大高 博幸(おおたか ひろゆき、1948年6月22日 - )… 大高 博幸(おおたか ひろゆき、1948年6月22日 - )は、神奈川県小田原市出身のビューティーエキスパート。苗字の表記は正しくは「大髙」。 1973年、外資系化粧品会社のトレーナーとして勤務。1997年、フリーランスになり、女性誌や美容関連イベント、化粧品会社のアドバイザーやマーケティングに携わった。ラジオ番組J-WAVEの「VIVA! ACCESS」で、月1回「欅坂 BEAUTY CLINIC」コーナーを担当し、視聴者の美容に関する質問に答えた。
ちあき 哲也(ちあき てつや、本名:小林 千明(こばやし ち… ちあき 哲也(ちあき てつや、本名:小林 千明(こばやし ちあき)、1948年6月11日 - 2015年5月10日)は、神奈川県藤沢市出身の作詞家。別名:千明 哲也(ちあき てつや)。 関東学院大学卒業後、浜口庫之助に師事。作品を認められ、作詞家デビュー。在学中に「女の旅路」(歌:いとのりかずこ)を作ったことはあったが、1972年(昭和47年)の「黄色い麦わら帽子」(歌:松崎しげる)がデビュー作。 2007年に『吾亦紅』(歌:すぎもとまさと)で日本レコード大賞作詞賞を受賞。2008年に第16回スポニチ文化芸術大賞優秀賞を受賞。 2013年7月17日 ちあき哲也・杉本眞人コンビ作品集CD『すぎもとまさと Meets ちあき哲也』発売。
野谷 文昭(のや ふみあき、1948年6月6日 - )は、日… 野谷 文昭(のや ふみあき、1948年6月6日 - )は、日本のラテンアメリカ文学研究者、翻訳家。東京大学名誉教授、名古屋外国語大学名誉教授、立教大学名誉教授。 神奈川県川崎市生まれ。 東京学芸大学附属高等学校を卒業。1971年、東京外国語大学外国語学部スペイン語学科を卒業し大学院に進む。1975年同・外国語学研究科修士課程修了(ロマンス系言語)。 1986年より東京工科大学助教授。1987年より立教大学助教授、1994年教授昇進。2005年より早稲田大学教育・総合科学学術院(教育学部複合文化学科)教授。2008年より東京大学大学院人文社会系研究科現代文芸論教授。2013年に東京大学を定年退職し、名誉教授となった。
井桁 貞義(いげた さだよし、1948年5月16日 - 20… 井桁 貞義(いげた さだよし、1948年5月16日 - 2024年8月22日)は、日本のロシア文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。専門は異文化コミュニケーション論、ロシア近代文学、ロシア現代文化、国際文化学。日本ロシア文学会元会長。 実父はロシア語学者・井桁貞敏。露和辞典など父の後を継いで編纂している。 神奈川県出身。1967年、東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業。早稲田大学文学部ロシア文学科卒業、同大学院博士課程修了。長年、早稲田大学文学学術院教授を務め、2013年3月退職(同年4月から1年間非常勤講師)。
大嶋 仁(おおしま ひとし、1948年5月15日- )は、日… 大嶋 仁(おおしま ひとし、1948年5月15日- )は、日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。「からつ塾」運営委員。 神奈川県鎌倉市生まれ。1975年東京大学文学部倫理学科卒、在学中にフランス政府給費留学生としてパリに2年滞在。1980年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリで教えた後、1995年福岡大学人文学部教授。2016年退職、名誉教授。佐賀県唐津市で「からつ塾」の運営にも当たる。2011-13年日本比較文学会会長。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
千葉 景子(ちば けいこ、1948年〈昭和23年〉5月11日… 千葉 景子(ちば けいこ、1948年〈昭和23年〉5月11日 - )は、日本の政治家。 法務大臣(第82・83代)、参議院国会等の移転に関する特別委員長、同環境特別委員長、同決算委員長、参議院議員(4期)、日本社会党中央執行副委員長民主党総務委員長、同広報委員長、同副代表などを歴任。旭日大綬章受章。 神奈川県出身。横浜国立大学学芸学部附属横浜中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1971年(昭和46年)中央大学法学部を卒業。 1982年(昭和57年)、弁護士登録。横浜弁護士会に所属。弁護士時代の活動としては、有名な訴訟として厚木基地爆音訴訟、富士見産婦人科病院事件、宇都宮病院事件などがある。 弁護士活動を通じて日本社会党と関係が生まれ、所属していた弁護士事務所長からの薦めもあり、1986年(昭和61年)、第14回参議院議員通常選挙に日本婦人会議神奈川県本部の支援を受け、社会党公認で神奈川県選挙区から立候補し初当選。
