スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
切詰 大貴(きりづめ だいき、1999年1月5日 - )は、… 切詰 大貴(きりづめ だいき、1999年1月5日 - )は、日本のキックボクサー、プロ格闘家、空手家であり医師である。高知県高知市出身。武勇会所属。土佐中学校・高等学校を経て香川大学医学部医学科を卒業し、同年に医師国家試験に合格、医師免許を取得した。現在はプロ格闘家として活動する一方で、医師として東京都内の医療機関に勤務している。 K-1カレッジ2021、65kg級王者。JKI(ジャパン・キックボクシング・イノベーション)スーパーライト級王者。極真空手黒帯。血液型はO型。 格闘技好きの父親の影響で、4歳の時に極真会館高知支部に入門し、本格的に格闘技を始める。ジュニア時代には全国大会や地方大会等で優勝を収め、全日本拳武道選手権大会では通算5回優勝(4連覇を含む)したほか、JAPAN GAME 2009全日本空手道選手権大会で準優勝するなどした。
森下 貴裕(もりした たかひろ、1995年6月4日 - )は… 森下 貴裕(もりした たかひろ、1995年6月4日 - )は、日本の元プロ野球選手(外野手)。出身地は高知県長岡郡本山町。 本山町土佐町中学校組合立嶺北中学校から土佐高等学校へ進学し、3年となった2013年の第85回記念選抜高等学校野球大会に21世紀枠で出場し、2回戦で浦和学院高等学校に敗れた。 高校卒業後は慶應義塾大学環境情報学部へ入学に伴い神奈川県横浜市へ移住し慶應義塾体育会野球部へ入部し野球部員として活動していた。4年となった2017年秋にプロ志望届を提出したが、NPB球団からのドラフト指名はなかった。 卒業後の進路はベースボール・チャレンジ・リーグ志望としたものの進路未定で大学卒業することになった。
品田 亮太(しなだ りょうた、1991年7月15日 - )は… 品田 亮太(しなだ りょうた、1991年7月15日 - )は、TBSテレビ報道局経済部記者で、同局の元アナウンサー。高知県の出身で、実父は元NHKアナウンサーの品田公明。 北海道で出生後、NHK勤務の父・公明の転勤に伴って高知県で生活。土佐中学校・高等学校在学時には競泳の選手として活躍していた(詳細後述)。卒業後に、法政大学社会学部メディア社会学科に進学。在学中には、稲増龍夫が学内で主宰する法政大学自主マスコミ講座に所属。2014年4月1日付で、アナウンサーとしてTBSテレビに入社。入社1年目に、同期入社の宇垣美里(現在:フリー)・皆川玲奈とともに『あさチャン!』『Nスタ』(第0部・第1部〈ニュースワイド〉)へのレギュラー出演を果たした。
浅川 純(あさかわ じゅん、1991年 - )は、日本の工学… 浅川 純(あさかわ じゅん、1991年 - )は、日本の工学者、実業家。高知県出身。 株式会社Pale Blue 共同創業者 兼 代表取締役。専門は航空宇宙工学。
佐竹 祐人(さたけ ゆうと、1991年 - )は、NHKのア… 佐竹 祐人(さたけ ゆうと、1991年 - )は、NHKのアナウンサー。 高知県出身。土佐高等学校、慶應義塾大学環境情報学部卒業後、2014年に入局。 初任地は静岡放送局。2018年大分放送局に異動。2020年京都放送局に異動。 ☆印は現在出演(担当)中。
竹内 琢也(たけうち たくや、1988年3月17日 - )は… 竹内 琢也(たけうち たくや、1988年3月17日 - )は、日本のDJ。高知県出身。 高知県土佐市生まれで、広島県を経て大阪府に在住する。土佐高等学校、広島大学文学部卒業。 10代の頃にアジアやアフリカ、ヨーロッパ、中南米を旅行し、帰国後は大学在学中にワールドミュージックを紹介する番組でラジオDJとしてのキャリアを開始した。 2009年にFM802 DJオーディションに合格、2010年1月に『FUNKY JAMS 802』でデビュー。FM802で男性の現役大学生がDJをするのは17年ぶりだった。 2019年9月をもってFM802を卒業し、現在はSpotifyの公式番組「New Music Wednesday[Music+Talk Edition]」や自身のPodcast番組「speakeasy podcast」などを担当している。
坂木 萌子(さかき もえこ、1987年3月12日 - )は、… 坂木 萌子(さかき もえこ、1987年3月12日 - )は、ニチエンプロダクション所属のフリーアナウンサー。 高知県出身、父は山口県出身。土佐高等学校の同期生にフジテレビの谷岡慎一がいる。早稲田大学商学部卒業後、さくらんぼテレビジョンへ入社する。 2009年に『FNS26時間テレビ』の企画「三輪車12時間耐久レース」で初めて全国放送に出演してさくらんぼテレビチームのリポーター兼レーサーを務める。晩秋より、阿久津尚子が退社して空席となっていた地上デジタル放送推進大使に就き、12月1日の「デジタル放送の日」イベントで初めて大使として出演する。 2010年7月末に退職する。 2010年9月、出産で降板した青柳嘉代の後任としてCS放送日テレNEWS24のキャスターを務める。
