今村 三菜(いまむら みな、1966年 - )は、静岡県出身… 今村 三菜(いまむら みな、1966年 - )は、静岡県出身のエッセイスト、イラストレーター。 静岡市生まれ。父は歯科医、母は詩人平野威馬雄の娘。静岡雙葉中学校・高等学校を経て学習院大学法学部卒業。東京青山のインテリア関係事務所への勤務を経て、義理の叔父 和田誠の勧めで自筆イラスト入りエッセイ「お嬢さんはつらいよ」を『話の特集』に連載(1993年1月 - 1994年12月)。このエッセイは1997年に『お嬢さんはつらいよ!』の題名でPHP研究所から刊行され、2001年に幻冬舎文庫から刊行された。 叔母に平野レミ(母親の妹)、従弟にTRICERATOPSの和田唱がいる。
さくら ももこ(本名非公表、1965年〈昭和40年〉5月8日… さくら ももこ(本名非公表、1965年〈昭和40年〉5月8日 - 2018年〈平成30年〉8月15日)は、日本の漫画家、イラストレーター、著述家、エッセイスト、作詞家、作曲家、脚本家。静岡県清水市(現・静岡市清水区)の中心部にある旧入江町地域出身。 自身の少女時代をモデルとしたコミック『ちびまる子ちゃん』が代表作で、「さくらももこ」は同作の主人公(まる子)の本名でもある(作中の人物については「ちびまる子ちゃんの登場人物」を参照)。単行本の売上は累計3000万部を超えるほか、エッセイストとしても独特の視点と語り口で人気が高く、初期エッセイ集三部作『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』はいずれもミリオンセラーを記録した。
宅 八郎(たく はちろう、本名:矢野 守啓〈やの もりひろ〉… 宅 八郎(たく はちろう、本名:矢野 守啓〈やの もりひろ〉、1962年8月19日 - 2020年8月11日)は、「おたく評論家」を自称するコラムニスト、エッセイスト、タレント。 執筆業の他にも、ホスト、アドバタイジング・ディレクター、ミュージシャン、DJ、とび職としても活動していた。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松南高等学校卒業。法政大学社会学部卒業。もともと漫画少年で、大学時代は「漫画研究会」に所属していた。就職活動を背広姿にバルタン星人の着ぐるみを被っていってマスコミの注目を集め、報道で取り上げられたことがあるという。テレビ用広告宣伝の製作会社に就職し蚊取線香の宣伝に出演したが対人関係の問題から退職、フリーライターとなる。
鈴木 光司(すずき こうじ、1957年〈昭和32年〉5月13… 鈴木 光司(すずき こうじ、1957年〈昭和32年〉5月13日 -)は、日本の小説家・エッセイスト。 静岡県浜松市出身。本名、鈴木 晃司。静岡県立浜松北高等学校、慶應義塾大学文学部仏文科卒業。大学卒業後は専業主夫の傍ら、自宅で学習塾を開き1人で全教科を教えながら小説を執筆する。 デビュー作の1990年の『楽園』は、1万年という時を超えた男女の愛を描く壮大なスケールの小説で、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した。翌年刊行した『リング』は横溝正史ミステリ大賞最終候補まで残り、映像化され、Jホラーブームの火付け役となった。その続編である『らせん』は1995年、第17回吉川英治文学新人賞を受賞した。
三浦 暁子(みうら あきこ、1956年11月3日 - )は、… 三浦 暁子(みうら あきこ、1956年11月3日 - )は、日本のエッセイスト。 静岡県生まれ。上智大学文学部史学科卒業。1980年、東京都立三田高等学校の先輩である三浦太郎と結婚し、三浦朱門・曽野綾子夫妻の「嫁」としてエッセイを書く。恋愛論・結婚論が多かったが、近年は人物評伝を書いている。
山口 文憲(やまぐち ふみのり、1947年5月1日 - )は… 山口 文憲(やまぐち ふみのり、1947年5月1日 - )は、日本のノンフィクション作家・エッセイスト。親しい知人には「ブンケン」「ブンケンさん」と呼ばれる。 静岡県浜松市生まれ。父の山口文太郎は静岡大学名誉教授で、戦中は浜松高等工業学校で化学を教えていた。その父から「文化国家・平和憲法」から「文憲(ふみのり)」と名付けられた。 静岡大学教育学部附属浜松小学校、中学校を経て、静岡県立浜松北高等学校を卒業。 東京芸術大学器楽科(トランペット専攻)を受験するが、不合格。高校卒業後、1966年に、東京に上京して予備校に通うが、受験に失敗し、浪人生活がつづく。 1967年、トランペットのレッスンの帰りに、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)の事務所を覗いてみたところ、後にノンフィクション作家となる吉岡忍から「ベ平連ニュース」を封筒に詰める作業を頼まれ、そのままベ平連に入会。
嵐山 光三郎(あらしやま こうざぶろう、1942年〈昭和17… 嵐山 光三郎(あらしやま こうざぶろう、1942年〈昭和17年〉1月10日 - 2025年11月14日)は、日本の編集者、作家、エッセイスト。本名は祐乗坊 英昭(ゆうじょうぼう ひであき)。 父は、朝日新聞社社員から、多摩美術大学の教授に転じたデザイナーの祐乗坊宣明。弟の祐乗坊進は造園コンサルタントで多摩美術大学講師。 静岡県浜松市に生まれ、1950年から東京都北多摩郡国立町(現:国立市)に育つ。国立学園小学校卒業。小学校時代の同級生に、後の外務省・軍縮大使の登誠一郎、朝日新聞社の宮本貢がいた。 桐朋中学校・高等学校を経て、1965年國學院大學文学部国文科卒業。専攻は中世文学。また、笠井叡は高校の2年後輩で、大学時代に笠井から土方巽を紹介され、金粉ショーのアルバイトをやったこともある。
佐野 洋子(さの ようこ、1938年〈昭和13年〉6月28日… 佐野 洋子(さの ようこ、1938年〈昭和13年〉6月28日 - 2010年〈平成22年〉11月5日)は、日本の絵本作家、エッセイスト。 代表作として、絵本『100万回生きたねこ』(1977年)。エッセイ、児童文学、脚本、小説、海外絵本の翻訳も手がけた。 1938年、満鉄調査部勤務の父利一、母シズの間に、長女(7人きょうだいの第二子)として北京で生まれる。幼少期を北京で過ごし、1945年(7歳)に大連に転居して小学校に入学、同地で日本の敗戦を迎える。1947年(9歳)に一家は山梨県に引き揚げ、当初は父方伯父のもとに身を寄せた。 1942年に三弟(生後33日)、1947年の引き揚げ後に四弟(4歳)を亡くし、1948年(10歳)には大好きであった兄(11歳)を亡くしている。