上野 梨紗(うえの りさ、2006年6月24日 - )は、日… 上野 梨紗(うえの りさ、2006年6月24日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。四段。藤澤一就八段門下。 東京都中野区出身。同じく囲碁棋士の上野愛咲美は実姉。 姉・愛咲美の影響を受けて4歳のころから囲碁を始め、藤澤一就が主宰する新宿こども囲碁教室に通う。 小学2年生のときに日本棋院の院生となり、2017年7月にタイで開催された第34回ワールドユース囲碁選手権ジュニアクラス(12歳以下)では3位入賞。 2019年、女流棋士採用試験本戦を7勝1敗の成績で突破、4月に入段。女流棋士の12歳9か月での入段は、仲邑菫(2019年、10歳0か月)・藤沢里菜(2011年、11歳6か月)に次ぐ3番目の年少記録(当時)。
伊 了(い りょう、2001年8月15日 - )は、日本の囲… 伊 了(い りょう、2001年8月15日 - )は、日本の囲碁棋士。日本棋院東京本院所属、五段。東京都荒川区出身。 2001年に東京都で生まれる。日本棋院の棋士採用試験に合格し、2017年夏季入段(2018年度採用)。 洪道場の紹介では、自身の棋風を「夢見がちな棋風」としている。 この項目は、囲碁の棋士(アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:ボードゲーム/プロジェクト:人物伝)。
大西 竜平(おおにし りゅうへい、2000年3月14日 - … 大西 竜平(おおにし りゅうへい、2000年3月14日 - )は日本の囲碁棋士。日本棋院東京本院所属。東京都狛江市出身。 主な実績に第41期新人王戦優勝、本因坊戦リーグ1期など。 小学1年生のときに祖父から教わって囲碁を始め、3年生からは緑星学園で囲碁を学んだ。2010年4月、5年生でソウルに留学し、囲碁道場・許壮会道場で勉強し始める。日本に帰国したのは1年に2回ぐらいだった。初めの1年間は許壮会道場の指導模範の洪章植七段の家で居候していた。韓国では毎日午前9時から午後9時まで1日10時間ぐらい囲碁の勉強をしていた。また 韓鐘振九段特に熱心に教えてもらった。韓国語は、留学してから半年ほどしたらふつうに会話できるようになったという。
梶浦 宏孝(かじうら ひろたか、1995年7月6日 - )は… 梶浦 宏孝(かじうら ひろたか、1995年7月6日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。鈴木大介九段門下。棋士番号は301。東京都新宿区出身。 5歳程度で父親に将棋を教えられた。 2008年、鈴木大介門下で奨励会6級で入会。入門当時は振り飛車党だったが、1級から初段に上がる頃に居飛車党に転向。順調に昇級を重ね2012年後期の第52回三段リーグから三段リーグ入り。 初参加の52回は5勝13敗と最下位に終わり、次回53回も同じく5勝13敗で後ろから2番目と低迷する。54回は他力ながら昇段の可能性のある状況で最終日を迎えたが、同星の星野良生と宮本広志に順位差で頭ハネとなり、昇段次々点に留まった。 55回は、2位という好順位から最終日を11勝5敗の4番手で迎える。
安達 利昌(あだち としまさ、1991年4月15日 - )は… 安達 利昌(あだち としまさ、1991年4月15日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。七段。小松英樹九段門下。東京都荒川区出身。 囲碁愛好家で写真家の父から、保育園時代に囲碁を教えられ、兄と共に覚える。 1999年、東京都台東区立金曽木小学校2年時に、少年少女囲碁大会に出場し、後の院生に敗れて8位。 2000年、同3年時に、少年少女囲碁大会に出場し、途中敗退。四都市対抗少年少女囲碁団体戦の代表に内田修平と共に選ばれるも全敗。 2001年、同4年時に、少年少女囲碁大会に出場し、初戦敗退。同年より、緑星囲碁学園へ通い始める。 2003年、同6年時に、少年少女囲碁大会に出場し、5位入賞。 2004年、荒川区立諏訪台中1年時に、全日本こども囲碁大会とジュニア本因坊戦で優勝。
