佐藤 慎一(さとう しんいち、1956年11月4日 - )は… 佐藤 慎一(さとう しんいち、1956年11月4日 - )は、日本の財務官僚。元財務事務次官。公益財団法人国際保険振興会理事長。 主税局が長く、主計局での勤務は文部科学担当の主計官だった1年間のみである。1980年入省の事務次官候補は佐藤ではなく、稲垣光隆や林信光らであった。しかし、職人気質な佐藤は政策立案で頭角を表し、勝栄二郎らから高い評価を得ていた。
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佐藤 慎一(さとう しんいち、1956年11月4日 - )は… 佐藤 慎一(さとう しんいち、1956年11月4日 - )は、日本の財務官僚。元財務事務次官。公益財団法人国際保険振興会理事長。 主税局が長く、主計局での勤務は文部科学担当の主計官だった1年間のみである。1980年入省の事務次官候補は佐藤ではなく、稲垣光隆や林信光らであった。しかし、職人気質な佐藤は政策立案で頭角を表し、勝栄二郎らから高い評価を得ていた。
居戸 利明(いど としあき、1956年10月7日 - )は日… 居戸 利明(いど としあき、1956年10月7日 - )は日本の財務官僚。関東財務局長などを務めた。 大阪府出身。東京大学法学部を卒業し、1979年 大蔵省入省(理財局総務課)。同期に加藤勝信、香川俊介、木下康司、田中一穂、古澤満宏、永長正士、桑原茂裕、手島洋らがいた。 1982年7月 主計局総務課調査主任。1983年7月 主計局総務課企画係長。1984年7月13日 藤枝税務署長。 課長補佐時代は銀行局と主計局で勤務経験を重ねた。 主計局給与課長、三重県総務局長、財務省主計局主計官(国土交通、環境担当)などを務める。 2007年7月10日 金融庁総務企画局審議官(検査局担当)。2008年7月4日 関東財務局金融安定監理官兼金融庁総務企画局参事官(監督局担当)。
佐藤 文俊(さとう ふみとし、1956年〈昭和31年〉10月… 佐藤 文俊(さとう ふみとし、1956年〈昭和31年〉10月6日 - )は、日本の自治・総務官僚。 総務省では主に財政畑を歩んでおり、自治財政局財政課長や同局長、総務審議官(自治行政担当)などを務めた後、総務事務次官(第14代)。総務省退官後は野村総研顧問、地方公共団体金融機構理事長、内閣官房副長官兼内閣人事局長兼内閣感染症危機管理監(第1次石破内閣・第2次石破内閣)を務めた。 福島県福島市出身。福島県立福島高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、当時の自治省へ入省(配属先は財政局財政課、大臣官房総務課)。 1991年5月、行政局行政課長補佐。行政課長補佐時代は主に地方分権改革に携わる。
永長 正士(ながおさ まさし、1956年9月21日 - )は… 永長 正士(ながおさ まさし、1956年9月21日 - )は、日本の財務官僚。人事院事務総長。大阪府出身。東京大学法学部第1類(私法コース)卒業 大阪府出身。大阪府立大手前高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業し、1979年に大蔵省入省。入省同期には加藤勝信(衆議院議員、厚生労働大臣、内閣官房長官)、木下康司(第10代財務事務次官)、香川俊介(第11代財務事務次官)、田中一穂(第12代財務事務次官)、古澤満宏(財務官)ら。 大蔵省(現・財務省)に入省した際、国家公務員試験を1位で合格し、大臣官房秘書課に配属される。財務官僚としては初めて人事院事務総長に就任した。
櫻井 修一(さくらい しゅういち、1956年〈昭和31年〉9… 櫻井 修一(さくらい しゅういち、1956年〈昭和31年〉9月1日 - )は、日本の防衛官僚。防衛省運用企画局長を経て、2011年(平成23年)から2013年(平成25年)まで、内閣官房副長官補。2014年(平成26年)10月からヨルダン駐箚特命全権大使。 岐阜県出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て、1979年(昭和54年)東京大学法学部を卒業して、防衛庁に入庁する。
上田 隆之(うえだ たかゆき、1956年8月30日 - )は… 上田 隆之(うえだ たかゆき、1956年8月30日 - )は、日本の経産官僚。大臣官房長や製造産業局長、通商政策局長、資源エネルギー庁長官、経済産業審議官を経て、国際石油開発帝石(現INPEX)代表取締役社長。 静岡県出身。静岡県立静岡高等学校を経て、1980年 東京大学法学部第1類(私法コース)卒業、通商産業省入省(特許庁総務課)。1987年ワシントン大学法学修士課程修了。 1989年資源エネルギー庁石油部精製課、1991年中小企業庁計画部計画課、1992年大臣官房総務課、1993年中小企業庁総務課、1994年 通商産業省通商政策局アジア太平洋地域協力企画官。1996年JETROパリ貿易保険事務所長、1999年中小企業庁中小企業制度改正審議室長、2000年資源エネルギー庁公益事業部ガス事業課長、2002年 内閣官房内閣参事官。
