梅田 海星(うめだ かいせい、2002年6月1日 - )は、… 梅田 海星(うめだ かいせい、2002年6月1日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンの浦安D-Rocksに所属するラグビーユニオン選手。 秋田県立秋田工業高等学校を経て、帝京大学に進学。 高校2年時、U17東北として全国高等学校合同チームラグビーフットボール大会(KOBELCO CUP)に出場した。 大学2年で、関東大学対抗戦に控えの右プロップで初出場。4年時には、関東ラグビーフットボール協会100周年記念大会に東軍代表としてプレーした。 2025年1月13日、第61回全国大学ラグビーフットボール選手権大会の決勝戦では左プロップ先発出場で、大会4連覇を果たした。 2025年1月20日、ジャパンラグビーリーグワンの浦安D-Rocksへ、アーリーエントリーによる入団を発表した。
土肥 恵太 (どい けいた、2000年6月5日 - )は、ジ… 土肥 恵太 (どい けいた、2000年6月5日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン日野レッドドルフィンズに所属するラグビー選手。 4歳からラグビーを始めた。 2019年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。 2023年、日野レッドドルフィンズに加入。同年12月24日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第2節クリタウォーターガッシュ昭島戦にて途中出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
小島 燎成(こじま りょうせい、1999年11月20日 - … 小島 燎成(こじま りょうせい、1999年11月20日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンレッドハリケーンズ大阪に所属するラグビー選手。 2018年、秋田工業高校卒業後、大東文化大学に入る。 2022年、NTTドコモレッドハリケーンズ大阪(現・レッドハリケーンズ大阪)に加入。 2024年3月3日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第1節浦安D-Rocks戦にて途中出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
児玉 樹(こだま いつき、1999年8月4日 - )は、トッ… 児玉 樹(こだま いつき、1999年8月4日 - )は、トップイーストリーグ秋田ノーザンブレッツに所属するラグビー選手。 5歳からラグビーを始めた。 2018年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2022年、東芝ブレイブルーパス東京に加入。 2022年10月14日、2022-2023シーズン途中でBL東京を退団することを発表した。退団後は実家のある秋田に帰郷するとのこと。その翌週の同年10月17日に秋田ノーザンブレッツへの加入が発表された。なお登録期間が過ぎているので同シーズンのトップイーストリーグ公式戦には出場できない。
濱野 隼也(はまの しゅんや、1999年3月11日 - )は… 濱野 隼也(はまの しゅんや、1999年3月11日 - )は、日本のラグビーユニオン選手。ジャパンラグビーリーグワンのNECグリーンロケッツ東葛に所属している。 秋田工業高校時代、高校日本代表候補に選ばれた。 2017年、法政大学に進学。 2021年、日野レッドドルフィンズに加入。 2022年1月23日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第2節釜石シーウェイブス戦にて先発出場で公式戦初出場を果たした。 2023年6月、浦安D-Rocksに加入。2025年5月、退団。 2025年7月、NECグリーンロケッツ東葛に加入。
猿田 湧(さるた ゆう、1998年6月4日 - )は、ジャパ… 猿田 湧(さるた ゆう、1998年6月4日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン横浜キヤノンイーグルスに所属するラグビーユニオン選手。 9歳からラグビーを始めた。 2017年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2021年、明治大学卒業後、キヤノンイーグルス(現・横浜キヤノンイーグルス)に加入。
船木 頌介(ふなき しょうすけ、1996年9月14日 - )… 船木 頌介(ふなき しょうすけ、1996年9月14日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン日野レッドドルフィンズに所属するラグビー選手。 2015年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。 2019年、明治大学卒業後、キヤノンイーグルス(現・横浜キヤノンイーグルス)に加入。 2021年2月21日にジャパンラグビートップリーグ第1節NTTドコモレッドハリケーンズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2022年、日野レッドドルフィンズに加入。
