藤田 綾(ふじた あや、1987年3月24日 - )は、日本… 藤田 綾(ふじた あや、1987年3月24日 - )は、日本の将棋の女流棋士。東京都大田区出身。西村一義九段門下。女流棋士番号23(2011年3月31日までは45)。亜細亜大学経営学部卒。 6歳のとき、父親に教わって将棋を始めた。 小学4年の時から将棋に本格的に取り組み始め、間もなく女流育成会に入会。1998年、小学6年(11歳6か月)で女流棋士となり、史上最年少女流棋士・天才少女として名を馳せた。藤田の史上最年少女流棋士記録はその後も破られていない。 2009年3月25日、将棋ゲーム「ハチワンダイバーDS」他の発表記念イベントで、漫画「ハチワンダイバー」の作者である柴田ヨクサル(アマ五段)と席上対局を行い、敗れた。
高崎 一生(たかざき いっせい、1987年2月12日 - )… 高崎 一生(たかざき いっせい、1987年2月12日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士である。米長邦雄永世棋聖門下。棋士番号は257。宮崎県日南市出身。 1998年、宮崎市立大宮小学校6年生(出場時は5年生)のとき、第23回小学生将棋名人戦で優勝する。この回の出場者には後にプロ棋士になった者が多く、船江恒平(5年)が準優勝、戸辺誠(6年)が3位、金井恒太(6年)と中村太地(4年)が東日本ベスト4、糸谷哲郎(4年)が西日本ベスト4、牧野光則(4年)が西日本ベスト16である。また、広瀬章人(6年)は東日本大会で戸辺に敗れ、佐藤天彦(5年)は西日本大会で糸谷に負けている。 その1998年の秋に米長の弟子となり、6級で奨励会入り。
広瀬 章人(ひろせ あきひと、1987年1月18日 - ) … 広瀬 章人(ひろせ あきひと、1987年1月18日 - ) は、将棋棋士。勝浦修九段門下。棋士番号は255。北海道札幌市出身。 東京都で生まれ、埼玉県さいたま市で育つ。アマチュア強豪であった父と兄の影響から4歳ごろから将棋に興味を持つ。小学3年から6年の4年間は、父の転勤により札幌市南区に在住し、将棋クラブに通い力をつける。小学生将棋名人戦では東日本大会に札幌市立澄川小学校4年生から連続して出場し、4年時は1勝を挙げるも同じ北海道代表で後に奨励会員となる相手に敗れる。5年時は、初戦で東日本3位となり後に高校将棋選手権優勝などの活躍をする相手に敗れた。6年時は東日本大会ベスト12に進出したが戸辺誠に敗れた。
上村 亘(かみむら わたる、1986年12月10日 - )は… 上村 亘(かみむら わたる、1986年12月10日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。中村修九段門下。棋士番号は288。東京都中野区出身、杉並区在住。東京都立西高等学校、慶應義塾大学理工学部数理科学科卒業。 幼稚園の頃、アマチュア四段の父に教わったことが将棋を始めたきっかけであった。 1998年9月、6級で奨励会に入会。直後に7級に降級し、5級昇級までに2年弱を費やした。以降も18歳の誕生日直前にようやく初段となり、そこから二段まで2年半、二段から三段まで3年3ヶ月を費やすなど、後にプロ棋士となる奨励会員としては、著しい苦労をした。 24歳で迎えた第48回(平成22年後期)より三段リーグに参加。
戸辺 誠(とべ まこと、1986年8月5日 - )は、将棋棋… 戸辺 誠(とべ まこと、1986年8月5日 - )は、将棋棋士。加瀬純一門下。棋士番号は262。神奈川県横浜市生まれ、福島県喜多方市出身。 1998年の第23回小学生将棋名人戦で3位になり、同年、12歳で奨励会に入会。2006年に20歳でプロデビューを果たす。小学生の頃、磯子将棋センターに通っていたが、茨城県に引っ越した。そのため、奨励会には同県から通っていた。2007年、第20期竜王ランキング戦6組で優勝。決勝トーナメントでは初戦で敗退。初参加から2期目となる第67期(2008年度)C級2組順位戦で、8勝2敗で昇級(五段昇段)。翌第68期(2009年度)C級1組順位戦では10戦全勝し、2期連続昇級(六段昇段 = 当時の最年少六段)。
村田 顕弘(むらた あきひろ、1986年7月14日 - )は… 村田 顕弘(むらた あきひろ、1986年7月14日 - )は、将棋棋士。中田章道門下。棋士番号は267。兵庫県尼崎市生まれ、富山県魚津市育ち。 1998年小学6年で富山県出身の中田章道を師匠として、関西奨励会試験を受けたが不合格。しかし、翌1999年中学校1年で6級として奨励会入り。2001年に初段に昇段し、2004年前期から三段リーグで戦う。 2007年、中田の妻が四段入りを期待しながら6月に没したことに発奮し、同年秋にその弔いとなる四段昇段を果たした。第41回三段リーグ(2007年度前期)での成績は15勝3敗(1位)。21歳でのプロ入りである。 初参加の第34期(2008年度)棋王戦の予選を勝ち上がり、本戦出場。