唐澤 剛(からさわ たけし、1956年8月29日 - )は、… 唐澤 剛(からさわ たけし、1956年8月29日 - )は、日本の厚生労働官僚。長野県安曇野市出身。 長野県松本深志高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。 1980年厚生省に入省。1984年老人保健部計画課企画法令係長として老人保健法の改正にかかわる。1994年には保健医療局企画課で被爆者援護法の制定にかかわる。1995年介護対策本部事務局次長、1997年介護保険制度施行準備室次長として介護保険制度の導入に尽力し“YKK【山崎史郎、香取照幸(のち年金局長)、唐澤剛】”と呼ばれる。2002年雇用均等・児童家庭局家庭福祉課長。保育課長、国民健康保険課長を経て、2005年保険局総務課長。2008年官房三課長の大臣官房人事課長に昇進。
香川 俊介(かがわ しゅんすけ、1956年8月29日 - 2… 香川 俊介(かがわ しゅんすけ、1956年8月29日 - 2015年8月9日)は、日本の財務官僚。第11代財務事務次官。東京都出身。東京大学法学部卒業。 千葉大学教育学部附属中学校、開成高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業後、1979年大蔵省入省。 1979年に大蔵省(現・財務省)に入省。1980年5月、国際金融局国際機構課に異動。隣の席には1期下の森信親がおり、意気投合したことから、後に部署が離れても週1回のペースで酒を飲みに行ったり、B級グルメを食べ歩きに行ったりしていたという。1984年7月、佐久税務署長。早くから将来を羨望される「財務省のエース」と目され、1987年からは竹下内閣の官房副長官・小沢一郎秘書官を務め、小沢の信頼を得る。
稲田 伸夫(いなだ のぶお、1956年〈昭和31年〉8月14… 稲田 伸夫(いなだ のぶお、1956年〈昭和31年〉8月14日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。 奈良県出身。灘高等学校を経て、東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業後、1981年に検事任官。東京地検検事時代にゼネコン汚職事件の捜査を3年半担当した。 山形地方検察庁検事正、法務省刑事局長、法務事務次官、仙台高等検察庁検事長、東京高等検察庁検事長などを経て、2018年、検事総長。 2019年、全国の検察幹部が集まる会議で、裁判官の証拠採用の在り方に懸念を示した。検事総長が裁判所に苦言を呈するのは異例。 2020年7月17日、検事総長を退任。同年10月20日、稲田法律事務所弁護士。2021年野村證券取締役。
針原 寿朗(はりはら ひさお、1956年8月5日 - )は、… 針原 寿朗(はりはら ひさお、1956年8月5日 - )は、日本の農林官僚。元農林水産審議官、住友商事顧問、おかやま米粉麺普及推進ネットワーク顧問、(一社)国力倍増塾理事、(一社)本場の本物ブランド推進機構顧問、一般財団法人日本GAP協会 評議委員。 富山県出身、農林水産省の富山県人会長を務める。富山県立富山中部高等学校、東京大学法学部を卒業。
清水 康弘 (しみず やすひろ、1956年7月24日 - )… 清水 康弘 (しみず やすひろ、1956年7月24日 - )は、日本の官僚。ギリシャ駐箚特命全権大使。元環境省・原子力規制庁長官。 1956年東京都生まれ。 1980年 東京大学教養学部卒業(国際関係論)。環境庁入庁。1988年から1991年まで、外務省に出向。在アメリカ合衆国日本国大使館で環境担当書記官。1991年に環境庁に戻る。地球温暖化問題の担当官として国連気候変動枠組条約の交渉に参加。リオデジャネイロの地球サミットに参加。その後、環境大臣秘書官、環境情報システム室長を歴任。 2000年から2002年まで、通商産業省(経済産業省)に出向、東北通商産業局総務企画部長、東北経済産業局総務企画部長。
難波 喬司(なんば たかし、1956年7月20日 - )は、… 難波 喬司(なんば たかし、1956年7月20日 - )は、日本の政治家、運輸・国土交通官僚。静岡県静岡市長(1期)。学位は博士(工学)(名古屋大学・2005年)。運輸省の技官を経て、国土交通省大臣官房技術総括審議官、京都大学大学院経営管理研究部客員教授、静岡県副知事、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授を歴任した。 岡山県真庭郡湯原町(現真庭市)生まれ。岡山県立岡山大安寺高等学校を経て、1979年名古屋大学工学部卒業。1981年名古屋大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。修士論文は「信頼度による降雨時の自然斜面の力学的安定性に関する研究」。 同年、運輸省入省。1996年運輸省港湾局計画課補佐官。
