福家 伸夫(ふけ のぶお、1951年(昭和26年) - )は… 福家 伸夫(ふけ のぶお、1951年(昭和26年) - )は、日本の医学者、医師。専門は、救急医学・集中治療医学・麻酔科学・災害医学。学位は博士(医学)。 帝京大学ちば総合医療センター救急科名誉教授。元帝京平成大学教授、元帝京大学教授、元帝京大学ちば総合医療センター救急集中治療センター長。 香川県出身。香川県立観音寺第一高等学校、東京大学医学部医学科卒業。 1977年(昭和52年)東京大学医学部卒業後、1986年(昭和61年)「High Frequency Ventilation時の気流速度分布に関するモデル実験 」で学位修得(東京大学 医学博士)。 東京大学医学部麻酔学教室、自治医科大学講師、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院研究員、帝京大学助教授を経て、1997年(平成9年)帝京大学医学部教授および帝京大学医学部附属市原病院集中治療センター長に就任、2006年(平成18年)8月1日、帝京大学ちば総合医療センターに名称変更、現在に至る。
木村 四郎(きむら しろう、1950年10月21日 - )は… 木村 四郎(きむら しろう、1950年10月21日 - )は、日本の男性俳優。かつては、劇団俳優座に所属していた。 香川県高松市生まれ。3歳の時に高松を離れる。 桐朋学園芸術短期大学芸術科演芸専攻卒業後、俳優座に入団。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
藤目 功治(ふじめ こうじ、1950年10月14日 - )は… 藤目 功治(ふじめ こうじ、1950年10月14日 - )は、香川県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 香川県立津田高等学校を卒業後、1968年のドラフトで南海ホークスから11位で指名され入団。 一年目からオープン戦に出場するが、一軍公式戦に出場することはなく、退団した。
濱田 博司(はまだ ひろし、1950年7月15日 - )は、… 濱田 博司(はまだ ひろし、1950年7月15日 - )は、日本の分子生物学者、医学者。大阪大学特別教授、大阪大学生命機能研究科生命機能専攻教授、哺乳動物胚発生の遺伝子支配についての研究を専門とする。文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究」 シリア・中心体系による生体情報フローの制御研究代表者。 香川県善通寺市出身。香川県立丸亀高等学校を経て、1975年に岡山大学医学部医学科を卒業後、1979年に同大学院医学研究科博士課程(微生物学専攻)を修了。以後、アメリカ国立衛生研究所、アメリカ国立がん研究所、ニューファンドランドメモリアル大学、東京大学助教授、東京都臨床医学総合研究所化学療法部部長を経て、1995年より大阪大学細胞生体工学センター 教授、2002年より現職。
熊谷 富由美(くまがい ふゆみ、1950年〈昭和25年〉6月… 熊谷 富由美(くまがい ふゆみ、1950年〈昭和25年〉6月18日 - )は、元西日本放送のアナウンサー。 香川県高松市出身。慶應義塾大学文学部在学中に文化放送でアルバイトを経験。自分の思っていることを音や映像で表現したいという思いが強くなり、アナウンサーを志した。 大学卒業後、1974年西日本放送に入社。テレビの生放送CMでアナウンサーデビュー。 高松高等予備校が提供で、受験シーズンといわれる1月から3月末まで放送されるラジオ番組の「村上良一の『親への提言』」では、ナレーターの槇大輔から「合格の女神」と称されていた。 65歳で西日本放送を定年退職。現在も勤務していた西日本放送ラジオに出演している。
村上 義則(むらかみ よしのり、1950年6月15日 - )… 村上 義則(むらかみ よしのり、1950年6月15日 - )は、香川県小豆郡小豆島町出身の元プロ野球選手(投手)。中日ドラゴンズに所属した。
山地 憲治(やまじ けんじ、1950年2月25日 - )は、… 山地 憲治(やまじ けんじ、1950年2月25日 - )は、日本のエネルギー学者。東京大学名誉教授。 専門は地球温暖化問題やエネルギー問題に関するモデル分析。工学博士。
