三浦 弘行(みうら ひろゆき、1974年2月13日 - )は… 三浦 弘行(みうら ひろゆき、1974年2月13日 - )は、日本の将棋棋士。棋士番号204。 群馬県高崎市出身。西村一義九段門下。 小学校3年の時、父(慶応大学の将棋部出身で、アマチュア四段)に将棋を教えられた。親子間の会話がなかったため、「せめて共通の趣味でも持とう」ということであった。 1987年に奨励会入会。同期には田村康介七段らがいる。奨励会時代には藤井猛や窪田義行とVSで研鑽を重ねたという。1992年、四段に昇段しプロ入り。 1995年、棋聖戦でタイトル初挑戦。羽生善治との五番勝負は0勝3敗で敗れた。翌年1996年の棋聖戦で2年連続挑戦者となり、当時七冠を独占していた羽生を3勝2敗で破り五段で初のタイトルを獲得した。
藤井 猛(ふじい たけし、1970年9月29日 - )は、将… 藤井 猛(ふじい たけし、1970年9月29日 - )は、将棋棋士。日本将棋連盟非常勤理事(2012年6月-)。
武者野 勝巳(むしゃの かつみ、1954年〈昭和29年〉1月… 武者野 勝巳(むしゃの かつみ、1954年〈昭和29年〉1月1日 - 2023年〈令和5年〉5月8日)は、将棋棋士。花村元司九段門下で、棋士番号は137。群馬県館林市出身。 館林第一中学校を経て、1972年に群馬県立館林高等学校を卒業。 1971年にアマチュア名人戦の群馬県代表となる。これが契機となり師匠の花村の薦めで同年4級で奨励会に入会。翌1972年より、日本将棋連盟に当時存在した「塾生」制度により将棋会館に住み込んで修行を行う。1975年3月に三段昇段。当時は三段リーグが存在しなかったため、三段も現行の二段以下と同様に、直近の勝率によって昇段の可否が決められていた。1979年3月22日に規定の勝率を修め、25歳で四段昇段。
桜井 昇(さくらい のぼる、1941年5月10日 - ) は… 桜井 昇(さくらい のぼる、1941年5月10日 - ) は、将棋棋士。2007年、引退。原田泰夫九段門下。棋士番号は90。群馬県吾妻郡長野原町出身。杉並区立天沼中学校卒。 1965年、23歳でデビュー。同年度、順位戦C級2組で8勝4敗(16人中3位)の好成績を挙げ、C級2組を1期抜けして昇級。同時に五段昇段。 1966年度、古豪新鋭戦で優勝。準決勝の相手はまだ十代の中原誠、決勝戦の相手は長老の北村秀治郎であった。 1975年度、第23回王座戦でベスト4。同年度、第6回新人王戦では決勝三番勝負に進み、森安秀光に0-2で敗れて準優勝。 第27期(1972年度)順位戦C級1組で8勝2敗の2位となり、B級2組に昇級。
関根 紀代子(せきね きよこ、1940年12月15日 - )… 関根 紀代子(せきね きよこ、1940年12月15日 - )は日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は1(2011年3月31日までは2)。群馬県前橋市出身。関根茂九段門下。関根茂は夫でもある。旧姓は吉田。 女流棋士一期生6人のうちの一人で、引退時には現役最年長女流棋士であった。1974年に女流棋士の制度が発足する際に、アマチュアから直接に女流二段になったため、プロ入り当初は師匠がいなかった。 1968年、第1回女流アマ名人戦で優勝(当時は旧姓:吉田)。未だ女流棋士の制度が存在しなかった時期に蛸島彰子のライバル格として注目された。 1974年に女流棋士の制度が定められ、初の女流棋戦として女流名人位戦(現・女流名人戦)が開始された時に、女流二段で女流棋士となった。
山田 久美 は、将棋の女流棋士。群馬県太田市出身。西村一義九… 山田 久美 は、将棋の女流棋士。群馬県太田市出身。西村一義九段門下。女流棋士番号は6(2011年3月31日までの旧番号は18)。