河上 敢二(かわかみ かんじ、1956年〈昭和31年〉7月1… 河上 敢二(かわかみ かんじ、1956年〈昭和31年〉7月18日 - )は、日本の政治家、元農林水産官僚。三重県熊野市長(6期)。市長就任後、三重県市長会長、三重県環境審議会委員、三重県農業共済組合組合長理事などを歴任。 1956年(昭和31年)7月18日、三重県熊野市で出生。熊野市立井戸小学校、熊野市立木本中学校、三重県立伊勢高等学校を経て、1981年(昭和56年)3月、東京大学医学部保健学科を卒業。 同年4月、農林水産省に入省。入省後、牛乳乳製品課、食糧消費対策室、東海農政局、国際経済課などの部署を経験した他、経済企画庁、外務省へ出向し、経済企画庁では大規模小売店舗法などの流通規制に携わり、外務省では在イタリア日本国大使館一等書記官、大臣官房調査課課長補佐。
岸本 周平(きしもと しゅうへい、1956年〈昭和31年〉7… 岸本 周平(きしもと しゅうへい、1956年〈昭和31年〉7月12日 - 2025年〈令和7年〉4月15日)は、日本の政治家、大蔵・財務官僚。位階は従四位。 和歌山県知事(公選第22代)、内閣府大臣政務官兼経済産業大臣政務官(野田第3次改造内閣)、衆議院議員(5期)、国民民主党選挙対策委員長、国民民主党幹事長代行、旧国民民主党選挙対策委員長を歴任。妻はNHK記者の飯田香織。 和歌山県和歌山市生まれ。和歌山県立桐蔭高等学校、東京大学法学部(江頭憲治郎ゼミ)卒業。大学卒業後、大蔵省に入省(大臣官房調査企画課)。入省同期には後藤茂之(衆議院議員、経済再生担当大臣兼内閣府特命担当大臣)、寺田稔(衆議院議員、元総務大臣)、稲垣光隆(国税庁長官)、枝廣直幹(福山市長)、高橋洋一(嘉悦大学教授)、佐藤慎一(財務事務次官、主税局長、大臣官房長、大臣官房総括審議官)、林信光(元国税庁長官)、山崎達雄(元財務官)、森信親(金融庁長官)、西村善嗣(東京国税局長、国税庁次長)ら23人らがいる。
石原 一彦(いしはら かずひこ、1956年7月9日 - )は… 石原 一彦(いしはら かずひこ、1956年7月9日 - )は、日本の財務官僚。財務省大臣官房審議官や、内閣府沖縄振興局長、内閣府審議官を務めた。
金沢 和夫(かなざわ かずお、別表記 : 金澤 和夫、195… 金沢 和夫(かなざわ かずお、別表記 : 金澤 和夫、1956年 <昭和31年>7月4日 - )は、日本の地方公務員、自治・国土交通・総務官僚。熊本県副知事、同省官房審議官、兵庫県副知事を歴任。 神奈川県出身。栄光学園 (23期)、東京大学法学部卒業。1979年 自治省入省。1994年 (平成6年) 4月 山形県遊佐町助役、1998年4月 兵庫県総務部次長兼財政課長、同総務部長、阪神・淡路大震災からの復旧・復興を最優先に徹底した事業見直し、行財政改革を行った。後に同企画管理部企画調整局長、同企画管理部長。2002年4月 国土交通省航空局飛行場部環境整備課長、2004年6月 熊本県副知事、2008年7月 内閣府地方分権改革推進委員会事務局次長、2010年1月 総務省大臣官房審議官(財政制度・財務担当)。
志村 格(しむら ただし、1956年6月29日 - )は、日… 志村 格(しむら ただし、1956年6月29日 - )は、日本の国土交通官僚。観光庁観光地域振興部長や、観光庁次長、日本旅行業協会理事長等を経て、成田空港高速鉄道代表取締役社長。 1981年東京大学法学部卒業、運輸省入省。ハーバード大学留学を経て、1991年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官。1995年奈良県企画部次長。1999年運輸省近畿運輸局企画部長。2001年日本海難防止協会シンガポール事務所長。 2004年国土交通省大臣官房参事官(観光担当)。2005年国土交通省総合政策局旅行振興課長。同年国土交通省航空局監理部国際航空課長。2007年国土交通省大臣官房参事官(総合政策局(国際企画))。
原雅彦(はら まさひこ、1956年6月16日 - )は日本の… 原雅彦(はら まさひこ、1956年6月16日 - )は日本の財務官僚。大臣官房審議官(関税局担当)、大阪税関長、日本政策金融公庫常務取締役、オリックス銀行副社長などを務めた。 長野県出身。東京大学法学部卒業。1979年 大蔵省入省(銀行局調査課)。1984年7月 西尾税務署長。1990年7月 関税局輸入課長補佐。1996年7月 大臣官房文書課広報室長。1997年7月 主計局主計企画官(財政計画担当)。1998年7月 主計局給与課長。1999年1月 主計局給与課長兼大臣官房企画官兼金融企画局企画課。同年7月 主計局主計官(総理府、司法・警察担当)。2000年7月 主計局主計官(文部科学担当)。2001年1月6日 財務省主計局主計官(文部科学担当)。
