惣領 冬実(そうりょう ふゆみ、1959年1月6日 - )は… 惣領 冬実(そうりょう ふゆみ、1959年1月6日 - )は、日本の漫画家。女性。大分県別府市出身、大分県立芸術緑丘高等学校卒業。血液型O型。 観世流能楽師の家に生まれる。幼少期より馬などの絵を描くのが好きだったが、漫画に関心は特になかった。 服飾専門学校に在籍中、装苑賞の資金調達のために偶然目にした小学館主催の新人賞に応募する。そこで佳作を受賞し、『別冊少女コミック』1982年4月号に掲載された『陽だまりの訪問者』でデビュー。 少女コミック時代の代表作は、『ピンクなきみにブルーなぼく』、小学館漫画賞を受賞した『ボーイフレンド』、音楽業界を描いた『3-THREE-』、バイクレーサーを描いた『MARS』など。
山本 貴嗣(やまもと あつじ、1959年1月1日 - )は、… 山本 貴嗣(やまもと あつじ、1959年1月1日 - )は、日本の漫画家・デザイナー。山口県防府市出身。代表作に『最終教師』、『エルフ・17』、『SABER CATS』など。 中学時代の同級生に宮岡寛がいた。少年時代にE・R・バローズ、R・E・ハワードの小説を読み、本格的にSFに目覚める。1977年に中央大学文学部哲学科に入学し、漫画研究会に所属。この時の仲間に山田貴敏、河合単、みやすのんきなどがいる。この頃、ウォーレン系のアメコミやメタル・ユルラン等のバンド・デシネに傾倒、特にリチャード・コーベンからは大きな影響を受けた。同年、小池一夫が設立した劇画村塾で一期生として学び、狩撫麻礼、さくまあきら、高橋留美子らの知己を得る。
須賀原 洋行(すがはら ひろゆき、1959年 - )は、日本… 須賀原 洋行(すがはら ひろゆき、1959年 - )は、日本の男性漫画家。福井県出身。愛知県名古屋市在住。 福井県立高志中学校・高等学校卒業、1982年に立命館大学文学部哲学科を卒業、公務員として郵政省電波監理局に勤務する。1984年に『く、くらいっ……』で漫画家デビュー。同年、『コミックモーニング』の第11回「コミックオープン」に応募した「気分は形而上 気分はくらいマックス」が佳作を受賞し、同誌で『気分は形而上』の連載を開始した。公務員の副業禁止規定に伴い電波監理局を退職し、専業漫画家となる。 作風は『非存在病理学入門』に代表される様々な人々の行動を「作者の目」を通して奇異な行動のように変換して描いていくもの、『よしえサン』に代表される日常の平凡な生活をモチーフとしたものに「作者の目」を通す事で通常と異なる「ホホホ」(作中造語)な行動をとっているように描くものの2つに大きく分かれるが、人気を博したものは後者の実話をベースにアレンジした日記形式のもので、多くは日記漫画の定番といえるショートコミック形式である。
芳井 一味(よしい かずみ、1959年 - )は、日本の漫画… 芳井 一味(よしい かずみ、1959年 - )は、日本の漫画家。長野県出身。 長野県松本県ヶ丘高等学校、駒澤大学卒業。大学在学中、漫画クラブに所属。先輩に高橋葉介、同期に岡田一、3年後輩に所十三がいる。卒業後、半年間のアシスタント生活を経て、1981年雑誌『ギャグダ』で漫画家としてデビュー。ソフトタッチにして破壊的なギャグで、不条理4コマ漫画界に新風を吹きこむ。作品に「くるくるぱぁフォーマンス」「ホイホイ白書」「犯罪心理学」「桃の天然汁」など。
林日出夫(はやし ひでお、1959年 - )は、日本の漫画原… 林日出夫(はやし ひでお、1959年 - )は、日本の漫画原作者。大阪府出身。大阪芸術大学キャラクター造形学科准教授。 大阪経済大学経営学部卒業。1993年に第28回青年漫画原作大賞入選したことをきっかけに、1994年に漫画原作者としてデビューする。集英社、講談社、徳間書店などの大手出版社から漫画などを出版している。現在は大阪芸術大学キャラクター造形学科准教授も兼ね、キャラクター作りなどを教えている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
ラッキー 植松( - うえまつ、本名、植松 雅也、1959年… ラッキー 植松( - うえまつ、本名、植松 雅也、1959年 - )は、日本の漫画家。イラストレーター。大阪府・大阪市出身。大阪芸術大学映像計画学科卒業。日本漫画家協会会員。銭湯文化サポーター's代表。 1986年、「週刊少年マガジン」(講談社)に掲載された『カレーなる挑戦者』でデビュー。その後は新聞や広告、マニュアルなどに漫画を執筆。毎日新聞のコマーシャルキャラクター「レゲエくん」のデザインを行った。 「似らすとれーしょん」と名付けた似顔絵漫画や切り絵イラストレーションなどで個展も開催しているほか、アートカレッジ神戸・大阪アニメーション専門学校のストーリーまんが講師を務める。 趣味は銭湯巡り・プロレス鑑賞・仏教ファン。
