今岡 信一良(いまおか しんいちろう、1881年(明治14年… 今岡 信一良(いまおか しんいちろう、1881年(明治14年)9月16日 - 1988年(昭和63年)4月11日)は、日本の教育者、宗教家、翻訳家。正則学院名誉理事、日本自由宗教連盟、東京帰一教会各会長、神学博士。 その他、兵庫基督教会牧師・日本大学講師・新目黒計器会長などを歴任した。
島根県:8人
今岡 信一良(いまおか しんいちろう、1881年(明治14年… 今岡 信一良(いまおか しんいちろう、1881年(明治14年)9月16日 - 1988年(昭和63年)4月11日)は、日本の教育者、宗教家、翻訳家。正則学院名誉理事、日本自由宗教連盟、東京帰一教会各会長、神学博士。 その他、兵庫基督教会牧師・日本大学講師・新目黒計器会長などを歴任した。
金子 有道(かねこ ありみち、1869年10月4日(明治2年… 金子 有道(かねこ ありみち、1869年10月4日(明治2年8月29日)- 1938年(昭和13年)3月18日)は、明治後期から昭和初期の政治家、歌人、神職、華族。貴族院男爵議員。旧名・健麿。 石見国安濃郡川合村(現島根県大田市川合町川合)で物部神社社家・金子有卿の長男として生まれる。父の隠居に伴い、1920年(大正9年)8月30日、男爵を襲爵した。 皇典講究所で学び、1896年(明治29年)物部神社禰宜に就任。1916年(大正5年)御歌所編纂部に嘱託として加わり、『明治天皇御集』『昭憲皇太后御集』の編纂に従事した。その他、久邇宮家御用掛、大礼使典儀官、御歌会始奉行、同頌講、御歌所参候などを務めた。
北島 斉孝(齊孝、きたじま なりのり、1863年9月11日〈… 北島 斉孝(齊孝、きたじま なりのり、1863年9月11日〈文久3年7月29日〉- 1918年〈大正7年〉11月9日)は、日本の神職、政治家、華族。出雲大社北島国造家76代、貴族院男爵議員。旧名・殿若丸。 出雲国出雲郡(現島根県出雲市大社町)で北島国造家75代・北島脩孝の長男として生まれる。父の死去に伴い1893年(明治26年)4月7日、男爵を襲爵した。 1882年(明治15年)出雲大社権宮司に就任。同禰宜、大教正、神道出雲教(現出雲教)大教主を務めた。 1908年(明治41年)7月1日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し、公正会に所属して活動し、死去するまで在任した。
金子 有卿(かねこ ありのり、1846年1月18日(弘化2年… 金子 有卿(かねこ ありのり、1846年1月18日(弘化2年12月21日)- 1923年(大正12年)1月16日)は、日本の政治家、神職、華族。貴族院男爵議員。有郷と表記される場合がある。 石見国安濃郡川合村(現島根県大田市川合町川合)で物部神社社家・金子有久の二男として生まれる。元治元年7月7日(1864年8月8日)父の隠居に伴い家督を相続し第47代石見国造となる。1875年(明治8年)9月、華族に列せられ、1884年(明治17年)7月8日、男爵を叙爵した。 明治4年(1871年)物部神社権宮司に就任し、権大講義、大教正、神道大社教副管長などを歴任。明治元年(1868年)から川合国漢塾を設け神道教育と共に国漢教育を行い、また、皇典講究所委員にも就任した。
千家 尊福(せんげ たかとみ、弘化2年8月6日〈1845年9… 千家 尊福(せんげ たかとみ、弘化2年8月6日〈1845年9月7日〉 - 大正7年〈1918年〉1月3日)は、日本の宗教家、政治家。80代出雲国造、出雲大社宮司。神道大社教(1946年出雲大社教に改称)創立者で初代管長、元老院議官、貴族院議員、埼玉県知事(第4代)、静岡県知事(第4代)、東京府知事(第17代)、司法大臣(第14代)、東京鉄道株式会社社長などを歴任した。位階は従二位。勲等は勲一等。爵位は男爵。 出雲大社の宮司を務める出雲国造家に生まれ、神道大社派を創始する。その後、神道大社教に改称し管長に就任するなど、教派神道たる出雲大社教の礎を築いた。元老院議官を経て、第1回貴族院男爵議員選挙にて貴族院議員に選出される。
大国 隆正(おおくに たかまさ、寛政4年11月29日〈179… 大国 隆正(おおくに たかまさ、寛政4年11月29日〈1793年1月11日〉 - 明治4年8月17日〈1871年10月1日〉)は、幕末・明治維新期の国学者、神道家。石見国津和野藩出身。 別姓は野之口。名に一造、匠作、仲衛など。諱は秀文、秀清、隆正。字は子蝶。号は葵園、佐紀乃屋。 津和野国学の泰斗として、国学史上の四大人観を確立し、「文武虚実論」に代表される学問論を残した。神道家としては石見国に於ける大国主信仰の復興にも貢献した。 津和野藩士今井秀馨の子として江戸桜田江戸藩邸に生まれた。 1805年(文化3年)に平田篤胤の門下となり国学を学ぶ。さらに昌平黌においても古賀精里に儒学を学ぶが、こちらは文化7年去っている。
千家 国麿 は、日本の神職。出雲大社権宮司。
小野 尊光(おの たかてる)は、明治から昭和期の神職、政治家… 小野 尊光(おの たかてる)は、明治から昭和期の神職、政治家、華族。貴族院男爵議員。天葺根命95代。 出雲国神門郡日御碕(現島根県出雲市大社町日御碕)で日御碕神社神職、94代天葺根命・小野尊安の長男として生まれる。明治5年3月12日(1872年4月19日)父の隠居に伴い家督を継承し尊光と改名。1873年(明治6年)10月、華族に列し、1884年(明治17年)7月8日に男爵を叙爵した。 家督継承後、日御碕神社権宮司に任じられ、以後、同社権中講義、同宮司・権大講義、兼権少教正を歴任。この間、遷宮を行った。 1901年(明治34年)4月27日、日御碕神社宮司を辞任。同年6月6日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し、1911年(明治44年)7月9日まで2期在任した。