中山 庸介(なかやま ようすけ、1979年2月2日 - )は… 中山 庸介(なかやま ようすけ、1979年2月2日 - )は、NHKのアナウンサー。 東京都葛飾区出身。東京都立墨田川高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部を卒業後、2003年(平成15年)4月に入局。
東京都立墨田川高等学校:45人
※有名人ナビに登録されている45人を職業別に数えました。複数の職業を持つ人は、それぞれの職業に数えています。
中山 庸介(なかやま ようすけ、1979年2月2日 - )は… 中山 庸介(なかやま ようすけ、1979年2月2日 - )は、NHKのアナウンサー。 東京都葛飾区出身。東京都立墨田川高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部を卒業後、2003年(平成15年)4月に入局。
牧野 友衛(まきの ともえ、1973年2月20日 - )は、… 牧野 友衛(まきの ともえ、1973年2月20日 - )は、東京都墨田区出身の日本の実業家である。 プロダクト開発や事業提携を含む市場参入戦略や事業成長戦略の策定と実行を専門とする。テクノロジーやコンテンツ、マーケティングのパートナーシップを通じて様々な業界とのネットワークを持つ。 東京都立墨田川高等学校を経て、1994年に文教大学人間科学部を卒業した。 NTTドコモ(1997年 - 2000年)、AOL Japan(2000年 - 2003年)、Google株式会社(2003年 - 2010年)を経て、株式会社ByFlow CEO兼共同創業者(2010年 - 2011年)、Twitter Japan株式会社上級執行役員ほか(2011年 - 2016年)、トリップアドバイザー株式会社代表取締役(2016年 - 2020年)、株式会社グッドイートカンパニー取締役・最高戦略責任者(2021年)、Activision Blizzard Japan株式会社マネージングディレクター(2022年 - 2023年)を務めた。
葭田 晃(よしだ あきら、本名同じ。1969年3月20日 -… 葭田 晃(よしだ あきら、本名同じ。1969年3月20日 - )は、日本の合唱指揮者・声楽家。
唐川 和彦(からかわ かずひこ、1968年3月2日 - )は… 唐川 和彦(からかわ かずひこ、1968年3月2日 - )は、日本の学校教育研究家、臨床心理研究家、催眠療法士、心理カウンセラー。血液型AB型。身長177cm。愛称は「ジョニー」。 東京都墨田区生まれ。東京都立墨田川高等学校卒、北海道教育大学大学院修了。高校時代はラグビー部に所属。幼稚園、小学校、中学校、高等学校、高等専門学校、大学、海外の教育現場及び大手学習塾、英会話学校等、ほぼ全ての教育機関で教員を勤める。 大学教員時代は右脳教育(葛飾学院)の学院長として幼児から社会人までの学習サポートをしていた。その一方で、心理カウンセリング(剣真舎)の主宰として、学校関係者・生徒・保護者を中心に心理カウンセリングに従事。
戸崎 貴広(とさき たかひろ、1962年11月30日 - )… 戸崎 貴広(とさき たかひろ、1962年11月30日 - )は、元TBSテレビ(TBS)の社員(アナウンサー→スポーツ局)で、フリーアナウンサー。 東京都葛飾区柴又出身。東京都立墨田川高等学校、立教大学経済学部卒業。 1986年4月、TBSにアナウンサー22期生として入社(同期は岡崎潤司・岡田泰典・武方直己)。以後、主にスポーツ中継(野球、テニス、ラグビー、フィギュア、バレーボール)を担当。 スポーツ版踏み・スポーツ実況が多かったため『JNNニュース』などでニュースを担当した経験はない。 2021年6月時点ではTBSアナウンサーの最古参だったが、同月を最後にアナウンス職を離れる。同29日のプロ野球・DeNA対中日戦テレビ中継(CS放送・インターネット配信向け)をもって、36年にわたり担当したTBSでの野球実況を降板。