髙田 郁(たかだ かおる、1959年 - )は、日本の小説家… 髙田 郁(たかだ かおる、1959年 - )は、日本の小説家、時代小説作家、元漫画原作者。漫画原作者時代のペンネームは、川富士 立夏(かわふじ りっか)。 兵庫県宝塚市出身。中央大学法学部卒業。 読書家だった父の影響から幼少期より父の本棚から手当たり次第に本を手にとって読み、父が山本周五郎の大ファンだったことで山本周五郎作品に親しんで、時代小説好きとなる。 大学卒業後は司法試験を受けるが何年か失敗が続いた。 1993年、集英社が発行する女性向け漫画雑誌『YOU』で、川富士 立夏(かわふじ りっか)のペンネームで漫画原作者としてデビュー。 40代半ばにして読み返した山本周五郎の短編「なんの花か薫る」に衝撃を受け、「こういうものが書けるようになったらもう私は何もいらない」と時代小説の執筆を決意。
吉原 昌宏(よしはら まさひろ、1959年 -)は、日本の漫… 吉原 昌宏(よしはら まさひろ、1959年 -)は、日本の漫画家、イラストレーター。岡山県出身。主な単行本に『吉原昌宏作品集 1 迎撃空域』『吉原昌宏作品集 2 ニムロッド』『吉原昌宏作品集 3 ライカの帰還 完全版』『吉原昌宏作品集 4 ギャロッピンググースZERO』(いずれも幻冬舎コミックス刊)および『ミリタリー雑具箱/吉原昌宏ミリタリーイラスト作品集)』(大日本絵画刊)などがある。
石井 さだよし(いしい さだよし、1959年 - )は、日本… 石井 さだよし(いしい さだよし、1959年 - )は、日本の漫画家。宮城県気仙沼市出身。 中学校卒業後、航空自衛隊第4術科学校生徒隊に入隊し、パイロットを目指すも挫折する。21歳の時、心機一転し、漫画家を目指してちばてつやプロダクションに入社、漫画家の基礎を学ぶ。26歳で独立し、『ビッグコミックSPECIAL ISSUE別冊』(小学館)に掲載された『タカシ…』で昭和60年度後期ビッグコミック賞佳作を受賞。同年、『週刊少年サンデー』(小学館)に掲載された『ストレートどまん中』でデビュー。その後は主に原作者の存在する青年向け漫画やゴルフ漫画を執筆する。2005年には自身のプロダクションである「石井漫画工房」を設立した。
田島 みるく(たじま みるく、1958年12月30日 - )… 田島 みるく(たじま みるく、1958年12月30日 - )は、日本の漫画家、小説家。熊本県熊本市武蔵ヶ丘出身、埼玉県所沢市在住。熊本県立第一高等学校卒、明治大学農学部農芸化学科卒。女性で既婚(1男2女の母)。 3歳から9歳の頃までは人吉市で過ごした。1986年、『週刊ヤングジャンプ』(集英社)掲載の4コマ漫画でデビュー。『本当にあった愉快な話』(竹書房)などで読者投稿漫画やエッセイ漫画、育児コミックなどを描いているほか、講演やテレビ番組出演もこなしている。代表作に、自身の育児体験をもとに描いた『あたし天使あなた悪魔』など。2010年からは、小説家としても活動を始めている。 埼玉県狭山市にあるギャラリー&ドッグカフェwan'sのオーナーである。
飛鳥 弓樹(あすか ゆみき、1958年12月22日 - )は… 飛鳥 弓樹(あすか ゆみき、1958年12月22日 - )は、日本の男性漫画家。東京都豊島区出身。他に山口博史、やまぐちみゆきの名義も使用。なお、少女漫画家の山口美由紀および山口みゆき、作曲家の山口博史とは別人である。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
佐藤 智一(さとう ともかず、1958年12月17日 - )… 佐藤 智一(さとう ともかず、1958年12月17日 - )は、日本の漫画家。岩手県東磐井郡川崎村(現:一関市)出身。 川崎村立薄衣小学校、川崎村立川崎中学校(現:一関市立)、岩手県立千厩高等学校を卒業後、平松伸二とコンタロウの下で4年間のアシスタントをしたのち、1978年『一狂はん』で第9回赤塚賞佳作を受賞。同年、『週刊少年ジャンプ』8月21日号(集英社)に掲載されてデビュー。 代表作である『壁ぎわ税務官』は、フジテレビ系列金曜エンタテイメント枠にてテレビドラマ化された。『ゴーストママ捜査線』は、2012年7月期に日本テレビ系列で連続ドラマ化された。
たがみ よしひさ(本名:田上 喜久、1958年12月9日 -… たがみ よしひさ(本名:田上 喜久、1958年12月9日 - )は、日本の漫画家。代表作に『軽井沢シンドローム』など。同じく漫画家の小山田いくは実兄[4]。