米山 哲夫(よねやま てつお、1948年4月27日 - )は… 米山 哲夫(よねやま てつお、1948年4月27日 - )は、神奈川県出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。 横浜高校では、1965年秋季関東大会準決勝に進むが大宮高に敗退。翌1966年夏の甲子園県予選は準々決勝で慶應高に敗れ、甲子園には届かなかった。卒業後は専修大学に進むが1年で中退。浜田産業を経て東芝に入社、1970年の産別大会に日立製作所の補強選手として出場。 同年のドラフト5位で西鉄ライオンズへ入団。1年目から一軍に上がり、6月からは二塁手、三塁手として31試合に先発出場。1972年にはジュニアオールスターにも選出された。その後も内野の準レギュラーとして起用されるが、1975年に西沢正次、松林茂とのトレードで三輪悟と共に広島東洋カープへ移籍。
仲戸川 隆人(なかとがわ たかんど、1948年4月16日 -… 仲戸川 隆人(なかとがわ たかんど、1948年4月16日 - 2024年7月16日)は、日本の元裁判官。弁護士。神奈川県出身。神奈川県立湘南高校、東京大学法学部卒業。千葉地方裁判所部総括判事(民事第5部)などを歴任。 青年法律家協会の会員で、全国裁判官懇話会にも参加。日本裁判官ネットワークのメンバーの一人。
仲戸川 隆人(なかとがわ たかんど、1948年4月16日 -… 仲戸川 隆人(なかとがわ たかんど、1948年4月16日 - )は、日本の元裁判官。神奈川県出身。神奈川県立湘南高校、東京大学法学部卒業。千葉地方裁判所部総括判事(民事第5部)などを歴任。
山梨 俊夫(やまなし としお、1948年4月1日 - )は、… 山梨 俊夫(やまなし としお、1948年4月1日 - )は、日本の美術史家、国立国際美術館館長。日本とフランスの近現代美術を主な専門領域とし、数多くの展覧会企画を担当する。 神奈川県横浜市生まれ。1972年東京大学文学部美学美術史学科卒業。1976年神奈川県立近代美術館学芸課勤務、1992年同館学芸課長、2002年副館長、2004年館長。定年後も非常勤館長として勤務。2011年国立国際美術館館長。2013年全国美術館会議副会長。2017年『風景画考』で平成28年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
西村 和子(にしむら かずこ、1948年〈昭和23年〉3月1… 西村 和子(にしむら かずこ、1948年〈昭和23年〉3月19日 - )は、日本の俳人。 神奈川県横浜市生まれ。旧姓・是松。実践女子学園中学校・高等学校を経て、1970年に慶應義塾大学文学部国文学専攻を卒業。1966年、大学入学と同時に「慶大俳句」に入会し、清崎敏郎に師事。翌年より清崎主宰の「若葉」に投句。1972年、「若葉」の20代作家による会「青胡桃会」発足、参加。このころに結婚、のち二児を出産。1981年、「若葉」同人。1996年、「慶大俳句」からの句友である行方克巳とともに「知音」を創刊、行方とともに代表を務める。俳人協会新人賞、俳人協会評論賞、俳人協会賞、桂信子賞などを受賞。1977年より俳人協会会員(理事)。
ドジ井坂(ドジいさか)こと井坂 啓美(いさか ひろみ、194… ドジ井坂(ドジいさか)こと井坂 啓美(いさか ひろみ、1948年3月13日 - 2022年3月18日)は、(ハワイにおいて)日本の男性初代プロサーファー。神奈川県茅ヶ崎市出身。 茅ヶ崎市立西浜小学校、鎌倉学園中学校・高等学校を卒業後、大学受験に失敗。浪人生活を経て翌年拓殖大学に推薦入学するも半年で中退。プロサーファーへ。 中学校・高校ではバスケットボール部キャプテンを務める。アメリカ文化に憧れ、洋書店でアメリカのスポーツ雑誌を立ち読みし、アメリカ文化センターに通う。高校3年の文化祭ではバスケット部のキャプテンでありながら、「アメリカンフットボール研究会」を立ち上げる。 高校2年の夏にベニヤ板と木製竜骨組空洞サーフボードを自作、サーフィンを始める。