金井 恒太(かない こうた、1986年5月25日 -) は、… 金井 恒太(かない こうた、1986年5月25日 -) は、将棋棋士。飯野健二門下。棋士番号は265。埼玉県上尾市出身。聖学院中学校・高等学校卒業。
坂東 香菜子(ばんどう かなこ、1986年3月31日 - )… 坂東 香菜子(ばんどう かなこ、1986年3月31日 - )は、将棋の女流棋士。広島県因島市三庄町(現尾道市)生まれの、大阪府育ち。飯野健二八段門下。女流棋士番号27(2011年3月31日までの旧番号は旧51)。身長164 cm・体重40 kg(将棋年鑑のプロフィールにおける発表)、血液型A型。日本女子大学卒業。2014年3月31日付で現役を引退。 幼稚園時代に父から将棋を教わり、小学3年生の秋から飯野健二八段の子ども教室に通い始める。 1997年9月に11歳で女流育成会入会後、2001年10月に15歳で女流2級としてプロデビュー。 予選の概念が存在しない倉敷藤花戦を除くと、女流公式戦において本戦に進出した経験はないものの、2003年5月18日の第17回レディースオープントーナメント予選1回戦で矢内理絵子を、2005年10月22日の第10回鹿島杯女流将棋トーナメント予選2回戦で甲斐智美を、いずれも得意とする四間飛車で撃破した。
中村 亮介(なかむら りょうすけ、1985年9月26日 - … 中村 亮介(なかむら りょうすけ、1985年9月26日 - ) は、将棋棋士。高橋道雄九段門下。棋士番号は252。埼玉県入間市出身。 中学2年時代の1999年6月、13歳で奨励会に入会。以降、順調に昇級昇段を重ね、2004年4月に18歳でプロデビュー。 2006年、デビューから2回目の参加となる竜王戦の竜王ランキング戦6組で優勝。さらに、竜王挑戦権を争う本戦トーナメントでも2勝を挙げる活躍。 2007年、第38回新人王戦で決勝三番勝負に進出。村山慈明に0-2で敗れ、準優勝に終わる。 第13期銀河戦(2007年度)において、本戦(ブロック戦)で5人抜きをして決勝トーナメント進出。さらに中川大輔を破ってベスト8。
長岡 裕也 (ながおか ゆうや、1985年8月18日 -) … 長岡 裕也 (ながおか ゆうや、1985年8月18日 -) は、将棋棋士。米長邦雄永世棋聖門下。棋士番号は256。東京都八王子市出身。 少年時代は、羽生善治も通っていた八王子将棋クラブにて腕を磨く。 第33回(2003年度前期)より三段リーグに参加。初参加の第33回リーグでは6勝12敗と苦戦したが、第34回(2003年度後期)では10勝8敗、第35回(2004年度前期)では12勝6敗と、コンスタントに成績を向上させ、4期目の第36回(2004年度後期)三段リーグにおいて、14勝4敗の成績を修めた結果、広瀬章人に次ぐ2位での四段昇段・プロ入りを決めた。 順位戦初参加となる第64期(2005年度)では勝ち星に恵まれず2勝8敗と大敗し降級点を喫した。
田中 悠一(たなか ゆういち、1985年3月14日 - ) … 田中 悠一(たなか ゆういち、1985年3月14日 - ) は、将棋棋士。関根茂九段門下。棋士番号は270。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校、立教大学理学部数学科卒業。 将棋を覚えたのは小学4年の時。友人の対局を見て興味を持った。父にルールを教わって間もなく、将棋道場「長野王将クラブ」で腕を磨いた。 中学1年の時全国中学生選抜将棋選手権に出場し3位。翌年奨励会に入会。1級から初段への昇段と初段から二段への昇段にそれぞれ1年半を費やすなど、苦労したものの、2004年4月に三段に昇段し、2004年度後期(第36回)から三段リーグに参戦。2期目の2004年度後期では4勝14敗と不振にあえぎ降段点を喫するも、その後持ち直し2007年度後期(第42回)において、稲葉陽に次ぐ2位の成績(13勝5敗)で四段昇段(プロ入り)。