船木 海都(ふなき かいと、1995年11月25日 - )は… 船木 海都(ふなき かいと、1995年11月25日 - )は、ラグビーユニオン選手。 秋田工業高校では、2年時の花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)でセンター、3年になる時の選抜(全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会)ではフランカー、3年時の花園ではセンターで出場した。 2014年、國學院大學に進学。 2018年、釜石シーウェイブスに入団。 2025年5月、日本製鉄釜石シーウェイブスを退団。
加藤 広人(かとう ひろと、1995年9月30日 - )は、… 加藤 広人(かとう ひろと、1995年9月30日 - )は、日本の元ラグビー選手。 小学2年生からラグビーを始めた。 2014年、秋田工業高校卒業後、早稲田大学に入学する。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2017年、早稲田大学ラグビー蹴球部の主将に就任した。 2018年、早稲田大学卒業後、サントリーサンゴリアスに加入。同年10月20日に行われたジャパンラグビートップリーグ第7節の日野レッドドルフィンズ戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2021年、現役を引退した。
三浦 昌悟(みうら しょうご、1995年6月8日 - )は、… 三浦 昌悟(みうら しょうご、1995年6月8日 - )は、ジャパンラグビーリーグワントヨタヴェルブリッツに所属するラグビーユニオン選手。 小学1年生からラグビーを始めた。秋田市立秋田北中学校時代に全国優勝。 2014年、秋田工業高校卒業後、東海大学に入る。なお秋田工業高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2016年5月7日に行われた2016年アジアラグビーチャンピオンシップ第2戦香港戦で途中出場で日本代表初キャップを獲得した。 2017年、東海大学体育会ラグビーフットボール部の副将に就任した。 2018年、東海大学卒業後、トヨタ自動車ヴェルブリッツ(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。
成田 秀平(なりた しゅうへい、1994年12月11日 - … 成田 秀平(なりた しゅうへい、1994年12月11日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2013年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入学する。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2016年、明治大学ラグビー部の副将に就任した。 2017年、明治大学卒業後、サントリーサンゴリアス(現・東京サントリーサンゴリアス)に加入。同年8月18日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のキヤノンイーグルス戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2022年、現役を引退した。
寺田 大樹(てらた ひろき、1993年1月7日 - )は、日… 寺田 大樹(てらた ひろき、1993年1月7日 - )は、日本のラグビーユニオン選手。 中学までは野球をやっており、16歳からラグビーを始めた。 2011年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入学する。なお秋田工業高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2015年、明治大学卒業後、サントリーサンゴリアスに加入。 2016年8月26日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節の近鉄ライナーズ戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2019年、サントリーサンゴリアスを退団した。
佐藤 勇人(さとう ゆうと、1992年9月21日 - )は、… 佐藤 勇人(さとう ゆうと、1992年9月21日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン清水建設江東ブルーシャークスに所属するラグビー選手。 13歳からラグビーを始めた。 2011年、秋田中央高校卒業後、早稲田大学に入る。なお秋田中央高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2015年、早稲田大学卒業後、NTTコミュニケーションズシャイニングアークス(現・浦安D-Rocks)に加入。 2016年8月27日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節の神戸製鋼コベルコスティーラーズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2018年、清水建設ブルーシャークス(現・清水建設江東ブルーシャークス)に加入。
