大須賀 聖良(おおすか せいら、2004年(平成16年)1月… 大須賀 聖良(おおすか せいら、2004年(平成16年)1月20日 - 2025年(令和7年)6月7日)は日本の囲碁棋士。三段。日本棋院東京本院所属。洪清泉門下。 埼玉県さいたま市大宮区出身。母の大須賀摩耶(大澤摩耶)は女流アマ王者で囲碁のインストラクター、伯母は大澤奈留美。大叔父は埼玉県長瀞町町長の大澤芳夫。名前の聖良の由来は母が『小公女セーラ』が好きだったことから。4歳頃で囲碁を覚え、祖父の大澤完治が緑星囲碁学園さいたま新都心校代表であったことからそこで学び、幼少期は保育所代わりでもあった。だが好きというわけではなく、完治も聖良は囲碁がそれほどやるつもりがないようだから、好きな絵でもやらせればと摩耶に言っていた。
高野 智史(たかの さとし、1993年10月27日 - )は… 高野 智史(たかの さとし、1993年10月27日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。木村一基門下。棋士番号は302。埼玉県富士見市出身。 5歳の頃に父親に将棋を教わったことをきっかけに、将棋を覚える。次第に熱中し、NHK杯テレビ将棋トーナメントを毎週録画するようになり、いつしかクラスメートと将棋を指しても物足りなさを感じるほどに棋力は上達し、近所の将棋教室に通うようになって、さらに上達した。 2007年4月に、6級で奨励会に入会、15歳で初段、16歳で二段に昇段するまではすこぶる順調だったものの、そこで足踏みをし、3度も初段降段の危機に瀕し、結局三段昇段に3年8ヶ月を費やした。奨励会最後の関門である三段リーグには、2013年度後期(第54回)より参加。
黒沢 怜生(くろさわ れお、1992年3月7日 - )は、日… 黒沢 怜生(くろさわ れお、1992年3月7日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。高橋道雄九段門下。棋士番号は298。埼玉県熊谷市出身。妻は女流棋士の和田あき、同じく女流棋士の和田はなは義妹。 小学1年次に、児童館で教えられたことが将棋を覚えたきっかけ。翌年には埼玉県小学生準名人を獲得するほど上達する。 2001年、熊谷市立東小学校4年の第26回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出し準優勝する。この模様はNHK教育テレビで放送された。2002年、熊谷市立東小学校5年の第27回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出し4強で敗れる。この模様は前述同様NHK教育テレビで放送された。
万波 佳奈(まんなみ かな、1983年6月16日 - )は、… 万波 佳奈(まんなみ かな、1983年6月16日 - )は、日本の女流棋士(囲碁)である。日本棋院東京本院所属。女流棋聖2期。 実妹で同じく棋士である万波奈穂(こちらは兵庫県出身)とともに、姉妹棋士としても知られる。 1983年(昭和58年)、埼玉県浦和市(当時)生まれ。その後2度転居し、兵庫県を経て、東京・世田谷で育ち、東京都立新宿山吹高等学校を卒業。大枝雄介 九段門下。 NHKの囲碁番組で司会を務めるなど人気を集めていたが、女流棋聖のタイトルを2期獲得している他、世界戦でも活躍して実力的にも一線級の女流棋士であることを証明している。 若者を対象とした、囲碁普及プロジェクトIGO AMIGOの代表を務めるなど、普及活動に力を入れている。
辰己 茜(たつみ あかね、旧姓 : 石井(いしい)、1982… 辰己 茜(たつみ あかね、旧姓 : 石井(いしい)、1982年8月2日 - )は、関西棋院所属の囲碁女流棋士。段位は四段。埼玉県出身。 囲碁愛好家で高校教師の父に教えられ、物心がつく前から囲碁を始める。父は、その後2002年より囲碁教室を経営している。小学2年生から緑星囲碁学園に通い、実力をつける。 1993年、上尾市立中央小学校5年で第14回全国少年少女囲碁大会4位入賞。翌1994年、6年生で出場した第15回全国少年少女囲碁大会では決勝戦で大橋拓文を下し優勝。初の女子の優勝者となる(2018年現在、小学校の部の女子の優勝は、辰己と万波佳奈(1995年)・向井千瑛(1999年)・加藤千笑(2013年)の4名のみ)。
大澤 奈留美(おおさわ なるみ、1976年5月22日 - )… 大澤 奈留美(おおさわ なるみ、1976年5月22日 - )は、日本の囲碁棋士。日本棋院東京本院所属。菊池康郎門下。 埼玉県さいたま市(旧大宮市)出身。父は碁会所を営んでいた影響で、6歳から囲碁を学び始める。妹の大澤摩耶や上田崇史と同じ碁会所で打つ。佐藤幹雄の子供囲碁教室の入門。7歳でアマ初段、9歳でアマ5段、アマチュア向け秀行塾に参加。緑星囲碁学園に小学5年から通い実力をつける。10歳で初代埼玉女流アマ名人、翌年も優勝して2連覇。1988年8月、大宮市立蓮沼小学校6年で、第9回少年少女囲碁大会に埼玉県代表で出場し6位入賞。 1989年、日本棋院院生となる。さいたま市立大砂土中学校、埼玉県立大宮東高等学校卒。