髙原 一郎(たかはら いちろう、1956年6月8日 - )は… 髙原 一郎(たかはら いちろう、1956年6月8日 - )は、日本の経済産業官僚。中小企業庁長官や、資源エネルギー庁長官、丸紅取締役副会長を経て、エネルギー・金属鉱物資源機構理事長。 東京都生まれ。1975年筑波大学附属高等学校卒業。1979年東京大学法学部卒業、通商産業省入省。1994年中小企業庁計画部振興課長。1996年富山県理事・企画部次長。1997年富山県商工労働部長。1999年通商産業省産業政策局調査課長。2001年内閣官房行政改革推進事務局公務員制度等改革推進室内閣参事官。2003年経済産業省経済産業政策局地域経済産業グループ地域経済産業政策課長。2004年経済産業省大臣官房会計課長兼監査室長。
青木 信義(あおき のぶよし、1956年6月 - )は、日本… 青木 信義(あおき のぶよし、1956年6月 - )は、日本の防衛官僚。 東京都出身。東京都立昭和高等学校を経て、東京大学文学部卒業。
蒲生 猛(がもう たけし、1956年5月25日 - )は、日… 蒲生 猛(がもう たけし、1956年5月25日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省交通管制部長や、国土交通省大阪航空局長を経て、初代北海道エアポート代表取締役社長や、北海道観光振興機構副会長を務めた。 宮城県仙台市出身。1981年北海道大学法学部卒業、運輸省入省。経済企画庁調整局経済協力第二課専門調査員、関東運輸局企画部地域交通企画課長、宮城県企画部空港·交通対策課長、宮城県企画部空港対策課長兼臨空都市整備推進室長、運輸省運輸政策局情報管理部情報企画課補佐官、海上保安庁総務部政務課補佐官、北海道運輸局自動車部長等を経て、1998年新東京国際空港公団企画室調査役兼空港づくり企画室主幹兼地域共生部共生業務室調査役兼共生企画室主幹。
鈴木 茂樹(すずき しげき、1956年〈昭和31年〉5月2日… 鈴木 茂樹(すずき しげき、1956年〈昭和31年〉5月2日 - )は、日本の郵政・総務官僚。 総務審議官(国際担当)、総務審議官(郵政・通信担当)、総務事務次官などを歴任した。情報漏洩の科により2019年12月20日付で停職3ヵ月の懲戒処分を受け、即日辞職。総務省退官後、NTTからの違法接待も発覚した。株式会社横須賀テレコムリサーチパーク代表取締役社長、一般社団法人CRM協議会副会長。 神奈川県横須賀市出身。東京大学農学部農業経済学科卒業。国家公務員採用上級甲種試験(試験区分:経済)に合格し、1981年、郵政省入省。 2001年、総務省大臣官房秘書課調査官。同年、総務省総合通信基盤局国際部国際経済課長。
中嶋 圓(なかじま まどか、1956年5月 - )は、日本の… 中嶋 圓(なかじま まどか、1956年5月 - )は、日本の農林官僚、生物学者。学位は博士(食品栄養科学)(静岡県立大学・2007年)。静岡県立大学学長補佐・事務局教育研究推進部地域・産学連携推進室室長・特任准教授。新字体で中島 円(なかじま まどか)とも表記される。 畜産試験場育種部遺伝障害研究室職員、国立衛生試験所変異原性部微生物変異研究室職員、財団法人食品農医薬品安全性評価センター安全性試験部職員などを歴任した。 1956年5月に生まれた。1978年4月より農林省の施設等機関である畜産試験場で勤務することになり、育種部の遺伝障害研究室に配属された。同年7月、農林省は農林水産省に改組されるが、引き続き畜産試験場にて勤務した。
萩原 誠司(はぎわら せいじ、1956年(昭和31年)4月2… 萩原 誠司(はぎわら せいじ、1956年(昭和31年)4月28日 - )は、日本の政治家、通産官僚。岡山県美作市長(5期)。岡山県岡山市長(2期)、衆議院議員(1期)を務めた。岡山県英田郡西粟倉村長を務めた萩原賢二は父。 岡山県英田郡西粟倉村生まれ。岡山県立岡山大安寺高等学校、東京大学教養学部教養学科卒業。プリンストン大学大学院(ウッドローウイルソンスクール)修了。1980年、通商産業省に入省。 1999年、通産省を退官。岡山市長選挙に自民・社民2党の推薦を受けて出馬し、初当選する。2003年の市長選でも再選されたが、任期途中の2005年8月、自由民主党の要請を受け、岡山市長を辞職し岡山県第2区から第44回衆議院議員総選挙に出馬。