宮部 みゆき(みやべ みゆき、1960年〈昭和35年〉12月… 宮部 みゆき(みやべ みゆき、1960年〈昭和35年〉12月23日 - )は、日本の小説家。東京都江東区生まれ。 日本推理作家協会会員。2001年時点で日本SF作家クラブ会員だったが、2024年10月時点では会員名簿に名前がない。 OL、法律事務所、東京ガス集金課勤務の後、小説家になる。1987年(昭和62年)、「我らが隣人の犯罪」でデビューする。以後、『龍は眠る』(日本推理作家協会賞受賞)『火車』(山本周五郎賞受賞)『理由』(直木賞受賞)『模倣犯』(毎日出版文化賞特別賞受賞)などのミステリー小説や、『本所深川ふしぎ草紙』(吉川英治文学新人賞受賞)『ぼんくら』などの時代小説で人気作家となる。ファンタジーやジュブナイルものの作品も執筆している。
廿楽 順治(つづら じゅんじ、1960年 - )日本の詩人。… 廿楽 順治(つづら じゅんじ、1960年 - )日本の詩人。東京都墨田区押上生まれ。神奈川県横須賀市在住。 東京都立墨田川高等学校、横浜市立大学国文科卒業。大学在学中より「現代詩手帖」に投稿を始めるが、その後中断を経て、40歳を過ぎてから詩作を再開する。2005年、第43回現代詩手帖賞を受賞。2006年、詩集『すみだがわ』で第11回中原中也賞候補。2012年、詩集『化車』で第62回H氏賞を受賞。詩誌「ガーネット」「生き事」同人。同人誌『八景』発行人。横浜詩人会員。PDF詩誌『四囲』発行人。 下町言葉を大胆に取り入れた文体で、会田綱雄を意識した下揃えのレイアウトを好んで使用する。版画家の宇田川新聞との共作もある。
真崎 春望(さなざき はるも、1957年12月20日 - )… 真崎 春望(さなざき はるも、1957年12月20日 - )は、日本の女性漫画家。東京都葛飾区鎌倉町出身。血液型はO型。デビュー作は1981年秋田書店発行少女漫画雑誌『ひとみ』に連載された『愛を希望します』。 1957年12月20日、東京都葛飾区鎌倉町にて誕生。その後、東京都立墨田川高等学校を卒業する。1980年に「ラストサマー」が第5回ひとみ新人漫画賞で入賞。1981年に『ひとみ』(秋田書店)にて『愛を希望します』を発表し、デビューを果たす。その後、宙出版、集英社、幻冬舎、講談社、ぶんか社など多くの出版社で漫画執筆を行う。
木戸 衛一(きど えいいち、1957年11月8日 - )は、… 木戸 衛一(きど えいいち、1957年11月8日 - )は、日本の政治学者。専門は現代ドイツ政治。学位は、博士(ベルリン自由大学)。大阪大学大学院国際公共政策研究科教授。 千葉県柏市生まれ。東京都立墨田川高等学校を経て、1981年東京外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業、同大学修士課程を経て、1988年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。指導教官は油井大三郎。2008年ベルリン自由大学博士。 1988年一橋大学社会学部助手、1990年大阪大学教養部専任講師、1994年同助教授昇格、1999年大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授、2000〜01年ライプツィヒ大学政治学科客員教授、2007年大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授。
金 重明(キム チュンミョン、1956年 - )は、在日韓国… 金 重明(キム チュンミョン、1956年 - )は、在日韓国人の小説家、翻訳家。 東京都生まれ。1974年東京都立墨田川高等学校卒業。1975年東京大学文科3類入学、1977年同大学教養課程中途退学、大阪外国語大学朝鮮語学科入学、1979年除籍。1997年『算学武芸帖』で朝日新人文学賞、2006年『耽羅戦記三別抄』で歴史文学賞、2014年『13歳の娘に語るガロアの数学』で2014年度日本数学会出版賞を受賞。歴史小説を主に手がけ、韓国関係の翻訳を多く行う。
