金田一京助らの学友とともに、新村出の講義を聴講した。また、東京帝国大学では上田萬年の講義を聴講していた鳥居龍蔵(同大学助手)と出会い親交を深めた。1904年(明治37年)、沖縄に帰省する伊波は鳥居を沖縄での人類学調査に誘い、鳥居は伊波の実家に数日滞在して調査を行った。