村田 智穂 は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流… 村田 智穂 は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流棋士番号は28(2011年3月31日までの旧番号は旧52)。兵庫県高砂市出身。淡路仁茂九段門下。兄は将棋棋士の村田智弘。
兵庫県:20人
村田 智穂 は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流… 村田 智穂 は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流棋士番号は28(2011年3月31日までの旧番号は旧52)。兵庫県高砂市出身。淡路仁茂九段門下。兄は将棋棋士の村田智弘。
炭﨑 俊毅(すみさき としき、2008年6月2日 - )は、… 炭﨑 俊毅(すみさき としき、2008年6月2日 - )は、日本の将棋棋士。兵庫県姫路市出身。井上慶太九段門下。棋士番号は346。
生垣 寛人(いけがき ひろと、2003年7月3日 - )は、… 生垣 寛人(いけがき ひろと、2003年7月3日 - )は、日本将棋連盟(関西本部)所属の将棋棋士。棋士番号は348。井上慶太九段門下。兵庫県神戸市出身。 2025年10月1日付での四段昇段のため、同日時点で公式記録なし。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照)
上野 裕寿(うえの ひろとし、2003年5月5日 - )は、… 上野 裕寿(うえの ひろとし、2003年5月5日 - )は、日本の将棋棋士である。兵庫県加古川市出身。井上慶太九段門下。棋士番号は340。 2012年、第11回全国小学生倉敷王将戦の低学年の部で優勝。 加古川市立野口南小学校 6年生であった2015年4月19日の第40回記念小学生将棋名人戦 決勝大会3位。同年 8月23日には、第4回J:COM杯 こども将棋大会 全国大会準優勝。 2015年9月、小学校6年生で奨励会入会試験を経て6級で奨励会入会。 2016年4月、加古川市立中部中学校へ進学。入会後は順調に昇級・昇段を重ね、中学校3年生の2018年8月には三段に昇段。同年度後期の第64回三段リーグから三段リーグに参加。
横山 友紀(よこやま ともき、2000年1月26日 - )は… 横山 友紀(よこやま ともき、2000年1月26日 - )は将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は329。 兵庫県加古川市出身。甲南高等学校を経て甲南大学法学部卒業[要出典]。 2011年、第36回小学生将棋名人戦ベスト4。 三段リーグには第62回(2017年度後期)から参加。8期目の第69回(2021年度前期)三段リーグでは序盤で2勝3敗と躓きながらもその後は連勝街道に乗り、最終日の1局目に勝利し13勝4敗の成績で最終局を残して1位が確定。同じ井上慶太門下の狩山幹生と共に四段昇段を決めた。自身の体調不良のため後日に延期された最終局では黒星を喫し、最終的な勝敗は13勝5敗(1位)となった。 昇段規定は、将棋の段級 を参照。
出口 若武(でぐち わかむ、1995年4月28日 - )は、… 出口 若武(でぐち わかむ、1995年4月28日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は317。兵庫県明石市出身。 明石市立藤江小学校1年の時に学童保育で上級生から将棋を教わり、これをきっかけに将棋を始める。当時はサッカーの方が好きだったが、頼まれて出場した将棋大会で県大会まで勝ち進んだのを機に将棋に本腰を入れた。加古川将棋センターに通い、関西研修会を経て小学6年の時に関西奨励会に入会。文部科学大臣杯 小・中学校将棋団体戦で2006年、2007年の準優勝チームとしてそれぞれ参加している。2006年大会の兵庫県チームでは、のちに棋士となる冨田誠也と同じメンバーであった。
稲葉 陽(いなば あきら、1988年8月8日 - ) は、西… 稲葉 陽(いなば あきら、1988年8月8日 - ) は、西宮市出身の将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は269。アマ強豪の稲葉聡は実兄。関西所属であり、糸谷哲郎、豊島将之、村田顕弘とともに「関西若手四天王」と呼ばれる棋士の一人。 プロフィール上の出身地は西宮市だが、幼少期に同じ兵庫の加古川市に引っ越しており、加古川市出身として扱われることも多い。2017年現在も加古川市在住で、加古川市からは加古川観光大使を委嘱されている。 三人兄弟の末っ子三男。幼稚園時代に父親の影響で将棋を覚えるが、父と兄(次兄の稲葉聡。長兄については後述。)が全く勝たせてくれないため、最初は逃げていたという。当時は運動好きで主にサッカーをやっていた。