苅谷 剛彦(かりや たけひこ、1955年12月19日- )は… 苅谷 剛彦(かりや たけひこ、1955年12月19日- )は、日本の社会学者。オックスフォード大学社会学科および現代日本研究所教授、セント・アントニーズ・カレッジ・フェロー。 東京都出身。東京都立墨田川高等学校、東京大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科修士課程修了。ノースウェスタン大学大学院博士課程修了。Ph.D(社会学)。放送教育開発センター研究開発部助教授などを経て、東京大学大学院教育学研究科教授。東京大学教育学部附属中等教育学校校長を経て、2008年よりオックスフォード大学教授を兼任、2009年東大を辞職。 フランスの社会学者ピエール・ブルデューの社会階層論などを援用しつつ、ゆとり教育、学力低下の問題を生徒の家庭の社会的地位と関連させて論考した。
塚本 瑞天(つかもと ずいてん、1955年4月 - )は、日… 塚本 瑞天(つかもと ずいてん、1955年4月 - )は、日本の環境官僚。環境省九州地方環境事務所等を経て、環境省自然環境局長を最後に退官し、サントリー世界愛鳥基金運営委員長などに就任。 東京都葛飾区生まれ。山形県出身。東京都立墨田川高等学校を経て、1978年信州大学工学部卒業。1980年信州大学大学院農学研究科修了、農学修士、環境庁入庁。専門は応用植物社会学。大山隠岐国立公園レンジャーや、利尻礼文サロベツ国立公園レンジャー、外務省経済協力局出向等を経て、1993年在ケニア日本国大使館一等書記官(国際連合環境計画担当)。2000年鹿児島県環境保護課長。2005年環境省大臣官房広報室長。 2009年から環境省自然環境局野生生物課長を務め、佐渡トキ保護センターでトキがテンに襲われて死亡したことを受け、検証にあたるなどした。
坂崎 幸之助(さかざき こうのすけ、1954年〈昭和29年〉… 坂崎 幸之助(さかざき こうのすけ、1954年〈昭和29年〉4月15日 - )は、日本のギタリスト、シンガーソングライター、音楽プロデューサー。ロックバンドTHE ALFEEのメンバー。本名、坂﨑 幸二(さかざき こうじ)。東京都墨田区出身。東京都立墨田川高等学校卒業、明治学院大学文学部二部英文学科中退(2014年3月18日、明治学院大学から「名誉学士」の称号が授与された)。 芸名の由来は、自分の名前にインパクトがないため嫌だったことと、家の隣が電器屋だったためパナソニックの創業者・松下幸之助に因んでつけた。BEAT BOYSでは、「じょん・のれん」を名乗っている。ファンやスタッフの間では、「坂さん」や「幸ちゃん」の愛称で呼ばれている。
高橋 淳子(たかはし じゅんこ、1954年 - )は、日本の… 高橋 淳子(たかはし じゅんこ、1954年 - )は、日本の社会福祉学者。新潟青陵大学短期大学部教授。 公立の養護学校(現:特別支援学校)に教諭として勤務、その他早稲田大学文学部非常勤講師・福島学院短期大学専任講師、佐野短期大学特任助教授、高崎健康福祉大学短期大学部助教授を経て、
今井 詔二(いまい しょうじ、1951年12月27日 - )… 今井 詔二(いまい しょうじ、1951年12月27日 - )は、日本の脚本家。東京都台東区出身。アニメーション執筆時のペンネームは立花あずま。 小学生の時から脚本家志望だった。東京都立墨田川高等学校卒業。大学浪人中にシナリオ研究所へ通い始め、そこの講師だったジェームス三木と知り合い、その縁で1974年、22歳の時に『白い滑走路』(TBS系列、第7話 ジェームス三木との共作)で脚本家デビュー。その後映画監督・山本邦彦の内弟子となり、1976年スタートのテレビドラマ『新・二人の事件簿 暁に駆ける』(大映テレビ、朝日放送 他)で脚本家として一本立ち。その後『はみだし刑事情熱系』、『こちら第三社会部』、『天罰屋くれない 闇の始末帖』のメインライターをつとめ、2時間ドラマでは数多くのシリーズを持つなど活動していた。