浜田 康行(はまだ やすゆき、1948年3月12日 - )は… 浜田 康行(はまだ やすゆき、1948年3月12日 - )は、日本の経済学者。専門は金融論・中小企業論・ベンチャーキャピタル論。北海道大学名誉教授。はまなす財団理事長。「濱田康行」とも表記される。 神奈川県横浜市出身。1966年横浜市内の県立高校、1970年東北大学経済学部を卒業。全国農業協同組合連合会に勤務。1977年同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。同年、久留米大学商学部講師。1981年3月5日経済学博士(東北大学・課程博士、第6号。学位請求論文は「イギリスにおける長期信用機関の展開」久留米大学商学部附属産業経済研究所紀要第9集、1980年11月)。 1982年北海道大学経済学部助教授。
杉山 秀二(すぎやま ひでじ、1948年(昭和23年)2月2… 杉山 秀二(すぎやま ひでじ、1948年(昭和23年)2月28日 - )は、日本の経産官僚。住友商事社外取締役。経済産業事務次官、商工組合中央金庫社長等を歴任。
鈴木 康博(すずき やすひろ、1948年2月18日 - )は… 鈴木 康博(すずき やすひろ、1948年2月18日 - )は、日本のシンガーソングライター。オフコースの元オリジナル・メンバー。血液型はB型。身長182.8cm。通称は、ヤス、ヤスさん、yassと英語表記されることもある。 母の実家がある静岡県田方郡修善寺町(現:伊豆市)で生まれ、父の勤務先の社宅があった横須賀市追浜を経て、4歳の時に横浜市磯子区屏風浦の戸建てに転居し育つ。実父は京浜急行電鉄に勤務し、後に取締役になった。中学生の頃からアメリカンポップスに影響されギターを持つようになった。 横浜市立浜小学校時代に中学受験のために進学塾に通っていた電車(京浜急行電鉄)内で小田和正と出会う。1960年、奇遇にも2人揃って第一志望の栄光学園を落ちてしまい、聖光学院に進学し再会する。
大古 誠司(おおこ せいじ、1948年2月15日 - )は、… 大古 誠司(おおこ せいじ、1948年2月15日 - )は、日本の元バレーボール選手(元全日本代表)。元バレーボール全日本男子監督。 現在は、沖縄県バレーボール協会スーパーアドバイザー。中山農場顧問。日本大学鶴ヶ丘高等学校、東芝学園卒業。 神奈川県川崎市出身。甥に元プロサッカー選手の水内猛がいる。
齋藤 隆(さいとう たかし、1948年〈昭和23年〉2月11… 齋藤 隆(さいとう たかし、1948年〈昭和23年〉2月11日 - )は、日本の海上自衛官。第2代統合幕僚長、第27代海上幕僚長。防大14期。戦後生まれ(団塊の世代)初の統合幕僚長でもある。神奈川県出身。 父の斎藤頼男は海軍機関学校(第47期)を卒業し、海上自衛隊では防衛大学校学生課長などを務め、第2術科学校長(海将補)を最後に退官した。祖父も海軍水兵であった。横須賀市立池上小学校、横須賀市立池上中学校を経て、父(中22期)と同じく神奈川県立横須賀高等学校(高18期)に進学。高校時代は陸上部に所属し、200メートルハードルでインターハイ出場。のちに齋藤の海幕長在任時に海幕副長となる荒川堯一は高校の同窓である。
下川 博(しもかわ ひろし、1948年〈昭和23年〉2月10… 下川 博(しもかわ ひろし、1948年〈昭和23年〉2月10日 - 2022年〈令和4年〉1月2日)は、日本の作家、シナリオ作家。 神奈川県出身。鎌倉学園高等学校卒。早稲田大学第一文学部卒業後、脚本家としてNHKで『武蔵坊弁慶』『中学生日記』『はやぶさ新八御用帳』などを手掛ける。2006年『閉店まで』で堺自由都市文学賞を受賞、2010年『弩』で中山義秀文学賞最終候補。 2022年1月2日、死去。73歳没。晩年は体調がすぐれず、2022年8月に日本脚本家連盟から訃報が報じられた。
植田 芳暁(うえだ よしあき、本名・大串 安広、1948年2… 植田 芳暁(うえだ よしあき、本名・大串 安広、1948年2月7日 - )とは、神奈川県横浜市生まれ、川崎市育ちのドラマー、ギタリスト、コーラス編曲家。バンドグループ「加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ」のメンバーである。 愛称は「ワタリ」(GSブーム時)、「がしあき」。 デビュー前、アメリカンスクールに通うシー・ユー・チェンらとThe Dimensionsを結成し、勝ち抜きエレキ合戦の第一回チャンピオンとなる。 浪人中、ドラマーのアルバイトをしていた際に加瀬邦彦と知り合い、「ザ・ワイルドワンズ」のドラムス兼ボーカルとしてメンバーに加入、1966年にデビューを果たす。ヴォーカルをとりながらドラムスを叩くスタイルは、GSでは斬新で、高い評価と人気を得た。