谷岡 慎一(たにおか しんいち、1987年〈昭和62年〉2月… 谷岡 慎一(たにおか しんいち、1987年〈昭和62年〉2月16日 - )は、フジテレビのアナウンサー。 高知県生まれ。親が転勤族だったため、中学までは高知・大阪・香川・大阪・千葉を転々とし、転校が多かった。 船橋市立小室中学校卒業後、野球留学のため高知県へ。 土佐高等学校卒業。高校の同級生には、フリーアナウンサーの坂木萌子がいる。高校では寮生活しながら野球部に所属していたが、1年生の冬に腰の怪我をして野球を断念し、高知にある祖父の家で下宿していた。 一浪し、法政大学経営学部経営学科入学。法政大学自主マスコミ講座21期卒業生で、講座の同期に元テレビ東京アナウンサーの白石小百合がいる。2010年3月24日に日本武道館で行われた「第128回 法政大学学位授与式」では、2人で司会を担当した。
松岡 祐司(まつおか ゆうじ、1982年8月26日 - )は… 松岡 祐司(まつおか ゆうじ、1982年8月26日 - )は、元高知放送アナウンサー。高知県出身。 土佐中学校・高等学校、上智大学経済学部を卒業。 2006年入社(男性アナウンサーとしてはRKCでは10年ぶりの採用である)。2010年4月、報道部に異動し報道記者、ディレクターを経験。2013年にアナウンサーとして復帰した。 RKCアナウンサールームの自身のブログで、ガンダムマニアを公言している。2019年春、高知放送を退職。 2019年5月、高知市の実家の老舗料亭「得月楼」を継いだ。2021年現在、「番頭」として広報役もこなしており、六代目店主である兄と共に従事している。
島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は… 島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は、日本女子プロ将棋協会(LPSA)所属の女流棋士。高知県南国市出身。土佐高校卒業。森雞二九段門下。LPSA番号13。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は旧39。
依光 晃一郎(よりみつ こういちろう、1977年5月8日 -… 依光 晃一郎(よりみつ こういちろう、1977年5月8日 - )は、日本の政治家。高知県香美市長(2期)。元高知県議会議員(3期)。 高知県香美郡土佐山田町(現・香美市)生まれ。土佐高等学校を経て、2002年東京都立大学経済学部卒。依光瓦工業(有)社員を経て、2011年高知県議会議員選挙に立候補して当選する。3期務め、自由民主党に所属した。 2022年3月、香美市長選挙に立候補し、現職の法光院晶一を破って当選した。
デハラ ユキノリ(ではら ゆきのり、1974年 - )は、高… デハラ ユキノリ(ではら ゆきのり、1974年 - )は、高知県高知市生まれのイラストレーターである。本名、出原幸典。 土佐高等学校、大阪芸術大学デザイン学科卒業後、京都の広告代理店・株式会社第一紙行に就職。退社後は、東京を拠点にフィギュアイラストレーターとして主に広告、装丁、挿絵などで活動している。 作家として年間4~6回のペースで個展を行い、東京をはじめ台湾、香港、NY、LA、パリ、メルボルンなどで新作を発表し続けている。年間制作フィギュアは約300体で、自身の撮影によるフィギュア写真集を多数発表している。また、イラストレーターとしての活動の傍ら、金子ナンペイらとのユニット、「メンペ」(Tokyo Men's Painter Society)において、展覧会「メンペ展」、路上ライブ、インターネットラジオなどの活動を続けている。
Template:利益相反 山本 清龍(やまもと きよたつ、… Template:利益相反 山本 清龍(やまもと きよたつ、1973年(昭和48年)2月10日 - )は、日本の造園学者、観光学者、林学者。東京大学大学院 農学生命科学研究科 森林科学専攻 森林風致計画学研究室 准教授。専門は、公園計画、保護地域管理、地域振興。博士(農学)(東京大学)。高知県生まれ。
