スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
笠利 真吾(かさり しんご、1997年1月29日 - )は、… 笠利 真吾(かさり しんご、1997年1月29日 - )は、日本の男子プロバレーボール選手である。 東京都杉並区出身。小学2年生のときに両親の影響でバレーボールを始める。 東洋高等学校、国士舘大学を経て、2018年、V.LEAGUE DIVISION1(V1)に所属するVC長野トライデンツの内定選手となった。内定選手として、2018-19シーズンのリーグ戦にも出場した。 2019年、大学卒業後に、VC長野に入団。 2022年1月、2021-22シーズンの途中でVC長野を退団。自身も含め同時に選手3名が退団した。 2021-22シーズン終了後、FC東京のチーム譲渡により誕生したプロクラブ・東京グレートベアーズに入団した。
湯山 せいか(ゆやま せいか、1994年3月7日 - )は、… 湯山 せいか(ゆやま せいか、1994年3月7日 - )は、日本の女子アイスホッケー選手。現在SEIBUプリンセス ラビッツに所属している。ポジションはフォワード。右利き。 1994年3月7日、東京都出身。明治神宮外苑アイスホッケークラブを2009年3月卒業、東洋高等学校在学中からSEIBUプリンセス ラビッツに入った。 2011年、スウェーデンで行われた世界女子U-18選手権のアイスホッケー女子日本代表に選ばれた。 2011年6月には、同年7月に国際アイスホッケー連盟によりソチオリンピックに向けた各国の女子アイスホッケーレベル向上のため、スロバキアのブラチスラヴァで開かれる「IIHFハイパフォーマンス女子キャンプ」にU18代表として選ばれた。
関田 誠大(せきた まさひろ、1993年11月20日 - )… 関田 誠大(せきた まさひろ、1993年11月20日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 東京都江東区出身。実姉の影響で小学1年次より東金町ビーバーズでバレーボールを始めた。東洋高等学校バレー部では、1年生からレギュラーセッター。1学年上の柳田将洋らと共に出場した2010年3月の春高バレーでは、同校を初優勝に導いた。 中央大学法学部に進学。バレー部(2学年下に石川祐希も在籍)で4年次には主将を務め、「ミキプルーンスーパーカレッジバレー2015全日本大学選手権」では最優秀選手賞を受賞。ユニバーシアード(2015年 第28回 光州大会)にも出場した。 2015年12月1日、パナソニックパンサーズに内定(同期は今村貴彦と山内晶大)。
柳田 将洋(やなぎだ まさひろ、1992年7月6日 - )は… 柳田 将洋(やなぎだ まさひろ、1992年7月6日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 公益財団法人日本バレーボール協会(JVA)理事、JVAアスリート委員会委員長、国際バレーボール連盟(FIVB)アスリート委員。 東京都江戸川区出身。バレーボールは両親の影響で始めた。 東洋高等学校在校中の2010年3月、第41回全国高等学校バレーボール選抜大会に主将として出場して優勝を果たし、2011年に慶應義塾大学環境情報学部に進学。 2013年に全日本メンバーに登録され、2014年6月には東京オリンピックの強化指定選手であるTeam COREメンバーに選出された。同年10月、Vプレミアリーグ・サントリーサンバーズに内定。
磯村 匠(いそむら たくみ、1991年5月23日 - )は、… 磯村 匠(いそむら たくみ、1991年5月23日 - )は、東京都文京区出身のボートレーサー。登録第4641号。血液型B型。107期。東京支部所属。同期に佐藤裕紀、髙田明らがいる。
神尾 美沙(かみお みさ、1989年1月24日 - )は、日… 神尾 美沙(かみお みさ、1989年1月24日 - )は、日本の女性ファッションモデルである。東京都出身で株式会社ECP所属。 東洋高等学校→成城大学社会イノベーション学部卒業。
内村 航平(うちむら こうへい、1989年〈昭和64年〉1月… 内村 航平(うちむら こうへい、1989年〈昭和64年〉1月3日 - )は、日本の元体操競技選手。 オリンピック4大会(2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ、2020年東京)に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得。また、世界体操競技選手権でも個人総合での世界最多の6連覇を含む19個のメダル(金メダル10、銀メダル5、銅メダル4)を獲得している。個人総合において、2008年北京五輪で10代の選手として史上初めて銀メダルを獲得したことを皮切りに、2009年世界体操競技選手権から2016年リオデジャネイロ五輪まで前人未到の世界大会8連覇を達成。
