吉田 裕一(よしだ ゆういち、1978年(昭和53年) - … 吉田 裕一(よしだ ゆういち、1978年(昭和53年) - )は、日本の建築家。株式会社吉田裕一建築設計事務所代表取締役。千葉県袖ケ浦市出身。
千葉県:11人
吉田 裕一(よしだ ゆういち、1978年(昭和53年) - … 吉田 裕一(よしだ ゆういち、1978年(昭和53年) - )は、日本の建築家。株式会社吉田裕一建築設計事務所代表取締役。千葉県袖ケ浦市出身。
大西 正紀(おおにし まさき、1977年 - )は、日本の建… 大西 正紀(おおにし まさき、1977年 - )は、日本の建築家。1階づくりのプロフェッショナル株式会社グランドレベルのディレクター・リサーチャー、クリエイティブユニットmosakiを共同主宰。「GL Inc. 喫茶ランドリー」のオーナー。 大阪府生まれ。2001年、日本大学理工学部建築学科卒業。2003年、日本大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。修士設計駿建賞受賞。卒業後、渡英。2003-2004年、Ushida Findlay Architects(ウシダフィンドレイアーキテクツ(UK)勤務後2004年、mosaki共同設立し独立。その後、後藤繁雄「スーパースクール」9期生。2004-2007年、日本大学理工学部建築学科助手。
塩崎 太伸(しおざき たいしん、1976年 - )は、日本の… 塩崎 太伸(しおざき たいしん、1976年 - )は、日本の建築家。東京科学大学(前・東京工業大学)准教授。アトリエコ共同主宰(建築家の小林佐絵子がパートナー)。日本建築家協会JIA magazine共同編集長。
山﨑 健太郎(やまざき けんたろう、1976年 - )は、日… 山﨑 健太郎(やまざき けんたろう、1976年 - )は、日本の建築家。山﨑健太郎デザインワークショップ代表取締役。工学院大学建築学部建築デザイン学科教授。 千葉県佐倉市出身。千葉県立佐倉高等学校卒業。2002年、工学院大学大学院修士課程を修了後に株式会社入江三宅設計事務所入所。その後独立し、現在山﨑健太郎デザインワークショップ主宰。 国内外で多数の受賞歴があり、地域みんなの居場所である高齢者デイサービス「52間の縁側」では、グッドデザイン賞大賞(内閣総理大臣賞)、2023年度JIA日本建築大賞、2024年日本建築学会賞(作品)の三賞の史上初、同作品における受賞を達成した。 その他主要な受賞歴として、日常を感じるコモン型の「新富士のホスピス」ではJIA優秀建築賞、日事連建築賞60周年記念賞、グッドデザイン賞ベスト100を受賞、斜面を活かした階段状の「はくすい保育園」では、グッドデザイン・未来づくりデザイン賞、AR Emerging Architecture Awardsのほか、iF design award 建築部門での金賞を日本人で初めて受賞した。
鈴木隆之(すずき たかゆき、1961年4月‐ )は日本の建築… 鈴木隆之(すずき たかゆき、1961年4月‐ )は日本の建築家、小説家、京都精華大学教授、鈴木隆之デザインネットワーク(SDN)代表。
篠原 聡子(しのはら さとこ、1958年9月3日 - )は、… 篠原 聡子(しのはら さとこ、1958年9月3日 - )は、日本の建築家、建築教育者、建築研究者。日本女子大学家政学部住居学科教授、同大学学長。空間研究所を主宰して作家活動を展開。千葉県東金市生まれ。夫は隈研吾。 1977年、千葉県立東金高等学校卒業。1981年、日本女子大学家政学部住居学科卒業。1983年、同大学大学院修士課程修了。1983年から1985年まで香山アトリエに勤務。1986年、空間研究所を設立。1996年、「大阪府営泉大津なぎさ住宅(仮称)設計競技」で優秀作1席に入選。1997年、日本女子大学住居学科専任講師。2001年、日本女子大学住居学科助教授。2010年、日本女子大学住居学科教授。
