小出 邦夫(こいで くにお、1965年2月27日 - )は、… 小出 邦夫(こいで くにお、1965年2月27日 - )は、日本の裁判官、法務官僚。法務省民事局長等を経て、東京高等裁判所部総括判事、さいたま地方裁判所所長、東京高等裁判所部総括判事、東京家庭裁判所長。 愛知県名古屋市生まれ。1987年一橋大学法学部卒業。1989年東京地方裁判所判事補任官。最高裁判所事務総局総務局付判事補、福岡地方裁判所判事補(ニューヨーク大学ロー・スクール客員研究員)、法務省民事局付検事兼外務省条約局外務事務官、外務省在オランダ日本国大使館一等書記官、法務省民事局参事官を経て、2007年東京高等裁判所判事。2010年法務省民事局民事第二課長。2012年法務省民事局総務課長。2015年法務省大臣官房会計課長。
宮川 美津子(みやがわ みつこ、1960年2月13日 - )… 宮川 美津子(みやがわ みつこ、1960年2月13日 - )は日本の弁護士、最高裁判所判事。 愛知県豊橋市出身。豊橋市立青陵中学校、愛知県立時習館高等学校を経て東京大学文科一類(法学部進学課程)に入学。1983年10月、司法試験第二次試験合格。1984年に東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業。1984年4月、最高裁判所司法研修所入所(38期)。1986年4月に西村眞田法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)に入所。1990年10月、創設されたばかりのTMI総合法律事務所に入所。1993年6月にハーバードロースクールを修了(LL.M.)。1994年3月にニューヨーク州弁護士資格取得。2005年4月から2019年8月までは慶應義塾大学法科大学院兼任講師。
赤根 智子(あかね ともこ、1956年〈昭和31年〉6月28… 赤根 智子(あかね ともこ、1956年〈昭和31年〉6月28日 - )は、日本の検察官、裁判官。国際刑事裁判所裁判官、同所長。 名古屋大学法科大学院教授兼中京大学大学院法務研究科教授、国際連合アジア極東犯罪防止研修所教官、札幌地方検察庁公判部長、国際連合アジア極東犯罪防止研修所次長、法務省法務総合研究所国際協力部長、函館地方検察庁検事正、法務総合研究所国際連合研修協力部長兼国連アジア極東犯罪防止研修所所長、法務省法務総合研究所長、最高検察庁検事兼国際司法協力担当大使等を歴任した。 愛知県名古屋市出身。愛知県立旭丘高等学校卒業。1980年(昭和55年)に東京大学法学部を卒業後、1982年(昭和57年)に検事任官。
瀬木 比呂志(せぎ ひろし、1954年〈昭和29年〉4月3日… 瀬木 比呂志(せぎ ひろし、1954年〈昭和29年〉4月3日 - )は、日本の民事訴訟法学者、明治大学名誉教授、著述家、元判事。裁判官時代の一般書については、関根 牧彦(せきね まきひこ)の筆名を用いていた。 1954年名古屋市に生まれる。1973年愛知県立旭丘高校卒業。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。1977年同大学卒業。2年の司法修習(第31期)を経て、1979年東京地裁判事補。以後、東京を中心に勤務し、東京地裁判事部総括(裁判長)等を務め、また、最高裁には、事務総局民事局局付と最高裁調査官として2度勤務している。東京とその周辺以外の勤務地は、浜松、大阪、沖縄である。 2012年明治大学法科大学院教授に転身。
筏津 順子(いかだつ じゅんこ、1950年6月9日 - )は… 筏津 順子(いかだつ じゅんこ、1950年6月9日 - )は、日本の裁判官。 愛知県豊田市出身。名古屋大学法学部卒業後、名古屋大学大学院法学研究科修士課程2年次に旧司法試験に合格。夫の筏津安恕元名古屋大学教授は大学院の同窓。名古屋高等裁判所部総括判事を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
