サムソン・クツワダ(Samson Kutsuwada)こと轡… サムソン・クツワダ(Samson Kutsuwada)こと轡田 友継(くつわだ ともつぐ、1947年5月1日 - 2004年10月12日)は、日本の元大相撲力士、元プロレスラー。北海道江別市出身。 大相撲時代は朝日山部屋に所属、四股名は二瀬海(ふたせうみ)、最高位は幕下23枚目。プロレス転向後は日本プロレスを経て全日本プロレスに所属し、サムソン・クツワダをリングネームに大型のパワーファイターとして活躍した。 1962年1月場所にて轡田の四股名で初土俵、1964年1月場所で二瀬海に改名したものの伸び悩み、幕下23枚目の番付となった1967年9月場所限りで廃業した。なおこの9月場所は休場しており、実質土俵を務めたのは同年の7月場所限りである。
グレート小鹿(グレート こじか、本名:小鹿 信也(こしか し… グレート小鹿(グレート こじか、本名:小鹿 信也(こしか しんや)、1942年4月28日 - )は、日本のプロレスラー。北海道函館市出身。大日本プロレス会長。生年は1940年ともされる。長らく本名の姓の読みは「こじか」とされてきたが、75歳の誕生日を迎えた2017年4月28日、後楽園ホールでの自身の試合後に自身の姓の読みが「こしか」であることを公表した。また、この日に限って「グレート小鹿(こしか)」として試合を行っている。新潟プロレススーパーバイザー(元顧問)。 幼少期に父が失明し、小学3年から行商をしながら家計を助けた。中学卒業後、北海道湧別町の缶詰工場に就職。17歳のとき、一旗揚げたいという思いだけを持って東京を目指すべく、まずは遠軽駅から函館駅を目指した。
ラッシャー木村(ラッシャーきむら / Rusher Kimu… ラッシャー木村(ラッシャーきむら / Rusher Kimura、1941年6月30日 - 2010年5月24日)は、日本のプロレスラー、大相撲力士。本名:木村 政雄(きむら まさお)。北海道中川郡中川町出身。 後期のエースを務めた国際プロレスでは金網デスマッチの鬼の異名を持つブルファイターとして活躍し、新日本プロレス参戦時は国際軍団の総帥としてアントニオ猪木と抗争を繰り広げ、全日本プロレスおよびプロレスリング・ノア在籍時はユーモアあふれるマイク・パフォーマンスで親しまれた。 多くのプロレス団体を渡り歩いたことでも知られる。 2003年よりプロレスリング・ノア終身名誉選手会長。 佐久中学校を経て北海道天塩高等学校に進学、ポール牧と同級生であった。
佐藤 多美治(さとう たみじ、1939年12月14日 - )… 佐藤 多美治(さとう たみじ、1939年12月14日 - )は、レスラー。ローマオリンピック4位入賞。北海道留萌支庁増毛郡増毛町育ち。 北海道増毛高等学校-中央大学高校大学とも全国優勝を経験、増毛高-中大のラインは松江喜久弥の時代から始まり、中大黄金時代の屋台骨となった。 中央大学3年の時にローマオリンピックでフェザー級4位入賞、増毛高校の全国制覇メンバー2人が入賞する大活躍だった。
浅井 正(あさい ただし、1935年11月28日 -1990… 浅井 正(あさい ただし、1935年11月28日 -1990年1月6日)は、レスラー。1956年メルボルンオリンピック4位入賞。北海道留萌支庁増毛郡増毛町生まれ。 北海道増毛高等学校-中央大学-北日本砂鉄鉱業 高校と大学を通じて、金メダリストの池田三男と同期、プロ野球国鉄スワローズに進んだ桂本和夫は1期上、増毛高-中大のラインは松江喜久弥の時代から始まり、中大黄金時代の屋台骨となった。 中央大学3年の時にメルボルンオリンピックでフライ級4位入賞、増毛高校の全国制覇メンバー3人が入賞する大活躍だった。中大卒業後の1960年ローマオリンピックでもレスリング王国増毛高校勢は3人が出場し、4期下の佐藤多美治とともに4位入賞した。
北村光治(きたむら みつはる、1934年10月2日 - 20… 北村光治(きたむら みつはる、1934年10月2日 - 2006年)は、レスラー。ローマオリンピックライト級グレコローマン5位入賞。北海道留萌支庁増毛郡増毛町生まれ。
阿部 脩(あべ おさむ、1925年〈大正14年〉5月6日 -… 阿部 脩(あべ おさむ、1925年〈大正14年〉5月6日 - 没年不明)は、日本のプロレスラー、レフェリー、俳優、大相撲力士。 北海道旭川市出身。角界入りし、高砂部屋から大成山(おおなりやま)の四股名で1941年1月場所初土俵。1946年11月場所を最後に廃業。プロレスに転身して力道山率いる日本プロレスの初期メンバーとしてキャリアをスタートさせる。身長175cm、体重103kgという当時としては恵まれた体格を活かし、パワー溢れるレスラーとして活躍。その後、東京プロレスを経て国際プロレスへ移籍した。 プロレスラー引退後は国際プロレスのレフェリーに転向する。髭を蓄えており、ホイッスルを吹く独特で特徴のあるスタイルから「髭のレフェリー」「髭の阿部」の愛称で親しまれた。
七星(ななせ)は日本の女子プロレスラー。 BUSHI選手など… 七星(ななせ)は日本の女子プロレスラー。 BUSHI選手など多くのマスク、コスチューム制作で知られているPUKUPUKU工房のプロフェッショナルスクールにてコスチューム製作を学ぶ。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
斗猛矢(ともや)は、日本のプロレスラー。政治家(北海道登別市… 斗猛矢(ともや)は、日本のプロレスラー。政治家(北海道登別市議会議員)。北海道登別市出身。本名:足立 知也(あだち ともや)。 北海道登別高等学校卒業後、札幌市に移る。吉田学園札幌経理専門学校、自由が丘産能短期大学卒業。1996年1月25日デビュー。道産子プロレス道場 元気に所属し、PWCなどのインディー団体で経験を積む。コンドル(当時は「ヘブン」)、アジアン・クーガー、ファントム船越とZIPANGを設立。 1997年10月18日、出身地である北海道登別市でプレ旗揚げ戦、翌1998年3月に旗揚げ戦を行う。しかし同年9月、クーガーと船越が、西野勇喜、ザ・グレート・タケルと、当時参戦していたIWA・JAPANを中心に活動するユニット「Jolt Jokers」を結成の興行中に宣言した事を受けて離脱(団体追放処分)した事から、団体活動は徐々に縮小化、他団体参戦が中心となる(2003年3月、団体は活動休止)。