芝野 虎丸(しばの とらまる、1999年(平成11年)11月… 芝野 虎丸(しばの とらまる、1999年(平成11年)11月9日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。九段。神奈川県相模原市出身。洪道場出身。兄は同じ囲碁棋士の芝野龍之介。 史上初の10代名人、10代九段。入段から史上最短での全棋士参加棋戦優勝、九段昇段、史上最年少での七大タイトル獲得、名人位獲得、九段昇段、三冠獲得、本因坊戦リーグ入り など多数の最短・最年少記録を有する。 一力遼、許家元と並び「令和三羽烏」と呼称されている。他の2人が1997年生まれで同い年なのに対し、芝野だけが1999年生まれで2歳年下になる。 『ヒカルの碁』のファンだった親の影響により、5、6歳ぐらいのときに囲碁を始める。
芝野 龍之介(しばの りゅうのすけ、1997年12月2日 -… 芝野 龍之介(しばの りゅうのすけ、1997年12月2日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁のプロ棋士、エンジニア。神奈川県相模原市出身。洪道場出身。東京理科大学卒業。弟は同じ囲碁棋士の芝野虎丸。 1997年12月2日、神奈川県相模原市に生まれる。6歳の時に囲碁を始める。東京大学教育学部附属中等教育学校に入学。13歳の時に試験を経て日本棋院の院生となる。 2016年、東京理科大学経営学部に入学。同年度、東京本院冬季棋士採用試験本選で1位となり、2017年4月1日付でプロデビュー(入段)。 2021年4月、株式会社ミリオンダウトに就職。プロ棋士と二足のわらじをはく。2023年7月14日、実弟の芝野虎丸と共同でYoutubeチャンネルを開設。
金沢 真(かなざわ まこと、1992年5月24日 - )は、… 金沢 真(かなざわ まこと、1992年5月24日 - )は、日本棋院関西総本部所属の元囲碁棋士、七段(引退に伴い八段)。神奈川県平塚市出身。藤沢秀行名誉棋聖門下。 父は毎日新聞社記者にして、全日本学生本因坊戦4連覇・日本アマ囲碁最強戦を制するなどのアマチュア強豪の金沢盛栄。叔父の金沢東栄もアマチュア強豪。兄の金沢栄介もアマチュア強豪。祖父の影響で小学1年から囲碁をはじめ藤沢秀行の教室に通う。第29回神奈川県社会福祉作文コンクールでテレビ神奈川社長賞を獲得するなど、文筆においても父譲りの才を見せている。 2002年、平塚市立なでしこ小学校4年時少年少女囲碁大会全国大会に出場。3回戦で敗れる。 2003年、同5年時少年少女囲碁大会全国大会に出場。
常石隆志(つねいし たかし、1991年5月14日 - )は、… 常石隆志(つねいし たかし、1991年5月14日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。五段。神奈川県三浦市出身、小林孝之三段(本院準棋士)門下。 小学5年で漫画「ヒカルの碁」のアニメをきっかけに囲碁を知り、中山弘氏が開く子供囲碁教室に通い始める。中学1年からプロを目指して日本棋院の院生となった。年齢制限のため2008年11月で院生を辞める。。 2009年7月、第4回朝日アマチュア囲碁名人戦三番勝負において、アマ名人の尹春浩(ユン・チュンホ、当時28歳)に2連勝してアマ名人位獲得。2010年7月第5回朝日アマチュア囲碁名人戦でも、挑戦者の河成奉(ハ・ソンボン、当時28歳)を2勝1敗で破り、アマ名人を防衛。
小山 栄美(こやま てるみ、1970年(昭和45年)1月3日… 小山 栄美(こやま てるみ、1970年(昭和45年)1月3日 - )は、日本の囲碁棋士。神奈川県出身、日本棋院所属、加藤正夫名誉王座門下、六段。女流名人戦優勝4期など。小山竜吾六段は夫、小山空也初段は実子、旧名「西田栄美」「小山滿鶴」。
内藤 由起子(ないとう ゆきこ 1966年9月19日 - )… 内藤 由起子(ないとう ゆきこ 1966年9月19日 - )は、囲碁観戦記者・囲碁ライター。 神奈川県平塚市出身。平塚市立花水小学校、平塚市立浜岳中学校、神奈川県立平塚江南高等学校を経て、お茶の水女子大学家政学部を卒業。在学中は囲碁部に所属した。 日本アイ・ビー・エム勤務の後、お茶の水女子大学大学院修士課程入学、日本食糧新聞社入社。朝日新聞紙上で囲碁名人戦・第22期より観戦記を担当。囲碁将棋チャンネル「囲碁 名局の解説 本因坊家特集」に聞き手として出演している。 囲碁ライター協会役員、東日本大学OBOG囲碁会役員。
石倉 昇(いしくら のぼる、1954年6月22日 - )は、… 石倉 昇(いしくら のぼる、1954年6月22日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。神奈川県横浜市出身。九段。
秋山 賢司(あきやま けんじ、1946年 - )は、囲碁観戦… 秋山 賢司(あきやま けんじ、1946年 - )は、囲碁観戦記者、囲碁ライター。観戦記者としてのペンネームは春秋子。アマチュア6段。 神奈川県川崎市生まれ。早稲田大学法学部卒業。在学中は囲碁部で活躍、学生囲碁連盟幹事を務める。卒業後、囲碁雑誌編集者を経て、フリーの囲碁ライターとなる。 観戦記者としてのキャリアは日本棋院選手権戦に始まり、その後天元戦で10年以上、名人戦で36年間に亘って観戦記者を務めた。2024年の第49期名人戦七番勝負観戦記にて、体力の衰えを理由として、当期を以ての引退を表明。 囲碁ライターとしては「週刊碁」や各囲碁雑誌に執筆。季刊の個人通信誌「凡鳥庵だより」を発行している。 囲碁史の研究も行い、2006年4月にスタートした「囲碁史会」の運営委員。