神余 隆博(しんよ たかひろ、1950年(昭和25年)1月1… 神余 隆博(しんよ たかひろ、1950年(昭和25年)1月11日 - )は、日本の国際政治学者、外交官。大阪大学教授、国際連合日本政府代表部次席代表特命全権大使、ドイツ駐箚特命全権大使を経て、2012年より関西学院大学教授・副学長を務めた。博士(法学)。2024年、瑞宝中綬章受章。 香川県仲多度郡琴平町出身。大阪大学法学部に入学。阪大法学部では英語研究会(ESS)と川島慶雄の国際法のゼミに所属。英語研究会(ESS)の先輩である藪中三十二が外務省に入省したことに刺激を受け、阪大法学部在学中に外務公務員採用上級試験を受験。合格し、1972年(昭和47年)阪大を卒業し外務省に入省した。 外交官のかたわら、以下の大学で教壇に立ち、国際関係の講座を持った。
加藤 秀樹(かとう ひでき、1950年1月5日 - )は、日… 加藤 秀樹(かとう ひでき、1950年1月5日 - )は、日本の大学教授。大蔵官僚、一般社団法人構想日本代表理事、公益財団法人四国民家博物館理事長。 東京大学公共政策大学院実務家教員。行政刷新会議事務局長(2009年 - 2012年)。その他、全国で選挙の際の公開討論会を進めるNGOリンカーン・フォーラム代表などを兼任。元公益財団法人東京財団理事長。 祖父は元労相加藤常太郎。妻は元広島県知事・宮澤弘(元首相・宮澤喜一の弟)の娘。香川県出身。 香川県立高松高等学校、京都大学経済学部卒業後、1973年大蔵省入省。同期には金田勝年(法務大臣)、佐藤隆文(金融庁長官)、新井将敬(衆議院議員)、牧野治郎(国税庁長官)、井戸清人(日本銀行理事)、花角和男(税務大学校長)、森信茂樹(財務省財務総合政策研究所長)、柏木茂雄(財務省財務総合政策研究所次長)などで、東大紛争による東大入試中止の年次に当たる(同期で東大卒は新井(経済)、牧野(経済)、竹内洋(法)の3人)。
多田 善昭(ただ よしあき、1950年 - )は、日本の建築… 多田 善昭(ただ よしあき、1950年 - )は、日本の建築家。 社団法人日本建築学会四国支部長を歴任。香川県近代和風建築総合調査委員会委員、善通寺市旧善通寺偕行社整備検討委員会副委員長として国重文の旧善通寺偕行社保存修復ほか、歴史的建築物の保存・修繕に努める。まちづくりにも従事、「宇多津まちづくり」では 2007年(平成19年)国土交通省まちづくり交付金事業 まち交大賞プロセス賞を受賞。 香川県善通寺市出身。 「静修館」で1988年(昭和63年), 社団法人日本建築士会連合会 奨励賞。「飛翔の館」で1991年(平成3年), 社団法人香川県建築士会 優秀作品賞。「龍の医院」(安藤医院)で1996年(平成8年), 社団法人日本医療福祉建築協会医療福祉建築賞。
北山 恒(きたやま こう、1950年 - )は、日本の建築家… 北山 恒(きたやま こう、1950年 - )は、日本の建築家。法政大学教授、横浜国立大学名誉教授、日本建築学会常任理事。
多田羅 譲治(たたら じょうじ、1949年〈昭和24年〉11… 多田羅 譲治(たたら じょうじ、1949年〈昭和24年〉11月11日 - )は、香川県坂出市出身の政治運動家。NPO法人「明日に架ける橋」代表、福祉生協かがわ専務理事。
木村 周市朗(きむら しゅういちろう、1949年9月19日 … 木村 周市朗(きむら しゅういちろう、1949年9月19日 - )は、日本の社会学者、思想史学者。専攻は社会政策・社会経済思想史。成城大学教授。日本学士院賞受賞。 香川県生まれ。1968年香川県立高松高等学校卒業、1973年一橋大学社会学部社会学科卒業、1975年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、1978年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。指導教官は大陽寺順一。1976年より成城大学。1989年成城大学経済学部教授。成城大学図書館長や経済学部長、学校法人成城学園評議員を歴任。2002年「ドイツ福祉国家思想史」で一橋大学より博士(社会学)の学位を取得。審査員は藤田伍一、渡辺雅男、一條和生。
芦原 すなお(あしはら すなお、1949年9月13日 -)は… 芦原 すなお(あしはら すなお、1949年9月13日 -)は、日本の作家。本名 蔦原 直昭(つたはら なおあき)。 香川県観音寺市出身。香川県立観音寺第一高等学校、早稲田大学第一文学部独文科卒業。 小学校の教員をしていた実父が、子供たちのために買ってくれた世界少年少女文学全集が文学に親しむきっかけとなった。小、中学で全巻を読破する。物語一つ一つがおもしろくて、まるで魔法にかけられたかのようだった。いずれ自分も魔法を使う側になりたい、そのうちいつか自分も物語を書くだろうと思っていたという。大学もすんなり文学部を選び、早稲田大学第一文学部に進んだ。 早稲田大学大学院博士課程中退後、帝京短期大学講師を務める傍ら執筆活動を行う。