鎌田 昭良(かまた あきら、1956年3月29日 - )は日… 鎌田 昭良(かまた あきら、1956年3月29日 - )は日本の防衛官僚。 千葉県立千葉高等学校、東京大学経済学部卒業。1980年防衛庁入庁。防衛局運用第二課。1984年に通産省に係長として出向していた時期に体調を崩し、防衛庁で人事局人事第二課(事務官などの人事管理を担当する部署)に部員として勤務。そこで事務官の級別定数の過不足が将来的にどうなるのか、事務官などの採用数は人事管理上、いくつが適正かという問題について数理的に分析して回答を出した。同僚からも高い評価を受け、初めて行政官としての喜びを味わった。さらに役所のどんな組織にも必ず「懸案」があるということを確信した。 1998年運用局指揮通信課長。
椋野 美智子(むくの みちこ、1956年3月25日 - )は… 椋野 美智子(むくの みちこ、1956年3月25日 - )は、日本の政治家、元厚生官僚。大分県日田市長(1期)。元大分大学福祉科学研究センター教授。専門は社会保障、福祉政策、少子化対策。1998年、第2次橋本龍太郎内閣において日本政府として初めて少子化をテーマとした平成10年版厚生白書「少子社会を考える-子どもを産み育てることに『夢』を持てる社会を」を小泉純一郎厚生大臣の下、責任執筆した官僚として知られている。 大分県日田市生まれ。1978年、東京大学法学部卒業。厚生省(現・厚生労働省)に入省。在フランス社会保障制度調査員、浦和市福祉部長、内閣府高齢社会対策参事官、厚生労働省社会・援護局総務課長など政府の保健医療福祉を所管する課を歴任。
伊岐 典子(いき のりこ、1956年3月21日 - )は、日… 伊岐 典子(いき のりこ、1956年3月21日 - )は、日本の労働官僚、厚生労働官僚、外交官。2014年(平成26年)4月15日から2017年までブルネイ駐箚特命全権大使。 福岡県生まれ。1979年(昭和54年)東京大学法学部第1類を卒業して、労働省に入省する。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
福岡 徹 (ふくおか とおる、1956年3月21日 - )は… 福岡 徹 (ふくおか とおる、1956年3月21日 - )は、日本の総務官僚。総務省大臣官房長、総務省総合通信基盤局長、総務審議官等を経て、日本ITU協会理事長、スカパーJSATホールディングス代表取締役、スカパーJSAT代表取締役副社長。 京都府出身。洛星高等学校を経て、1980年東京大学法学部卒業、郵政省入省。総務省情報通信政策局衛星放送課長、総務省情報通信政策局放送政策課長等を経て、2009年総務省総合通信基盤局電気通信事業部長。2010年総務省情報流通行政局郵政行政部長。2012年 総務省大臣官房総括審議官(広報、政策企画(主)担当)。2013年総務省情報流通行政局長。2014年総務省大臣官房長。
細溝 清史(ほそみぞ きよし、1956年〈昭和31年〉3月1… 細溝 清史(ほそみぞ きよし、1956年〈昭和31年〉3月17日 - )は、日本の財務官僚。金融庁長官を経て、日本取引所自主規制法人理事長。 大阪府出身。1974年 大阪府立大手前高等学校卒業。1978年 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。大蔵省入省(主計局総務課)。通商産業省機械情報産業局電子政策課総括係長、園部税務署長、大蔵省銀行局総務課長補佐(企画担当)などを経て、1986年6月 青森県農林部経済課長。1988年4月 青森県総務部財政課長。1989年7月、主計局主計官補佐(経済協力第二係主査)、1990年、地方財政第一、二係主査、1992年、厚生第一、二係主査、1993年熊本県企画開発部長。
室谷 正裕(むろや まさひろ、1956年3月15日 - )は… 室谷 正裕(むろや まさひろ、1956年3月15日 - )は、日本の国土交通官僚。愛知県総合交通監や、国土交通省交通管制部長、運輸安全委員会事務局長等を経て、北総鉄道代表取締役社長、千葉ニュータウン鉄道代表取締役社長を務めた。 兵庫県多紀郡城東町般若寺(現在の丹波篠山市般若寺)生まれ。兵庫県立篠山鳳鳴高等学校を経て、1979年東京大学経済学部卒業、運輸省入省。運輸省北海道運輸局自動車部長等を経て、1999年愛知県企画部航空監。2000年愛知県企画振興部総合交通監。2001年国土交通省総合政策局交通消費者行政課長。2003年国土交通鉄道局財務課長。 2005年から国土交通省海事局総務課長として45年ぶりとなるモーターボート競走法の大改正を行った。
中尾 武彦(なかお たけひこ、1956年3月5日 - )は、… 中尾 武彦(なかお たけひこ、1956年3月5日 - )は、日本の大蔵、財務官僚、元アジア開発銀行総裁、元財務官。住友商事顧問・国際経済戦略センター理事長。第一生命保険株式会社取締役。政策研究大学院大学客員教授。東京大学公共政策大学院客員教授。 兵庫県川西市出身。1974年大阪教育大学附属池田高校卒業。1978年東京大学経済学部卒業。1982年 - カリフォルニア大学バークレー校経営大学院修了。MBA (注)このほか、国際経済戦略センターのホームページhttps://www.ciesl.jp/、中尾武彦オフィシャル(みずほリサーチ&テクノロジーズの理事長によるYouTube対談シリーズ)https://www.youtube.com/channel/UCGtRQ6WIBr2e8iGHZvm7L_Q、中尾武彦オフィシャル(みずほリサーチ&テクノロジーズの「理事長の視点」論考シリーズ)https://note.com/takehiko_nakao/allに論文、記事、対談などをアップ。