杉浦 日向子(すぎうら ひなこ、本名:鈴木 順子(すずき じ… 杉浦 日向子(すぎうら ひなこ、本名:鈴木 順子(すずき じゅんこ)、1958年〈昭和33年〉11月30日 - 2005年〈平成17年〉7月22日)は、日本の漫画家、江戸風俗研究家、エッセイスト。時代考証が確かで、江戸や明治の生活風俗を生き生きと描いた作品を残した。 東京・日本橋で開業する呉服屋の娘として港区芝に生まれる。幼時から歌舞伎、寄席、大相撲、江戸文化にひたって育った。また、5歳上の兄(鈴木雅也・カメラマン)の影響で、ロック・映画などのサブカルチャーに早くから関心を寄せる。 1977年に日本大学鶴ヶ丘高等学校を卒業、アート・ディレクターを志望して日本大学芸術学部デザイン学科に入学。しかし講義に興味が持てず、1年で中退。
宮脇 明子(みやわき あきこ、1958年11月26日 - )… 宮脇 明子(みやわき あきこ、1958年11月26日 - )は、日本の漫画家。広島県三原市出身。女性。代表作『ヤヌスの鏡』はテレビドラマ化された。同じく漫画家の道原かつみとは小学校の同級生である。 2009年、広島県三原市のふるさと大使に任命される。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
よし まさこ(1958年10月31日 - )は、日本の漫画家… よし まさこ(1958年10月31日 - )は、日本の漫画家。女性。横浜市出身。神奈川県立横浜緑ケ丘高等学校、横浜国立大学経済学部卒業。 1979年、『週刊マーガレット』増刊号掲載の『勝負あり!』でデビュー。 以後、同誌を中心に執筆し、現在は主に『コーラス』などの女性誌で執筆している。東京工芸大学芸術学部マンガ学科教授を経て、現在は非常勤講師。 2012年、赤松健のブログにおいてJコミに出品された3作品が来年早々にフランスで「紙の本」として再出版されることが発表された。
おおつぼ マキ(本名:大坪 万記、1958年〈昭和33年〉1… おおつぼ マキ(本名:大坪 万記、1958年〈昭和33年〉10月23日 - 2022年〈令和4年〉5月14日)は、日本の漫画家。兵庫県神戸市出身。兵庫県立神戸高校出身。関西学院大学・漫画同好会出身。 1980年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)の「ぶち丸アウトロー」でデビュー。ゆでたまごのアシスタントをしていたこともある(『キン肉マン闘魂スペシャル』内の仕事場紹介のコーナーにチーフアシスタントとして名前が紹介されている)。 2022年5月14日、病気のため死去。63歳没。少年画報社『思い出食堂』編集部が同月25日に公表したもので、新企画となる『新日本FOOD記』の「阪神沿線の串カツ」(同月30日発売号掲載予定)を完成させた直後に入院したという。
喜国 雅彦(きくに まさひこ、1958年10月17日 - )… 喜国 雅彦(きくに まさひこ、1958年10月17日 - )は、日本の漫画家。香川県高松市出身。香川県立坂出高等学校を経て多摩美術大学油絵学科卒業。妻は同じく漫画家の国樹由香。 高校時代に、萩尾望都やガロ系の漫画を読み、漫画家を志望する。多摩美術大学在学中、漫画研究会でしりあがり寿、祖父江慎、しゅりんぷ小林らと知り合う。 1981年風雅名義にて、『週刊ヤングジャンプ』(集英社)に「ふぉ~てぃん」が掲載されデビュー。しかしその後は作品が雑誌に掲載されることはなく、しりあがりらと多摩美OB何名かで同人誌を刊行したところ、他の漫画家の作品と間違われて編集者に評価され、本人はまったく描いたことがなかったギャグ4コマを描き、『ビッグコミックスピリッツ』増刊号に読み切り作品「大人は分かってくれない」で再デビューする。
まつもと 泉(まつもと いずみ、本名:寺嶋 一弥〈てらしま … まつもと 泉(まつもと いずみ、本名:寺嶋 一弥〈てらしま かずや〉、1958年10月13日 - 2020年10月6日)は、日本の男性漫画家。富山県高岡市生まれ。富山県立高岡工芸高等学校卒業。 高校卒業後、ロックミュージシャンを目指して上京する。パートはドラムス。無類のロック好きで、シンガーソングライターの杉真理、ジェネシス、TOTOの大ファンである。しかし、楽譜が読めなかったこともあってミュージシャンは断念し、デザイン専門学校に入学する。 専門学校在学中、高校時代の友人と2人で漫画作品を描き、いくつかの出版社に持ち込みをした。「まつもと泉」のペンネームは、当初はユニットとして、高校時代の同級生の友人と2人で組んで活動を始めたため、それぞれが「松本」「いずみ」と語感の好きな名前を出し合い、そのままでは前者は硬すぎる印象で、後者は女性的な印象なので漢字とひらがなを逆にして決定した。