新垣 望(あらがき のぞみ、1985年 - )は、日本の囲碁… 新垣 望(あらがき のぞみ、1985年 - )は、日本の囲碁インストラクターである。 日本棋院東京本院所属の新垣武九段の次女として1985年に東京に生まれ、5歳から囲碁を始めた。また、藤村女子中学校・高等学校在学中には囲碁部に所属した。 1999年、日本棋院院生となり、2003年に卒業した。スカイパーフェクTV!・囲碁将棋チャンネルには2004年から記録係として出演、翌2005年からは聞き手として出演した。 新垣の実姉である新垣未希も囲碁インストラクターであり、共同でブログ『未希&望の囲碁Blog』を公開していたこともあるほか、 スカパーHDの番組、『街角囲碁教室 -新垣姉妹と楽しく学ぼう』には姉妹で出演している。
長島 梢恵(ながしま こずえ、1984年10月3日 - )は… 長島 梢恵(ながしま こずえ、1984年10月3日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁女流棋士。三段。旧姓は向井(むかい)。東京都板橋区出身。本田幸子七段門下。
新垣 未希(あらがき みき、1983年 - )は、日本の囲碁… 新垣 未希(あらがき みき、1983年 - )は、日本の囲碁インストラクターである。 日本棋院東京本院所属の新垣武九段の長女として1983年に東京都に生まれ、7歳から囲碁を始めた。 藤村女子中学校・高等学校在学中には囲碁部に所属し、全国高校囲碁選手権大会の個人戦(女子の部)では1998年に行われた第22回大会で優勝、翌年の第23回大会では準優勝し、更に2000年の第24回大会では再び優勝した。また、個人戦で準優勝であった1999年の第23回大会では、団体戦で優勝している。 高校卒業後に進学した早稲田大学教育学部では社会学を専攻するとともに早稲田大学囲碁会に所属、第37回全日本女子学生囲碁選手権で優勝、さらに2002年(平成14年)の春季関東学生囲碁リーグ戦女子I部(団体戦)でも優勝している。
河野 臨(こうの りん、1981年1月7日 - )は、囲碁の… 河野 臨(こうの りん、1981年1月7日 - )は、囲碁のプロ棋士、九段。東京都西東京市出身。保谷市立(現・西東京市立)明保中学校卒業。日本棋院東京本院所属。小林光一名誉三冠門下。天元位3連覇(第31期-第33期)。棋聖位・名人位・本因坊位・碁聖位挑戦者。妻は囲碁棋士の奥田あや。 父親に碁を教わり、小学4年生ごろから仁風会(木谷実の「土曜木谷会」の後継の会)に参加して、さらに小林光一の研究会に参加するようになり、のちに小林に師事。 1996年入段、二段に昇段。1997年三段、大手合第二部優勝。1998年四段。1999年五段。2001年六段、棋道新人賞。 2003年七段、天元戦挑戦者決定戦進出。
秋山 次郎(あきやま じろう、1977年11月23日 - )… 秋山 次郎(あきやま じろう、1977年11月23日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。九段。東京都世田谷区出身。菊池康郎に師事。主な実績に、NEC俊英囲碁トーナメント戦優勝、天元戦挑戦者など。 小学校1年で母方の叔父の影響で囲碁を始める。兄と共に碁会所に通ううち、転居を経て小学3年で菊池康郎の紹介を経て、緑星囲碁学園に通うようになる。同学園では、同学年の溝上知親や後に入園してきた1級下の山下敬吾と切磋琢磨し実力をつける。1988年小学5年の時に少年少女囲碁大会3位入賞。1992年入段。 1994年竜星戦予選で6連勝して本戦入りしベスト4進出、38勝6敗で全棋士勝率1位、四段。1996年五段。
加藤 充志(かとう あつし、1974年(昭和49年)8月14… 加藤 充志(かとう あつし、1974年(昭和49年)8月14日 - )は、日本の囲碁棋士。東京都出身、日本棋院所属、菊池康郎に師事、九段。JT杯星座囲碁選手権戦優勝など。中央を好む棋風。 東京都江東区生まれ。9歳の時に祖父から囲碁を学び、菊池康郎の緑星囲碁学園に通う。1986年少年少女囲碁大会小学生の部で5位入賞。その後日本棋院院生となり、1990年入段。1992年棋聖戦三段戦優勝。1993年四段時に日中スーパー囲碁で4人抜きし「スーパーアツシ君」と呼ばれる。1996年、棋聖戦五段戦優勝、選抜戦でも優勝し、最高棋士決定戦進出。1997年には六段戦優勝するが選抜戦では準優勝。1998年JT杯で獅子座の部に優勝して本戦出場、決勝で趙治勲を破って棋戦初優勝。
