辻野 泰之(つじの やすゆき、1981年8月29日 - )は… 辻野 泰之(つじの やすゆき、1981年8月29日 - )は、中央競馬(JRA)・栗東トレーニングセンター所属の厩務員・調教師(2021年3月開業)、角居勝彦厩舎元調教助手。 大阪府枚方市出身。中学生のころゲームの「ダービースタリオン」と漫画「みどりのマキバオー」で競馬に興味を持つ。 高校生時は京都競馬場乗馬センターに通い、卒業後は北海道・浦河町の吉澤ステーブルと千歳市の「社台ファーム」で経験を積む。 2005年1月にJRA競馬学校厩務員課程入学。 2006年10月から栗東・角居勝彦厩舎の厩務員となる。調教を専門に行う「攻め専」を務めた。角居厩舎の2頭のダービー馬ウオッカ・ロジャーバローズや、皐月賞馬サートゥルナーリア等に携わっている。
繁田 健一(しげた けんいち、1981年1月11日 - )は… 繁田 健一(しげた けんいち、1981年1月11日 - )は、地方競馬の浦和競馬場海馬澤司厩舎に所属していた元騎手で現在は調教師。兄弟子に見澤譲治がいる。得意戦法は先行。 1998年9月29日付けで地方競馬騎手免許を取得。同年11月2日第8回浦和競馬1日目第2競走C3五組条件戦オールマインで初騎乗(11頭立て4番人気3着)。同年11月5日第8回浦和競馬4日目第4競走4歳七組ア条件戦(92万円以上150万円未満)をブライティアドーツで優勝(12頭立て1番人気)し、初勝利。 2000年9月26日第15回全日本新人王争覇戦出場(12人中9位)。同年12月16日第6回中山競馬5日目第6競走4歳以上500万下でキングブリザードに騎乗(16頭立て15番人気落馬競走中止)し、中央競馬初騎乗。
堀内 岳志(ほりうち たけし、1973年10月5日 - )は… 堀内 岳志(ほりうち たけし、1973年10月5日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。大阪府吹田市出身。 競馬とは縁のない大阪のサラリーマン家庭で育ち、父の仕事の関係で中学3年の時に茨城に移り、土浦日大高校在学中の1990年にアイネスフウジンが勝った日本ダービーをテレビで観て競馬に目覚めた。初めて競馬場に行ったのはオグリキャップが引退レースを飾った同年暮れの有馬記念の時で、翌年トウカイテイオーのダービーに徹夜で並んだほどの熱烈な競馬ファンだった。 日本大学理工学部を4年で中退し、牧場に勤務。牧場時代の1999年に研修で渡欧し、エルコンドルパサーが2着となった凱旋門賞を現地で観戦した。
渡辺 博文(わたなべ ひろふみ、1966年7月4日 - )は… 渡辺 博文(わたなべ ひろふみ、1966年7月4日 - )は、地方競馬の佐賀競馬場所属の調教師、元騎手。最終所属は柳井宏之厩舎。勝負服は胴青、袖赤、胴袖黄二本輪。 父は春木競馬場(1974年廃止)及び福山競馬場の厩務員。元騎手の渡辺勝行は実兄。 1986年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、福山競馬場・上原齊厩舎からデビュー。同年4月27日第2回福山競馬1日目第2競走でサツキオーカンに初騎乗(8頭立て7番人気6着)。同日の第2回福山競馬1日目第10競走でトスカイツバメに騎乗(9頭立て7番人気)し初勝利。 福山在籍時には4度リーディングを獲得(1997年・2000年・2005年・2007年)。
河内 洋(かわち ひろし、1955年2月22日 - )は、日… 河内 洋(かわち ひろし、1955年2月22日 - )は、日本中央競馬会(JRA)に所属していた元調教師、元騎手。 1974年に中央競馬でデビュー。関西新人賞を受賞するなど早くから頭角を現し、1980年には全国リーディングジョッキー(年間最多勝利騎手)となる。以後1985年、1986年と三度その座に就いた。短距離路線整備の黎明期にマイルGI競走で3勝を挙げたニホンピロウイナー、中央競馬史上初の牝馬三冠馬メジロラモーヌ、「アグネス一族」と称された母仔三代にわたる4頭のクラシック優勝馬など数々の活躍馬の手綱をとり、2000年には史上5人目の五大クラシック完全制覇を達成。2001年には史上3人目、関西所属騎手としては史上初の通算2000勝を達成した。
武 宏平(たけ こうへい、1943年4月13日 - )は、日… 武 宏平(たけ こうへい、1943年4月13日 - )は、日本中央競馬会の栗東トレーニングセンターに所属していた元調教師である。京都府出身。同志社香里中学校・高等学校、麻布大学卒業。 父は騎手・調教師であった武平三。元騎手の武永祥、武牧場の武勇はそれぞれ実弟、元騎手の武英智は甥、元調教師の作田誠二は義弟である。 京都競馬場所属調教師・武平三の長男として生まれる。4歳上の従兄に、平三に弟子入りしていた武邦彦がおり、生活を共にしていた。「競馬の世界は苦労する」という母の助言もあって幼少期から獣医師を志し、高校卒業後、麻布大学獣医学部に進学。同級生に松山康久がおり、共に馬術部に所属した。在学中、シンザンが史上2頭目のクラシック三冠を達成して世間の競馬に対する注目度が高まり、修士卒業後の1968年、平三の元に戻り、厩務員、次いで調教助手となった。
高橋 成忠(たかはし しげただ、1940年10月3日 - )… 高橋 成忠(たかはし しげただ、1940年10月3日 - )は、大阪府北河内郡枚方町(現・枚方市)出身の元騎手・元調教師。 JRA調教師の高橋義忠は実子。 父は枚方市議会議員も務めた人物で、その三男であった。少年時代は父と連れられて京都競馬場へよく足を運び、父が「なんとかホウシュウという馬が強かった」といったことに印象を残したという。 中学時代には考古学者を将来に思い描いていたが、高校進学が決まった後、駅の構内に貼られていた騎手候補生募集のポスターを見て「なんとなく馬にひかれた」ほか、募集条件がことごとく自分に合致していたことから受験に至り、馬事公苑騎手養成長期課程に第7期生として入所。主な同期生には池江泰郎、丸目敏栄、野元昭、徳吉一己、福永甲、吉岡八郎がいる。
松元 省一(まつもと しょういち、1939年10月3日 - … 松元 省一(まつもと しょういち、1939年10月3日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 栗東トレーニングセンターに所属していた元調教師。京都府出身。同志社香里中学校・高等学校、同志社大学卒業。父は松元正雄元調教師で、弟に松元茂樹元調教師(ビリーヴ、ギルデッドエージなどを管理)が、甥に茂樹の実子で元競艇選手の松元弥佑紀がいる。 同志社大学卒業後、自動車販売の会社に勤めていた。 1965年に父の松元正雄厩舎にて厩務員となり、その年のうちに調教助手となる。1975年に調教師免許を取得し、翌1976年に栗東で厩舎を開業。初出走は同年7月3日中京競馬第2競走のイチモンジで7着。初勝利は同年11月6日京都競馬第3競走のシゲパワーでのべ18頭目であった。
伊藤 雄二(いとう ゆうじ、1937年1月14日 - )はJ… 伊藤 雄二(いとう ゆうじ、1937年1月14日 - )はJRAの元調教師、元騎手。大阪府北河内郡枚方町(現・枚方市)出身。