高木 錬太郎(たかぎ れんたろう、1972年7月21日 ‐ … 高木 錬太郎(たかぎ れんたろう、1972年7月21日 ‐ )は、日本の政治家。立憲民主党所属の元衆議院議員(1期)。旧姓は片山。 妻は参議院議員の高木真理。 高知県中村市(現・四万十市)出身。土佐高等学校卒業[リンク切れ]。1995年3月、中央大学法学部政治学科卒業。同年4月、ニチレイに就職[リンク切れ]。 1998年8月、枝野幸男の著書『それでも政治は変えられる』に感銘を受け、枝野の大宮事務所を突然訪問。その時応対したのが、当時枝野の公設第二秘書だった高木真理であった[リンク切れ]。 2000年10月、ニチレイを退職。同年11月から2007年1月まで枝野の秘書として活動した。2007年4月、埼玉県議会議員選挙に南7区(さいたま市中央区)より民主党公認で出馬するも、落選。
大崎 一万発(おおさき いちまんぱつ、本名:大崎 雄大(おお… 大崎 一万発(おおさき いちまんぱつ、本名:大崎 雄大(おおさき たけひろ)、1968年7月15日 - )は、高知県高岡郡檮原町出身のパチプロ、タレント、元雑誌編集者。 パチンコ・パチスロ系YouTubeチャンネル「まんぱつ」では、独自の視点からパチンコ業界を語る動画投稿も行っている。 「パチンコ滅亡論」などの著書が有る。 土佐高校を卒業後、早稲田大学(社会科学部)3年の終わりからパチプロとして活動していたが、パチンコやその他で借金を抱えた状況になっていた。卒業間近に知り合いからパチンコの開店プロを紹介され、サラリーマンでは不可能な高額収入が可能でしがらみも少ないことから、高知新聞など数社からもらった内定を全て辞退し、大学卒業後は開店プロの道に進む。
尾﨑 正直(おざき まさなお、1967年〈昭和42年〉9月1… 尾﨑 正直(おざき まさなお、1967年〈昭和42年〉9月14日 - )は、日本の政治家、大蔵・財務官僚。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、内閣官房副長官(政務担当)。自由民主党高知県支部連合会長。 国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官、デジタル大臣政務官兼内閣府大臣政務官、自由民主党副幹事長、高知県知事(公選第17・18・19代)、全国知事会副会長を歴任した。 高知県高知市生まれ。1991年(平成3年)、大蔵省に入省。関税局国際調査課。大蔵省の同期に寺岡光博、阿久澤孝、中村英正、嶋田俊之、堀内斉、岩元達弘、橋本真吾、山崎翼、柴田敬司、田村謙治、長崎幸太郎らがいる。 本省勤務の他、1998年(平成10年)から3年間は外務省へ出向し、在インドネシア日本大使館で書記官(赴任時は二等、2001年(平成13年)より一等)を務める。
尾崎 正直(尾崎 正直、おざき まさなお、1967年(昭和4… 尾崎 正直(尾崎 正直、おざき まさなお、1967年(昭和42年)9月14日 - )は、日本の大蔵・財務官僚、政治家。高知県知事(民選第17・18・19代)。身長177cm、体重75kg。
徳田 修一(とくだ しゅういち 1967年〈昭和42年〉4月… 徳田 修一(とくだ しゅういち 1967年〈昭和42年〉4月12日 - )は、日本の外交官。 土佐高等学校卒業、東京大学法学部第二類卒業(平成2年3月) 室戸市吉良川町生まれ、高知県出身。
浜田 一志(はまだ かずし、1964年9月11日 - )は、… 浜田 一志(はまだ かずし、1964年9月11日 - )は、高知県高知市出身の元アマチュア野球選手(外野手)、野球指導者。学習塾「Ai西武学院」塾長。 小学4年生の頃から野球を始める。土佐高校での夏の大会後、その時点では偏差値38ながら独自の勉強法で東京大学理科二類に現役合格。硬式野球部に所属し、東京六大学野球リーグでは1985年の春季にシーズン本塁打、1試合最多本塁打記録をマークし、翌年には主将を務めた。 その後は、東京大学大学院工学系研究科に進学し、大学院修了後は新日本製鉄で勤務した。1994年より文武両道を目指す学習塾「Ai西武学院」を経営する。 2008年に東大野球部のスカウティング事務局を立ち上げ、2013年から2019年までには母校の東京大学の監督を務め、宮台康平らを育てた。
正木 秀尚(まさき ひでひさ、1964年1月7日 - )は、… 正木 秀尚(まさき ひでひさ、1964年1月7日 - )は、日本の漫画家。高知県香美郡(現・香美市)土佐山田町出身。男性。 土佐高校にてまんが同好会設立。高知大学中退後、1985年「がんばれポストマン」(1985年小学館『少年サンデー増刊』)にてデビュー。