船江 恒平(ふなえ こうへい、1987年4月27日 - )は… 船江 恒平(ふなえ こうへい、1987年4月27日 - )は、将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は281。公認会計士。兵庫県加古川市出身。兵庫県立加古川東高等学校卒業。2025年4月1日より加古川市監査委員(任期4年)。 祖父に教えられて5歳で将棋と囲碁を始める。当時は「将棋が好きというよりも祖父が好きだった」という。小学2年時、同郷の井上慶太が師範を務める加古川将棋センターに入会し、将棋に打ち込む。 1998年、加古川市立東神吉南小学校5年(出場時は4年)のとき、第23回小学生将棋名人戦で準優勝。決勝で負けた相手は、1学年上の高崎一生である。この期の出場者には、他にも後にプロ棋士になった者が多く、船江も西日本大会で牧野光則、糸谷哲郎に勝っている。
高浜 愛子(たかはま あいこ、1984年10月2日 - )は… 高浜 愛子(たかはま あいこ、1984年10月2日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は54。山本真也六段門下。大阪市福島区出身。夙川学院高等学校卒。 関西将棋会館の近くで生まれ育ち、小学六年生の時に、アマ強豪の祖父に将棋会館道場で将棋の手ほどきを受ける。それから関西将棋会館の子供スクールに2年ほど通ったが、一度将棋から離れる。 高校一年生のときはテニス部に入部したが、なかなか上達せず、将棋が練習で上達したことを思い出し、テニス部を辞めて、高校二年生から本格的に将棋に打ち込む。 2003年度後期に女流棋士の育成機関である女流育成会に入会。2009年より女流棋士になるための制度が変わったため、同年4月に関西研修会のD1クラスに移った(C1クラス昇級で女流3級になる)。
阿久津 主税(あくつ ちから、1982年6月24日 - )は… 阿久津 主税(あくつ ちから、1982年6月24日 - )は、将棋棋士。滝誠一郎門下。棋士番号は233。兵庫県西宮市出身。関東所属。日本将棋連盟棋士会副会長(2026年6月5日 - )。 5-6歳ごろに父親より将棋を教わるが、それほど専念はしていなかった。小学4年生ごろ、父親の転勤により東京都町田市に転居し、父に連れられ将棋会館へ顔を出すようになる。それから子どもスクールに通い卒業、八王子将棋クラブへ通うころにはすっかり将棋に熱心になっていた。小学5年生で、研修会に入る。同学年の佐藤慎一が奨励会を受験するのを聞き、自身も奨励会試験を受けることを意識するようになり、小学6年生9月期で入会を果たす。
村田 智弘(むらた ともひろ、1981年4月2日 - )は、… 村田 智弘(むらた ともひろ、1981年4月2日 - )は、将棋棋士。棋士番号242。兵庫県高砂市出身。淡路仁茂門下。妹は女流棋士の村田智穂。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照) この項目は、将棋の棋士(女流棋士・アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。
久保 利明(くぼ としあき、1975年8月27日 - )は、… 久保 利明(くぼ としあき、1975年8月27日 - )は、将棋棋士。棋士番号は207。淡路仁茂九段門下。兵庫県加古川市出身。県立加古川南高校中退。日本将棋連盟棋士会副会長(2015年6月 - )。 1986年の小学生将棋名人戦でベスト4進出(準決勝で優勝者の鈴木大介に敗れる)。同年奨励会に入会。 1993年4月、17歳で四段に昇段(プロ入り)。その後、10年をかけて2003年にA級八段となる。1994年度には、全棋士中1位、歴代6位(当時)の勝率0.8095(34勝8敗)をマーク。1997年度にはオールスター勝ち抜き戦で6連勝し、棋戦初優勝。 定員7名・残留4名という棋界随一の難関・王将リーグ(王将戦挑戦者決定リーグ)に、第49期(1999年度)に初参加。
井上 慶太(いのうえ けいた、1964年1月17日 - )は… 井上 慶太(いのうえ けいた、1964年1月17日 - )は、将棋棋士、九段。若松政和八段門下。棋士番号は157。兵庫県芦屋市出身。 日本将棋連盟棋士会副会長(2011年4月 - 2015年6月)、日本将棋連盟非常勤理事(2015年6月 - 2017年2月)、同連盟常務理事(2017年2月 - 2025年6月)。 居住地の加古川市で「加古川将棋倶楽部」を主宰し、ここから複数の棋士、女流棋士、奨励会員が育っている。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照)