武田宗高(たけだ むねたか、1949年8月22日 - )は日… 武田宗高(たけだ むねたか、1949年8月22日 - )は日本の大蔵・内閣府官僚。関東財務局長、内閣府政策統括官(沖縄政策担当)、内閣府審議官(沖縄担当)などを歴任。血液型はAB型。 香川県仲多度郡出身(父母も香川県出身)。香川県立丸亀高等学校、東京大学法学部卒業。1972年 大蔵省入省(理財局国有財産総括課)。1973年8月に大阪国税局調査部、1974年8月に大臣官房調査企画課、1975年7月に主計局総務課調査主任、1976年7月 主計局総務課係長となり、1977年7月 八幡浜税務署長。1994年7月 防衛庁経理局会計課長。1996年7月12日 国税庁長官官房総務課長。1997年7月 仙台国税局長。
和納 勉(わのう つとむ、1949年5月7日 - )は、日本… 和納 勉(わのう つとむ、1949年5月7日 - )は、日本の実業家。株式会社クイック創業者・代表取締役会長。 香川県善通寺市生まれ。1965年香川県善通寺市立西中学校卒業。1968年香川県立善通寺第一高等学校卒業。1975年関西学院大学法学部卒業。学習塾経営を経て、1976年アルバイトとして株式会社株式会社日本リクルートセンター(現株式会社リクルートホールディングス)入社。1980年同社の関西地区初の代理店として、株式会社クイックプランニング(現株式会社クイック)設立、同社代表取締役社長就任。2005年グループCEO就任。多角化を進めた。広告業協同組合名誉会長なども努めた。2019年株式会社クイック代表取締役会長。
峰久 幸義(みねひさ ゆきよし、1949年4月24日 - 2… 峰久 幸義(みねひさ ゆきよし、1949年4月24日 - 2022年10月11日)は、日本の行政官。復興庁顧問。不動産適正取引推進機構理事長。過去に、内閣官房参与、福島復興再生総局事務局長、初代復興庁事務次官、国土交通事務次官等を歴任。香川県三豊市出身。
山下 憲一(やました けんいち、1949年 - )は日本のサ… 山下 憲一(やました けんいち、1949年 - )は日本のサッカー指導者、元教諭。一般社団法人四国サッカー協会顧問。 高松商業高校を経て国士舘大学卒業。卒業後、母校である高松商業高校に勤務すると共に、第1回四国サッカーリーグにも参加した高松商高OBサッカークラブ(高商OBクラブ)にて選手としてプレー。現役時代のポジションはFWであった。高松商業高校ではサッカー部監督を歴任。第63回大会から11年連続出場を果たすなど、指導者としても尽力した。 2004年、高商OBクラブ時代のチームメイトで、高松市議・香川県スポーツ少年団本部長の住谷幸伸と共に、高商OBクラブの後身である「高松FC」の創設に尽力。チームは後に公募により「カマタマーレ讃岐」としてJリーグ入りを目指すことになり、強化本部長として側面から支援を行った。
日下 潤一(くさか じゅんいち、1949年 - )は、日本の… 日下 潤一(くさか じゅんいち、1949年 - )は、日本のブックデザイナー。香川県観音寺市生まれ、大阪育ち。 大阪を拠点にデザイナーとして活動し、あわせて映画自主上演グループ「フィルムジャム」、シルクスクリーン工房「絹屋」を主宰。雑誌「プレイガイドジャーナル」のアートディレクションや「春一番コンサート」のポスターのデザインなどを担当。編集者村上知彦と共同作業をする中で、村上が編集した双葉社の書籍のデザイナーを担当。1984年から東京に拠を移す。 多数の書籍のブックデザインと、雑誌「芸術新潮」「小説現代」のアートディレクション等を担当。1991年から病気治療の平野甲賀に代わって1996年頃まで晶文社の装幀を担当した。