中台 泉美(なかだい いずみ・1988年1月2日 - )は、… 中台 泉美(なかだい いずみ・1988年1月2日 - )は、千葉県出身の女性ファッションモデル。株式会社パール(ケイダッシュ系列)所属。血液型はO型。
黒石 迩守(くろいし にかみ、1988年 -)は、日本のSF… 黒石 迩守(くろいし にかみ、1988年 -)は、日本のSF作家。千葉県市川市出身、現在も千葉県在住。 東洋高等学校卒。東京情報大学情報システム学科卒。現在プログラマーとして勤務する会社員。 2010年頃から自らのサイト「矛盾でふらぐ。」で同人小説を発表し、同コンテンツを同人誌として頒布し始めた。2011年末ごろより、小説投稿サイト「小説家になろう」で活動を開始。2015年8月、同サイトに投稿していた「ヒュレーの海」を星海社FICTIONS新人賞に投稿するも落選。翌2016年3月、「ヒュレーの海」を改めて第4回ハヤカワSFコンテストに投稿。同年10月、「ヒュレーの海」がコンテストで〈優秀賞〉に選出されデビューに至った。
相ヶ瀬 龍史(あいがせ りゅうじ、1987年7月2日 - )… 相ヶ瀬 龍史(あいがせ りゅうじ、1987年7月2日 - )は、日本の俳優。
村田 翔(むらた しょう、1987年4月2日-)は、東京都出… 村田 翔(むらた しょう、1987年4月2日-)は、東京都出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 3歳でサッカーを始める。2005年にはFC東京の下部組織で主将を務め、2006年より中央大学へ進学。3年時には中盤の軸となり第57回全日本大学サッカー選手権大会を優勝に導いた。大学4年次には主将を務めチームを牽引。リーグ戦22試合にフル出場して11アシストを記録し、アシスト王とベストイレブンに選出された。 2010年に大学を卒業し、水戸ホーリーホックへ入団。水戸では1年目からボランチで司令塔としてスターティングメンバーに定着し、正確なパスで好機を作った。2012年限りで退団。 2013年より浦安SCへ加入すると同時に、古巣・キンダー善光SCのコーチに就任。
斎藤 雅也(さいとう まさや、1985年6月8日 - )は、… 斎藤 雅也(さいとう まさや、1985年6月8日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。
町野 仁志(まちの ひとし、1981年8月25日 - )は、… 町野 仁志(まちの ひとし、1981年8月25日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 東京都渋谷区出身。幼少期は野球少年だった。中学校へ入学すると、野球部がなかったことから、バレーボール部に入部しバレーを始める。高校は名門東洋高等学校へ進学、春高バレーには1年次と2年次、インターハイは2年次と3年次、国体には2年次と3年次に出場した。 2000年、亜細亜大学へ進学。2003年4年次には全日本インカレ出場、同年には全日本男子B代表に選出されている。その中でセンターやレフトを経験した。 2004年、JTサンダーズへサイドアタッカーとして加入。同期に酒井大祐、飯塚俊彦。1年目は徳元幸人の控えだった。
高杉 洋平(たかすぎ ようへい、1978年2月4日 - )は… 高杉 洋平(たかすぎ ようへい、1978年2月4日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 実姉の影響で寺島中学1年よりバレーボールを始める。全日本ユース代表やジュニア代表を経験し、東レアローズに入団。 高さとパワーを生かしたジャンプサーブが武器で、必殺仕事人のテーマ曲をバックに、リリーフサーバーとして活躍した。 2009年5月、現役引退。同年7月、東レアローズ女子チームのコーチに就任した。 2021-22シーズン終了をもって東レ女子のコーチを退任し、同チームの事務長に就任。
須賀 貴匡(すが たかまさ、1977年10月19日 - )は… 須賀 貴匡(すが たかまさ、1977年10月19日 - )は、日本の俳優。所属事務所はラ・セッテ。
中川 大資(なかがわ だいすけ、1977年10月8日 - )… 中川 大資(なかがわ だいすけ、1977年10月8日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都練馬区出身。第47代日本ウェルター級王者。第32代日本スーパーウェルター級王者。第58代日本ミドル級王者。帝拳ボクシングジム所属。東洋高等学校卒業。 1997年2月28日、プロデビュー戦に初回KO勝利を収めた。同年11月8日、プロ4戦目で東日本ウェルター級新人王トーナメント決勝戦に臨み、内藤賢之(シシド)に初回KO負けを喫して、しばらくリングを去った。 6年を経た2003年12月6日、茂木修との4回戦に2-1の判定勝利を収めた。2005年8月20日、小野寺洋介山(オサム)との5回戦は3ジャッジともに46-49のスコアとなり、判定負けを喫した。