小山 唯史(こやま ただし、1948年1月5日 - )は、日… 小山 唯史(こやま ただし、1948年1月5日 - )は、日本のジャーナリスト。 総合月刊誌、週刊誌等を中心に政治、企業から各種社会問題、スポーツ、医療、人物論、インタビュー等で署名記事を発表している。 父親はNHK東京放送劇団の声優・俳優の小山源喜。遠戚に作家の小山清、書道家の小山やす子。高祖父に東京向島料亭八百松の主人小山松五郎がいる。 東京都立墨田川高等学校・早稲田大学政経学部卒業。 ■『東京人』(都市出版) ■『プレジデント』(プレジデント社) ■『DIAS』(光文社) ■『調査情報』(TBSメディア総合研究所) ■月刊誌『宝石』(光文社) ■『週刊宝石』(光文社)
鹿野 浩四郎(しかの こうしろう、1947年〈昭和22年〉1… 鹿野 浩四郎(しかの こうしろう、1947年〈昭和22年〉10月27日 - )は、日本の俳優、アナウンサー、画家。 1947年10月27日午後2時22分、東京都江戸川区小岩生まれ。東京都立墨田川高等学校より、俳優座養成所にあたる桐朋学園大学演劇科へ進む。1968年、劇団俳優座に所属、舞台・映画・TV等に多数出演。1978年4月~1984年3月、NHK『600 こちら情報部』のキャスターとして毎週月曜~金曜、約1500回の生放送に出演。 1988年~1990年、東日本放送のメーキングキャスターとして出演。1990年~2003年、テレビ神奈川の司会者として出演。 その後、絵師・佐藤勝彦に師事し、墨彩画家としての活動を始める。
佐野 眞一(さの しんいち、1947年(昭和22年)1月29… 佐野 眞一(さの しんいち、1947年(昭和22年)1月29日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。東京都葛飾区出身。
藤本 勝義(ふじもと かつよし、1945年(昭和20年) -… 藤本 勝義(ふじもと かつよし、1945年(昭和20年) - )は、国文学者、青山学院女子短期大学教授。東京学芸大学卒、同大学院修士課程修了、1979年早稲田大学文学部国語国文学専攻科修了、2012年「源氏物語の表現と史実に関する研究」で早大博士(文学)。東京都立墨田川高等学校教諭、東京学芸大学助手、青山学院女子短期大学講師、助教授、教授。
桜井 正光(さくらい まさみつ、1942年1月8日 - 20… 桜井 正光(さくらい まさみつ、1942年1月8日 - 2024年1月24日)は、日本の経営者。リコー特別顧問、日本気候リーダーズ・パートナーシップ代表、NPO法人日本防災士機構評議員、経済同友会代表幹事を務めた。 東京都出身。東京都立墨田川高等学校、早稲田大学第一理工学部工業経営学科卒業後、リコー入社。1993年Ricoh Europe B.V.取締役社長。 コピー機関連の英国工場の立ち上げや、海外販社の運営、研究開発部門で手腕を発揮。1996年に上席役員を八人抜いての大抜擢で社長に就任した。「販売のリコー」と呼ばれる同社で技術者出身社長は初めて。11年間社長を務め、連結の売上高は約2倍の2兆689億円、純利益は約5倍の1117億円に拡大させた。
枝川 公一(えだかわ こういち、1940年11月12日 - … 枝川 公一(えだかわ こういち、1940年11月12日 - 2014年8月15日)は、日本の評論家、ノンフィクション作家、翻訳家。
辻 征夫(つじ ゆきお、1939年8月14日 - 2000年… 辻 征夫(つじ ゆきお、1939年8月14日 - 2000年1月14日)は日本の詩人。東京都出身。東京都立墨田川高等学校を経て明治大学文学部卒業。俳号は貨物船。 15歳から詩を投稿し始め、大学在学中に第1詩集『学校の思い出』(1962年)を発表。日常の微細な発見を軽妙な語り口で詩にした。詩集に『かぜのひきかた』(1987年)、『河口眺望』(1993年)など。 1939年(昭和14年)8月14日、浅草に生まれる。1954年、14歳の頃から詩を読み始め、翌年には詩作に没頭するようになる。雑誌への投稿もこの頃に始める。 1957年春に書かれた小品「美しいもの」は、言葉がいかに詩人を魅了したか、詩的体験の魅惑的な相貌を、読む者に明白に追体験させる力に満ちている。