浜田 省司(はまだ せいじ、1963年〈昭和38年〉1月23… 浜田 省司(はまだ せいじ、1963年〈昭和38年〉1月23日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。高知県知事(第20代・21代)。無所属。 本来の表記は「浜」が異体字の濵田 省司で、高知県の公式ホームページではこちらの表記が採用されている。 高知県中村市(現・四万十市)出身。小学4年生のときに高知市に転居。高知市立小高坂小学校、土佐中学校・高等学校卒業。1985年(昭和60年)3月、東京大学法学部卒業。同年4月、自治省に入省。同年7月、京都府庁(地方課・財政課)に配属される。 1991年(平成3年)3月、外務省在サンフランシスコ日本国総領事館に副領事・領事として勤務。1994年(平成7年)5月、福岡県庁に消防防災課長・財政課長として勤務。
平山 耕三(ひらやま こうぞう、1962年〈昭和37年〉9月… 平山 耕三(ひらやま こうぞう、1962年〈昭和37年〉9月9日 - )は、日本の政治家。高知県南国市長(3期)。 高知県南国市小籠生まれ。南国市立長岡小学校、土佐中学校、土佐高等学校卒業。1986年(昭和61年)3月、成城大学文芸学部卒業。同年4月、南国市役所に入庁。2013年(平成25年)、財政課長に就任。2015年(平成27年)7月、副市長に就任。 2017年(平成29年)6月19日、南国市長の橋詰壽人が健康上の理由から6月30日付で辞職することを表明。これを受けて平山は同年6月30日に副市長を辞職し、7月30日告示・8月6日投票の市長選挙に立候補、無投票で初当選した。 2021年(令和3年)7月18日投開票の市長選挙で元市議を破り再選した。
森岡 浩(もりおか ひろし、1961年4月10日 - )は、… 森岡 浩(もりおか ひろし、1961年4月10日 - )は、日本の姓氏・野球史研究家。日本文藝家協会所属。 高知県高知市生まれ。土佐中学校・高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。中学生の頃、近隣に同じ名前を持つ住人が集まる地域があり、電話帳で調べたことが名字に興味を持つきっかけとなる。大学在学中から日本人の名字に関して独学で研究を始める。また、高校野球に重心を置いた野球史の研究も行う。 名字関連の書籍や名字辞典には記載されているものの、実在しない名字の総称として幽霊名字を提唱している。
大森 望(おおもり のぞみ、1961年2月2日 - )は、日… 大森 望(おおもり のぞみ、1961年2月2日 - )は、日本の翻訳家・書評家・評論家・アンソロジスト。SFを中心として活動する。本名は英保 未来(あぼ みくる)。 ペンネームは、少女マンガ家・清原なつのの作品『私の保健室へおいで…』の登場人物からで、元来は京都大学SF研究会時代の共同ペンネームだった。別ペンネームとしては森のぞみ、亀井甲介、矢沢翔等。ニックネームはワルモノ[要出典]。日本推理作家協会会員、本格ミステリ作家クラブ会員、変格ミステリ作家クラブ会員、日本SF作家クラブ会員。 高知県高知市出身。父母とも高知新聞の記者であり、共働き期間は両親の知人だった宮尾登美子に子守をしてもらったことがある。
森岡 正博(もりおか まさひろ、1958年9月25日 - )… 森岡 正博(もりおか まさひろ、1958年9月25日 - )は、日本の哲学者。早稲田大学人間科学部教授。2015年に「脳死概念における人格性と尊厳の哲学的研究」で大阪府立大学より博士(人間科学)。 生と死を総合的に探求する生命学を提唱。2006年より「生命の哲学」という新しい哲学ジャンルを提唱している。代表的な著作は『無痛文明論』『感じない男』など。 1958年高知県高知市に生まれる。1977年に東京大学入学。当初は物理学と数学を学んだが、後に哲学・倫理学に転じた。大学院ではヴィトゲンシュタイン後期哲学とともに、当時登場してきた生命倫理学と環境倫理学を専攻した。生命倫理学に関する二つの書籍『生命学への招待』『脳死の人』を出版後、1988年に京都の国際日本文化研究センターに移った。
門田 隆将(かどた りゅうしょう、1958年〈昭和33年〉6… 門田 隆将(かどた りゅうしょう、1958年〈昭和33年〉6月16日 - )は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト。YouTuber。本名は門脇 護(かどわき まもる)。 高知県安芸市出身。土佐中学校・高等学校、中央大学法学部政治学科卒業。 1983年4月、新潮社入社。『週刊新潮』に配属される。神戸連続児童殺傷事件では被害者遺族の手記を発掘するなどした。2002年10月から『週刊新潮』に「裁判官がおかしい!」を連載、後にそれを大幅に加筆して『裁判官が日本を滅ぼす』を新潮社から刊行している。同書では、小野悦男が1996年に殺人容疑で逮捕されて有罪が確定した足立区首なし殺人事件について、以前に逮捕されていた松戸OL殺人事件を逆転無罪とした東京高裁の裁判官を「無罪病」と論評している。