村井 佑太朗(むらい ゆうたろう、1992年6月12日 - … 村井 佑太朗(むらい ゆうたろう、1992年6月12日 - )は、日本の元ラグビー選手。 小学4年生でラグビーを始めた。 2011年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。なお秋田工業高校時代に主将を務め、高校日本代表に選ばれた。 2015年、明治大学卒業後、日本製鉄釜石シーウェイブスに加入。同年9月12日に行われたトップイーストリーグ第1節のヤクルトレビンズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たした。 2022年、現役を引退した。
照井 貴大(てるい たかひろ、1991年1月21日 - )は… 照井 貴大(てるい たかひろ、1991年1月21日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン三菱重工相模原ダイナボアーズに所属するラグビー選手。 ラグビーを始めたきっかけはタッチフットが楽しそうだったから。 明桜高校、専修大学、秋田ノーザンブレッツラグビーフットボールクラブ、タカプナを経て、2017年、リコーブラックラムズ(現・リコーブラックラムズ東京)に加入。 2018年、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。
佐々木陽丞(ささき ようすけ、1990年12月14日 - )… 佐々木陽丞(ささき ようすけ、1990年12月14日 - )は、日本のラグビー選手。 2009年、秋田工業高校卒業後、釜石シーウェイブスに加入。なお秋田工業高校時代に全国高校ラグビー大会予選決勝を二回経験するが、いずれも秋田高校や秋田中央高校に敗れ、花園とは無縁だった。 2010年9月12日に行われたトップイーストリーグ第1節のセコムラガッツ戦に先発出場で公式戦初出場を果たした。 2014年、トップリーグの東芝ブレイブルーパスへ2週間国内留学した。さらに第69回国民体育大会(愛称長崎がんばらんば国体)のラグビーフットボール競技成年の部に岩手県成年男子代表で選ばれた。 2018年、釜石シーウェイブスを退団した。
夏井 大輔(なつい だいすけ、1988年10月27日 - )… 夏井 大輔(なつい だいすけ、1988年10月27日 - )は、日本のラグビー選手。 7歳からラグビーを始めた。 2007年、秋田工業高校卒業後、関東学院大学に入る。 2011年、関東学院大学卒業後、東芝ブレイブルーパスに加入。 2013年、ラグビーワールドカップセブンズ2013の7人制日本代表に選ばれた。 2014年8月22日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のパナソニック ワイルドナイツ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2017年、東芝ブレイブルーパスを退団した。
安藤 泰洋(あんどう たいよう、1987年8月22日 - )… 安藤 泰洋(あんどう たいよう、1987年8月22日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン清水建設江東ブルーシャークスに所属するラグビー選手。 小学1年生からラグビーを始めた。 2006年、秋田工業高校卒業後、関東学院大学に入学する。なお秋田工業高校時代、第29回高校東西対抗試合に東軍で出場した。 2009年、関東学院大学ラグビー部の主将に就任した。 2010年、関東学院大学卒業後、トヨタ自動車ヴェルブリッツ(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。また同年10月16日に行われたトップリーグ第6節の福岡サニックスブルース戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2016年、スーパーラグビーの日本チームサンウルブズに追加招集された。
山内 貴之(やまうち たかゆき、1986年6月17日 - )… 山内 貴之(やまうち たかゆき、1986年6月17日 - )は、日本のラグビー選手。
猿田 智広(さるた ともひろ、1986年2月12日 - )は… 猿田 智広(さるた ともひろ、1986年2月12日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2004年、秋田工業高校卒業後、東海大学に入る。 2008年、東海大学卒業後、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入。 2012年、現役を引退した。