藤川 桂介(ふじかわ けいすけ、本名:伊藤 英夫(いとう ひ… 藤川 桂介(ふじかわ けいすけ、本名:伊藤 英夫(いとう ひでお)、1934年6月16日 - )は、日本の男性脚本家、小説家、放送作家。日本文芸家協会、日本ペンクラブ、日本脚本家連盟会員。京都嵯峨芸術大学客員教授。 東京都出身。東京都立墨田川高等学校、慶應義塾大学文学部国文学科卒(1958年)。 1960年代中盤から1970年代中盤までは実写のアクション番組や特撮物の脚本家として、1970年代から1980年代はテレビアニメーションの脚本家として活躍した。1980年代中盤以降は、活動の中心を小説の執筆に当てている。代表作に、テレビアニメーション『マジンガーZ』、『六神合体ゴッドマーズ』、『宇宙戦艦ヤマト』、小説『宇宙皇子』シリーズなど。
細江 英公(ほそえ えいこう、1933年3月18日 - 20… 細江 英公(ほそえ えいこう、1933年3月18日 - 2024年9月16日)は、日本の写真家。勲等は旭日重光章。清里フォトアートミュージアム館長(初代)、東京工芸大学名誉教授、鎌鼬美術館名誉館長、文化功労者。本名は細江 敏廣(ほそえ としひろ)。 東京写真専門学校講師、東京写真大学短期大学部教授、社団法人日本写真家協会副会長、東京工芸大学芸術学部教授などを歴任した。 息子の細江賢治も写真家。 山形県米沢市に生れ、東京で育つ。 1951年に富士フイルム主催の「富士フォトコンテスト」学生の部で最高賞を受賞する。翌年、19歳で東京写真短期大学(現 東京工芸大学)に入学。評論家の福島辰夫は、土門拳らのリアリズム派にない彼の人間味に注目。
植草 貞夫(うえくさ さだお、1932年9月29日 - )は… 植草 貞夫(うえくさ さだお、1932年9月29日 - )は、日本のアナウンサー。元・朝日放送(ABC)アナウンサーで、同社からの定年退職(1992年)後も、個人事務所の(植草貞夫事務所・オフィスSARAH)代表を務めながら、フリーアナウンサーやスポーツコメンテーターとして2010年代の初頭まで活動していた。 東京府東京市の出身で、東京都立墨田川高等学校から早稲田大学へ進学。大学卒業後の1955年に、アナウンサーとして朝日放送に入社した。入社時点の朝日放送はラジオ単営局であったが、テレビ単営局の大阪テレビ放送との合併によって、入社直後の6月1日付でテレビとの兼営局として再スタートを切った。朝日放送アナウンサーとしての同期に田村安起と矢代清二、他の職種で採用されていた同期の社員に山内久司と澤田隆治と槇洋介などがいる。
早乙女 勝元(さおとめ かつもと、1932年3月26日 - … 早乙女 勝元(さおとめ かつもと、1932年3月26日 - 2022年5月10日)は、日本の小説家・児童文学作家。東京府東京市足立区出身。
滝田 ゆう(たきた ゆう、1931年(昭和6年)12月26日… 滝田 ゆう(たきた ゆう、1931年(昭和6年)12月26日 - 1990年(平成2年)8月25日)は、日本の漫画家、エッセイスト。本名・瀧田祐作。 東京市下谷区坂本町(現東京都台東区下谷)の指物職人の家に生まれる。出生の翌日に実母が亡くなり、家庭の事情で叔父の家に養子に行き、東京市向島区寺島町(現東京都墨田区東向島)の旧私娼街玉の井で、義理の両親と義兄1人義姉2人の6人家族で育つ。物心付いたころから養子先はスタンドバーを営んでいた。落語家の3代目三遊亭圓歌は寺島第二國民学校の2歳年上だが同学年の幼馴染。東京都立墨田川高等学校卒業後、國學院大學文学部に進むがほとんど通わず中退する。 1949年(昭和24年)〜1950年(昭和25年)頃、漫画家・田河水泡の内弟子となる。
