松井 優典(まつい まさのり、1950年6月26日 - )は… 松井 優典(まつい まさのり、1950年6月26日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手(内野手、捕手)・コーチ・監督、解説者。 和歌山市議会議員の松井紀博は甥にあたる。 星林高では3年次の1968年に甲子園春夏連続出場を果たすが、いずれもチームとして初出場であった。春の選抜では三塁手兼控え投手として出場し、1回戦で清水市商に延長12回サヨナラ負けを喫した。この試合でリリーフに立ち、甲子園初登板を果たす。夏の選手権は三番・捕手として3回戦に進出するが、優勝した興国高の丸山朗に完封を喫する。3年間の通算打率は4割という好記録を残し、高校同期に一塁手の東出康博がいた。 1968年のドラフト3位で南海ホークスに入団し、強肩を買われて捕手から三塁手に転向。
江島 巧(えじま たくみ、1949年11月24日 - )は、… 江島 巧(えじま たくみ、1949年11月24日 - )は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町出身の元プロ野球選手(外野手)・コーチ、解説者。
藤田 平(ふじた たいら、1947年10月19日 - )は、… 藤田 平(ふじた たいら、1947年10月19日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ・監督、解説者・評論家。
鈴木 幸雄(すずき さちお、1932年1月8日 - 2022… 鈴木 幸雄(すずき さちお、1932年1月8日 - 2022年9月26日)は、和歌山県和歌山市小松原出身のプロ野球選手(投手)・解説者。 幼少期に通学していた吹上小の先輩に真田重蔵がいる。戦後光風工業高等学校に入学し、そこで野球を始める。卒業後、1951年に阪急ブレーブスへ入団。1年目から一軍に出場し、南海キラーとして活躍。アンダースローからカーブ、シュートを武器とした。 その後はサンテレビボックス席解説者(1974年)を経て、2002年から2016年まで智弁学園和歌山高校で投手コーチを務め、在任中は岡田俊哉らを育て上げた。2008年秋から半年間は髙嶋仁に代わり同校の監督として大分国体、秋季県2次予選、秋季近畿大会で指揮を執った。
真田 重蔵(さなだ じゅうぞう、1923年5月27日 - 1… 真田 重蔵(さなだ じゅうぞう、1923年5月27日 - 1994年5月30日)は、和歌山県和歌山市出身のプロ野球選手(投手、内野手)・コーチ、解説者・評論家。
西本 幸雄(にしもと ゆきお、1920年4月25日 - 20… 西本 幸雄(にしもと ゆきお、1920年4月25日 - 2011年11月25日)は、和歌山県和歌山市出身のプロ野球選手(内野手)、コーチ・監督、解説者・評論家。 選手としては、社会人野球の星野組時代に選手兼任監督として都市対抗野球大会で優勝し、その戦力を見込まれて他のメンバーとともに入団した毎日オリオンズでは最初の日本選手権シリーズにも出場して優勝を経験した。 現役引退後、40歳でオリオンズ(当時は「大毎オリオンズ」)監督に就任して初年度にリーグ優勝を達成する。以後61歳で退任するまで、3球団で合計8回のリーグ優勝を成し遂げた。阪急ブレーブスと近鉄バファローズでは弱小チームを鍛えて強豪に育てあげ、その手腕が高く評価されて野球殿堂の表彰者となった。