根引 謙介(ねびき けんすけ、1977年9月7日 - )は、… 根引 謙介(ねびき けんすけ、1977年9月7日 - )は、大阪府出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー。 1996年に柏レイソルに入団。2004年途中からベガルタ仙台に期限付き移籍していたが、2006年に柏レイソルへ復帰。しかし、2006年シーズン終了後に戦力外通告を受け、現役引退。柏レイソルの育成・普及部の普及コーチに就任した。
たかはC(たかはシー、1975年〈昭和50年〉12月8日 -… たかはC(たかはシー、1975年〈昭和50年〉12月8日 - )は、東京都荒川区出身の放送作家。ばんぺいゆ取締役。 本名は高橋 栄文(たかはし よしぶみ)。 1996年(平成8年)3月、お笑いコンビ「マイマイカブリ」の一員としてお笑い芸人デビュー。所属事務所であるホリプロ主催のお笑いライブを中心に活動する傍ら、同じ事務所の先輩であるさまぁ〜ずのライブに端役で出演するなどしていた。 2003年(平成15年)のコンビ解散後からは、さまぁ〜ずの付き人として大竹一樹・三村マサカズの運転手などを務め、2004年(平成16年)にはさまぁ〜ずが出演するバラエティ番組の構成に携わるようになる。初めて構成スタッフとして参加した『内村プロデュース』(テレビ朝日)において「たかはC」のペンネームを使用するようになった。
笠原 紀久(かさはら のりひさ、1973年9月28日 - )… 笠原 紀久(かさはら のりひさ、1973年9月28日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。東京都武蔵野市出身。ポジションはウイングスパイカー。 学生時代はジュニア代表に選ばれ、世界ジュニア、アジアジュニアに出場。中央大学を卒業後、1996年に東レ・アローズに入団。 元全日本代表の齋藤信治、小林敦とは同期入団で、2005年の第11回Vリーグでは東レ悲願の初優勝に貢献した。 2008年の第57回黒鷲旗大会を最後に現役引退するまで東レの中心選手として活躍した。
ヲタル(1971年4月28日 - )は、日本のお笑いタレント… ヲタル(1971年4月28日 - )は、日本のお笑いタレント、歌手、ラジオパーソナリティ、アイドルプロデューサー。 本名および旧芸名、松崎 直哉(まつざき なおや)。また、「ヲタルm(_ _)m」「ナオヤ☆GOGO」名義での活動もあった。 所属事務所はチックロボットジャパン、また同事務所のエンタテイメント事業部部長に就任している。 東洋高等学校在学中に東京宝映(宝映テレビプロダクションの前身)に入所し、役者として芸能界デビュー。その後アイドルを目指し、静岡県にある「タレント・ミュージック・スクール」(元フォーリーブスの青山孝史、おりも政夫の設立した音楽学校)のオーディションに合格。 高校卒業後、大学進学の内定を蹴って同校へ新幹線で通学。
東 幹久(あずま みきひさ、1969年8月12日 - )は、… 東 幹久(あずま みきひさ、1969年8月12日 - )は、日本の俳優、タレント。
菅原 紀元(すがわら のりもと、1940年7月25日 - )… 菅原 紀元(すがわら のりもと、1940年7月25日 - )は、東京都出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 東洋商業高校では、エースとして1957年秋季東京大会準々決勝に進むが、都四商に敗退。 1959年に大毎オリオンズへ入団。1962年に自己最多となる57試合に登板し12勝10敗の成績を記録したが、以後は肩痛に悩まされ、勝利を挙げることなく1965年に引退した。 武器はカーブ、シュート。
平 凡太郎(たいら ぼんたろう、1933年3月10日 - 2… 平 凡太郎(たいら ぼんたろう、1933年3月10日 - 2002年10月4日)は、東京市(現:東京都)中野区出身の俳優、コメディアン。本名平正美。 東洋工業学校(現:東洋高等学校)卒。 15歳の時に九州地方で「コミック一座」を立ち上げ、全国を巡業。その後は喜劇俳優の柳家金語楼に弟子入りし、「メリケン小僧」の名でデビュー。 映画、テレビドラマ、舞台と幅広く活動。森川信、由利徹、谷村昌彦らと喜劇の一時代を築いた。 1950年、東宝の専属女優であった持田和代(柏まゆみ)と結婚(1985年、死別)。1988年、桂子と再婚。 2002年10月4日、肺炎のため死去。69歳没。 弟子は俳優・司会者の仲良太郎。