寺島 令子(てらしま れいこ、1958年9月8日 - )は、… 寺島 令子(てらしま れいこ、1958年9月8日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。女性。京都府京都市生まれ。夫は漫画家、イラストレーターの田中としひさ。妹は漫画家のてらかわよしこ。 立命館大学文学部心理学科卒業。学内の漫画研究会に所属。在学中の1979年に週刊少年マガジン6月20日スペシャル増刊に掲載された『チルドレンプレイ』でプロデビューを果たした。 家族ものが中心だが、それ以外に古くからゲームリプレイなどの連載も手がけている。元夫はログイン編集者であったオタク五十嵐こと五十嵐久和。
大塚 英志(おおつか えいじ、1958年8月28日 - )は… 大塚 英志(おおつか えいじ、1958年8月28日 - )は、日本の評論家、研究者、漫画原作者、小説家、編集者、元漫画家。ZEN大学知能情報社会学部教授。国際日本文化研究センター名誉教授。 2012年4月から2024年3月まで国際日本文化研究センター研究部教授であり、2024年4月より同名誉教授。2026年からZEN大学知能情報社会学部教授を務めている。2006年から東京藝術大学大学院映像研究科兼任講師も務める。2006年から2014年まで神戸芸術工科大学教授および特別教授、2014年から2016年までは東京大学大学院情報学環特任教授も務めた。妻は漫画家、小説家の白倉由美。2015年より研究誌『TOBIO Critiques』(太田出版)を私費で刊行している。
巻来 功士(まき こうじ、1958年7月21日 - )は、日… 巻来 功士(まき こうじ、1958年7月21日 - )は、日本の漫画家。 長崎県佐世保市出身。小学生時代から漫画家を目指し、1974年(16歳時)に投稿作品が『週刊少年ジャンプ』の新人漫画賞の最終候補作になった。それ以来、年5・6回応募して九州産業大学入学後も続けて1978年、20歳で小学館のマンガくん月間まん研新人杯の佳作を受賞する。その後も大賞をめざして『月刊コロコロコミック』『週刊少年サンデー』に応募したが、最終候補に止まった間の授業はさぼり続けて単位が取れず、留年する。本腰を入れて漫画家になるため、1979年に大学を中退して上京。少年画報社に持ち込んだ原稿が認められ、1981年に村田光介名義で同社の『少年キング』に連載された学園アクションコメディ『ジローハリケーン』でデビュー。
久住 昌之(くすみ まさゆき、1958年〈昭和33年〉7月1… 久住 昌之(くすみ まさゆき、1958年〈昭和33年〉7月15日 - )は、日本の漫画原作者・漫画家・エッセイスト・イラストレーター・装丁家・作曲家。男性。東京都三鷹市出身。泉晴紀とともに泉昌之(いずみ まさゆき)としてコンビを組んだり、実弟の久住卓也とともにQ.B.B.としてコンビを組んで、作品を発表した。漫画業の他にも、デザイン・音楽など幅広い活動を行う。 東京都立神代高等学校、法政大学社会学部卒業。大学在学中から美術や音楽活動に興味を持ち、美学校に通い、赤瀬川原平に師事した。また、南伸坊などと知り合う。1981年には、美学校の同期生、泉晴紀とコンビを組み、「泉昌之」として『ガロ』誌に漫画を持ち込み、漫画家デビューする。
こなみ かなた(1958年7月3日 - )は、日本の漫画家。… こなみ かなた(1958年7月3日 - )は、日本の漫画家。女性。長野県出身。血液型はO型。 1982年、「なかよし」(講談社)に掲載された『ブチねこジャムジャム』でデビュー。デビュー作がそのまま連載作品となった。 猫を主役にした作品を中心に活躍中であり、特に『ふくふくふにゃ〜ん』は発表から20年を超える長い作品となっている。猫の生態をよく観察した描写が特徴。 ペンネームを逆から読むと本名になる[要出典]。また、父は小学校の教師として、こなみと同郷で高校も同じである伊藤理佐の担任をしていた。
猿渡 哲也(さるわたり てつや、1958年6月25日 - )… 猿渡 哲也(さるわたり てつや、1958年6月25日 - )は、日本の漫画家。福岡県大牟田市出身。男性。 福岡県大牟田市生まれで、生家の周囲は猿渡姓の世帯が密集する集落であった。祖父は海苔工場の経営者で、家族に里帰りに連れられた際に海苔の乾燥機で加工した芋を食べるのが楽しみであった。小学校低学年より兵庫県姫路市で育つ。高校中退後さまざまな職業を経た後、21歳位の時、東京の親戚の所に遊びに行くついでに初めて描いた漫画を集英社へ持ち込む。 1981年、第21回手塚賞準入選(『ショット!』、棚渡哲也名義)同期受賞者に板橋しゅうほう、渡辺獏人、桂正和。平松伸二や本宮ひろ志のアシスタントを務め、『海の戦士』(『週刊少年ジャンプ』)でデビュー。