佐藤 大志(さとう たいし、1985年4月27日 - )は、… 佐藤 大志(さとう たいし、1985年4月27日 - )は、日本のラグビー指導者。 秋田高校、早稲田大学を経て、2013年、山形中央高校ラグビー部の監督に就任。 2019年、監督として第99回全国高等学校ラグビーフットボール大会にて花園大会史上最多失点を経験した。 2024年、山形中央高校ラグビー部の監督を退任して山形県職員になる。
成田秀悦(なりた しゅうえつ、1984年8月29日 - )は… 成田秀悦(なりた しゅうえつ、1984年8月29日 - )は、日本のラグビー選手。 船川南小ラグビースポーツ少年団でラグビーを始める。秋田工業高校、法政大学を経て、サントリーサンゴリアスに加入。7人制日本代表にも選出され、2010年のアジア大会では金メダル獲得に貢献。抜群の脚力を持ち、突破力に秀でている。2016年、サントリーサンゴリアスを退団し、秋田ノーザンブレッツラグビーフットボールクラブに加入。
内藤 慎平(ないとう しんぺい、1982年6月12日 - )… 内藤 慎平(ないとう しんぺい、1982年6月12日 - )は、日本の元ラグビー選手。2016年現在秋田工業高校のコーチを務めている。
藤谷 淳(ふじや あつし、1982年4月30日 - )は、日… 藤谷 淳(ふじや あつし、1982年4月30日 - )は、日本のラグビー選手。 2001年、秋田工業高校卒業後、法政大学に入る。 2005年、法政大学卒業後、東芝府中ブレイブルーパスに加入。 2008年10月11日に行われたジャパンラグビートップリーグ第4節の近鉄ライナーズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2013年、東芝ブレイブルーパスを退団した。
佐藤 平(さとう たいら、1982年2月6日 - )は、日本… 佐藤 平(さとう たいら、1982年2月6日 - )は、日本の元ラグビー選手。
保坂 豪(ほさか たけし、1981年7月24日 - )は、日… 保坂 豪(ほさか たけし、1981年7月24日 - )は、日本のラグビー選手。 2000年、秋田工業高校卒業後、筑波大学に入学する。なお秋田工業高校時代、第23回高校東西対抗試合に出場した。 2003年、筑波大学ラグビー部の主将に就任した。 2004年、筑波大学卒業後、釜石シーウェイブスに加入。 2014年、釜石シーウェイブスを退団した。
平塚 純司(ひらつか じゅんじ、1978年4月7日 - )は… 平塚 純司(ひらつか じゅんじ、1978年4月7日 - )は、日本の元ラグビー選手。 1997年、秋田工業高校卒業後、法政大学に入る。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2001年、法政大学卒業後、トヨタ自動車(現・トヨタ自動車ヴェルブリッツ)に加入。 2008年、現役を引退した。
菅原 大志(すがわら ひろし、1976年2月5日 - )は、… 菅原 大志(すがわら ひろし、1976年2月5日 - )は、日本のラグビーユニオン指導者、職員。 秋田工業高校、拓殖大学を経て、1998年、トヨタ自動車(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。 2000年5月20日に行われたパシフィック・リム選手権フィジー戦で日本代表初キャップを獲得した。 2007年、現役を引退後、トヨタ自動車ヴェルブリッツのコーチを経て、2015年、トヨタ自動車ヴェルブリッツの監督に就任。 2017年、トヨタ自動車ヴェルブリッツの監督を退任した。 2021年、静岡県裾野市の職員になる。
伊藤 護(いとう まもる、1975年12月8日 - )は、日… 伊藤 護(いとう まもる、1975年12月8日 - )は、日本のラグビー指導者、元ラグビー選手。2016年現在國學院大學ラグビー部の監督を務めている。 1994年、秋田工業高校卒業後、専修大学に入学する。 1997年、専修大学ラグビー部の主将に就任した。 1998年、専修大学卒業後、東芝府中(現・東芝ブレイブルーパス)に加入。 2008年、現役を引退した。 2011年、國學院大學ラグビー部の監督に就任した。
澤木 賢一(さわき けんいち、1971年1月19日 - )は… 澤木 賢一(さわき けんいち、1971年1月19日 - )は、日本のラグビー指導者。現在秋田工業高校ラグビー部の監督を務めている。 秋田工業高校、日本体育大学を経て、秋田ノーザンブレッツに入る。 現役引退後は秋田工業高校ラグビー部のコーチを経て、2023年、監督に昇格。
吉田義人(よしだ よしひと、1969年2月16日 - )は、… 吉田義人(よしだ よしひと、1969年2月16日 - )は、日本の元ラグビー選手、ラグビー指導者。 小学3年生からラグビーを始め、男鹿東中時代に東日本中学生大会優勝。秋田工業高校では1年時からレギュラーとなり(名門チームの歴史においては、野球部と掛け持ちしていた落合博満にもできなかった偉業)。高校3年夏には高校日本代表としてニュージーランドに遠征。高校ニュージーランド代表とも対戦した。 早くから各大学のスカウトが目に留め、本人の将来が体育教師志望という事もあり日体大に進学が決まりかけていたが、明治大学のセレクター(明治大学ラグビー部選手選抜委員)が日体大側を拝み倒して明大進学が決まった。北島忠治監督は吉田を明治のラグビー練習場・八幡山グラウンドで一目見て「これは将来の日本を背負う逸材だ」と見抜いた。