鈴木 繁治(すずき しげじ、1956年2月23日、 - )は… 鈴木 繁治(すずき しげじ、1956年2月23日、 - )は、日本の会計検査院官僚。会計検査院事務総長、駐ルクセンブルク特命全権大使などを歴任。 神奈川県出身。聖光学院高等学校を経て、1978年東京大学法学部卒業、会計検査院事務総局入局。防衛検査第2課、ウィスコンシン大学経営大学院留学、調査課国際係長を経て、外務省ニューヨーク総領事館領事(会計検査院の在外公館勤務第一号)、会計検査院事務総長官房審議官、会計検査院事務総局第1局長、2014年会計検査院事務総局次長。2015年会計検査院事務総長。2016年から駐ルクセンブルク特命全権大使を務めた。2020年辞職。
沼田 正俊(ぬまた まさとし、1956年2月4日 - )は、… 沼田 正俊(ぬまた まさとし、1956年2月4日 - )は、日本の農水官僚。元林野庁長官。鹿児島県出身。 ラ・サール高等学校、東京大学農学部を卒業し、1979年林学職で農林水産省入省。同期に沖修司林野庁長官など。山形県の鳥海山麓の森林官などを経て、2003年林野庁整備課長。その後、森林整備部長、国有林野部長を経て2010年林野庁次長。2012年林野庁長官となり、2014年辞職。
木村嘉秀(きむら よしひで、1956年1月29日 - 200… 木村嘉秀(きむら よしひで、1956年1月29日 - 2003年12月5日)は日本の財務官僚。 熊本県出身。保険学者木村榮一の長男。アナモサハイスクール、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。東大法学部在学中に国家公務員上級試験に一桁で合格し、司法試験にも合格。1978年(昭和53年)大蔵省入省(大臣官房文書課)。1980年(昭和55年)6月 大臣官房付(留学)。1981年(昭和56年)7月 主計局総務課調査主任。1982年(昭和57年)7月 主計局総務課企画係長。1983年(昭和58年)7月 瀬戸税務署長。1984年(昭和59年)7月 国際金融局国際機構課長補佐(企画・国際機関)。サミットを担当。
山田 俊之(やまだ としゆき、1956年〈昭和31年〉1月2… 山田 俊之(やまだ としゆき、1956年〈昭和31年〉1月20日 - )は、日本の郵政・総務官僚。 京都府出身。1974年(昭和49年)3月、鳥取県立米子東高等学校卒業。1978年(昭和53年)3月、京都大学経済学部経済学科卒業。同年4月、郵政省入省。 貯金局第一業務課法規係に配属され、外務省経済協力局開発協力課、万国郵便連合国際事務局、大臣官房文書課主査、小野田郵便局長、郵務局国際業務課課長補佐、同局国際課課長補佐、大臣官房文書課課長補佐、在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部一等書記官、東京郵政局人事部長、大臣官房国際部調査官、内閣官房内閣情報調査室内閣調査官、大臣官房国際部国際協力課長、通信・放送機構総務部長・管制業務部長、名古屋貯金事務センター所長、情報通信政策研究所長、アジア・太平洋電気通信共同体(APT)事務局次長を歴任。
塚田 桂祐(つかだ けいすけ、1956年 〈昭和31年〉- … 塚田 桂祐(つかだ けいすけ、1956年 〈昭和31年〉- )は、日本の自治・総務官僚。2016年より流通経済大学法学部教授。茨城県筑西市(旧・下館市)出身。 1975年(昭和50年)、茨城県立水戸第一高等学校を卒業。1980年(昭和55年)、東京大学法学部を卒業。自治省に入省。1986年(昭和61年)、ハーバード大学ケネディ・スクール修了。公共経営学修士を取得。 1992年(平成4年)、埼玉県企画財政部次長となる。1997年(平成9年)、徳島県商工労働部長となる。1999年(平成11年)、農林水産省農村整備・活性化対策室長となる。 2001年(平成13年)、一般財団法人自治体国際化協会シドニー事務所 所長となる。
桑原 茂裕(くわばら しげひろ、1956年 - )は、日本の… 桑原 茂裕(くわばら しげひろ、1956年 - )は、日本の官僚。金融庁総務企画局総括審議官、金融庁検査局長、金融庁総務企画局長、日本銀行理事などを務めた。 埼玉県立熊谷高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省。国家公務員上級甲種試験の成績は2位。主税局総務課課長補佐などを経て、1990年主計官補佐となり外務・経済協力、文部の予算編成を担当する。在カナダ日本国大使館参事官などを経て、2000年主計官(農林水産)。同期中の事務次官候補であったが、2002年金融庁に転出。2007年~2009年まで理財局で審議官、次長を務め2009年金融庁総務企画局審議官。2011年検査局長。