串田 誠一(くしだ せいいち、1958年6月20日 -)は、… 串田 誠一(くしだ せいいち、1958年6月20日 -)は、日本の政治家、弁護士、小説家、推理作家、漫画原作者。日本維新の会所属の参議院議員(1期)、元衆議院議員(1期)。 東京都大田区出身。東京都立大崎高等学校、法政大学法学部法律学科卒業。 司法試験合格後、最高裁判所司法研修所司法修習生をへて弁護士登録。その後、2016年3月まで法政大学大学院教授。この間、推理小説を執筆したほか、「三塚 蘭」のペンネーム(犯人が「見つからん」に由来)で漫画『OUT LAW』(作画・国友やすゆき)の原作を担当した。 2003年の神奈川県議選において、民主党公認で横浜市中区選挙区から立候補するが、落選。 2016年の第24回参議院議員通常選挙では、おおさか維新の会公認で比例区から立候補するも18人中の最下位で落選。
東陽 片岡(とうよう かたおか、1958年6月16日 -)は… 東陽 片岡(とうよう かたおか、1958年6月16日 -)は、日本の漫画家、イラストレーター。東京都板橋区出身。 多摩美術大学美術学部デザイン科卒業後、雑誌のデザイナーをしていたが、並行して個人漫画のミニコミを発行。その特異さと完成度の高さから、評判になる。1994年、雑誌「ガロ」に投稿し入選。「長井勝一が選んだ最後の新人」とされる。 「東陽片岡」というペンネームの由来は、彼が夢で渡された名刺にあった名前だという。 四谷三丁目のスナック「秋田ぶるうす」のマスターを務めている。 昭和を感じさせる、下町に暮らす人々とその生活をテーマとして、下品とシュールを織り交ぜたエロ・グロ・ナンセンスでありながら、ダウナーで妙にリアリティを感じさせる独自の世界を描いている。
新沢 基栄(しんざわ もとえい、本名同じ、1958年6月10… 新沢 基栄(しんざわ もとえい、本名同じ、1958年6月10日 - )は、日本の漫画家。男性。新潟県立柏崎工業高等学校、日本工学院専門学校美術科卒。血液型はA型。 代表作は『ハイスクール!奇面組』(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)で、1985年、2026年にテレビアニメ化されたほか、2017年からは2.5次元舞台劇化されシリーズ化されている。 実家は醤油屋。新潟県立柏崎工業高等学校を卒業して上京し、日本工学院専門学校に入学した。 専門学校を卒業後、日雇いの運送屋で最低限の生活費を稼ぎながら、当時、勢いを感じ始めた『週刊少年ジャンプ』での漫画家デビューを目指し集英社に作品を投稿。フレッシュジャンプ賞の選外となるも、週刊少年ジャンプ編集者に見出されて、1980年に同誌にて『3年奇面組』でデビュー。
くさか 里樹(くさか りき、1958年6月9日 - )は、日… くさか 里樹(くさか りき、1958年6月9日 - )は、日本の漫画家。女性。高知県高岡郡日高村出身、高知県在住。高知県立高知追手前高等学校卒業。夫はかつて自身が師事していた青柳裕介の元アシスタントである大石倉人。 ペンネームの由来は、出身地である日高村の地名「日下(くさか)」と、当時ファンであった俳優リッキー・ホイから。本人によると一時は「草刈り機」と間違われたという。 高校を卒業後に高知市内の授産施設に職員として勤務しながら漫画を投稿した後、1980年に『別冊少女コミック』(小学館)6月号にて掲載された『ひとつちがいのさしすせそ』でデビュー。 2011年5月、『ヘルプマン!』で第40回日本漫画家協会賞大賞を受賞。
小林 まこと(こばやし まこと、1958年〈昭和33年〉5月… 小林 まこと(こばやし まこと、1958年〈昭和33年〉5月13日 - )は、日本の漫画家。新潟県新潟市出身。本名:小林誠。主に講談社の漫画雑誌にて執筆。プロレス、格闘技好きで知られる。 郷里では小ん林(こんばやし)と呼ばれる。歌手の小林幸子とは親戚に当たる。 小学生の頃から漫画を200ページほどペン入れしていたが、楳図かずおの影響が濃い少女漫画風恐怖漫画ばかりだった。作品タイトルには野山の遊び相手の一人であるヘビの名ばかりを使い、作品の主題歌まで作っていた。 黒埼町立(現:新潟市立)黒埼中学校時代も続けてヘビの名を使った作品を描き、その作品で『りぼん』の新人賞に応募して努力賞に入賞、その賞金5千円で学生服を買う。
臼井 儀人(うすい よしと、1958年〈昭和33年〉4月21… 臼井 儀人(うすい よしと、1958年〈昭和33年〉4月21日 - 2009年〈平成21年〉9月11日)は、日本の漫画家・作詞家。静岡県静岡市生まれ、埼玉県春日部市育ち。代表作は『クレヨンしんちゃん』。本名は臼井 義人(うすい よしひと)。 1958年4月21日、静岡県静岡市に生まれ、父親の転勤により、埼玉県春日部市で育つ。 1977年に埼玉県立春日部工業高等学校を卒業。アルバイトをしながらデザイン関係の専門学校に通学していたが、後に中退する。 1979年、広告関係の会社に入社。スーパーマーケットのPOP広告作成で生計を立てながら、地道に各出版社への漫画の持ち込みを続け、1987年に漫画家デビューを果たす。
