床 秦留可(とこ はるか、1997年3月16日 - )は、東… 床 秦留可(とこ はるか、1997年3月16日 - )は、東京都東村山市出身の女子アイスホッケー選手。ポジションはフォワード 。スベンスカ・ダムホッケーリーガン(スウェーデン語版)のリンシェーピングHC(スウェーデン語版) アイスホッケー女子日本代表として冬季オリンピック2大会(2018年平昌、2022年北京)に出場している。 アイスホッケーを始めたのは5歳で、東京都立東大和高等学校在学中に世界女子U18選手権の日本代表となる。ソチオリンピックの直前に落選。これを機に平昌オリンピックの出場を目指すことになる。 東京都立東大和高等学校から法政大学へ進学。 2015年にアメリカ合衆国で行われた世界女子U18選手権トップディビジョンで全5試合1ゴール3アシストを記録。
三浦 優希(みうら ゆうき、1996年7月19日 - )は、… 三浦 優希(みうら ゆうき、1996年7月19日 - )は、東京都東大和市出身のプロアイスホッケー選手。アジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに所属。 父親は元アイスホッケー選手の三浦孝之。 ハートランダーズの最多連続出場記録(143試合)を持つ。 早稲田実業高校に入学するが、留学を機に自主退学し、チェコに移住して現地リーグでプレー。その後、日本人のアイスホッケー選手としては初めてレイク・スペーリア州立大学(英語版)へ進学。4年生時には、25年ぶりとなる大学のカンファレンス優勝や全国大会出場に貢献した。 2021年-22年シーズン(英語版)からイーストコースト・ホッケー・リーグ(ECHL)のアイオワ・ハートランダーズ(英語版)でプレー。
人里 亜矢可(ひとさと あやか、旧名:床 亜矢可〈とこ あや… 人里 亜矢可(ひとさと あやか、旧名:床 亜矢可〈とこ あやか〉、1994年8月22日 - )は、日本の女子アイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。スベンスカ・ダムホッケーリーガン(スウェーデン語版)のリンシェーピングHC(スウェーデン語版)に所属。 アイスホッケー女子日本代表として冬季オリンピック3大会(2014年ソチ、2018年平昌、2022年北京)に出場している。 東京都東村山市生まれ、北海道釧路市育ち。4歳の時にスケートを始め、小学生の時にアイスホッケーを始める。 中学からは地元のアイスホッケーチーム・Daishinに入団。背番号は父の現役時代と同じ29。中学3年生時にU18日本代表に選出され、釧路江南高校進学後、2010年の女子アイスホッケーU18世界選手権に出場したが、同年秋にバセドウ病罹患が判明する。
湯山 せいか(ゆやま せいか、1994年3月7日 - )は、… 湯山 せいか(ゆやま せいか、1994年3月7日 - )は、日本の女子アイスホッケー選手。現在SEIBUプリンセス ラビッツに所属している。ポジションはフォワード。右利き。 1994年3月7日、東京都出身。明治神宮外苑アイスホッケークラブを2009年3月卒業、東洋高等学校在学中からSEIBUプリンセス ラビッツに入った。 2011年、スウェーデンで行われた世界女子U-18選手権のアイスホッケー女子日本代表に選ばれた。 2011年6月には、同年7月に国際アイスホッケー連盟によりソチオリンピックに向けた各国の女子アイスホッケーレベル向上のため、スロバキアのブラチスラヴァで開かれる「IIHFハイパフォーマンス女子キャンプ」にU18代表として選ばれた。
角舘 信恒(かくだて しげのぶ、1991年5月24日 - )… 角舘 信恒(かくだて しげのぶ、1991年5月24日 - )は、東京都小金井市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはレフト・ウィング(英語版)。普段はファナティクス・ジャパン合同会社で働いている。愛称は"シゲ"。 カナダ、アメリカ合衆国、王子イーグルス、社会人の三井物産アイスホッケー部を経て、アジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに入団した。 2020年6月16日に2020-21シーズンの契約継続が決定した。 2021年6月16日に2021-22シーズンの契約継続が決定した。 2022年5月31日に2022-23シーズンの契約継続が決定した。11月19日の東北フリーブレイズ戦でスルーフッティングによるマッチペナルティを受け、11月20日に1試合の出場停止処分を受けた。
菊池 沙都(きくち さと、1989年5月18日 - )は、東… 菊池 沙都(きくち さと、1989年5月18日 - )は、東京都出身の女子アイスホッケー選手。SEIBUプリンセス ラビッツに所属していた。ポジションはディフェンス。兄秀治もアイスホッケー選手で東北フリーブレイズ所属している。 中央区立晴海中学校在学中からコクドレディース(後にSEIBUプリンセス ラビッツ)に所属し、2005年3月に行われた第24回全日本女子アイスホッケー選手権大会Aでは最優秀新人賞を獲得した。東京都立石神井高等学校から日本体育大学体育学部へ進学卒業、2009年にはユニバーシアード代表に選ばれた。2012年4月より社会人となった。