高浜 愛子(たかはま あいこ、1984年10月2日 - )は… 高浜 愛子(たかはま あいこ、1984年10月2日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は54。山本真也六段門下。大阪市福島区出身。夙川学院高等学校卒。 関西将棋会館の近くで生まれ育ち、小学六年生の時に、アマ強豪の祖父に将棋会館道場で将棋の手ほどきを受ける。それから関西将棋会館の子供スクールに2年ほど通ったが、一度将棋から離れる。 高校一年生のときはテニス部に入部したが、なかなか上達せず、将棋が練習で上達したことを思い出し、テニス部を辞めて、高校二年生から本格的に将棋に打ち込む。 2003年度後期に女流棋士の育成機関である女流育成会に入会。2009年より女流棋士になるための制度が変わったため、同年4月に関西研修会のD1クラスに移った(C1クラス昇級で女流3級になる)。
村山 慈明(むらやま やすあき、1984年5月9日 - )は… 村山 慈明(むらやま やすあき、1984年5月9日 - )は、将棋棋士。桜井昇九段門下。棋士番号は249。東京都日野市出身。 1995年、日野市立日野第三小学校5年時に小学生将棋名人戦で優勝し、奨励会に入る。 2001年後期から参加した三段リーグを2年・4期で抜け、2003年秋にプロデビュー。それから間もなく頭角を現す。2004年度、第23回朝日オープン将棋選手権で予選を勝ち抜き本戦出場。さらに、同年度に行われた第53期(2005年度)王座戦の予選では、松尾歩、橋本崇載、阿久津主税、島朗らを相手に6連勝して本戦出場にあと一歩と迫るが、予選決勝(二次予選決勝)で先崎学に敗れる。 第19期(2006年度)竜王戦6組で準優勝し、5組へ昇級。
渡辺 明(わたなべ あきら、1984年4月23日 - )は、… 渡辺 明(わたなべ あきら、1984年4月23日 - )は、将棋棋士。タイトル通算獲得数は歴代5位で、永世竜王・永世棋王の資格を保持。
万波 佳奈(まんなみ かな、1983年6月16日 - )は、… 万波 佳奈(まんなみ かな、1983年6月16日 - )は、日本の女流棋士(囲碁)である。日本棋院東京本院所属。女流棋聖2期。 実妹で同じく棋士である万波奈穂(こちらは兵庫県出身)とともに、姉妹棋士としても知られる。 1983年(昭和58年)、埼玉県浦和市(当時)生まれ。その後2度転居し、兵庫県を経て、東京・世田谷で育ち、東京都立新宿山吹高等学校を卒業。大枝雄介 九段門下。 NHKの囲碁番組で司会を務めるなど人気を集めていたが、女流棋聖のタイトルを2期獲得している他、世界戦でも活躍して実力的にも一線級の女流棋士であることを証明している。 若者を対象とした、囲碁普及プロジェクトIGO AMIGOの代表を務めるなど、普及活動に力を入れている。
橋本 崇載(はしもと たかのり、1983年3月3日 - )は… 橋本 崇載(はしもと たかのり、1983年3月3日 - )は、日本の元将棋棋士。棋士時代は剱持松二九段門下、棋士番号は239だった。愛称は「ハッシー」。2021年4月2日付で現役を引退、2022年11月1日付で日本将棋連盟を退会した。棋士引退後はYouTuberとして活動した期間もあった。 1983年3月3日石川県小松市に生まれる。出生後すぐに大阪府に転出しており、その後在住したことはないが、将棋連盟への登録上の出身地は石川県小松市としている。 1994年9月 奨励会試験では、2位で6級で入会。試験対局の成績は7勝2敗だったが、その2敗はいずれも反則負けであった。当時は福岡県在住で、関西奨励会に所属した。
佐藤 慎一(さとう しんいち、1982年8月16日 - )は… 佐藤 慎一(さとう しんいち、1982年8月16日 - )は、将棋棋士。東京都練馬区出身。剱持松二門下。棋士番号は271。 1994年9月、当時12歳で 奨励会入会。三段リーグへは2001年4月からの第29回に初参加となったが、いきなり降段点(4勝以下で降段点、2期連続4勝以下の場合は二段に陥落する)を付ける苦しい展開だった。 2008年、年齢制限を目前にした26歳の第43回三段リーグを15勝3敗の好成績で優勝。15期目で四段プロ入りを果たした。その期の三段リーグでたとえ勝ち越しても退会するという覚悟をしていたと四段昇段時にコメントした。この三段リーグの最終日を前に、佐藤は奨励会同期入会で長年の友人であった阿久津主税に「四段になれてもなれなくても奨励会生活を終えるので、けじめをつける意味で」練習将棋を申し込んでいる。
阿久津 主税(あくつ ちから、1982年6月24日 - )は… 阿久津 主税(あくつ ちから、1982年6月24日 - )は、将棋棋士。滝誠一郎門下。棋士番号は233。兵庫県西宮市出身。関東所属。日本将棋連盟棋士会副会長(2026年6月5日 - )。 5-6歳ごろに父親より将棋を教わるが、それほど専念はしていなかった。小学4年生ごろ、父親の転勤により東京都町田市に転居し、父に連れられ将棋会館へ顔を出すようになる。それから子どもスクールに通い卒業、八王子将棋クラブへ通うころにはすっかり将棋に熱心になっていた。小学5年生で、研修会に入る。同学年の佐藤慎一が奨励会を受験するのを聞き、自身も奨励会試験を受けることを意識するようになり、小学6年生9月期で入会を果たす。