ぬまじり よしみ(1958年〈昭和33年〉4月11日 - )… ぬまじり よしみ(1958年〈昭和33年〉4月11日 - )は、日本の漫画家。神奈川県川崎市出身。女性。牡羊座、血液型はA型。社団法人日本漫画家協会会員。 出生地は東京都渋谷区広尾。 1977年、和光大学人文学部人間関係学科(現・現代人間学部)に入学し、同校の漫研に入る(1981年卒業)。大学在学中3年時の1980年〈昭和55年〉、白泉社の第48回HMCトップ賞を受賞し、同年3月、『別冊花とゆめ 1980年春の号』に受賞作である「拾う神あり」が掲載され漫画家としてデビューした。上述デビュー作も収録し、8頁前後の読切り連作式のシリーズ化のち初単行本となった『ひがみちゃん♡Jam 1巻』等の作中に飲酒場面がよく登場する為、インタビューで酒に強い方かと尋ねられると「強くはないんですけど、飲むのが好きだから。
曽根 富美子(曾根 富美子、そね ふみこ、本名も同じ、195… 曽根 富美子(曾根 富美子、そね ふみこ、本名も同じ、1958年〈昭和33年〉3月16日 - )は、日本の漫画家・油絵作家でもある。北海道室蘭市出身。北海道室蘭商業高等学校卒業。 1975年、高校3年生のときに「りぼん」の第8回新人漫画賞で佳作第二席に選ばれ(同期の第一席は小椋冬美)、年末の正月増刊号にて『千聖子』でデビュー(北原智名義)。20歳のとき「リリカ」で再デビュー。「ぶ~け」「ひとみ」でも執筆を行う。 1992年、『親なるもの 断崖』(秋田書店の『ボニータイブ』に1988年から1989年まで連載)で第21回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。油絵作家としても活動しており、そのペンネームは北乃 咲喜(きたの さき)である。
しげの 秀一(しげの しゅういち、本名:重野 秀一、1958… しげの 秀一(しげの しゅういち、本名:重野 秀一、1958年〈昭和33年〉3月8日 - )は、日本の漫画家・同人作家。新潟県東頸城郡松之山村(現:十日町市)出身。新潟県立十日町高等学校卒業。血液型はA型。星座はうお座。 代表作に『バリバリ伝説』、『頭文字D』などがある。 中高時代より同人活動を行っており、その作品を見た漫画家よりひおあきらを紹介されアシスタントとなる(時期としては『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』執筆時)。『増刊少年サンデー』に投稿しデビュー。数作描いたところで1981年(昭和56年)、『増刊少年マガジン』(講談社)に掲載の『おれたち絶好調』で再デビュー。アシスタント歴では石渡治、小林まことなど。
篠 有紀子(しの ゆきこ、1958年3月5日 - )は、日本… 篠 有紀子(しの ゆきこ、1958年3月5日 - )は、日本の漫画家。北海道苫小牧市出身(出生地は札幌市)。北海道苫小牧西高等学校卒業。血液型はAB型。 1978年、白泉社の第3回アテナ大賞で『冬の日の1ページ』が2席に入選。同年、『アーちゃんの想い人』がトップ賞を受賞し、『LaLa』7月号に掲載されデビューした。当初は『LaLa』中心に作品を発表していたが、1986年頃から女性誌に活動の場を移している。 代表作に『神様の贈り物』、『人生はハピネス』、『花きゃべつひよこまめ』、『高天原に神留坐す』など。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
とり・みき(Mickey Bird、本名・鳥越幹雄 1958… とり・みき(Mickey Bird、本名・鳥越幹雄 1958年2月23日 - )は、日本の漫画家。熊本県人吉市出身。男性。血液型O型。ペンネームは、姓名おのおのの上2文字を合せたもの。日本SF作家クラブ所属。
道原 かつみ(みちはら かつみ、1958年2月13日 - )… 道原 かつみ(みちはら かつみ、1958年2月13日 - )は、日本の漫画家・イラストレーター。広島県三原市出身。 小学校の同級生で後に漫画家になる宮脇明子から、中学3年のときに漫画を描いてみないかと声をかけられたことが、漫画を描き出すきっかけになった。1979年に『花とゆめ増刊冬の号』に投稿した「かわいいジュリア」で努力賞を受賞し、掲載されたことでデビューする。しかし、その後はヒット作に恵まれず、父親から「遊んでいないで就職しろ」と叱責されたこともあって、三原市役所に勤める。 田中芳樹の同名小説を漫画化した『銀河英雄伝説』が売れ始めたことで市役所を退職し、漫画家専業となる。 漫画制作にパソコンを導入したのは早いほうで、自身のウェブページにデジタルで制作する際のノウハウを公開していた。