道盛 大志郎(みちもり だいしろう、1956年 - )は、日… 道盛 大志郎(みちもり だいしろう、1956年 - )は、日本の財務官僚。 東京学芸大学附属高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部卒業後、1979年大蔵省入省。学部時代の成績は全優。国家公務員上級甲種試験は2位、司法試験合格。 1985年岸和田税務署長、主計局法規課課長補佐などを経て、1989年に主計官補佐となる。主計官補佐時代は農林水産の予算を担当し、同期の中で有力な事務次官候補であった。1993年銀行課課長補佐。金融監督庁設立準備室主任室員だった1998年には大蔵省接待汚職事件で減給処分を受ける。その後2000年税制第三課長。税制第二課長や理財局次長などを経て、2010年国家戦略室審議官。
藤本 潔(ふじもと きよし、1956年 - )は、日本の官僚… 藤本 潔(ふじもと きよし、1956年 - )は、日本の官僚。元農林水産省消費・安全局長。 兵庫県立神戸高等学校卒業後、京都大学農学部農芸化学科に進学。1979年(昭54年)同卒、農林水産省へ。 農林水産技術会議事務局研究総務官を経て、2011年農水技術会議事務局長。農林水産省消費・安全局長、関東農政局長を歴任。同省退官後、井関農機顧問、公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会理事長に就任。
櫻庭 英悦(さくらば えいえつ、1956年 - )は、日本の… 櫻庭 英悦(さくらば えいえつ、1956年 - )は、日本の農水官僚。元農林水産省食料産業局長兼内閣官房内閣審議官。大館市特別顧問、秋田銀行地方創生総合アドバイザー、日清食品ホールディングス取締役、キユーピー顧問。秋田県出身。 南秋田郡天王町(現潟上市)生まれ。1980年宇都宮大学農学部農業経済学科を卒業し、農林水産省に入省する。農事試験場の専門職で入省し、菅義偉官房長官と同郷であり覚えが良くなった。3分の1を本省以外で勤務し、2001年物価対策室長。2005年食品産業振興課長。2011年に審議官となり、2014年食料産業局長。2016年に辞職。秋田銀行地方創生総合アドバイザー、大館市特別顧問。
香取 照幸(かとり てるゆき、1956年 - )は、日本の厚… 香取 照幸(かとり てるゆき、1956年 - )は、日本の厚生労働官僚。上智大学総合人間科学部社会福祉学科特別契約教授。駐アゼルバイジャン共和国特命全権大使を務めた。 東京都出身。麻布高等学校卒。 1980年 東京大学法学部卒業、厚生省入省、保険局国民健康保険課配属。 1982年 在フランスOECD(経済協力開発機構)事務局研究員。 1985年 厚生省薬務局経済課 1987年 厚生省年金局年金課課長補佐 1990年 埼玉県生活福祉部老人福祉課長 1992年 厚生省保険局国民健康保険課課長補佐 1993年 厚生省老人保健福祉局企画課課長補佐 1996年 厚生省大臣官房政策課企画官(高齢者介護対策本部事務局次長) 1997年 厚生省大臣官房政策課企画官(社会・援護局保護課災害救助対策室長併任) 1998年 厚生省大臣官房組織再編準備室次長。
清川 寛(きよかわ ゆたか、1956年 - )は、日本の官僚… 清川 寛(きよかわ ゆたか、1956年 - )は、日本の官僚。通産官僚。関東経済産業局総務企画部長、国際超電導産業技術研究センター専務理事等を歴任した。 神戸市立御影北小学校、灘中学校・高等学校、東京大学法学部を卒業。通商産業省(現・経済産業省)入省後、知的財産政策室長、東京大学大学院客員助教授、立地環境整備課長、関東経済産業局総務企画部長等を経て、独立行政法人経済産業研究所上席研究員に就任する。国際超電導産業技術研究センター専務理事、清算人を歴任。
実重重実(さねしげ しげざね、 1956年- )は、日本の元… 実重重実(さねしげ しげざね、 1956年- )は、日本の元農水官僚・生物学者。 島根県安来市出身。10代のとき「フジツボの研究」で科学技術庁長官賞を受賞。1979年東京大学卒業後、農林水産省に入省。微生物から植物、水生動物、哺乳類など幅広く動植物に係わった。発生生物学者・団まりなに師事し、階層生物学研究ラボに参加。農林水産省農村振興局長をへて2005年定年。全国山村振興連盟常務理事兼事務局長。