伊藤 真吾(いとう しんご、1982年1月4日 - ) は、… 伊藤 真吾(いとう しんご、1982年1月4日 - ) は、将棋棋士。棋士番号266。東京都八王子市出身。桜井昇九段門下。亜細亜大学経営学部卒業。 以前は、主に中飛車を得意とする振り飛車党であり、2014年には囲碁・将棋チャンネルにて「伊藤真吾の中級講座」と題した中飛車の講座番組を担当していた。2017年頃から振り飛車の採用率が減少し、現在はほぼ全ての対局で居飛車を指しており、角換わりや雁木などの相居飛車を主戦場としている。 妻は元漫画家アシスタントで、先輩棋士の飯島栄治がセッティングした合コンで出会ったとインタビューで語っている。後述のYouTube活動にも撮影・編集で参加している。現在は4人家族。
片上 大輔(かたがみ だいすけ、1981年8月28日 - )… 片上 大輔(かたがみ だいすけ、1981年8月28日 - )は、将棋棋士。棋士番号は251。森信雄七段門下。広島県広島市出身。東京大学在学中にプロデビューし、史上初の‘東大生棋士’として時の人となる。その後、同大学を卒業したが、‘東大卒棋士’も史上初である。
宮田 敦史(みやた あつし、1981年6月5日 - )は、将… 宮田 敦史(みやた あつし、1981年6月5日 - )は、将棋棋士。所司和晴門下。棋士番号は241。埼玉県吉川市出身。聖学院中学校・高等学校卒業。
村田 智弘(むらた ともひろ、1981年4月2日 - )は、… 村田 智弘(むらた ともひろ、1981年4月2日 - )は、将棋棋士。棋士番号242。兵庫県高砂市出身。淡路仁茂門下。妹は女流棋士の村田智穂。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照) この項目は、将棋の棋士(女流棋士・アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。
岩根 忍(いわね しのぶ、本名:泉 忍(旧姓岩根)、1981… 岩根 忍(いわね しのぶ、本名:泉 忍(旧姓岩根)、1981年3月16日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。小林健二九段門下。大阪府大阪市出身。女流棋士番号は32。
横山 泰明(よこやま ひろあき、1980年10月16日 - … 横山 泰明(よこやま ひろあき、1980年10月16日 - )は、日本の将棋棋士。桜井昇九段門下。棋士番号は246。東京都多摩市出身。中央大学卒。元妻は女流二段の島井咲緒里。 5歳のとき、祖父から教えられて将棋を始めた。 1992年、小学校6年生(出場時は5年生)のとき、第17回小学生将棋名人戦で3位入賞。このとき、もう1人の3位は同学年の山崎隆之。 1993年8月に6級で奨励会へ入会。3級昇級後から初段昇段までは苦戦したが、中央大学商学部在学中の2002年10月1日に四段昇段(プロ入り)を果たす。混戦の三段リーグの最終日で2連勝しての逆転昇段であった(12勝6敗)。 初参加の第62期(2003年度)C級2組順位戦で8勝1敗で最終第10局を迎え、勝てば「1期抜け」となるところであったが、平藤眞吾に敗れて8勝2敗(7位)となり昇級を逃す。
島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は… 島井 咲緒里(しまい さおり、1980年5月15日 - )は、日本女子プロ将棋協会(LPSA)所属の女流棋士。高知県南国市出身。土佐高校卒業。森雞二九段門下。LPSA番号13。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は旧39。
松尾 歩(まつお あゆむ、1980年3月29日 - )は、将… 松尾 歩(まつお あゆむ、1980年3月29日 - )は、将棋棋士。 棋士番号231。所司和晴七段門下。愛知県日進市出身。 父(名古屋大学教授・物理学)から将棋の手ほどきを受けた。 1990年、小学3年で、ジュニア選手権小学生の部全国2位になる。 1993年、中学1年で、中学生将棋名人戦に出場するも、途中で敗退。ジュニア選手権中部・東海地区大会中学生の部では、ベスト8に入る。 1994年3月、6級で奨励会入会。1級で2年余り足踏みするも、初段から三段を24勝8敗で駆け上がった。 1999年、三段リーグに入ると14勝4敗で1位となり、同リーグを1期で抜けて四段昇段しプロデビューを果たした。 2001年度、新人王戦で優勝するとともに、順位戦C級2組で10戦全勝、年度勝率0.744(全棋士中3位)、16連勝(同2位)、32勝(同9位タイ)の活躍をし、将棋大賞の新人賞を受賞。