高野 英樹(たかの ひでき、1970年5月8日 - )は、日… 高野 英樹(たかの ひでき、1970年5月8日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士、日本コントラクトブリッジ連盟公認プロ。東京都出身。 小学・中学・高校・大学のビッグタイトルの獲得歴のある唯一の棋士として知られる。またサラリーマン経験のある数少ない棋士でもある。何度もプロ棋士になるよう内弟子や院生への誘いを受けたが、それを断り続け外来として入段した。 菊池康郎の緑星囲碁学園で力をつけ現在も関わりを持つ。 コントラクトブリッジの強豪としても知られ、囲碁棋士としてプロ入り以降にプロとなっている。ただしプロといえど、2010年まで日本国内に賞金付の大会は少なく、実業として囲碁による収入がメインである。
稲葉 禄子(いなば よしこ、本名:白江 禄子(しらえ - )… 稲葉 禄子(いなば よしこ、本名:白江 禄子(しらえ - )、1969年4月15日 - )は、日本のアマチュア女流棋士(囲碁)、囲碁指導インストラクターである。段位はアマチュア六段。元日本棋院院生。 藤村女子高等学校を経て、東京富士大学短期大学部卒業。 日本棋院所属の引退棋士白江治彦八段は義父。夫は、ダイアモンド囲碁サロン経営者の白江徹一。
武宮 正樹(たけみや まさき、1951年1月1日 - )は、… 武宮 正樹(たけみや まさき、1951年1月1日 - )は、囲碁のプロ棋士、九段。名人1期、本因坊6期など。東京都葛飾区出身。日本棋院所属。本因坊時代の雅号は当初「秀樹(しゅうじゅ)」であったが、2度目の獲得以降は「正樹(せいじゅ)」と改めた。また世界選手権設立当初に活躍したため、「世界最強の男」の異名を取った。 中央に大模様を作る厚み重視の棋風は、「宇宙流」という愛称で知られる。田中三七一・木谷実に師事。尊敬する棋士は藤沢秀行名誉棋聖など。同じ木谷実門下の石田芳夫、加藤正夫と並んで「黄金トリオ」「木谷三羽烏」と呼ばれ、木谷一門黄金時代の一翼を担った。 妻は梶和為九段の娘。プロ棋士の武宮陽光は長男。
小野田 千代太郎(おのだ ちよたろう、1896年(明治29年… 小野田 千代太郎(おのだ ちよたろう、1896年(明治29年)3月18日- 1944年(昭和19年)1月11日)は、日本の囲碁棋士。東京出身、方円社、日本棋院、棋正社などに所属、八段。院社対抗戦などで活躍し、強腕で鬼田強太郎の異名を取った。登山家としても著名。 東京京橋に金融業を営む父を持って生まれ、8歳頃から父が打っているのを見て碁を覚える。9歳の時には当時14歳の加藤信に七子で打ったといい、また本因坊秀栄、吉田菊子などに教えを受け、1907年12歳から方円社塾生となる。その後関星月発起で少年囲碁会が催された際に、坊門で2歳下の小岸壮二と対戦するが4連敗で先相先に打ち込まれ、次いで頭山満の計らいで数度の十番碁を打つが定先に打ち込まれた。
巌崎 健造(いわさき けんぞう、天保12年9月1日(1841… 巌崎 健造(いわさき けんぞう、天保12年9月1日(1841年10月15日) - 大正2年(1913年)10月2日)は、囲碁の棋士。武蔵国出身、9世安井算知門下、八段。元の名は海老沢健造。方円社3代目社長として、碁界のもう一方の本因坊秀栄とともに明治後半の囲碁界を取り仕切り発展に努めた。 多摩郡田無村(現・東京都西東京市)の旅人宿の次男に生まれ、幼名は鍋吉。父や親戚の影響で7歳の頃から囲碁を嗜んだ。家が零落したため8歳の時に新座郡新倉村東福寺に預けられ忍治となる。和尚実願の碁の相手をしていたが、実願は才能を見て太田雄蔵に弟子入りさせ、当時本因坊秀和に星目で打ち1目勝している。12歳の頃に実願が大病にかかった際には、近隣にて賭碁で薬代を稼いだともいう。