福田 逸(ふくだ はやる、1948年〈昭和23年〉1月31日… 福田 逸(ふくだ はやる、1948年〈昭和23年〉1月31日 - )は、日本の演出家、翻訳家。明治大学名誉教授。国家基本問題研究所評議員。 サウンディングズ英米文学研究会、日本シェイクスピア研究会、日本演劇協会、各会員。元財団法人「現代演劇協会」理事長。父は劇作家・評論家の福田恆存。 神奈川県中郡大磯町出身。恆存の次男として生まれる。 1970年、上智大学文学部英文学科卒業。1973年、同大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。以後多くの大学・短大の兼任講師を務め、北里大学専任講師・助教授、明治大学商学部字助教授・教授として勤めるかたわら、父の演劇活動を継ぐ。(財)現代演劇協会「創立50周年誌」(平成25年(2013年)9月5日刊行)に拠ると、結成した「劇団雲」の流れを汲む「劇団昴」などで、シェイクスピア作品ほかの訳・演出、多くの翻訳を手掛けている。
有吉 喜文(ありよし よしふみ、1948年1月23日 - 2… 有吉 喜文(ありよし よしふみ、1948年1月23日 - 2018年12月30日)は、日本の実業家。株式会社魚喜創業者で、同社代表取締役社長や、代表取締役会長を務めた。 神奈川県出身。1966年横浜市立横浜商業高等学校卒業。1990年魚喜水産(現魚喜)設立、同社代表取締役就任。2006年魚喜名誉会長。2009年魚喜取締役会長。同年魚喜代表取締役社長に復帰。2015年には全国農業協同組合連合会と業務提携し、エーコープ強化などにあたった。2018年魚喜代表権会長。同年病気療養中死去した。
大崎 滋生(おおさき しげみ、1948年1月3日 - )は、… 大崎 滋生(おおさき しげみ、1948年1月3日 - )は、日本の音楽社会史家。 1948年、神奈川県横浜市生まれ。幼少にヴァイオリンを嗜む。桐朋学園大学附属音楽高校在籍中は音楽学を専攻し、高校・大学を通じて齋藤秀雄に5年間指揮法を師事した。桐朋学園大学卒業後は東京芸術大学大学院に進み、1972年に修士課程を修了。1978年から1979年にかけてヨーロッパ7カ国でJ.ハイドンの原典資料を調査研究。 その後、桐朋学園大学で教える。。1986年から1987年には、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ音楽学研究所の客員教授として音楽社会史および演奏慣習の研究に従事した。桐朋学園大学図書館長、音楽学部音楽学科音楽学専攻主任をつとめた。
和田 重良(わだ しげよし、1948年1月- )は、日本の民… 和田 重良(わだ しげよし、1948年1月- )は、日本の民間教育者、NPO法人くだかけ会代表。祖父は和田八重造、父は和田重正。 神奈川県小田原市生まれ。神奈川県立小田原高等学校、東京教育大学農学部卒業。父の一心寮の運営にたずさわり、1978年からくだかけ会の活動を始め、『月刊くだかけ』を刊行、1984年からくだかけ生活舎を運営し不登校などの青年たちと生活をともにする。1998年正力松太郎賞受賞。
渡邊 秀夫(わたなべ ひでお、1948年1月 -2026年1… 渡邊 秀夫(わたなべ ひでお、1948年1月 -2026年1月 )は、日本の国文学者である。信州大学名誉教授。 横浜市生まれ。1970年に早稲田大学教育学部国語国文学科を卒業し、1977年に同大学文学研究科博士課程満期退学。1989年「古今集時代を中心とした王朝文学の和漢比較的研究」で早大文学博士。1983年「小野小町異譚-『玉造小町子壮衰書』攷」ほかの業績で日本古典文学会賞受賞、窪田空穂賞受賞。1972年早稲田実業学校国語科教諭、1977年東横学園女子短期大学専任講師。1982年信州大学人文学部助教授、1992年教授。2005-13年人文学部長。2013年定年退任、名誉教授。この間国文学研究資料館客員助教授、北京日本学研究センター客員教授、ワルシャワ大学東洋学研究所客員教授など歴任。
古川 安(ふるかわ やす、1948年 - )は、日本の科学史… 古川 安(ふるかわ やす、1948年 - )は、日本の科学史家、PhD。横浜商科大学助教授、東京電機大学教授、日本大学教授、化学史学会会長などを務めた。
羽入 佐和子(はにゅう さわこ、1948年 - )は、日本の… 羽入 佐和子(はにゅう さわこ、1948年 - )は、日本の哲学者。お茶の水女子大学学長や、国立大学協会副会長、国立国会図書館長、文部科学省日本ユネスコ国内委員会副会長を歴任。 神奈川県立横浜平沼高等学校を経て、1973年お茶の水大学文教育学部人文学科卒業。1982年同大学院博士課程修了、学術博士。1984年お茶の水女子大学文教育学部講師。1990年同助教授。1994年お茶の水女子大学大学院人間文学研究科教授。2005年お茶の水女子大学副学長兼附属図書館長。2006年第20期日本学術会議連携会員。2009年お茶の水女子大学学長。2013年国立大学協会副会長。2015年理化学研究所理事、文部科学省科学技術・学術審議会学術分科会長代理、横浜国立大学経営協議会委員。