池田 牧子(いけだ まきこ、1958年5月5日 - )は、日… 池田 牧子(いけだ まきこ、1958年5月5日 - )は、日本の政治家。高知県いの町長(3期)。 高知県伊野町(現・いの町)出身。土佐高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、武庫川女子大学卒業。同年4月、旧伊野町役場に採用される。大学時代の友人を通じて知り合った、船舶クレーンメーカー勤務の同い年の男性と24歳のときに結婚。1983年(昭和58年)に退職し、夫の転勤に伴い大阪府で暮らした。 夫が神経膠腫(グリオーマ)と診断され、余命2年と宣告された。夫と子供2人を連れて高知に戻り、1993年(平成5年)、かつて正職員として働いた旧伊野町で臨時職員として働き始めた。42歳のときに夫を亡くす。いの町立特別養護老人ホーム所長などを歴任。
野中 尚人(のなか なおと、1958年5月4日 - )は、日… 野中 尚人(のなか なおと、1958年5月4日 - )は、日本の政治学者。専門は比較政治学、日本政治。 高知県出身。1984年東京大学文学部西洋史学科卒業、1993年東京大学大学院総合文化研究科国際関係論専攻博士課程修了、博士(学術)の学位を取得。財団法人アジア太平洋研究会研究員、同主任研究員、静岡県立大学国際関係学部助手などを経て、現在は学習院大学法学部教授。
植村 隆(うえむら たかし、1958年〈昭和33年〉4月28… 植村 隆(うえむら たかし、1958年〈昭和33年〉4月28日 - )は、ジャーナリスト。 韓国カトリック大学校招聘教授。朝日新聞社記者、北星学園大学の非常勤講師、株式会社金曜日(週刊金曜日発行元)代表取締役社長を歴任。 朝日新聞記者時代に書いた韓国人元慰安婦金学順の証言に関する2件の記事(1991年〈平成3年〉8月11日と12月25日)が、日本軍が慰安婦の強制連行を行ったものであるかとして問題となった。 1958年(昭和33年)4月28日に高知県須崎市で生まれる。土佐高校、早稲田大学政経学部政治学科を卒業し、1982年(昭和57年)に朝日新聞社入社。仙台支局、千葉支局に勤務し、1987年(昭和62年)8月に韓国の延世大学に留学。
坂東 眞砂子(ばんどう まさこ、1958年3月30日 - 2… 坂東 眞砂子(ばんどう まさこ、1958年3月30日 - 2014年1月27日)は、日本の小説家。ジャンクロード・ミッシェルとの共同執筆による筆名に梟森 南溟(ふくもり なんめい)がある。 高知県高岡郡佐川町生まれ。土佐高等学校、奈良女子大学家政学部住居学科卒業。イタリアに留学し、ミラノ工科大学やブレラ美術学院でインテリアデザインを学ぶ。帰国後は、フリーライターを経て、寺村輝夫の主催する童話作家育成雑誌『のん』で認められ、児童向けファンタジー小説で作家としてデビューする。後に一般小説に転向する。ホラー小説と呼ばれるジャンルの作品も多いが、「死」と「性」を主題とした作品が特徴である。 タヒチ(仏領ポリネシア)に在住し、家庭菜園で自足自給する生活を送っていたが、イタリアのリド島(リード・ディ・ヴェネツィア)に在住後、故郷の高知に戻り、2009年6月にイタリアンカフェをオープンさせた。
川村 静児(かわむら せいじ、1958年 - )は、日本の物… 川村 静児(かわむら せいじ、1958年 - )は、日本の物理学者。名古屋大学大学院理学研究科教授。専門は、重力波物理学。理学博士(東京大学、1989年)。
須藤 靖 (すとう やすし、1958年 - )は、日本の物理… 須藤 靖 (すとう やすし、1958年 - )は、日本の物理学者。専門は理論宇宙物理学。高知工科大学総合研究所特任教授。理学博士。 高知県安芸市出身。清水ヶ丘中学校、土佐高等学校を経て、東京大学理学部物理学科卒業。1986年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。東大では佐藤勝彦に師事した。その後、カリフォルニア大学バークレー校、ミラー基礎科学研究所、茨城大学理学部、広島大学理論物理学研究所、京都大学基礎物理学研究所、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻助教授を経て、2006年より 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。そして定年により東京大学を退職した後、2024年より高知工科大学総合研究所特任教授として現任。