小野 航平(おの こうへい、1988年7月27日 - )は、… 小野 航平(おの こうへい、1988年7月27日 - )は、東京都町田市出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはゴールテンダー。普段はみんなのマーケット株式会社で働いている。愛称は"コウヘイ"。 早稲田大学、H.C.栃木日光アイスバックスを経て、2019年6月にアジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに入団した。 2020年8月12日に2020-21シーズンの契約継続が決定した。 2021年6月9日に2021-22シーズンの契約継続が決定した。 2022年5月29日に2022-23シーズンの契約継続が決定した。 2023年6月15日に2023-24シーズンの契約継続が決定した。 2024年5月25日に2024-25シーズンの契約継続が決定した。
大嶋 良介(おおしま りょうすけ、1987年6月6日 - )… 大嶋 良介(おおしま りょうすけ、1987年6月6日 - )は、東京都青梅市出身の元アイスホッケー選手。ポジションはゴールキーパー。 青梅市立河辺小学校、青梅市立霞台中学校、埼玉栄高等学校を経て、2006年に日本製紙クレインズに入団。2018年に引退。 引退後は日本製紙釧路工場で勤務していたが、2021年9月末の釧路工場閉鎖に伴い退職。 2022年夏に釧路市にドッグランを開業する。
井上 光明(いのうえ みつあき、1986年7月4日 - )は… 井上 光明(いのうえ みつあき、1986年7月4日 - )は、東京都西東京市出身のプロアイスホッケー選手、アイスホッケー指導者。ポジションはゴールテンダー。オーストラリアン・アイスホッケーリーグ(英語版)(AIHL)のニューキャッスル・ノーススターズ(英語版)に所属。愛称は"みっちゃん"、"みつ"。 史上初東京都出身のアジアリーグ選手であり、韓国のホッケーチームで正ゴールテンダーとして4シーズンプレイした初の日本人選手である。 小学1年より東京都東伏見アイスアリーナ(現ダイドードリンコアイスアリーナ)を本拠地とする西武鉄道アイスホッケー部のジュニアチーム、西武ホワイトベアーズにてアイスホッケーを始める。
本間 ジェフリー 光一(ほんま ジェフリー こういち、198… 本間 ジェフリー 光一(ほんま ジェフリー こういち、1985年8月7日 - )は、東京都八王子市出身の元アイスホッケー選手。ポジションはフォワード (アイスホッケー)。 カナダのノートルダム高等学校卒業後、上智大学に進学し、大学卒業後は青梅クラブ、X-unitedなどのアマチュアチームを経て、2009年よりアジアリーグアイスホッケーの東北フリーブレイズに入団。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
堀江 航(ほりえ わたる、1979年5月25日 - )は、東… 堀江 航(ほりえ わたる、1979年5月25日 - )は、東京都出身のパラアイスホッケー選手。元プロ車いすバスケットボール選手。平昌パラリンピック・パラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)日本代表。ブラジリアン柔術道場『CARPEDIEM世田谷』代表。身長179cm、体重75kg。日本体育大学体育学部体育学科卒。イリノイ州立大学(英語版)大学院体育学・教育学修士課程修了。 幼少時代よりサッカーに没頭。ジュニア時代は三菱養和でプレー。同期には井手口純、宇留野純、三上卓哉、一年先輩には永井雄一郎がいる。東京都立駒場高等学校では、1998年に学校史上初となる高校選手権に出場。1年後輩に後に妻となる高畑百合子やお笑い芸人「しずる」のメンバーである村上純がいる。
髙橋 和廣(たかはし かずひろ、1978年12月4日 - )… 髙橋 和廣(たかはし かずひろ、1978年12月4日 - )は、日本のパラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)の選手。パラアイスホッケー日本代表としてパラリンピックの4大会に出場している。東京アイスバーンズ所属。 東京都西東京市(旧保谷市)生まれ。小学6年生からアイスホッケーのジュニアクラブ(西武ホワイトベアーズ)に所属、盛岡中央高等学校在学時には3年連続でインターハイに出場した。 大学進学後もアイスホッケーを続けていたが、21歳の時にスノーボードの転倒事故により脊髄を損傷。退院後のリハビリとしてアイススレッジホッケーに出会う。当初はアイスホッケーとは勝手の違うアイススレッジホッケーに対応できず「面白くないスポーツだ」と感じていたが、徐々に競技にのめりこみ、1年後の2002年ソルトレークシティパラリンピックのアイススレッジホッケー日本代表に選出された。
奥住 恒二(おくずみ つねじ、生年不詳 - 2015年5月1… 奥住 恒二(おくずみ つねじ、生年不詳 - 2015年5月16日)は、日本のアイスホッケー指導者。日本アイスホッケー連盟第4代会長を2011年7月1日から務めた。東京都青梅市出身。代表取締役社長も務めた奥住運輸は、福祉バスの事業化に成功している。 法政大学を卒業後、同大学や法政大学第一高等学校のアイスホッケー部のコーチ、国民体育大会東京成年代表監督などを務めた後、2009年から東京都アイスホッケー連盟会長を2011年5月まで務めた。明星大学、昭和大学、日本大学鶴ヶ丘高等学校でもコーチを務めた。 1964年に青梅市に人工スケート場が開設されたことから、東京都で最も古い小中学生アイスホッケーチームの西東京インディアンズをスタートさせた。