佐々木 慎(ささき まこと、1980年1月21日 - )は、… 佐々木 慎(ささき まこと、1980年1月21日 - )は、将棋棋士。棋士番号は240。関根茂九段門下。東京都中野区出身。
遠山 雄亮(とおやま ゆうすけ、1979年12月10日 - … 遠山 雄亮(とおやま ゆうすけ、1979年12月10日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士である。加瀬純一七段門下。棋士番号は258。東京都練馬区出身。成蹊大学卒。元日本将棋連盟棋士会副会長(2019年6月7日 - 2026年6月5日)。 1993年、奨励会に入会(6級)。2005年、年齢制限を目前にして25歳で四段に昇段した。昇段を決めた一局を終えた直後、思わずうれし涙にむせぶ姿が、「囲碁・将棋ジャーナル」で映された。 2006年度は勝率6割台の好成績を挙げたが、初参加の第65期(2006年度)C級2組順位戦に黒星が集まり、3勝7敗でいきなり降級点を喫した。翌第66期(2007年度)では一転して8勝2敗の好成績を挙げたが、順位の差で次点となり、C級1組への昇級と五段昇段を逃した。
西尾 明(にしお あきら、1979年9月30日 - )は、将… 西尾 明(にしお あきら、1979年9月30日 - )は、将棋棋士。青野照市九段門下。棋士番号は248。神奈川県横浜市出身。 2019年6月から2025年6月までの3期(6年間)、日本将棋連盟常務理事(メディア担当)を務めた。 将棋との出会いは3歳のとき。祖父と伯父が指しているのをみてなんとなくルールを覚えた。小学校1年生のときから2歳上の兄と将棋センターに通う。1988年、小学3年生(予選出場は2年生から)のとき、第13回小学生将棋名人戦で準優勝。翌々年の1990年9月から奨励会で指し始め、1999年度前期から三段リーグに参加する。そして、混戦となった2002年度後期三段リーグで11勝7敗という成績で2位となり、四段昇段を果たした。
飯島 栄治(いいじま えいじ、1979年9月16日 - )は… 飯島 栄治(いいじま えいじ、1979年9月16日 - )は、将棋棋士。桜井昇九段門下。棋士番号は236。「飯島流引き角戦法」で知られる。東京都江東区出身。 1991年、江東区立平久小学校6年生(出場時は5年生)のとき、第16回小学生将棋名人戦で準優勝。決勝戦の相手は、後に多数のアマチュア棋戦で実績を上げ、プロ公式戦でも棋士を相手に互角の勝負を演じた清水上徹であった(戦形は相矢倉)。同年、奨励会の入会試験に合格。入会から6年半をかけて三段昇段し、三段リーグ4期目の1999年度・第26回三段リーグを2位の成績で通過して2000年4月に20歳でプロ入り。(同回三段リーグの1位は当時15歳の渡辺明) 初参加から3期目の第16期(2003年度)竜王戦6組で準優勝。
千葉 幸生(ちば さきお、1979年2月11日 - )は、日… 千葉 幸生(ちば さきお、1979年2月11日 - )は、日本の将棋棋士。関根茂九段門下、棋士番号は237。東京都町田市出身。日本将棋連盟常務理事(現職、2025年6月6日 - )。妻は女流棋士の千葉涼子。 2000年度前期の第27回三段リーグで優勝(2位は上野裕和)を果たし、10月1日付けで四段昇段(プロ入り)。 結婚直後の第62期(2003年度)C級2組順位戦で9勝1敗・2位の成績を収め、C級1組へ初昇級。同時に五段へ昇段。翌年度の第63期、C級1組で降級点を喫するが、第64期に勝ち越して、すぐ降級点を消す。 第36回(2005年)新人王戦で準優勝。決勝で渡辺明竜王(当時)に2-0で敗れた。
中倉 宏美(なかくら ひろみ、1979年1月26日 - )は… 中倉 宏美(なかくら ひろみ、1979年1月26日 - )は、LPSA(日本女子プロ将棋協会)所属の女流棋士。LPSA番号は12。東京都府中市出身。堀口弘治七段門下。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は38。女流棋士の中倉彰子は実姉。中座真(彰子の夫)は義兄にあたる。2014年2月よりLPSA代表理事(3代目)に就任。