岸上 伸啓(きしがみ のぶひろ、1958年 - )は、日本の… 岸上 伸啓(きしがみ のぶひろ、1958年 - )は、日本の文化人類学者。神戸女学院大学国際学部グローバルスタディーズ学科・ 客員教授、国立民族学博物館・特定教授、国立民族学博物館・名誉教授、総合研究大学院大学・名誉教授。人間文化研究機構・元理事。 文化人類学者。高知県高知市出身。土佐中学校・高等学校卒業。早稲田大学第一文学部社会学専攻を経て、早稲田大学大学院文学研究科社会学専修博士前期(修士)課程修了。カナダマギル大学(英語版)人類学科博士課程中退。総合研究大学院大学博士(文学)。 1989年4月早稲田大学文学部・助手、1990年10月北海道教育大学教育学部函館校・専任講師、1992年4月同・助教授、1996年1月国立民族学博物館第1研究部・助教授、1998年先端民族学研究部・助教授、2004年先端人類科学研究部・助教授、2005年10月より2018年3月まで同・教授、総合研究大学院大学・教授(併任)。
中谷 元(なかたに げん、1957年〈昭和32年〉10月14… 中谷 元(なかたに げん、1957年〈昭和32年〉10月14日 - )は、日本の政治家、陸上自衛官(最終階級:2等陸尉、レンジャー)。自由民主党所属の衆議院議員(13期)。自由民主党高知県支部連合会副会長。 防衛大臣(第14・26-27代)、安全保障法制担当大臣(第3次安倍内閣)、防衛庁長官(第67代)、内閣総理大臣補佐官(国際人権問題担当)(第2次岸田内閣・第2次岸田第1次改造内閣)、自治総括政務次官(第2次森内閣)、郵政政務次官(第2次橋本改造内閣)、国土政務次官(村山改造内閣)、衆議院総務委員長、自由民主党中央政治大学院長、同党憲法改正推進本部長代行、同党安全保障調査会長、同党安全保障法制整備推進本部本部長、同党政務調査会長代理、自由民主党副幹事長(特命担当)、同党情報調査局長、同党人事委員長、同党政務調査会国防部会長、同党国会対策副委員長、同党通信情報局長、同党高知県支部連合会会長などを歴任した。
藤田 徹也(ふじた てつや、1957年6月24日 - )は、… 藤田 徹也(ふじた てつや、1957年6月24日 - )は、日本の実業家。TBSホールディングス元代表取締役。TBSラジオ元取締役会長。TBSサービス元代表取締役社長。TBSグロウディア元取締役副会長。テレビ高知代表取締役社長。 土佐高等学校卒業。1980年上智大学理工学部電気電子工学科卒業。同年4月、株式会社東京放送(現・株式会社TBSホールディングス)に入社。2008年同社人事労政局長、2011年執行役員人事労政局長、取締役人事労政局長、2014年常務取締役、株式会社TBSテレビ常務取締役、株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ取締役会長、2016年株式会社TBSホールディングス代表取締役専務、TBSラジオ取締役会長を歴任。
村木 厚子(むらき あつこ、1955年〈昭和30年〉12月2… 村木 厚子(むらき あつこ、1955年〈昭和30年〉12月28日 - )は、日本の労働・厚労官僚。津田塾大学客員教授。旧姓西村(にしむら)。 2008年に厚生労働省4人目の女性局長として厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を務めた後、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)、厚生労働省社会・援護局長を歴任し、2013年7月から2015年9月まで厚生労働事務次官を務めた。 厚生労働省退官後は、内閣官房孤独・孤立対策担当室政策参与、全国社会福祉協議会会長、全国老人クラブ連合会会長、中央共同募金会会長、伊藤忠商事取締役、住友化学取締役、SOMPOホールディングス監査役、コニカミノルタアドバイザー、大妻学院理事、土佐中学校・高等学校理事、若草プロジェクト代表呼びかけ人、抱樸が実施する希望のまちプロジェクト顧問など。
武市 智行(たけち ともゆき、1955年11月6日 - )は… 武市 智行(たけち ともゆき、1955年11月6日 - )は、日本の実業家。中小企業診断士。 SHIFT PLUS取締役会長。ALPHACODE、Aiming、GameWith、ジモフル取締役。スクウェア(現:スクウェア・エニックス)元社長、会長。ドリーミュージック、AQインタラクティブ元社長。