神吉 宏充(かんき ひろみつ、1959年3月1日 - )は、… 神吉 宏充(かんき ひろみつ、1959年3月1日 - )は、将棋棋士。2011年、引退。内藤國雄九段門下。棋士番号は160。兵庫県加古川市出身。 将棋界きってのエンターテイナーと評される。2021年現在の所属事務所は昭和プロダクション。 小学生の頃に将棋を覚え、中学生のときに本格的に指し始める。そのきっかけは、おじさんに「ヨワ将」と呼ばれたこと。 1977年のアマチュア名人戦で兵庫県代表となる。全国大会では最年少の18歳であったが、ベスト4進出。角頭歩戦法を用いた勝局もあったという。 そして、1978年、内藤門下で奨励会に入会。入門前の約3年間は会社員だった。1級での入会は1961年の若松政和(アマ名人戦優勝歴あり)以来17年ぶり。
淡路 仁茂(あわじ ひとしげ、1950年3月21日 - )は… 淡路 仁茂(あわじ ひとしげ、1950年3月21日 - )は、将棋棋士。棋士番号は113。兵庫県神戸市出身。藤内金吾八段門下。名人戦A級通算1期。 関西三段リーグで1970年、1972年に優勝するが、東西決戦で敗れて四段昇段を逸する。そして、1973年度に3度目の優勝をし、「3度目は東西決戦不要」の規定により四段昇段してプロデビューする。 1977年度、第16期十段戦と第27期王将戦でリーグ入り。いずれも定員がA級順位戦より少なく、将棋界屈指の難関リーグとされていたが前者では5勝5敗・4位の成績でリーグ残留、後者では3勝4敗でリーグに残留できなかったものの、2つのリーグで大山康晴(当時棋聖)に3連勝を挙げた。
酒井 順吉(さかい じゅんきち、1949年6月18日 - )… 酒井 順吉(さかい じゅんきち、1949年6月18日 - )は、将棋棋士。2006年、引退。藤内金吾八段門下。棋士番号は125。兵庫県明石市出身。 小学校4年の頃から神戸市の藤内道場へ通い、中学2年のときにプロを志す。 奨励会への入会は1966年。旧制度の三段リーグ(奨励会A組)への参加は、1970年後期から同制度が終了する1973年度後期までであった。その間、1971年度後期には関西優勝をしてプロ入りのチャンスが巡ってきたが、東西決戦で田丸昇に敗れ、昇段を逃す。リーグ制度廃止後、1976年3月に12勝4敗を記録し、26歳でプロ入りを果たす。 プロ1年目の1976年度に、第18期(1977年度)王位戦のリーグ入りを決めるなどの活躍で、20勝超えの成績を収める。
賀集 正三(かしゅう しょうぞう、1932年2月12日 - … 賀集 正三(かしゅう しょうぞう、1932年2月12日 - 2017年9月6日)は、将棋棋士。1970年、引退。角田三男八段門下。棋士番号は70。 兵庫県三原郡(現・南あわじ市)出身。 1956年、四段昇段(プロ入り)。 第9回(1965年)古豪新鋭戦で優勝。 1966年、東西対抗勝継戦で5人抜き(優勝)。 プロ入りから14年後の1970年に四段のまま引退する。 日本将棋連盟関西本部の普及部を長く担当。また、自宅教室、出張先のクラブ、団体等での指導、町の文化委員を務めるなど、将棋の普及活動に広く尽力。 2017年9月6日、85歳で死去。 居飛車、振り飛車ともに指すが、矢倉の将棋が多い。 中盤から終盤まで押しつ押されつの攻防が特徴的な棋風である。
神田 鎮雄(かんだ しずお、1930年3月13日 - 199… 神田 鎮雄(かんだ しずお、1930年3月13日 - 1997年8月30日)は、将棋棋士。贈七段。灘蓮照九段門下。兵庫県西宮市出身。棋士番号53。将棋棋士の神田辰之助の次男。 1949年、三段で順位戦C級2組に参加。翌年、順位戦C級1組昇級により飛び級で六段に昇段。 1951年のC級1組順位戦において、藤川義夫五段との405手の長手数の対局を行なっている(結果は藤川五段の勝ち)。戦後のプロの公式戦対局では、本局が最長手数とされていた。 1966年、順位戦B級2組に昇級。順位戦B級2組では2回、降級点を取得したが、いずれも翌期に勝ち分け以上で降級点を消去している。 B級2組在籍のまま1972年引退。
萩原 淳(はぎわら きよし、1904年〈明治37年〉10月1… 萩原 淳(はぎわら きよし、1904年〈明治37年〉10月11日 - 1987年〈昭和62年〉12月14日)は、将棋棋士。棋士番号5。九段。日本将棋連盟会長。土居市太郎名誉名人門下。兵庫県尼崎市出身。日本将棋連盟の創設時(創設当時は東京将棋連盟)の参加棋士20人のうちの一人。 1922年土居市太郎に入門。兄弟弟子に金子金五郎、加藤博二、大内延介らがいる。1924年四段昇段。 史上初の実力制名人を決める第1期名人戦(八段者によるリーグ、1935 - 1937年)の最中、将棋界の分裂事件(神田事件)が発生。欠員を補充する形で萩原は1936年に八段昇段し、リーグに参加。 1941年、オール八段戦優勝。
長谷川 優貴 は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女… 長谷川 優貴 は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流棋士番号は44。野田敬三七段門下。兵庫県明石市出身。兵庫県立明石城西高等学校卒。