桜庭 吉彦(さくらば よしひこ、1966年9月22日 - )… 桜庭 吉彦(さくらば よしひこ、1966年9月22日 - )は、日本の元ラグビー選手・指導者。現在ジャパンラグビーリーグワン釜石シーウェイブスRFCのゼネラルマネージャーを務めている。 秋田工業高校ではラグビー部の先生からずっと声を掛けられていて、野球部を辞め2年生からラグビーを始めて冬には花園の試合に出場。3年次に花園優勝に輝き、卒業後、前年度まで日本選手権7連覇を達成した新日本製鐵釜石製鉄所に入社。黄金時代は終焉に向かっていたが、チームの顔として活躍し、釜石を支え続けた。同製鉄所に勤務しながら、法政大学通信課程を卒業。 1986年からは日本代表にも選ばれキャップ43を獲得。非キャップ戦等を含めるとジャパンで唯一100試合出場した。
太田 治 (おおた おさむ、1965年3月23日 - )は、… 太田 治 (おおた おさむ、1965年3月23日 - )は、日本の元ラグビー選手、指導者。JAPAN RUGBY LEAGUE ONE NECグリーンロケッツ東葛のアドバイザーを務める。 秋田工業高校から明治大学へ進学し、3年時には、全国大学選手権優勝に貢献。4年時には日本代表に選出、1986年のアメリカ戦で初キャップを得る。 卒業後の1987年、日本電気に入社。1990年から2年間は主将を務める。 日本代表としては宿澤広朗監督の下、1989年5月28日のスコットランド戦での歴史的勝利や、1991年W杯初勝利に貢献。1995年W杯にも出場した。 2000年、NECグリーンロケッツの監督に就任。2002年度の日本選手権優勝に導く。
瀬下 和夫(せじも かずお、1957年(昭和32年)8月20… 瀬下 和夫(せじも かずお、1957年(昭和32年)8月20日 - )は、秋田県秋田市出身の日本の実業家で、元ラグビー選手。ポジションはフォワード(ナンバーエイト(No.8))。
高橋 博行(たかはし ひろゆき、1956年 - 2020年1… 高橋 博行(たかはし ひろゆき、1956年 - 2020年11月9日 )は、日本の元ラグビー選手。復興・チーム再建支援組織「スクラム釜石」の事務局長であった。 秋田県出身。現役時代のポジションはフランカー(FL)。 秋田工業高専卒業後、新日本製鐵に入社し、新日鉄釜石ラグビー部に加わり、新日鉄釜石の日本選手権7連覇を支えた。1988年、現役を引退した。 2011年、東日本大震災で甚大な被害をうけた釜石市の復興のために、NPO法人スクラム釜石が発足し、その事務局長になる。 2012年9月23日に行われた新日鐵釜石OB vs 神戸製鋼OB「V7戦士チャリティマッチ」に出場した。 2020年11月9日逝去。
戸嶋 秀夫(としま ひでお、1954年8月11日 - 201… 戸嶋 秀夫(としま ひでお、1954年8月11日 - 2014年6月28日)は、日本の元ラグビー選手。 金足農業高校から日本大学を経て、当初は秋田市役所に加入したが、後に東芝府中に移籍。 1979年の対ケンブリッジ大学戦が、日本代表として初のキャップ試合。 戸嶋といえば現役時代は、即、タックルマンと形容されるほどの選手で、それを最も表すのが1984年度の全国社会人ラグビーフットボール大会(以下、全国社会人大会)準決勝の対新日鐵釜石(以下、釜石)戦。東芝府中の及川紳一が放ったハイパントを追っている最中に、釜石の谷藤尚之と金野年明の二人をまとめて一撃で倒し、その後のトライに繋げた。 その後、一旦は現役を退いたものの、1987年度の全国社会人大会開幕直前になって再び現役に復帰。
佐野 正文(さの まさふみ、1947年 - 2011年3月1… 佐野 正文(さの まさふみ、1947年 - 2011年3月11日)は、日本の元ラグビー選手。旧姓は細川。 秋田工業高校時代に兄弟で活躍し、全国高等学校ラグビーフットボール大会で高校日本一となる。 卒業後、直文と共に新日鉄釜石に入社。新日鉄釜石ラグビー部では副キャプテンを務め、1978年から1980年まで日本選手権でフォワードとして貢献して「北の鉄人」と呼ばれた釜石ラグビーの全国制覇7連覇の基礎を築いた後、引退した。 その後も社員として勤続、釜石ラグビー協会会長などを務めていたが、2011年3月11日の東日本大震災による津波で亡くなった。
黒澤 光弘(くろさわ みつひろ)は、高等学校教諭、校長、ラグ… 黒澤 光弘(くろさわ みつひろ)は、高等学校教諭、校長、ラグビー指導者。 秋田工業高等学校(以下、秋田工)の出身で、大学卒業後、秋田工の教諭として赴任。 1987年に秋田工のラグビー部監督に就任し、同年度に開催された、第67回全国高等学校ラグビーフットボール大会において、秋田工として同大会15回目の優勝に導く。 2014年、金足農業高等学校の教頭に就任。 2018年、男鹿工業高等学校の校長に就任。 2019年、秋田工の校長に就任した。 2022年3月、定年(60歳)のため、秋田工の校長を退任。