池田 潤(いけだ じゅん、1961年 - )は、ヘブライ語学… 池田 潤(いけだ じゅん、1961年 - )は、ヘブライ語学者、筑波大学理事・副学長・教授。専門は、聖書ヘブライ語・アッカド語を中心とするセム語学。 群馬県前橋市生まれ。1983年筑波大学第一学群人文学類卒業。1986年同大学院文芸・言語研究科修士課程修了、1995年テルアビブ大学大学院文化科学研究科Ph.D.。1996年関西外国語大学外国語学部助教授、2000年筑波大学文芸・言語学系講師、2003年助教授、2007年准教授、2009年教授。2013年筑波大学学長補佐室長。2018年 筑波大学大学執行役員(筑波会議担当)。2021年筑波大学副学長(企画評価・広報担当)、附属図書館長。2023年国立大学法人筑波大学理事・副学長(国際担当)。
角田 太作(つのだ たさく、1946年5月18日 - )は、… 角田 太作(つのだ たさく、1946年5月18日 - )は、日本の言語学者、国立国語研究所名誉教授。群馬県勢多郡赤城村(現・渋川市)出身。専門はオーストラリア先住民の言語、類型論、危機言語。 群馬県立渋川高等学校、東京大学文学部を卒業したのちオーストラリアはメルボルンのモナシュ大学で修士号、博士号を取得。1979年名古屋大学文学部助教授、1990年筑波大学助教授、1993年教授、1994年東京大学文学部教授、2009年国立国語研究所教授。。メルボルンを選んだのはハーブ・エリオットの練習していたトレーニングキャンプで陸上競技の練習ができることが理由のひとつだったという(角田三枝ほか編 2007:i)。
小林 賢次(こばやし けんじ、1943年〈昭和18年〉8月2… 小林 賢次(こばやし けんじ、1943年〈昭和18年〉8月20日 - 2013年〈平成25年〉6月29日)は、日本の国語学者。学位は、文学博士((旧)東京都立大学・1999年)。(旧)東京都立大学名誉教授。 群馬県安中市生まれ、新潟県十日町市で育つ。1966年東京教育大学国文科卒、1970年同大学院文学研究科日本文学専攻博士課程中退、香川大学教育学部助手、1971年講師、1973年助教授、1978年新潟大学教育学部助教授、1981年上越教育大学助教授。1987年(旧)東京都立大学助教授、1991年教授。1999年「狂言台本を主資料とする中世語彙語法の研究」で(旧)東京都立大学より文学博士の学位を取得。
橋本 萬太郎(はしもと まんたろう、1932年〈昭和7年〉1… 橋本 萬太郎(はしもと まんたろう、1932年〈昭和7年〉11月26日 - 1987年〈昭和62年〉6月7日)は、日本の言語学者。中国語の研究から、言語類型論と言語地理学を結び付けた言語類型地理論を提唱した。 群馬県新田郡沢野村(現太田市)生まれ。群馬県立太田高等学校、1955年に東京大学文学部中国文学科を卒業。1960年に同大学院博士課程中退。1965年、オハイオ州立大学で言語学の博士号を取得。 1966年2月から8月までハワイ大学助教授、4月大阪市立大学講師、1967年より助教授。1968年9月よりプリンストン大学准教授。1970年7月より東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の助教授となり、1973年6月より教授。
首藤訓宏(しゅどう くにひろ、1927年3月20日- )は、… 首藤訓宏(しゅどう くにひろ、1927年3月20日- )は、日本の英語学者。 群馬県桐生市生まれ。本名・新八。1948年東京外国語大学卒業。51年に渡米。アズベリー大学院修士課程修了、ノースウェスタン大学院に留学後、60年に帰国。群馬大学教授、東京慈恵会医科大学教授、新潟経営大学教授。
釘本 久春(くぎもと ひさはる、1908年4月28日 - 1… 釘本 久春(くぎもと ひさはる、1908年4月28日 - 1968年5月11日)は、日本の国語学者、国文学者。 東京出身。群馬県立男子師範学校附属小学校、旧制群馬県立前橋中学校(現・群馬県立前橋高等学校)卒業。旧制第一高等学校を経て、1932年、東京帝国大学国文科卒業。中央大学予科教授を経て、1939年9月文部省図書監修官。戦時中は石黒修などとともに大東亜共栄圏への日本語普及政策に関わっていた。戦後はGHQと連携を取りながら、西尾実とのコンビで国語改革や、国立国語研究所の創設に参与。1960年、東京外国語大学教授。在職中に死去。 一高と東大で同級生だった中島敦の親友で、パラオ南洋庁赴任の職の斡旋をし、死後の全集編纂などに尽くした。
中澤 英彦(なかざわ ひでひこ)は、日本の言語学者。専門はロ… 中澤 英彦(なかざわ ひでひこ)は、日本の言語学者。専門はロシア語学、ウクライナ語学。東京外国語大学でロシア語学・スラヴ語学を専攻し、母校で助教授、教授を務めて退職し、現在は名誉教授。NHKラジオロシア語講座講師(1986年 - 1995年)、ソビエト連邦時代のロシア他で在外研究(1988年 - 1989年)。群馬県前橋市出身。 ウクライナ首都の日本語表記を「キエフ」から、ウクライナ語に近い「キーウ」と表記することなど、2019年の日本国政府との有識者会議で提唱。2022年ロシアのウクライナ侵攻開始後の同年3月31日に日本国外務省が発表した「キーウ」への変更に至るまでの検討に寄与した。 著書『ニューエクスプレス ウクライナ語』(白水社、2009年)において、日本語・ウクライナ語間の転写方法をまとめている(10—18頁)。