加藤 新太郎(かとう しんたろう 1950年5月28日 - … 加藤 新太郎(かとう しんたろう 1950年5月28日 - )は、日本の元裁判官、弁護士、法学者。アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問。東京高等裁判所部総括判事や、中央大学大学院法務研究科教授を務めた。2021年瑞宝重光章受章。 愛知県岡崎市出身。愛知県立岡崎高校、名古屋大学法学部卒業。博士(法学)(名古屋大学)。東京高等裁判所部総括判事を経て、退官後弁護士登録し、中央大学大学院法務研究科教授及びアンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問に就任。 「別紙を蔑視しないこと」との題名や、「柵の問題だけに良い策がないか模索中だ。」との発言など、ダジャレを好む。 大学時代は大塚仁のゼミに加わったという。論文執筆活動もあり、1992年には、論文「弁護士役割論」で母校名古屋大学から博士(法学)の学位を取得している。
山本 庸幸(やまもと つねゆき 1949年9月26日 - )… 山本 庸幸(やまもと つねゆき 1949年9月26日 - )は、日本の官僚、最高裁判所裁判官。元内閣法制局長官。
宮川 光治(みやかわ こうじ、1942年2月28日 - )は… 宮川 光治(みやかわ こうじ、1942年2月28日 - )は、日本の弁護士、元最高裁判所判事(2008年9月3日 - 2012年2月27日)。元青年法律家協会事務局長。 日本占領下の中華民国青島市生まれ。引揚時に北京市から天津市へ逃れる際に、一時は行方不明となるも救出されて日本に帰国した。以後は名古屋市で過ごし、地元の名古屋大学法学部を卒業後、東京で弁護士として活動。 2008年最高裁判所判事に就任。2012年1月16日の君が代不起立訴訟の最高裁判決で、他の4人の裁判官が「学校の規律の見地から重過ぎない範囲での懲戒処分は裁量権の範囲内」などとして戒告処分を容認する中、ただ一人「注意や訓告にとどめるべきだ」と反対意見を述べた。
小出 錞一(こいで じゅんいち、1941年〈昭和16年〉5月… 小出 錞一(こいで じゅんいち、1941年〈昭和16年〉5月22日 - )は、日本の元裁判官・元専修大学教授。愛知県名古屋市出身。 愛知県立旭丘高等学校・東京大学法学部卒業。 司法試験には1964年(昭和39年)9月に合格し、東京大学卒業後の1965年(昭和40年)4月には第19期司法修習生(司法修習地:東京)になる。その後の経歴は以下の通り。 2006年(平成18年)2月28日に依願退官し、同年4月に専修大学法学部教授に就任。専門は刑事訴訟法で、2011年(平成23年)秋に瑞宝重光章を受章した。2012年(平成24年)3月限りで定年退職。
横田 喜三郎(よこた きさぶろう、1896年(明治29年)8… 横田 喜三郎(よこた きさぶろう、1896年(明治29年)8月6日 - 1993年(平成5年)2月17日)は、日本の法学者、裁判官。専門は国際法。学位は、法学博士(東京帝国大学・1949年)(学位論文「国際裁判の本質」)。東京大学名誉教授。第3代最高裁判所長官。栄典は従二位・勲一等・文化勲章・文化功労者・紺綬褒章・江南市名誉市民など。 かつてはマルクス主義の読書会(ベルリン社会科学研究会)に参加するなど親社会主義的な法学者として知られ、軍部に睨まれたこともあった。1931年(昭和6年)の満洲事変に際し、自衛権範囲の逸脱だと軍部を批判した。1930年から1931年にかけて、『国家学会雑誌』上でケルゼンの純粋法学をめぐり、擁護する立場から美濃部達吉と論争を行う。
真野 毅(まの つよし、1888年6月9日 - 1986年8… 真野 毅(まの つよし、1888年6月9日 - 1986年8月28日)は、1947年8月4日の最高裁判所発足と同時に最高裁判所判事に就任した日本の裁判官。愛知県生まれ。第二東京弁護士会会長。