米山 高範(よねやま たかのり、1929年5月30日 - 2… 米山 高範(よねやま たかのり、1929年5月30日 - 2014年2月16日)は、日本の技術者、実業家。コニカ代表取締役社長、同社代表取締役会長、日本科学技術連盟理事長、日本品質管理学会会長などを務めた。アメリカ品質学会(ASQ)功績賞、デミング賞本賞受賞。 東京市本所区(現墨田区)生まれ。府立七校(現東京都立墨田川高等学校)在学中に東京大空襲で家が焼失し、学生寮のある横浜工業専門学校(現横浜国立大学)に入学。1953年東京工業大学電気化学科卒業。大学では品質管理の水野滋教授に師事した。 1953年小西六写真工業(現コニカミノルタ)入社。八王子工場品質保証課長を経て、生産本部本部長付主任部員在任中に出版した著書『品質管理のはなし』で日経品質管理文献賞受賞。
高瀬 広居(たかせ ひろい、1927年11月11日 - 20… 高瀬 広居(たかせ ひろい、1927年11月11日 - 2006年5月28日)は日本の宗教家。 東京の浄土宗の寺に生まれる。昭和18年(1943年)に僧侶資格を得る。 東京都立第七中学校を経て早稲田大学第一文学部(西洋哲学および国文学専攻)を卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、「国会討論会」他、政治・社会番組のプロデューサーを務める。 その後ニュースキャスター、ラジオ関東(現・アール・エフ・ラジオ日本)常務取締役、放送批評懇談会理事長、講話塾「全国疏石会」会主。拓殖大学客員教授、拓殖大学理事。 創価学会・公明党の支持者であり、天皇崇拝家でもあった。 昭和62年(1987年)から、テレビ東京系『レディス4』(のちの『L4 YOU!』)で毎月最終金曜日の「月末対談」(12月の月末対談のみ「年末対談」と改題)に出演していた。
小川 宏(おがわ ひろし、1926年〈大正15年〉4月17日… 小川 宏(おがわ ひろし、1926年〈大正15年〉4月17日 - 2016年〈平成28年〉11月29日)は、日本のフリーアナウンサー・司会者。元NHKアナウンサー。東京都墨田区出身。 東京府南葛飾郡寺島町(後の東京市向島区、現:東京都墨田区東向島)生まれ。東京府立第七中学校(現:東京都立墨田川高等学校)を経て早稲田大学専門部工科建築科を卒業後、一旦間組(現在の安藤ハザマ)に入社するも半年で退職。NHKには二次募集で1949年に入局した。同期には八木治郎、大塚利兵衛、福島幸雄、穂坂俊明がいる。鶴岡放送局、郡山放送局(現在はいずれも支局)に勤務後、1952年より東京勤務となる。 1955年より『ジェスチャー』の4代目司会者として10年にわたって活躍。
梶原 完(かじわら ひろし、1924年(大正13)11月9日… 梶原 完(かじわら ひろし、1924年(大正13)11月9日 - 1989年(平成元)7月29日)は、日本出身のピアニスト、音楽教育者。日本で演奏活動を始めた後、1954年にドイツに渡り、ヨーロッパ各地で演奏を重ねる。1960年からドイツ西部のベッツドルフにあるアドルフ音楽院でピアノのレッスンを始め、演奏活動を続けるかたわら多くの生徒を育てた。 梶原完は、父梶原國生と母恒子の次男として、1924年11月9日に上海で生まれた。長野県出身の父は満鉄調査部上海事務所に勤めており、音楽を愛する学究肌の人物だった。同じく長野県出身の母は、女子高等師範学校を首席で卒業し、仙台で教師を務めた後に、結婚まで東京の東洋英和女学院でも教えていた。
鈴木 忠義(すずき ただよし、1924年9月20日 - 20… 鈴木 忠義(すずき ただよし、1924年9月20日 - 2018年2月18日)は、日本の観光学者・景観学者。東京工業大学名誉教授。農学博士。観光資源評価委員会委員長 、河川リゾート研究会、日本観光研究学会初代会長。「当て塾」塾長、株式会社世田谷川場ふるさと公社社長を歴任。東京出身。 旧制東京府立第七中学校卒業後、一浪して弘前高等学校に進学。1949年東京大学第二工学部土木工学科卒業。星埜和に師事。その後観光地を研究しようと田村剛の助言に従い、東京大学大学院林学専攻に進学しようと加藤誠平を頼るが、加藤の提案により演習林職員に採用される。こうして1949年東京大学農学部付属演習林日雇、1950年同演習林助手。