川村 明(かわむら あきら、1955年4月27日 - )は、… 川村 明(かわむら あきら、1955年4月27日 - )は、日本の医師。医学博士。専門は東洋医学 、外科医。 高知県の出身。1981年、徳島大学医学部卒業。1986年、山口大学医学部大学院修了、医学博士。同大学第二外科助手。34歳の時、消化器外科医としての長時間手術などが原因で腰椎椎間板ヘルニアとなり大手術を受ける。それをきっかけに東洋医学と西洋医学の両方をとりいれた医療を目指し、36歳で山口県宇部市に、「かわむらクリニック」を開業。手術の後遺症による腰痛やうつ病、アトピー、大腸ポリープなどに悩み、様々な健康法を試す中、ヨガに出会い、ヨガインストラクター資格を取得。ヨガにより、自身の体の不調が改善した経験を、患者や地域の高齢者の健康維持に活かせないかと試行錯誤を重ね「AKヨガ」(アンチエイジングAKヨガ)を確立した。
森 裕司(もり ゆうじ、1953年(昭和28年)11月21日… 森 裕司(もり ゆうじ、1953年(昭和28年)11月21日 - 2014年(平成26年)9月17日)は、日本の動物行動学者。高知県出身。東京大学大学院農学生命科学研究科教授。 高知県高知市生まれ。 東京大学農学部を卒業後、同大大学院博士課程、東京農工大学助教授などを経て、東京大学大学院農学生命科学研究科教授となった。 2014年9月17日午後3時24分、閉塞性細気管支炎のため東京都文京区の病院で死去。60歳没。
山本 有二(やまもと ゆうじ、1952年〈昭和27年〉5月1… 山本 有二(やまもと ゆうじ、1952年〈昭和27年〉5月11日 - )は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(11期)、農林水産大臣(59代)、再チャレンジ担当大臣兼内閣府特命担当大臣(金融)(第1次安倍内閣)、財務副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、法務総括政務次官(小渕第2次改造内閣)、自治政務次官(第1次橋本内閣)、衆議院予算委員長、同懲罰委員長、同法務委員長、同経済産業委員長、高知県議会議員(1期)、自由民主党財務委員長、同ITS推進・道路調査会長、同経理局長、同道路調査会長、同高知県支部連合会会長、同国会対策副委員長、同建設部会長などを歴任。 高知県高岡郡越知町出身。
田村 哲郎(たむら てつろう、1950年9月25日 - 19… 田村 哲郎(たむら てつろう、1950年9月25日 - 1991年12月6日)は、日本の舞踏家である。 公演歴は主に原田著舞踏(BUTOH)大全による。
向井 隆豊(むかい りゅうほう、1950年9月19日 - )… 向井 隆豊(むかい りゅうほう、1950年9月19日 - )は、日本の画家。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
萩野 友康(はぎの ともやす、1950年7月15日 - )は… 萩野 友康(はぎの ともやす、1950年7月15日 - )は、高知県出身の元社会人野球の野球選手(投手)、野球指導者。 土佐高では、1967年の2年生時に夏の甲子園に出場。準々決勝に進出するが中京高の川口勉に抑えられ敗退。秋は県大会準決勝で伊野商の井本隆に投げ勝つが決勝で高知商に敗れて準優勝。四国大会は初戦で徳島商の松村憲章と投げ合うも敗れた。翌1968年夏は、高知県大会決勝に進出するが、高知高に0-1で延長10回サヨナラ負け、甲子園出場を逸する。 高校卒業後の1969年、慶應義塾大学に進学し野球部に入部。東京六大学野球リーグでは1971年秋季リーグから3季連続優勝。同期の長谷部優との二本柱で活躍する。
加賀野井 秀一(かがのい しゅういち、1950年5月28日 … 加賀野井 秀一(かがのい しゅういち、1950年5月28日 - )は、フランス哲学研究者、言語学者。中央大学理工学部教授を定年退任後は名誉教授。 高知県高知市生まれ。父・朗は高知新聞の記者。幼少期には父の転勤が多く、小学校は東京・高知・大阪と転校をくり返し、デラシネの生活をおくったという。大阪府池田市の北豊島中学校には同級生に、後に社会学者となる坂本ひろ子やコンピューター・グラフィックス専門家の高沖英二がおり、ロッキング・オンの渋谷陽一が一年下のクラスにいた。 高知市の土佐高校に進み、自由闊達な校風を身につけ、高校では二年先輩に英文学の大家・高山宏、劇作家・演出家の笠井賢一がいた。中央大学文学部仏文科に入学し、大学の指導教授はソシュール研究家の丸山圭三郎だが、哲学科の木田元にも学ぶ。
和田 健夫(わだ たてお、1950年1月 - )は、日本の法… 和田 健夫(わだ たてお、1950年1月 - )は、日本の法学者。勲等は瑞宝中綬章。 専門は、経済法・日本の競争政策。第10代小樽商科大学学長。日本経済法学会理事。高知県出身。 1968年 土佐高等学校卒業。1975年 金沢大学法文学部卒業。1977年 金沢大学大学院法学研究科修士課程修了。 1980年 北海道大学大学院法学研究科博士後期課程退学、小樽商科大学商学部講師。1981年 小樽商科大学商学部助教授。1991年 小樽商科大学商学部教授。2001年 小樽商科大学副学長。2004年 小樽商科大学理事・教育担当副学長。2008年 小樽商科大学理事・総務・財務担当副学長、附属図書館長。2014年 第10代小樽商科大学学長。