井澤 秋乃(いざわ あきの、1978年10月31日 - )は… 井澤 秋乃(いざわ あきの、1978年10月31日 - )は、囲碁の女流棋士。奈良県出身、日本棋院東京本院所属、五段。夫は高梨聖健、義弟に山下敬吾。左利き。 1978年、奈良県に生まれる。父は早稲田大学囲碁部の出身で、強豪のアマチュア棋士である。その父が経営する碁会所で幼い頃から囲碁に親しみ、6歳の頃より父が主宰する子供囲碁教室に通い始め、頭角を現した。1990年、小学6年生の時に第11回全国少年少女囲碁大会で6位入賞を果たす。奈良県立富雄高等学校に進学後、囲碁部に所属したが、15歳で本格的に囲碁に取り組むことを決意、日本棋院院生となる。1998年入段。同年二段、2001年三段、2007年四段。
阪口 悟(さかぐち さとる、1978年8月16日 - )は、… 阪口 悟(さかぐち さとる、1978年8月16日 - )は、将棋棋士。木下晃七段門下。棋士番号は254。大阪府高石市出身。 第14回小学生将棋名人戦で準優勝。 1991年9月に奨励会に6級で入会。当初は7級降級の危機に陥るなど著しく苦労したものの、2年以上かけて5級に昇級して以降18歳で初段になるまでは順調に進捗した。しかし初段で再び苦労し、二段への昇段に3年近くを費やした。 三段リーグには第28回(2000年後期)より参加、ここでも初参加から3期連続で負け越し、第29回(2001年前期)では降段点を喫するなど辛酸をなめたが、それ以降はコンスタントな成績を修めた。そして成績次第では年齢制限に基づき退会を余儀なくされるという背水の陣で臨んだ第36回(2004年度前期)において14勝4敗(村中秀史に続く2位)の成績で四段に昇段した。
青葉 かおり(あおば かおり、本姓は和田(わだ)、1978年… 青葉 かおり(あおば かおり、本姓は和田(わだ)、1978年7月11日 - )は、日本の女流棋士。愛知県出身。日本棋院東京本院所属。羽根泰正九段門下。 小学校2年生の時に父から囲碁を学ぶ。小学校3年生で全日本女流アマチュア囲碁選手権戦に愛知県代表として出場、選手宣誓を務める。小学校4年生で院生となる。愛知県立旭丘高校、早稲田大学卒業。高校2年生の1996年に入段し、在学中は棋士としての活動と学業を両立させた。 2002年から2006年までNHK杯テレビ囲碁トーナメントの記録係と聞き手を務める。2007年4月に結婚。夫は高校時代の同級生で弁護士。入段から日本棋院中部総本部所属だったが、2008年5月20日付で東京本院に移籍した。
佐藤 和俊(さとう かずとし、1978年6月12日 - )は… 佐藤 和俊(さとう かずとし、1978年6月12日 - )は将棋棋士。棋士番号は250。加瀬純一七段門下。千葉県松戸市出身。 最初に将棋を指したのは幼稚園の頃。小4で本格的に将棋を始め、当時住んでいた松戸市の隣の柏将棋センターに通い始めた。小6で奨励会入会。2003年、年齢制限まであと1年の25歳で四段昇段。 2007年度に公式戦13連勝を記録(2007/6/7-2007/9/3、佐々木慎と並んでトップ)。これにより、将棋大賞での初受賞となる連勝賞を受賞。同年度、第1回朝日杯将棋オープン戦で藤井猛元竜王らを破り、ベスト8入り(準々決勝で羽生善治朝日選手権者に敗れる)。 2008年度、第2回朝日杯将棋オープン戦では、屋敷伸之元棋聖、森内俊之十八世名人資格者、丸山忠久元名人らを破り、ベスト4入り(準決勝で阿久津主税に敗れる)。
佐藤 紳哉(さとう しんや、1977年8月29日 - )は将… 佐藤 紳哉(さとう しんや、1977年8月29日 - )は将棋棋士。棋士番号224。神奈川県相模原市出身。安恵照剛門下。 1997年10月、20歳でプロ入り。2004年の新人王戦で準優勝。2005年度は、全棋士中で1位の勝率(0.787)を記録し、将棋大賞の勝率1位賞と新人賞を同時受賞する。 2006年度、第47期王位戦でリーグ入り。谷川浩司に勝利するが、リーグ残留失敗。 2014年3月22日、第3回電王戦でプロ側の2番手として、コンピューター将棋ソフトのやねうら王と対戦。中終盤の激しい攻防を制したやねうら王に95手で敗退。 2016年度、第57期王位戦で10期ぶりにリーグ入りも白星に至らず、再びリーグ陥落。
大平 武洋(おおひら たけひろ、1977年5月11日 - )… 大平 武洋(おおひら たけひろ、1977年5月11日 - )は、将棋棋士。棋士番号243。桐谷広人八段門下。東京都北区出身。 1990年、第15回中学生名人戦で優勝し、13歳で奨励会に入会。1996年後期から三段リーグに参加し、リーグ11期目となる2001年後期に16勝2敗の成績を収め、四段に昇段した(プロ入り)。この時大平は24歳であった。同期にプロになった棋士は熊坂学。 2003年に王位戦で予選を勝ち抜き挑戦者決定リーグ入り。リーグでは初参加ながら健闘し、3勝2敗と勝ち越すも、残留決定戦で中川大輔に敗れ、リーグ陥落。 2006年に第19期竜王戦の成績に基づき五段に昇段したが、これは、竜王戦の規定による昇段の条件(の一つ)が「竜王ランキング戦2回連続優勝」から「竜王ランキング戦2回連続昇級」へ緩和された後に適用された初のケースであった。