瀬戸 英雄(せと ひでお、1948年 - )は日本の弁護士。… 瀬戸 英雄(せと ひでお、1948年 - )は日本の弁護士。第一東京弁護士会所属。元株式会社企業再生支援機構委員長。 企業法務、事業再生・倒産法に精通し、多くの大型企業の破綻処理を手掛けている。企業再生支援機構の委員長として,京セラの稲盛和夫と共に日本航空の再生を主導した。「修羅場の王」大西康之(ダイヤモンド社 2025年10月刊)の主人公。 神奈川県立小田原高校、法政大学法学部卒業、法政大学大学院社会科学研究科修了。1996年から法制審議会倒産法部会幹事として、民事再生法の制定、会社更生法・破産法の改正に関与。会社更生が適用された第一ホテル(2000年)、マイカル(2001年)、大和生命保険(2008年)の管財人。
地主 道夫(じぬし みちお、1948年 - )は、日本の建築… 地主 道夫(じぬし みちお、1948年 - )は、日本の建築家、元ミュージシャン。 横浜市生まれ。聖光学院中学校・高等学校を経て、東北大学工学部金属加工学科卒業。その後、早稲田大学理工学部建築学科に編入学し、同大を卒業。 高校時代にジ・オフ・コース(後のオフ・コース → オフコース)に参加、早大在学中の1971年に脱退した。 1973年に竹中工務店入社。2004年から同社営業本部専門役。 現在は同社を退社し、建築家として独立している。 銀座のメゾンエルメスや青山のプラダブティックの建築を手掛ける。2005年に日本建築学会賞を受賞。
神山 純一(かみやま じゅんいち、1948年 - )は、日本… 神山 純一(かみやま じゅんいち、1948年 - )は、日本の作曲家、編曲家。日本作編曲家協会会員。自然を素材にした音楽を数多く作っている。 神奈川県私立栄光学園から早稲田大学に進学。在学中より作曲・編曲を始め、何度かの渡米で実践を積む。 大学在学中は、永井純として活動。カレッジ・フォークとして人気を集めた。代表曲「海 (THE SEA WITH YOU)」はかぐや姫によってカバーされ『かぐや姫LIVE』にも収録されている。 「海」を発表した時は大学1年生で人前で歌った経験はほとんどなく、度々おぼつかないギターを弾きながら「ボク、また恋をしちゃった」などと言っては自作の歌を自分の部屋で壁に寄りかかって唄うような青年だった。
今岡 清(いまおか きよし、1948年 - )は、日本の元編… 今岡 清(いまおか きよし、1948年 - )は、日本の元編集者、天狼プロダクション代表取締役。作家の栗本薫は2度目の妻。 横浜市出身。中央大学法学部進学と同時に、SFファングループ「一の日会」に参加する。大学卒業後の1971年、日刊自動車新聞社に3か月勤務したのちに、早川書房に入社、SF担当の編集者となる。 森優(南山宏)が退社した1974年に、長島良三編集長のもとで『S-Fマガジン』の編集者になる。のち、早川浩(のちに社長、現・会長)編集長時代(今岡は編集長代行)を経て、1979年から6代目の『S-Fマガジン』編集長に就任する。1979年から、中断していたハヤカワ・SFコンテストを再開させ、神林長平、大原まり子など「SF作家第三世代」の作家たちをデビューさせるなど、手腕を振るう。
矢島 正見(やじま まさみ、1948年 - )は、日本の社会… 矢島 正見(やじま まさみ、1948年 - )は、日本の社会学者。一般財団法人青少年問題研究会理事長、元中央大学教授。専攻は犯罪社会学、社会病理学、性社会学。 神奈川県横浜市生まれ。1971年、中央大学文学部社会学科卒業、1979年、同大学院文学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学。1981年、大正大学文学部専任講師、1982年、同文学部社会福祉学科専任講師、1987年、同文学部社会福祉学科助教授。1991年、中央大学文学部助教授、1993年、同文学部教授、2005年、日本社会病理学会出版賞受賞、2007年、日本社会病理学会出版奨励賞受賞。一般財団法人青少年問題研究会理事長。
坪内 隆直(つぼうち たかなお、1948年 - )は写真家… 坪内 隆直(つぼうち たかなお、1948年 - )は写真家。横浜市出身。 2輪におけるモータースポーツフォトグラファーの草分け。写真家の二村保に師事後、フォトグラファーとして独立。永年にわたりロードレース世界選手権を追い続ける。2輪レース専門誌「グランプリ・イラストレイテッド」創刊時の編集長、GPMA(現 MSMA)創設時の事務局長などを務める。 1948年、神奈川県横浜市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。1972年、二村保に師事。独立後に渡欧しF1やルマン24時間レースなど撮影。1973年、ロードレース世界選手権など2輪レースの取材も開始。『サイクルサウンズ』や『オートテクニック』などに写真を発表。
梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本の… 梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、毎日新聞記者、音楽評論家、桐朋学園大学学長(2013年4月ー2022年3月任期満了退任)。専門は、西洋音楽史。 神奈川県鎌倉市生まれ。1971年早稲田大学第一文学部西洋哲学科卒業。毎日新聞社東京本社編集局に入社。ケルン音楽大学留学を経て、2002年から毎日新聞社東京本社学芸部専門編集委員となる。2013年から毎日新聞社客員特別編集委員として音楽コラムを執筆。 2004年から母校の早稲田大学商学部非常勤講師、2010年から桐朋学園大学音楽部特任教授。2013年4月から桐朋学園大学学長に就任(2022年3月までで任期満了退任)。
関 出(せき いずる、1948年 - )は、元東京芸術大学教… 関 出(せき いずる、1948年 - )は、元東京芸術大学教授、東京藝術大学名誉教授。
宮城 まり子(みやぎ まりこ、1947年12月19日 - )… 宮城 まり子(みやぎ まりこ、1947年12月19日 - )は、日本の心理学者、臨床心理士。法政大学キャリアデザイン学部教授。専門は臨床心理学、キャリアカウンセリング、産業・組織心理学、生涯発達心理学。 神奈川県出身。1966年フェリス女学院高等学校卒業。1970年慶應義塾大学文学部心理学科卒業。1973年早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。 大学院修了後、臨床心理士として東邦大学医学部付属大森病院、聖母病院などで臨床活動に従事。1997年にカリフォルニア州立大学大学院教育学研究科カウンセラー教育修士課程キャリアカウンセリングコース研究留学(Visiting Scholar)。産能大学(現・産業能率大学)専任講師・助教授を経て、2002年立正大学心理学部臨床心理学科助教授。
長谷川 郁夫(はせがわ いくお、1947年12月15日 - … 長谷川 郁夫(はせがわ いくお、1947年12月15日 - 2020年5月1日)は、日本の文芸編集者・評論家。元小澤書店社長、大阪芸術大学教授も務めた。日本編集者学会初代会長。 神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学在学中の1971年に小沢(小澤)書店を創立。約六百数十点の文芸書の編集・制作に携わったが、2000年秋、東京地裁に自己破産を申請し倒産した。のち編集プロダクションを主宰し、長谷川郁夫事務所取締役、法政大学兼任講師。2007年から、大阪芸術大学教授、2013年から同芸術学部文芸学科長(2020年3月まで)。2010年2月日本編集者学会を発足し会長。 編集した全集類に「青山二郎文集」、「小川国夫全集(全14巻)」(各・小澤書店、1991~1995)、「田村隆一全集(全6巻)」(河出書房新社、2010~2011)などがある。
池田 憲人(いけだ のりと、1947年〈昭和22年〉12月9… 池田 憲人(いけだ のりと、1947年〈昭和22年〉12月9日 - )は、日本の実業家。元株式会社ゆうちょ銀行取締役兼代表執行役社長。神奈川県出身。 神奈川県立横須賀高等学校を経て東北大学法学部を卒業。1970年に横浜銀行に入行。取締役、代表取締役CFOなどを経て、2003年に足利銀行に転職、代表取締役頭取に就任。2009年に新生銀行とあおぞら銀行が経営統合に合意し、両銀行の合併時に代表取締役社長に就任する予定だったが、2010年に両銀行が合併契約を解消した。その後、2012年に東日本大震災事業者再生支援機構が設立されるにあたり代表取締役社長に就任。2016年にゆうちょ銀行に転じ、代表執行役社長(後に、取締役兼代表執行役社長)に就任。
長谷川 恒男(はせがわ つねお、1947年〈昭和22年〉12… 長谷川 恒男(はせがわ つねお、1947年〈昭和22年〉12月8日 - 1991年〈平成3年〉10月10日)は、日本の登山家。日本アルパインガイド協会専務理事を務めた。ウータンクラブ主宰。アルプス三大北壁の冬期単独登攀の成功は世界初。神奈川県立神奈川工業高等学校卒業。神奈川県愛甲郡愛川町半原出身。 これ以降の遠征はすべて敗退する。