三輪 和夫(みわ かずお、1956年または1957年 - )… 三輪 和夫(みわ かずお、1956年または1957年 - )は日本の総務官僚、地方公務員。大阪府副知事、自治大学校長、内閣人事局人事政策統括官を歴任。 山口県出身。1980年 (昭和55年) 東京大学法学部卒業。 自治省入省、福井県総務部長、国土交通省道路局道路交通管理課長、2003年4月、佐野忠史の後任として大阪府総務部長、2005年3月、同副知事。2008年11月、次年度予算を巡って都市整備部を所管する小河保之副知事と財政課を担当する三輪が激しく応酬した。2009年3月、、綛山哲男教育長を後任に副知事退任。総務省大臣官房審議官(地方行政・地方公務員制度、選挙担当)併任内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)、2011年7月、自治行政局公務員部長、2014年7月、自治大学校長、2015年7月、内閣人事局人事政策統括官。
安延 申(やすのべ しん、1956年 - )は、日本の元官僚… 安延 申(やすのべ しん、1956年 - )は、日本の元官僚。
久保 公人(くぼ きみと、1956年(昭和31年) - )は… 久保 公人(くぼ きみと、1956年(昭和31年) - )は、日本の文部官僚。文部科学省スポーツ・青少年局長などを歴任した。2016年4月より2024年3月まで、学校法人尚美学園理事長兼尚美学園大学学長。 滋賀県大津市に小学校の教師の家庭に生まれる。滋賀県立膳所高等学校を経て、京都大学法学部を卒業する。1980年(昭和55年)文部省に入省する。 2015年(平成27年)7月28日、文部科学省は久保スポーツ・青少年局長が辞任し、後任に高橋道和内閣官房教育再生実行会議担当室長を任命する人事を発表した。スポーツ・青少年局は、東京オリンピックの国立競技場建設を管轄しており、建設計画の白紙撤回に伴い、事実上の更迭と観測されている。
坂井 真樹または坂井 眞樹(さかい まさき、1956年(昭和… 坂井 真樹または坂井 眞樹(さかい まさき、1956年(昭和31年) - )は、日本の農林水産官僚、外交官。2014年(平成26年)4月15日からミクロネシア連邦駐箚特命全権大使。
村木 厚子(むらき あつこ、1955年〈昭和30年〉12月2… 村木 厚子(むらき あつこ、1955年〈昭和30年〉12月28日 - )は、日本の労働・厚労官僚。津田塾大学客員教授。旧姓西村(にしむら)。 2008年に厚生労働省4人目の女性局長として厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を務めた後、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)、厚生労働省社会・援護局長を歴任し、2013年7月から2015年9月まで厚生労働事務次官を務めた。 厚生労働省退官後は、内閣官房孤独・孤立対策担当室政策参与、全国社会福祉協議会会長、全国老人クラブ連合会会長、中央共同募金会会長、伊藤忠商事取締役、住友化学取締役、SOMPOホールディングス監査役、コニカミノルタアドバイザー、大妻学院理事、土佐中学校・高等学校理事、若草プロジェクト代表呼びかけ人、抱樸が実施する希望のまちプロジェクト顧問など。
三村 亨(みむら とおる、1955年12月26日 - )は、… 三村 亨(みむら とおる、1955年12月26日 - )は、日本の財務官僚、弁護士。財務省近畿財務局長や、防衛省人事教育局長、防衛研究所所長、防衛審議官、損保ジャパン日本興亜総合研究所理事長などを歴任した。 岡山県出身。1979年 東京大学法学部卒業、大蔵省入省。証券局、1981年-1983年ケンブリッジ大学経済学部留学、大臣官房秘書課財務官室調査主任。1985年7月 国際金融局総務課長補佐(企画調整・渉外)。1986年7月 左京税務署長。大臣官房文書課長補佐(審査)、大臣官房秘書課財務官室長、財務省主計局主計官(防衛担当)、理財局国債課長、理財局国債企画課長、理財局財政投融資総括課長、福岡財務支局長、大臣官房審議官(理財局担当)等を経て、2010年 金融庁総務企画局審議官兼公認会計士・監査審査会事務局長。
須江 雅彦(すえ まさひこ、1955年12月18日 - )は… 須江 雅彦(すえ まさひこ、1955年12月18日 - )は、日本の総務官僚。総務省大臣官房審議官兼財務省大臣官房審議官や、総務省統計局長、統計研修所長を経て、現在は滋賀大学理事(データサイエンス)・副学長。SUMCO取締役。 東京都出身。1974年東京都立立川高等学校卒業、1979年 中央大学法学部法律学科卒業、総理府入府、大臣官房総務課兼内閣官房内閣参事官室配属。1985年1月 労働省職業安定局高齢者対策部企画課。1986年5月 沖縄開発庁総務局企画課課長補佐。1993年7月 通商産業省産業政策局産業政策企画官。1995年 総務庁恩給局審議課長。1997年 日本学術会議事務局情報国際課長。1998年 日本学術会議事務局庶務課長。