宮地 英敏(みやち ひでとし、1974年(昭和49年)10月… 宮地 英敏(みやち ひでとし、1974年(昭和49年)10月18日 - )は、日本の経済学者、歴史学者、経済史学者、九州大学准教授。 岐阜県多治見市出身。東海中学校・高等学校を卒業後、1994年(平成6年)4月に東京大学文化Ⅲ類に入学。1996年(平成8年)に東京大学文学部に進学後は高村直助の指導を受ける。また、1999年(平成11年)に東京大学大学院経済学研究科へ進学後は谷本雅之の指導を受けた。東京大学経済学部助手を経て、2006年(平成18年)4月から九州大学附属図書館付設記録資料館准教授。2005年(平成17年)には経営史学会賞、2009年(平成21年)には政治経済学・経済史学会賞を受賞している。
高木 智見(たかぎ さとみ、1955年 - )は、日本の中国… 高木 智見(たかぎ さとみ、1955年 - )は、日本の中国哲学、歴史学者。山口大学名誉教授。博士(歴史学)(名古屋大学・2002年)。専門は中国先秦文化史・中国古代思想。 1955年、岐阜県大垣市生まれ。名古屋大学文学部史学科に入学し、東洋史を専攻した。1978年、同大学を卒業。卒業後は同大学大学院文学研究科史学地理学に進んだ。在学中の1979年から1982年まで、文化大革命終結まもない中国へ留学し、天津の南開大学、上海の復旦大学で学んだ。上海では楊寛の知己を得た。1986年、同科を満期退学。 1989年、山口大学人文学部助教授に就いた。2002年、学位論文『先秦の社会と思想 中国文化の核心』を名古屋大学に提出して博士号を取得。
纐纈 厚(こうけつ あつし、1951年1月28日 - )は、… 纐纈 厚(こうけつ あつし、1951年1月28日 - )は、日本の歴史学者、政治学者、山口大学名誉教授。学位は、明治大学博士(政治学)。 山口大学教養部助教授、同大学教養部教授、同大学人文学部教授、同大学副学長、同大学情報機構機構長、同大学理事、同大学教育機構長などを歴任した。 岐阜県八百津町出身の歴史学者である。専攻は日本政治史であり、近代日本政治史や近代日本政治軍事史の研究に従事した。山口大学教養部助教授、同大学教養部教授を経て、同大学人文学部教授として教鞭を執り、研究特任教員にも選任された。同大学では副学長、大学情報機構機構長、大学教育機構機構長など要職を歴任し、同大学の設置者である国立大学法人においても理事を務めた。
稲葉 伸道(いなば のぶみち、 1950年4月30日 - )… 稲葉 伸道(いなば のぶみち、 1950年4月30日 - )は、日本の歴史学者。名古屋大学名誉教授。専門は日本中世史。寺社組織の研究に関する論考が多い。 岐阜県大垣市生まれ。1973年、早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。1978年、名古屋大学大学院文学研究科史学地理学専攻博士課程満期退学。1979年、日本学術振興会奨励研究員。1980年名古屋大学文学部助手、1982年同講師、1987年同助教授、1997年同教授。2000年、名古屋大学大学院文学研究科教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
所 功(ところ いさお、1941年(昭和16年)12月12日… 所 功(ところ いさお、1941年(昭和16年)12月12日 - )は、日本の法学者、歴史学者、法制史学者。専門は日本法制史。学位は法学博士(慶應義塾大学・1986年)。京都産業大学名誉教授。公益財団法人モラロジー研究所教授(研究主幹)。麗澤大学比較文明文化研究センター客員教授。京都産業大学日本文化研究所客員教授。皇學館大学特別招聘教授。 岐阜県揖斐郡小島村野中(現・揖斐川町)生まれ。岐阜県立大垣北高等学校では稲川誠一の指導の下、歴史同好会を設立。1964年(昭和39年)に名古屋大学文学部史学科を卒業し、同年皇學館高等学校非常勤講師。1966年(昭和41年)に名古屋大学大学院文学研究科修士課程修了(文学修士・名古屋大学・1966年)。
吉岡 勲(よしおか いさお、1914年3月23日 - 199… 吉岡 勲(よしおか いさお、1914年3月23日 - 1993年5月4日)は、日本の歴史学者である。岐阜県の郷土史研究に従事。皇學館大学助教授。 北海道常呂郡常呂村(本籍岐阜県)に生まれる。岐阜縣立本巣中學校(現・岐阜県立本巣松陽高等学校)を経て1933年に岐阜縣師範學校を卒業し、岐阜県内の小学校教諭・訓導を経て、岐阜市立西郷小学校・早田小学校・長良小学校・金華小学校の校長を歴任。その間、岐阜県小中学校校長会理事や全国小学校長会理事、また岐阜県教育研究所次長や岐阜県史編集室長、あるいは岐阜大学や中部女子短期大学で非常勤講師もつとめた。 1974年に満60歳で教職を勇退した後、1976年に皇學館大学文学部講師、1978年に助教授になる。
磯貝 正義(いそがい まさよし、1912年5月25日 - 2… 磯貝 正義(いそがい まさよし、1912年5月25日 - 2008年7月25日)は、日本の歴史学者。山梨大学名誉教授。山梨県立考古博物館初代館長、武田氏研究会会長、山梨県史編さん委員会委員長。専門は日本古代史。 岐阜県土岐郡時村(瑞浪市土岐町)に、父・磯貝謙造、母・操の長男として生まれる。磯貝家は岩村藩大給松平家家臣で、母方の実家伊東家は長百姓の家柄。磯貝家は祖父や叔父が製糸工場を経営しており、父の謙造は小学校校長。 岐阜県大垣中学校、第八高等学校を経て、1936年(昭和11年)に東京帝国大学文学部国史学科を卒業し、大学院へ進む。大学時代は古代史学を専攻し坂本太郎に学び、卒業論文は「律令時代に於ける地方政治、特に郡司を中心として」。
津田 左右吉(つだ そうきち、1873年〈明治6年〉10月3… 津田 左右吉(つだ そうきち、1873年〈明治6年〉10月3日 - 1961年〈昭和36年〉12月4日)は、日本の歴史学者・思想史家。早稲田大学文学部教授。記紀を史料批判の観点から古代史研究したことで知られ、日本における実証史学の第一人者。1947年帝国学士院会員選出。1949年(昭和24年)に文化勲章受章。従三位勲一等。 1913年(大正2年)の『神代史の新しい研究』、1919年(大正8年)の『古事記及び日本書紀の新研究』を刊行(のちに、それぞれ1924年(大正13年)に『神代史の研究』、『古事記及び日本書紀の研究』として補訂再刊)が代表的な初期の研究成果である。それらの研究では、記紀神話の記述について神話と歴史とを峻別し、古典に対する徹底した史料批判を通して歴史的事実を考察した。