後藤 太栄(ごとう たいえい、1957年2月14日 - 20… 後藤 太栄(ごとう たいえい、1957年2月14日 - 2010年10月25日)は、日本の政治家、高野山真言宗の僧侶。元高野町長。高野山真言宗別格本山西禅院住職。 後藤は「宗教環境都市」の推進を掲げ、真言宗の総本山でもある高野山を第一とし、町の産業である農業・林業の発展を課題にして夢の持てる町政を目指していた。 アマチュア無線家としても知られ(コールサインはJH3GAH)、2000年から2001年には日本アマチュア無線連盟(JARL)の評議員を、2002年から2009年までは同監事を務めた。
松長 有慶(まつなが ゆうけい、1929年〈昭和4年〉7月2… 松長 有慶(まつなが ゆうけい、1929年〈昭和4年〉7月21日 - 2023年〈令和5年〉4月16日)は、高野山真言宗の僧侶。仏教学者。補陀落院住職。金剛峯寺第412世座主。同宗管長(2006-2014年)。 全日本仏教会会長(2008-2010年)。高野山大学名誉教授。元同大学長。21世紀高野山医療フォーラム名誉会長。和歌山県高野町出身。 1929年(昭和4年)、和歌山県高野町の高野山南院住職で高野山大学教授・松長有見の長男として誕生。1941年(昭和16年)、高野山南院道場において藤村密憧を戒師として得度。1951年(昭和26年)、高野山大学密教学科を卒業。1959年(昭和34年)、東北大学大学院文学研究科博士課程を修了。
藤堂 恭俊(とうどう きょうしゅん/やすとし、1918年11… 藤堂 恭俊(とうどう きょうしゅん/やすとし、1918年11月19日 - 2000年12月14日)は、浄土宗僧侶・仏教学者。 和歌山県田辺市出身。父は藤堂祐範。大正大学仏教学科卒、1944年同研究科修了。1979年「日中浄土教思想史の研究」で佛教大学文学博士。佛教大学助教授、教授。1989年定年、名誉教授。浄土宗大本山知恩院浄土宗学研究所研究員、増上寺法主。
高井 観海(たかい かんかい、1884年7月1日 - 195… 高井 観海(たかい かんかい、1884年7月1日 - 1953年1月9日)は、日本の仏教学者、僧侶である。哲学館(現・東洋大学)で井上円了から仏教学を学んだ後に、智山専門学校校長。大正大学教授。真言宗智山派管長。智積院55世能化。真言宗上品蓮台寺住職となる。仏教学の専門は密教学。
山本 玄峰(やまもと げんぽう、慶応2年1月28日〈1866… 山本 玄峰(やまもと げんぽう、慶応2年1月28日〈1866年3月14日〉 - 昭和36年〈1961年〉6月3日)は、日本の禅僧。道号は玄峰、法諱は宜詮、宜雄。室号は般若窟。俗姓は岡本、後に山本。和歌山県本宮町生まれ。龍澤僧堂師家(僧堂を開単)、瑞泉僧堂師家(僧堂を開単)、21代妙心寺派管長、圓福僧堂家を歴任する(年代順)。 生涯を通して、四国八十八箇所遍路を最晩年まで続け17回に達した。昭和において多くの著名人が参禅に訪れた静岡県三島市の龍沢寺の住職として有名。鈴木貫太郎に終戦を勧め、戦後も象徴天皇制を鋭く示唆する。遺言により葬儀はなかった。世寿96歳。 1866年(慶応2年)3月14日和歌山県東牟婁郡四村(現・田辺市本宮町)の湯の峰温泉の旅館・芳野屋(現・あづまや旅館)で生まれた。