上野 裕和(うえの ひろかず、1977年4月13日 - )は… 上野 裕和(うえの ひろかず、1977年4月13日 - )は将棋棋士。棋士番号238。神奈川県厚木市出身。安恵照剛八段門下。日本将棋連盟理事(2009年5月-2011年5月) 兄とともに父に教わる形で将棋のルールを覚えたのは5歳の頃。小学3年生のころに厚木王将という道場に通い始めた。そこで年の近い北浜健介、鈴木大介 (棋士)、勝又清和、高野秀行 (棋士)、佐藤紳哉と対局している。当時の上野は初段で、小学生準名人で五段だった北浜には二枚落ちでも負かされていたと2017年のインタビューで語っている。 奨励会には1991年9月、14歳で入会。19歳で1級、1999年9月の三段昇段まで、降級降段点Bを8回に亘り取得するなど苦労したものの、その都度立ち直り、三段リーグでは初参加から2期目(第27回・2000年度前期)で13勝5敗で2位の成績を修め、四段へ昇段。
高橋 和(たかはし やまと、1976年6月17日 - )は、… 高橋 和(たかはし やまと、1976年6月17日 - )は、将棋の女流棋士。神奈川県藤沢市出身。神奈川県立鎌倉高等学校卒業。佐伯昌優九段門下。女流棋士番号は13(2011年3月31日までは28)。2005年引退。夫は、『将棋世界』元編集長で、作家の大崎善生。 4歳の時に交通事故に遭い、左足の切断も考えなければいけないほどの重傷を負った。 7歳の時に父が兄に将棋を教えるのを見て将棋に出会う。その後、後に師匠になる佐伯昌優八段が経営する湘南将棋道場に通うようになりそこで研鑽する。 小学6年の時に女流育成会に入会。1年目と2年目は3位に終わる。3年目にリーグトップになり、中学3年になる直前の1991年3月1日付で女流2級としてプロデビュー。
田村 康介(たむら こうすけ、1976年3月16日 - )は… 田村 康介(たむら こうすけ、1976年3月16日 - )は将棋棋士。棋士番号は217。大内延介九段門下。富山県魚津市出身。東京都新宿区育ち。 1987年、小学6年生のとき第12回小学生将棋名人戦に出場し(東京都代表)、決勝で北浜健介を破って優勝した。 三段リーグには1992年度下期の第12回より参加。6期目に12勝6敗で2位の成績を収めて、19歳でプロデビュー(四段昇段)を果たす(1995年10月1日)。 1996年度は早指し将棋選手権で活躍を見せ、予選から怒涛の9連勝で決勝まで進出する(決勝戦で村山聖に敗れ準優勝)。 2000年度は竜王戦(第13期)の6組ランキング戦で優勝し、5組に昇級&本戦進出(本戦1回戦で山本真也に敗れる)。
北浜 健介(きたはま けんすけ、1975年12月28日 - … 北浜 健介(きたはま けんすけ、1975年12月28日 - )は、将棋棋士。棋士番号211。神奈川県海老名市出身。佐伯昌優九段門下。 6歳の頃に父親が棋書を買ってきたのが、将棋を覚えたきっかけである。1987年、小学6年(予選時は小学5年)のとき、第12回小学生将棋名人戦で準優勝(決勝で田村康介に敗れる)。翌年の秋から奨励会で指し始める。 三段リーグには、第13回(1993年度前期)にて初参戦。12勝6敗で4位という上々のデビューを果たすと、第14回(1993年度後期)でも再び12勝6敗の成績を収めて2位となり、四段昇段を決めた。 上記成績の結果、1994年に18歳でプロデビュー。当時、現役棋士の中で最年少であった。
伊奈 祐介(いな ゆうすけ、1975年12月18日 - )は… 伊奈 祐介(いな ゆうすけ、1975年12月18日 - )は、将棋棋士。小林健二九段門下。棋士番号は228。神奈川県逗子市出身。 1998年4月、四段昇段(プロ入り)。奨励会三段リーグで次点(3位)2回となった者はフリークラスの四段になれるという規定が新設された後、その権利を行使した初のケースである。 第12期(1999年度)竜王戦6組で昇級者決定戦決勝に進むも、敗れて5組昇級を逃す。同年(1999年)、第18回(2000年度)全日本プロ将棋トーナメントで、米長邦雄、深浦康市、佐藤康光らに勝ち、ベスト8進出。 第14期(2001年度)竜王戦6組ランキング戦では、4回戦で渡辺明に勝ち、2001年5月7日の準決勝戦では伊藤能に勝ち、この勝利に伴い「直近30戦以上で勝率6割5分以上」(20勝10敗)の基準を満たし、フリークラスから順位戦C級2組への昇級が決定。