大辻 清司(おおつじ きよじ、1923年7月27日 - 20… 大辻 清司(おおつじ きよじ、1923年7月27日 - 2001年12月19日)は、日本の写真家、教育者。 東京府南葛飾郡大島町(現・東京都江東区大島)の機械技師の家に生まれる。東京府立第七中学校(現・東京都立墨田川高等学校)を経て、1942年に東京写真専門学校(現・東京工芸大学)に入学。在学中の1943年に学徒出陣により陸軍に応召され、終戦を迎える。(終戦後、東京写真専門学校から1944年9月卒業の認定を受けた)復員後、写真スタジオでの仕事、雑誌(『家庭文化』など)のための写真など、主として商業写真の分野で活躍。 1949年以降、東京美術文化展に出品する(1952年まで)。その後、実験工房(1953年)やグラフィック集団(1953年)に参加。
海部 八郎(かいふ はちろう、1923年6月29日 - 19… 海部 八郎(かいふ はちろう、1923年6月29日 - 1994年6月28日)は、実業家・元日商岩井副社長。ダグラス・グラマン事件の中心人物。 実家は東京都文京区小石川にあり、東京高等師範学校附属中学校か東京府立第一中学校、東京府立第四中学校への進学を希望していたという。 父は、元は師範学校の英語教師で、その後、浅野物産の幹部になり、高給取りだったため海部の家庭の生活水準はかなり高かったという。海部の中学時代、友人が20銭、50銭という小遣いしかもっていなかったのに対して、海部は5円、10円の札ビラをきったというエピソードがある。 中学時代は国語、漢文、地理、歴史といった文系科目が得意で、中でも英語の成績は抜群だった。
服部 銈二郎(はっとり けいじろう、大正10年(1921年)… 服部 銈二郎(はっとり けいじろう、大正10年(1921年)7月3日 - 平成25年(2013年)6月9日)は、日本の地理学者。専門は、都市地理学、地誌学、アーバン・アメニティ論。立正大学名誉教授。日本地理学会名誉会員、日本都市学会顧問、アーバン・アメニティ研究所所長。 大正10年(1921年)7月3日、東京府東京市牛込区に生まれた。間もなく南足立郡千住町に移り、千住町立千寿第一小学校(足立区立千寿本町小学校に統合)に入学した。短歌を趣味とする母の旅行に年数回連れられる内、自身も旅行好きとなり、高学年には一人で日本各地を旅行するようになった。 東京府立第七中学校(東京都立墨田川高等学校)在学中、校友会雑誌に「奥羽地方の交通」「伊豆半島西海岸をめぐりて」を発表した。
塚原 美村(つかはら よしむら、1916年2月4日- 200… 塚原 美村(つかはら よしむら、1916年2月4日- 2009年)は、歴史家、小説家。 山梨県生まれ。東京府立第七中学校(現東京都立墨田川高等学校)卒、日本大学卒。山梨県立甲府第一高等学校教諭。 京都の部落問題研究所に所属。下層の人間の歴史を研究した。『金印惑伝』では漢委奴国王印の金印を江戸時代の製作と主張した。
磨甎庵 劫石<ませんあん ごっせき>(本名:白田 貴郎<はく… 磨甎庵 劫石<ませんあん ごっせき>(本名:白田 貴郎<はくた たかお>)、1915年7月10日 - 2009年2月11日)は、臨済宗妙心寺派系の法を嗣ぐ老師、人間禅第三世総裁。倫理学学者。千葉大学名誉教授。聖徳短期大学名誉教授。勲二等瑞宝章受章。 1915年7月10日、東京に生まれ、隅田小学校に学ぶ。 1932年、東京府立第七中学校4年修了後、府立高等学校文科甲類に進学。 在学中野球部に入り、練習で体調を崩して結核となり、人間の死について疑団をもち、これを決着しなければ、人生は砂 上の楼閣となると考え、経済学部への進学をやめて、東大の和辻哲郎教授につき、哲学を学ぶことを決意。 1935年、東京帝国大学文学部倫理学科に進学。
小山 源喜(こやま げんき、1915年7月8日 - 1991… 小山 源喜(こやま げんき、1915年7月8日 - 1991年4月11日)は、日本の男性俳優、声優、演出家。東京府東京市向島(現・東京都墨田区)出身。戦後のラジオドラマ黄金期を代表する声優。 隅田小、東京府立七中(現・東京都立墨田川高等学校)卒業、東京府青山師範学校中退。1934年(昭和9年)、遠縁に当たる二代目市川小太夫の縁で市川猿之助主宰の春秋座で初舞台を踏む(『若き日の成吉斯汗』)同年6月、丸山定夫のP・C・L映画に入る。1935年(昭和10年)10月、小山映画演劇研究所主宰。1936年(昭和11年)3月、新築地劇団演出部(千田是也の助手)を経て、1938年(昭和13年)には文学座旗揚げに参加。