須賀 陽子(すか ようこ、1949年(昭和24年)11月28… 須賀 陽子(すか ようこ、1949年(昭和24年)11月28日 - )は、日本のヴァイオリニスト。元徳島文理大学音楽学部准教授。 高知県高知市出身。東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。 高知県高知市出身。高知市にて田中昇、深瀬岩造にヴァイオリンを師事。土佐中学校・高等学校を卒業後、東京芸術大学音楽学部器楽科に進学し井上武雄、中村泉に師事。大学を首席卒業後、1973年(昭和48年)より同大学音楽指揮科助手に就任。 1975年(昭和50年)より高知大学教育学部非常勤講師及び徳島文理大学音楽学部講師に就任。1989年(平成元年)に同大学准教授に就任。 1988年(昭和63年)よりドイツ・ウルムで活動している室内楽団・ウルマー・カンマー・アンサンブルとの交流が続いており、様々な演奏会に参加。
馬場 章夫(ばば あきお、1949年 - )は、日本の化学工… 馬場 章夫(ばば あきお、1949年 - )は、日本の化学工学者。大阪大学名誉教授。元大阪大学理事・副学長。産学官連携功労者表彰文部科学大臣賞受賞。 高知県生まれ。土佐高等学校を経て、1971年大阪大学工学部応用化学科卒業。1976年大阪大学大学院工学研究科石油化学専攻博士課程修了、工学博士。同年三菱化成工業(現在の三菱ケミカル)入社、総合研究所配属。1981年大阪大学工学部助手。1995年大阪大学大学院工学研究科教授。2007年大阪大学先端科学イノベーションセンター長。2008年大阪大学大学院工学研究科長・工学部長兼総長補佐(産学連携担当)。2011年から大阪大学理事・副学長(産学連携担当)を務め、第12回産学官連携功労者表彰(平成26年度)文部科学大臣賞を受賞した。
濱口 達男(はまぐち たつお、1948年〈昭和23年〉10月… 濱口 達男(はまぐち たつお、1948年〈昭和23年〉10月17日 - )は、日本の建設官僚。元国土技術政策総合研究所長。元ダム技術センター理事長。元ニュージェック副社長執行役員。安藤・間土木事業本部顧問。瑞宝中綬章受章。息子は映画監督・脚本家の濱口竜介。父は洋画家・教育者の浜口喬夫。 高知県出身。土佐高校、東京大学工学部土木工学科を卒業後、1971年(昭和46年)7月建設省に入省。在イラン日本国大使館一等書記官、国土交通省東北地方整備局長等を経て、2004年(平成16年)1月、国土交通省国土技術政策総合研究所長に就任。2005年(平成17年)8月、国土交通省を退職。退職後はダム技術センター理事長やニュージェック副社長執行役員、安藤・間土木事業本部顧問等を歴任。
上岡 誠二(かみおか せいじ、1948年 - )は、高知県出… 上岡 誠二(かみおか せいじ、1948年 - )は、高知県出身の元アマチュア野球選手(投手)。 土佐高では、1965年に1年下の広田義典と投の二本柱を組み、秋季四国大会に進む。決勝で高知高を降し、翌1966年春の選抜への出場を決めた。大会では先発を任され、準々決勝で平安高の門野利治と投げ合い1-0で完封勝ち。準決勝でも育英高を降し決勝に進出。中京商の加藤英夫との投手戦となるが3回の1失点を挽回できず、0-1で敗退し準優勝にとどまる。同年夏は南四国大会決勝に進むが、鳴門高の森進(三井造船)、板東順司の継投に抑えられ惜敗、甲子園出場を逸する。 慶應義塾大学に進学。東京六大学野球リーグでは1967年春季リーグに優勝を経験するが、その後は優勝に届かなかった。
高山 宏(たかやま ひろし、1947年10月8日 - )は、… 高山 宏(たかやま ひろし、1947年10月8日 - )は、日本の英文学者、翻訳家、評論家。旧・東京都立大学(首都大学東京)教授、大妻女子大学教授などを歴任。専門は17・18世紀を軸とする英文学で、美術史、表現芸術の文化史の著作・翻訳を多数刊行している。 岩手県生まれ、高知県育ち。生来の弱視(黒サングラスと眼鏡を併用)。 東京大学文学部英文科を卒業、同大学院人文科学研究科修士課程修了。東大大学院ではメルヴィルの『白鯨』で修士号を取得。博士課程には進まず、東大教養学部外国科助手となる。青土社の月刊誌『ユリイカ』の常連寄稿者になるとともに、旧・東京都立大学助教授、教授、首都大学東京都市教養学部教授を経て、明治大学国際日本学部教授、2014年より大妻女子大学比較文化学部教授。