犬丸 りん(いぬまる りん、本名:山崎 典子(やまざき のり… 犬丸 りん(いぬまる りん、本名:山崎 典子(やまざき のりこ)、1958年2月7日[要出典] - 2006年9月10日)は、日本の漫画家・エッセイスト。東京都出身。 NHK教育テレビのテレビアニメ作品『おじゃる丸』の原案者として知られる。ペンネームは、自身が犬と忍者とラ行と「ん」を好んでいたことにちなむという。 筑波大学大学院修士課程芸術研究科・デザイン専攻視覚伝達デザイン分野修了。1990年、『モーニング』(講談社)に連載された「なんでもツルカメ」でデビュー。 2006年9月10日、自宅マンションの14階から飛び降り、隣接する5階建てビルの屋上に転落。搬送先の病院で死亡が確認された。48歳没。
みうら じゅん (本名:三浦 純、1958年2月1日 - )… みうら じゅん (本名:三浦 純、1958年2月1日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。 血液型:AB型、ニックネームはMJ、じゅんちゃん、みうらさん。妻はシンガーソングライターのbird。京都府京都市出身。東山高等学校、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。エッセイスト、小説家、ミュージシャン、評論家、ラジオDJ、編集長、ライター、解説者など幅広い分野で活動しており、公表している職業は「イラストレーターなど」。 亡き祖父は『拓本による京の句碑』を出版した饗庭蘆穂(あいば あしほ)。 高校時代から絵描きを目指し、2浪後に武蔵野美術大学に入学。在学中から友人が糸井重里の事務所に勤めていたため、特に何をするでもなく入り浸り、糸井が「タダでイラストを仕上げる奴がいる」と紹介し、カットの仕事をもらっていた。
鳥図 明児(とと あける、1958年1月9日 - )は、日本… 鳥図 明児(とと あける、1958年1月9日 - )は、日本の漫画家。富山県出身、やぎ座、A型。女性。代表作に『虹神殿』、『水蓮運河』など。本名はペレイラ昭栄。 子供時代は家の庭や近くの山々で双子の妹と2人で遊んでいた。おもちゃなどは全く与えられず、望みもしなかった。花を摘んでは祖母に叱られ、山で行方不明になっては両親を心配させる子供時代だったという。 高校の時、月刊少女漫画誌を購入して読むようになり、『別冊少女コミック』で萩尾望都の「ポーの一族」シリーズの「ペニー・レイン」を見つけ、パニック状態になったのが、最初の強烈な漫画体験であったという。漫画を描き始めたのは、奈良女子大学2回生の時に、新書館刊行の「あなたのファンタジィ2・デリカシィ・ココア・タイム フォアレディース101」(萩尾望都・寺山修司編)に投稿し、「鏡に朝がやってきたとき」が掲載されたのがきっかけ。
ありさか 邦(ありさか くに、1958年〈昭和33年〉1月7… ありさか 邦(ありさか くに、1958年〈昭和33年〉1月7日 - )は、日本の漫画家。山口県下関市出身、東京学芸大学卒業。 1977年、大学在学中に『別冊少女コミック』のまんが学園に応募し、入賞作品「ワコをよろしく!」(『別冊少女コミック』1977年11月号増刊)でデビュー。その後、同誌や『ちゃお』等に作品を発表した。1984年頃から、レディースコミックにも進出している。 『幸せ咲いた』は、2003年に『幸せ咲いた〜結婚相談所物語〜』としてテレビドラマ化された。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
三田 紀房(みた のりふさ、1958年1月4日 - )は、日… 三田 紀房(みた のりふさ、1958年1月4日 - )は、日本の漫画家。 岩手県北上市出身。血液型B型。岩手県立黒沢尻北高等学校を経て、明治大学政治経済学部卒業。大学の体育会に至るまでの剣道競技経験を持ち、その経験は初期の作品『空を斬る』に色濃く反映されている他、村上もとかの代表作である『六三四の剣』に影響を与えるにも至った(『六三四の剣』は三田の故郷である岩手県が舞台でもある)。 大学4年生の盆過ぎに初めて就職相談を行った結果、流通業界しか採用活動をしていなかったことから、大学卒業後はそのまま西武百貨店へ就職した。しかし1年後、2つの衣料品店を経営していた実父が、店の業績が芳しくない中で体調を崩してしまったことから、退職して岩手の実家に戻り、兄とともに家業を手伝う。
しりあがり 寿(しりあがり ことぶき、1958年1月1日 -… しりあがり 寿(しりあがり ことぶき、1958年1月1日 - )は、日本の漫画家。静岡県静岡市葵区出身。男性。神戸芸術工科大学特任教授、元横浜美術短期大学、元日本大学藝術学部講師。本名は望月寿城(もちづき としき)。妻は漫画家の西家ヒバリ。