田尻 惠保(たじり やすお、1947年12月1日 - )は日… 田尻 惠保(たじり やすお、1947年12月1日 - )は日本の実業家。神奈川県横浜市生まれ。都市拡業株式会社(現T.K.K.ホールディングス株式会社)代表取締役。一橋大学の同窓会如水会横浜支部(横浜如水会)の第11代支部長。 大蔵氏系田尻氏の系統で肥後の金峰山麓を治めていた「山之上三名字田尻氏」の末裔で宮大工の田尻儀作の曾孫として生まれる。 神奈川県立横浜平沼高等学校、一橋大学社会学部卒業。1977年(昭和52年)、一橋大学大学院博士課程を修了。学者を目指していたが、2代にわたって実家の会社に勤める社員に懇願され、家業を継ぐ決意をし父、田尻友作の経営する「田尻海運株式会社」に入社する。 田尻友作の退任に伴い1989年(平成元年)、水環境エンジニアリング企業である都市拡業株式会社代表取締役に就任する。
河野 純一(こうの じゅんいち、1947年11月19日 - … 河野 純一(こうの じゅんいち、1947年11月19日 - )は、日本のドイツ語・ドイツ文学者、横浜市立大学名誉教授。専門は、ヨーロッパ都市文化論、ウィーン方言論。 横浜市生まれ。聖光学院中学校・高等学校卒業。 1970年横浜市立大学文理学部文科卒業。1972年東京外国語大学大学院修士課程修了。 1972年東京外国語大学特設日本語学科非常勤講師。1973年玉川大学専任講師。1977年横浜市立大学助教授。1987年ウィーン大学客員教授。1990年横浜市立大学教授。2013年横浜市立大学定年退職。2013年横浜市立大学名誉教授。 2017年中央学院大学教授。2018年 - 2021年 中央学院大学特任教授。
門松 武(かどまつ たけし、1947年 <昭和22年> 11… 門松 武(かどまつ たけし、1947年 <昭和22年> 11月16日 - )は、日本の国土交通技官。国土交通省関東地方整備局長、河川局長、日本建設情報総合センター理事長を歴任。 1966年3月、神奈川県立湘南高等学校卒業。1967年4月、東京大学理科二類に入学。1971年3月、東京大学農学部林学科卒業。学士入学で同学工学部土木工学科に再入学し、1973年3月に卒業。東大では硬式野球部で投手として活躍し、再入学後は助監督も務めた。 1973年4月、建設省に入省し、近畿地方建設局(現・近畿地方整備局) 淀川工事事務所に配属。1974年4月、同局真名川ダム工事事務所。1975年4月、福島県土木部河川課主査。
太田 治子(おおた はるこ、1947年〈昭和22年〉11月1… 太田 治子(おおた はるこ、1947年〈昭和22年〉11月12日 - )は、日本の作家。神奈川県小田原市生まれ。日本ペンクラブ会員。 父は太宰治、母は太宰の代表作「斜陽」の主人公「かず子」のモデルとなった太田静子。当時妻子のいた太宰は文学を志す静子との関係が生じ、生まれてきた娘に、「治」の一字を与えて認知した。翌年、太宰は玉川上水で自殺し、以後は炊事婦や寮母など働きづめで生計を立ててくれた静子や静子の兄弟らの愛情・支援のもと育つ。私立青葉女子学園高等学校(東京都世田谷区世田谷。1988年頃に廃校)を経て明治学院大学文学部(英米文学)卒業。 1967年、紀行文『津軽』で婦人公論読者賞を受賞。その後刊行した『手記』は、吉永小百合主演でラジオ化、映画化された(『斜陽のおもかげ』)。
尾高 忠明(おたか ただあき、1947年11月8日 - )は… 尾高 忠明(おたか ただあき、1947年11月8日 - )は、日本の指揮者。大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督。東京藝術大学音楽学部指揮科名誉教授。 作曲家・指揮者である尾高尚忠の次男として神奈川県鎌倉市に生まれる。兄は作曲家尾高惇忠。妻の尾高遵子(ゆきこ)はピアニストである。父方の伯父の尾高朝雄は西田幾多郎門下の東大法学部元教授(法哲学)、同じく伯父の尾高邦雄は東大文学部元教授(労働社会学)、従兄の尾髙煌之助は一橋大学経済研究所元教授、曾祖父の尾高惇忠は富岡製糸場の初代工場長などを務めた明治期の実業家である。曾祖父惇忠の従弟で妹婿であった実業家渋沢栄一もまた忠明の曾祖父であり、作曲家諸井三郎・誠親子とも渋沢家、および従兄の会計学者諸井勝之助を通じて縁戚関係にある。
荒川 堯一(あらかわ ぎょういち、1947年(昭和22年)1… 荒川 堯一(あらかわ ぎょういち、1947年(昭和22年)11月6日 - )は、日本の海上自衛官。第37代横須賀地方総監。神奈川県出身。 神奈川県立横須賀高等学校を経て、防衛大学校本科第16期卒業。 第4航空群司令、第1航空群司令、自衛艦隊司令部幕僚長、教育航空集団司令官、海上幕僚副長などを歴任し、第37代横須賀地方総監に就任。荒川の海上幕僚副長在任時に海上幕僚長となった齋藤隆は高校の同窓であった。 退官後は三笠保存会理事長、横須賀市観光協会会長に就任。