久保 利明(くぼ としあき、1975年8月27日 - )は、… 久保 利明(くぼ としあき、1975年8月27日 - )は、将棋棋士。棋士番号は207。淡路仁茂九段門下。兵庫県加古川市出身。県立加古川南高校中退。日本将棋連盟棋士会副会長(2015年6月 - )。 1986年の小学生将棋名人戦でベスト4進出(準決勝で優勝者の鈴木大介に敗れる)。同年奨励会に入会。 1993年4月、17歳で四段に昇段(プロ入り)。その後、10年をかけて2003年にA級八段となる。1994年度には、全棋士中1位、歴代6位(当時)の勝率0.8095(34勝8敗)をマーク。1997年度にはオールスター勝ち抜き戦で6連勝し、棋戦初優勝。 定員7名・残留4名という棋界随一の難関・王将リーグ(王将戦挑戦者決定リーグ)に、第49期(1999年度)に初参加。
富紅梅(ふ こうばい、1975年2月2日 - )は、女流棋士… 富紅梅(ふ こうばい、1975年2月2日 - )は、女流棋士 (囲碁)。中国出身。日本棋院東京本院所属。林海峰9段門下。 9歳の頃より碁を始め、小学校を卒業した後は黒竜江省棋院に入る。ハルビン市大会、黒竜江省大会で優勝するも16歳で競技生活を中断。19歳で留学のために来日し、碁を再開する。第40回全日本女流アマチュア囲碁選手権大会優勝(1998年)。獨協大学卒業。
安用寺 孝功(あんようじ たかのり、1974年8月30日 -… 安用寺 孝功(あんようじ たかのり、1974年8月30日 - )は、将棋棋士。 棋士番号は234。森信雄門下。京都府宇治市出身。 1988年のアマ名人戦で、中学2年にして準優勝。これは、ちょうど10年前の塚田泰明に並ぶ快挙であった。その2週間後に奨励会入り。途中、1級から2級へ降級したり、第23回(1998年前期)三段リーグで暫定トップで最終日を迎えながら2連敗して逸機したりするなどの苦難を経験したが、その1年後の第25回(1999年前期)三段リーグで中盤戦を7連勝するなど好調を維持し、最終的に阿久津主税(14勝4敗で優勝)に次ぐ2位の成績(13勝5敗)を修め、奨励会入会から11年をかけてプロ入りを果たす。
鈴木 大介(すずき だいすけ、1974年7月11日 - )は… 鈴木 大介(すずき だいすけ、1974年7月11日 - )は、将棋棋士(棋士番号213、大内延介門下)、プロ雀士。東京都町田市出身。麻雀のアマ強豪としても知られていた将棋棋士で、2019年度には麻雀最強戦の最強位を獲得。2023年5月に日本プロ麻雀連盟に入会したことで、史上初の麻雀・将棋両方でのプロとなった(後述)。2023年からMリーグのBEAST Xに所属。 (2021年5月6日現在) ※麻雀最強戦6年連続ファイナル進出 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): 現 司会・聞き手 室谷由紀 (2024 - )現 司会・聞き手 和田あき (2026 - )
桑原 陽子(くわばら ようこ、(旧姓、祷、いのり)1974年… 桑原 陽子(くわばら ようこ、(旧姓、祷、いのり)1974年6月14日 - )は、日本棋院所属の囲碁の女流棋士。千葉県市川市出身。小林光一門下。 1979年、アマチュア4段の父に日本棋院の教室や東京八重洲のジュニア・ゴ・スクールや、津田沼や市川の碁会所に連れて行かれ碁を覚える。同じく棋院や碁会所に通った姉の真理子は、1991年全日本女子学生囲碁選手権や2006年全日本女流アマ囲碁選手権大会で優勝するなどのアマチュア強豪。この頃、子供教室にて梅沢由香里と知遇を得る。1983年、少年少女囲碁大会小学生の部で7位。1985年、全日本女流アマチュア囲碁選手権大会で敢闘賞。同年、小林光一のアドバイスもあり日本棋院院生になる。
安食 総子(あじき ふさこ、本名:細川総子(旧姓安食)197… 安食 総子(あじき ふさこ、本名:細川総子(旧姓安食)1974年5月2日 - )は、将棋の女流棋士。東京都武蔵野市出身。青野照市九段門下。女流棋士番号22。
三浦 弘行(みうら ひろゆき、1974年2月13日 - )は… 三浦 弘行(みうら ひろゆき、1974年2月13日 - )は、日本の将棋棋士。棋士番号204。 群馬県高崎市出身。西村一義九段門下。 小学校3年の時、父(慶応大学の将棋部出身で、アマチュア四段)に将棋を教えられた。親子間の会話がなかったため、「せめて共通の趣味でも持とう」ということであった。 1987年に奨励会入会。同期には田村康介七段らがいる。奨励会時代には藤井猛や窪田義行とVSで研鑽を重ねたという。1992年、四段に昇段しプロ入り。 1995年、棋聖戦でタイトル初挑戦。羽生善治との五番勝負は0勝3敗で敗れた。翌年1996年の棋聖戦で2年連続挑戦者となり、当時七冠を独占していた羽生を3勝2敗で破り五段で初のタイトルを獲得した。