市川 正二郎(いちかわ しょうじろう、1913年1月9日 -… 市川 正二郎(いちかわ しょうじろう、1913年1月9日 - 2003年)は、日本の俳優、実業家である。本名牧野 正(まきの ただし)、旧芸名市川 小松(いちかわ こまつ)、木村 正二郎(きむら しょうじろう)。
吉永 榮助(よしなが えいすけ、1912年3月20日 - 1… 吉永 榮助(よしなが えいすけ、1912年3月20日 - 1998年9月28日)は、日本の法学者。専門は、商法・経済法。学位は、法学博士(一橋大学)。一橋大学名誉教授。東京出身。 1929年府立第七中学校(現・東京都立墨田川高等学校)卒業。東京商科大学(現一橋大学)予科入学。1934年司法試験合格(旧制)。1935年東京商科大学商学部卒業。商学部助手。民法学の岩田新ゼミナール出身だったが、岩田が白票事件で退官すると、田中誠二に師事して商法研究に転じた。また、大平正芳(のちに内閣総理大臣)や武野義治(のちに初代駐イスラエル大使)、小島太作(のちに駐インド大使)、富樫総一(のちに労働事務次官)らと、憲法の田上穣治講師や国際法の大平善梧教授が中心となっていた研究会にも参加した。
加東 大介(かとう だいすけ、本名:加藤 徳之助、1911年… 加東 大介(かとう だいすけ、本名:加藤 徳之助、1911年2月18日 - 1975年7月31日)は、日本の俳優。 東京市浅草区(現:東京都台東区)生まれ。身長160cm。東京府立第七中学校(現・東京都立墨田川高等学校)卒。歌舞伎役者を経て映画デビュー。代表作は『七人の侍』、『大番』、『南の島に雪が降る』。 父親は宮戸座の座付き作者で演出助手であった竹芝傳蔵(黙阿弥の門弟)、兄は四代目沢村国太郎、姉には福祉運動家の矢島せい子と沢村貞子がいる。従兄弟に五代目嵐芳三郎(傳蔵の姉の子)、甥には長門裕之、津川雅彦の役者一家。息子・加藤晴之は、黒澤明の娘・黒澤和子と結婚して孫・加藤隆之(俳優)が産まれるが離婚している。
近藤 顕彦 は、エンターテイメント表現の自由の会の編集委員で… 近藤 顕彦 は、エンターテイメント表現の自由の会の編集委員である日本人男性。バーチャルシンガーのキャラクター「初音ミク」のファン活動の一環として結婚式を行った。ただし初音ミクの権利元であるクリプトン社は彼の活動には一切関与しておらず、キャラクターとの結婚に法的効力はないと述べている。
千葉 耕市 は、日本の男性声優、俳優、音響監督。東京府東京市… 千葉 耕市 は、日本の男性声優、俳優、音響監督。東京府東京市 出生、岩手県胆沢郡前沢町 出身。また一部の作品においては千葉 耕一とクレジットされることもあった。
村山 康夫 は、日本の実業家、昭和シェル石油株式会社元代表取… 村山 康夫 は、日本の実業家、昭和シェル石油株式会社元代表取締役社長。
春日 了(かすが りょう)は、東京都葛飾区立石にある仏教寺院… 春日 了(かすが りょう)は、東京都葛飾区立石にある仏教寺院、證願寺(しょうがんじ、単立)の住職。また、声楽家、アマチュア天文家、奇術師としても知られるほか、一時期、テレビ朝日CNNデイウォッチで「宇宙時代のお坊さん」をキャッチフレーズにキャスターを務めたり、その他各局の番組でコメンテーターとして1988年から1995年までマスコミ活動をした。 東京都葛飾区に生まれる。東京都立墨田川高等学校を卒業後、2つの大学でインド哲学と仏教を学んだが、その後、将来を巡って声明と仏教儀式の専門家であった父親と対立し、一端、寺を離れてサラリーマンやレストラン支配人、レストランの歌手や、東欧文化協会・音楽監督などを経て、イタリアとドイツに留学して声楽を学び、帰国後は声楽家、CNNデイウォッチのニュースキャスターや各種の番組でコメンテーターとして1995年まで活動。