中村 好文(なかむら よしふみ、1948年 - )は、日本の… 中村 好文(なかむら よしふみ、1948年 - )は、日本の建築家。日本大学生産工学部建築工学科居住空間デザインコース教授。多摩美術大学美術学部環境デザイン学科客員教授。 千葉県九十九里町出身。武蔵野美術大学建築学科卒業。卒業制作では宇宙船内の無重力下を想定した住宅を設計するも評価は得られなかった。小さな設計事務所に勤務するも数年で退職し、その後、都立品川職業訓練校木工科にて家具製作を学んだ。1976年から1980年まで吉村順三設計事務所に勤務し、吉村の家具製作のアシスタントを務めた。1981年に独立して設計事務所 レミングハウスを設立し、住宅建築を中心に活動し家具製作も行っている。1993年に「一連の住宅作品」で第18回吉田五十八賞特別賞を受賞。
栗生 明(くりゅう あきら、1947年11月22日 - )は… 栗生 明(くりゅう あきら、1947年11月22日 - )は、日本の建築家。栗生総合計画事務所・代表。千葉大学工学部デザイン工学科建築系名誉教授。 千葉県市川市生まれ。1971年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業。1973年、早稲田大学大学院理工学研究科建築計画専攻修士課程を修了。 1979年、都市建築設計事務所Kアトリエを設立。同年、東京大学工学部建築学科の助手となる。 槇文彦のアトリエ系建築設計事務所出身であり、平等院鳳翔館など、モダニズムを基調とした作風で知られる。建築本体を地中に埋めた作品など、風景や環境に配慮した建築が多い。 日本建築学会賞作品賞、日本芸術院賞、村野藤吾賞など受賞多数。
野々村 宗逸(ののむら そういつ、1931年 - 1994年… 野々村 宗逸(ののむら そういつ、1931年 - 1994年2月10日)は、日本の建築家・都市計画家で日本住宅公団の職員として公団団地設計に長く携わった人物。 1931年、千葉県船橋市生まれ。戦時中宮城県に疎開。1948年から1949年まで旧制山形高等学校在籍。その後新制の東京大学に進学。1954年、東京大学工学部建築学科卒業。同級に磯崎新、川上秀光、奥平耕造ら、同期に富安秀雄らがいる。卒業後、建設省入省。関東地方建設局営繕部配属。 1955年8月、建設省から日本住宅公団の本所建築部に移籍。1956年、産業計画会議東京湾部会で「ネオ東京プラン」作成に参加。1957年、東京支所建築部設計課団地係へ異動。
横山 公男(よこやま きみお、1924年5月10日 - 20… 横山 公男(よこやま きみお、1924年5月10日 - 2010年)は日本の建築家。千葉県船橋市出身。早稲田大学理工学部建築学科卒。 事務所設立初期から日蓮正宗の総本山である大石寺の伽藍の設計を手がけ、大客殿の設計では日本建築学会賞を受賞した。1972年(昭和47年)には大石寺の伽藍設計の集大成となる正本堂を竣工させた。しかし、昭和末期から平成にかけて横山の設計した建物は徐々に取り壊され、現在では大講堂など境内に数えるほどしか残っていない。正本堂の解体には創価学会関係者だけでなく、建築関係者からも反対の声があった。 1988年、株式会社建築家会館第3代社長に就任、2期8年務めた。2008年、日本建築学会名誉会員。
伊東 忠太(いとう ちゅうた、慶応3年10月26日〈1867… 伊東 忠太(いとう ちゅうた、慶応3年10月26日〈1867年11月21日〉 - 1954年〈昭和29年〉4月7日) は、明治から昭和期の建築家、建築史家である。号は紅雲。位階・勲等・学位・称号は、正三位・勲二等瑞宝章・工学博士・東京帝国大学名誉教授・早稲田大学教授。出羽国米沢(現山形県米沢市)出身。米沢市名誉市民第1号。 少年時代を東京、佐倉で過ごす。帝国大学工科大学(現在の東京大学工学部)を卒業して同大学大学院に進み、のちに工学博士・東京帝国大学名誉教授となる。 西洋建築学を基礎にしながら、日本建築を本格的に見直した第一人者で、法隆寺が日本最古の寺院建築であることを学問的に示し、日本建築史を創始した。