茂手木 元蔵(もてぎ もとぞう、1912年6月21日 - 1… 茂手木 元蔵(もてぎ もとぞう、1912年6月21日 - 1998年6月25日)は、日本の古代哲学研究者。 山梨県甲府市出身。1938年東京帝国大学文学部哲学科卒。東洋高等学校講師、横浜大学[疑問点 – ノート]助教授、校名変更で横浜市立大学教授となり、1978年定年退官、名誉教授、大正大学教授を務めた。アリストテレスやルキウス・セネカを専門とする。
万年 東一(まんねん とういち、1908年〈明治41年〉9月… 万年 東一(まんねん とういち、1908年〈明治41年〉9月10日 - 1985年〈昭和60年〉3月28日)は、日本の元陸軍軍人(上海特務機関)、右翼活動家、愚連隊の首領、総会屋。右翼団体大日本一誠会初代会長。全日本女子プロレス初代会長。山形県飽海郡松嶺町出身。安部磯雄襲撃事件、渋谷事件などで知られる。 明治41年(1908年)9月10日に山形県飽海郡松嶺町で生まれた。父は小学校の教頭だった。東一は次男だったが、長男は生まれてすぐに死亡した。 大正8年(1919年)、父が東京の親戚の事業を手伝うことになり、一家で上京した。 同年、父が手伝った事業は失敗し、父は裁判所の書記官に任官した。一家は京王線の沿線に住んだ。
青井 政美(あおい まさみ、1907年〈明治40年〉12月2… 青井 政美(あおい まさみ、1907年〈明治40年〉12月22日 - 1991年〈平成3年〉1月29日)は、日本の農業協同組合指導者、実業家、政治家。位階は正五位。参議院議員(1期)。 愛媛県越智郡、のちの今治市で生まれる。1927年(昭和2年)東洋商業学校(現東洋高等学校)を卒業。繊維関係の商業に従事した。 富田村農業会会長、愛媛県経済農業協同組合連合会会長を務める。1947年(昭和22年)愛媛県議会議員に選出され2期在任し、同副議長も務めた。愛媛県農協四連会長、全国農業協同組合連合会代表監事などを歴任した。1969年(昭和44年)に長年、農業関係団体要職に就いて育成指導に努め技術普及畜産振興を図り農業発展に寄与したとして藍綬褒章受章。
岡本 不二(おかもと ふじ、1905年7月4日 - 1984… 岡本 不二(おかもと ふじ、1905年7月4日 - 1984年1月4日)は、愛知県名古屋市出身のボクサー。日本ボクシング草創期の強豪。のち不二拳を設立、ピストン堀口の師としても知られる。 東洋商業学校卒業後、渡辺勇次郎の日本拳闘倶楽部に入門、1924年には同倶楽部主催のフライ級タイトル決定戦に勝ち、フライ級チャンピオンとなる。1926年には靖国神社相撲場での第1回全日本アマチュアボクシング選手権大会フライ級制覇、1928年、アムステルダム五輪にはバンタム級として2回戦から出場したが、初戦で敗退した。 その後は日本拳闘倶楽部の師範としてピストン堀口らを育てたが、のちピストンと共に独立、不二拳(現不二ボクシングジム)を設立した。
杉浦 鋼太郎(すぎうら こうたろう、1859年〈安政5年〉1… 杉浦 鋼太郎(すぎうら こうたろう、1859年〈安政5年〉12月 - 1942年〈昭和17年〉)は、明治時代から昭和時代の教育者。現在も残る大成高等学校や東洋高等学校、芝国際中学校・高等学校を創立した。中等教育や受験教育、国語教育、女子教育、商業教育などで私学の先駆けとなる事業を手掛けた人物。 尾張藩士の長男として名古屋で生まれる。1875年(明治8)に上京し、英学や漢文を学んだ。西南戦争に従軍した後、警察官となったが、病を得たため名古屋に戻り、民権運動に従事した。再び上京し1884年、明治法律学校に入学し。在学中、学資が尽きたため、新聞の探訪員(外回り記者)をしながら勉学を続けたという。同学校の振興策を発案したところ、学校の経営状況が改善したというのが教育に携わるきっかけとなる。
池田 大作 は、日本の宗教家、作家。創価学会名誉会長。
内山 正平 は、日本の元男子バレーボール選手である。
林家 時蔵(はやしや ときぞう)は、落語家の名。代数をつけて… 林家 時蔵(はやしや ときぞう)は、落語家の名。代数をつけて呼ぶことはない。 林家 時蔵(1948年3月2日 - )は、日本の落語家。落語協会所属。本名:中川 義隆。出囃子は『外記猿』。千葉県千葉市出身。 両国小学校、両国中学校、東洋高等学校、1972年3月に東洋大学文学部国文学科卒業。 1973年2月、八代目林家正蔵に入門。4月より前座になる、前座名は本名より「林家よし蔵」。 1977年3月、橘家六蔵、桂文太、入船亭扇好と共に二ツ目に昇進、「時蔵」に改名。1982年3月に師匠彦六が死去したことより、一門の総領弟子であった五代目春風亭柳朝門下に移籍するが12月に師匠柳朝が脳梗塞に倒れたため、兄弟子の初代林家木久蔵一門に再度移籍。