河合 単(かわい たん、1958年 - )は、日本の漫画家。… 河合 単(かわい たん、1958年 - )は、日本の漫画家。 本名は河合単(かわいひとえ)。男性。山形県山形市出身。中央大学商学部卒。大学在学中は漫画研究会に在籍し、この時の仲間に山田貴敏、みやすのんき(ひろもりしのぶ)、山本貴嗣らがいた。卒業後銀行員になるが退職して漫画家を目指し『神のお恵み』(単行本未収録)でデビュー。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
吉川 豊(よしかわ ゆたか、1958年 - )は、日本の漫画… 吉川 豊(よしかわ ゆたか、1958年 - )は、日本の漫画家。たかしよいちと共同製作した『まんが世界ふしぎ物語』シリーズをはじめ、歴史と科学を題材にした学習漫画を多く手掛けている。 1958年、神奈川県平塚市にて生まれる。中央大学で学士(経済学)を取得したのちに本格的に漫画の執筆を始める。永井豪のダイナミックプロに所属したが、1985年からは独立した。1990年代後半から2000年代前半には『ドキドキ!』シリーズのうち『ドキドキ!SF王国』、『ドキドキ!ぜつめつ動物園』、『ドキドキ!どうぶつSOS』、『ドキドキ!サバイバル分校』を家の光協会が刊行する子ども向け雑誌『ちゃぐりん』で連載した。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
木内 一雅(きうち かずまさ、1958年 - )は、日本の漫… 木内 一雅(きうち かずまさ、1958年 - )は、日本の漫画原作者、シナリオライター。福岡市生まれ。福岡大学出身。漫画家のきうちかずひろは実弟。 父親はSFマニア・ガンマニアで、幼少の頃から、兄弟でSF小説に読みふけった〔ママ〕。 サラリーマン生活の後、きうちかずひろ作『ビー・バップ・ハイスクール』のストーリー構成などに携わる。1989年9月の『ヤングマガジン海賊版』に掲載された『フェイス』(作画・渡辺潤)で漫画原作デビュー。1990年より2004年までの15年間、『週刊ヤングマガジン』に同じ渡辺潤作画による『代紋TAKE2』を連載した。
今泉 伸二(いまいずみ しんじ、1958年 - )は、日本の… 今泉 伸二(いまいずみ しんじ、1958年 - )は、日本の漫画家。群馬県桐生市出身。血液型はAB型。 1984年に『フレッシュジャンプ』(集英社)掲載の『ブリキの鉄人』でデビューし、1986年に『週刊少年ジャンプ』(同)で開始した『空のキャンバス』で連載デビュー。代表作に『神様はサウスポー』がある。 高校卒業後に上京、美術、グラフィックデザインを学ぶ。デザイン事務所勤務、寺沢武一、宮下あきら、原哲夫のアシスタントを経て、1984年に『ブリキの鉄人』(フレッシュジャンプ)でデビュー。 1986年、初の連載となる『空のキャンバス』(週刊少年ジャンプ)、1988年には代表作となる『神様はサウスポー』(週刊少年ジャンプ)を連載する。
尼子 騒兵衛(あまこ そうべえ、1958年 - )は、日本の… 尼子 騒兵衛(あまこ そうべえ、1958年 - )は、日本の漫画家。本名:片根 紀子(かたね のりこ)。女性。血液型はO型。兵庫県尼崎市出身。 兵庫県立尼崎小田高等学校、佛教大学文学部史学科通信教育課程卒業。住友精密工業、電通勤務を経て漫画家となる。デビュー作は、集英社『月刊別冊マーガレット』1979年9月号掲載の8ページ作品「田舎押領使一家」(いなかおうりょうしいっか)。別冊マーガレット少女まんがスクール第127回努力賞受賞。代表作の『落第忍者乱太郎』は2019年まで『朝日小学生新聞』紙上に期間限定で年2回連載していた(半年間無休で執筆して残りの半年は休業)。 ペンネームの由来は兵庫県尼崎市生まれで「騒々しい尼っ子」から。
森園 みるく(もりぞの みるく、英: Milk Morizo… 森園 みるく(もりぞの みるく、英: Milk Morizono 、1957年12月25日 - )は、日本の漫画家、写真家。山口県徳山市(現・周南市)出身。本名:溝口 比呂子。 『アナザー・パートナー』に収録Rachel Matt Thorn 代表作は『キアラ』(原作:桐野夏生)、『ほんとうに怖い童話』(原作:村崎百郎)など。
真崎 春望(さなざき はるも、1957年12月20日 - )… 真崎 春望(さなざき はるも、1957年12月20日 - )は、日本の女性漫画家。東京都葛飾区鎌倉町出身。血液型はO型。デビュー作は1981年秋田書店発行少女漫画雑誌『ひとみ』に連載された『愛を希望します』。 1957年12月20日、東京都葛飾区鎌倉町にて誕生。その後、東京都立墨田川高等学校を卒業する。1980年に「ラストサマー」が第5回ひとみ新人漫画賞で入賞。1981年に『ひとみ』(秋田書店)にて『愛を希望します』を発表し、デビューを果たす。その後、宙出版、集英社、幻冬舎、講談社、ぶんか社など多くの出版社で漫画執筆を行う。