江部 努(えべ つとむ、1947年10月30日 - )は日本… 江部 努(えべ つとむ、1947年10月30日 - )は日本の実業家。元NTT東日本社長。電気通信協会賞受賞。 神奈川県横浜市出身。1966年神奈川県立横浜翠嵐高等学校卒業、1970年一橋大学経済学部を卒業し、日本電信電話公社入社。盛岡電話局に配属。その後北海道総支社労働部長や経営企画本部担当部長を務めた。 2003年西日本電信電話代表取締役副社長、2007年日本電信電話代表取締役副社長中期経営戦略推進室長、2008年東日本電信電話代表取締役社長。固定通信と携帯電話サービスの融合を進め、2009年には光通信回線サービス「フレッツ光」の最大通信速度を、利用料金を従来のまま、従来の2倍の毎秒200メガビットに引き上げる新サービスを開始した。
渡辺 和三(わたなべ かずみ、1947年10月30日 - 1… 渡辺 和三(わたなべ かずみ、1947年10月30日 - 1996年8月2日)は、神奈川県出身のクレー射撃選手。1992年バルセロナオリンピッククレー射撃トラップ銀メダリスト。 1980年モスクワオリンピックの日本選手団に選考されるも、アフガニスタン紛争 (1978年-1989年)の影響により、日本が大会不参加を決めた事で不出場に終わる。 続く1984年ロサンゼルスオリンピックでは、クレー射撃トラップにて総合11位。1988年ソウルオリンピッククレー射撃トラップでは総合6位と着実に順位を伸ばしていった。 自身3度目の五輪参加となる1992年バルセロナオリンピック、8月2日のスペイン・モリェト五輪射撃場でのトラップ決勝ラウンドにて、渡辺は20歳年下のチェコスロバキア(当時)のペトル・フルドゥリチカ(チェコ語版)と共に同点1位となり、サドンデスのシュートオフに進出したが、2番射台にて左に切れたクレーを失中した事でフルドゥリチカに敗れ、銀メダルとなった。
増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は… 増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。法務省入国管理局長や、最高検察庁公判部長、横浜地方検察庁検事正、仙台高等検察庁検事長等を歴任した。 神奈川県横浜市出身。1971年中央大学法学部卒業。1974年東京地方検察庁検事。法務省入国管理局長、最高検察庁公判部長、千葉地方検察庁検事正を経て、2008年横浜地方検察庁検事正。2009年仙台高等検察庁検事長。2010年に退官し、東京弁護士会弁護士登録、外立総合法律事務所入所、中央更生保護審査会委員(常勤)。2018年春の叙勲で瑞宝重光章受章。同年増田法律事務所代表。2022年月島機械取締役。2023年月島ホールディングス取締役。
島 英二(しま えいじ、1947年10月24日 - )は、日… 島 英二(しま えいじ、1947年10月24日 - )は、日本のミュージシャン、ベーシスト、ギタリスト。 東京都世田谷区で生まれ、世田谷区立八幡小学校2年生の時に父親の意向で神奈川県鎌倉市の材木座や極楽寺に転居する。鎌倉市立第一小学校、鎌倉市立第一中学校、平塚学園高等学校卒業。 自身の叔父は東芝音楽工業にてエバークリーンレコード(赤盤)を開発したチームに所属し、東芝レコード工場長も務めた人物であったという。 元々は、ギタリストであったが、高校時代に、兄の島雄一と「ロック・ビート」「チェッカーズ」を結成する。 大学浪人時代には加瀬邦彦の大学の後輩で、自身の知人でもあった井原芳隆(後の三井製糖社長)が仲介する形で加瀬と面会し、ザ・ワイルドワンズのメンバーとなる。
山下 徹(やました とおる 1947年10月9日 - )は、… 山下 徹(やました とおる 1947年10月9日 - )は、神奈川県出身の日本の実業家。
寺泉 憲(てらいずみ けん、旧芸名及び本名;寺泉 哲章〈てら… 寺泉 憲(てらいずみ けん、旧芸名及び本名;寺泉 哲章〈てらいずみ のりあき〉、1947年10月8日 - )は、日本の俳優、ジャズ歌手。神奈川県横須賀市出身。スタッフ・テン所属。血液型はB型。横須賀学院高校卒業、慶應義塾大学法学部中退。 劇団雲、演劇集団 円を経て、『ただいま放課後』での広岡大助(チョロ先生)役でブレイク。 ジェームス三木脚本作品の常連としても活躍。 大学時代の英語劇出演が俳優デビューのきっかけで、英語力を活かしたアメリカ日系2世の役を演じたこともある。 バラエティー番組で共演した田尾安志からは「(寺泉主導型のロケ展開に)あの方、還暦過ぎてるなんて思えないほど若い。年をごまかしてるんじゃないかと思うぐらい」と感心された。