小松 秀樹(こまつ ひでき、1949年(昭和24年) - )… 小松 秀樹(こまつ ひでき、1949年(昭和24年) - )は、日本の医師。元亀田総合病院副院長・泌尿器科顧問。 香川県観音寺市出身。香川県立観音寺第一高等学校、東京大学医学部医学科卒業。 専門分野は、胃がん、膀胱がん、前立腺がん、泌尿器科悪性腫瘍、医療倫理、医療制度。 1974年(昭和49年)東京大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院分院泌尿器科助手、三楽病院泌尿器科医長、青梅市立病院泌尿器科医長、山梨医科大学泌尿器科助教授、虎の門病院泌尿器科部長などを経て、2010年(平成22年)から亀田総合病院副院長。 臨床医の立場から、日本の医療問題に関する積極的な発言を行っている。自身が感じた医療提供者と患者との間にある意識・認識の差異、医療に関する報道と現実との差異などへの問題意識がそれらの発言の端緒であるとしている。
浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月2… 浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月27日 - )は、日本のジャーナリスト。「人権と報道・連絡会」世話人。元同志社大学教授。 香川県高松市生まれ。香川県立高松高等学校を経て、1972年慶應義塾大学経済学部卒業。同大学新聞研究所修了後、共同通信社入社。1984年「犯罪報道の犯罪」を発表。1989年から1992年までジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。他に、編集局社会部記者、外信部デスクなど歴任。1994年3月退社し、同年4月から同志社大学文学部社会学科教授(新聞学専攻)、同大学大学院文学研究科新聞学専攻博士課程教授。2002 - 2003年、英ウエストミンスター大学客員研究員。
安達 哲治(あだち てつじ、1948年6月28日 - )は日… 安達 哲治(あだち てつじ、1948年6月28日 - )は日本を代表するバレエ洋踊家の一人。香川県丸亀市出身。 1979年 専修学校教員認定授与 1991年 文化庁芸術祭賞受賞(個人) 1993年 文化庁在外特別研修員(パリオペラ座、ロイヤルバレエ団) 2000年 文化庁芸術祭優秀賞受賞(NBAバレエ団) 2004年 橘秋子賞特別賞受賞(個人) 2005年 舞踊批評家協会賞受賞(NBAバレエ団) 2006年 ジャクソン国際バレエコンクール審査員 2011年 丸亀市文化観光大使委嘱 2014年 著書「バレエコンクール審査員は何を視るか?」 2020年 丸亀市文化振興賞受賞 1948年、安達家の次男として丸亀市で生まれる。
鎌田 守恭(かまだ もりやす、1948年6月27日 - )は… 鎌田 守恭(かまだ もりやす、1948年6月27日 - )は日本の政治家。自民党所属の香川県議会議員。当選9回。 高松中心市街地を地盤としている数少ない県議会議員の一人。高松中央商店街の再開発を始めとした市街地活性化や観光振興に積極的に取り組んでいる。香川漆器にも造詣が深く漆芸振興策を訴えている。
木村 義雄(きむら よしお、1948年〈昭和23年〉4月17… 木村 義雄(きむら よしお、1948年〈昭和23年〉4月17日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)。 厚生労働副大臣(第1次小泉第1次改造内閣)、厚生政務次官(宮澤改造内閣)、自由民主党財務委員長、同党広報本部長、同党政務調査会副会長、同党副幹事長、同党国会対策委員会副委員長、衆議院災害対策特別委員長、同厚生委員長、同逓信委員長、衆議院議員(7期)、香川県議会議員(1期)などを歴任。 父は衆議院議員を務めた木村武千代。祖父は陸軍中将や衆議院議員を歴任した上原平太郎。叔父はそごう会長を務めた水島廣雄。 香川県大川郡津田町(現さぬき市)生まれ。東京学芸大学附属高等学校、中央大学商学部卒業。
木村 義雄(きむら よしお、1948年4月17日 - )は、… 木村 義雄(きむら よしお、1948年4月17日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(1期)。
脇 明子(わき あきこ、1948年2月6日 - )は、日本の… 脇 明子(わき あきこ、1948年2月6日 - )は、日本の英国ファンタジー研究者・翻訳家。ノートルダム清心女子大学名誉教授。 祖母は北原白秋門下の歌人・脇須美。母の脇和子とは絵本の共著がある。夫は児童文学研究者、翻訳者の歌崎秀史。 香川県出身。香川県立高松高等学校を経て、1971年東京大学教養学科科学史・科学哲学専修卒業、同大学院比較文学比較文化専修に進み、修士論文として泉鏡花論を『幻想の論理』として刊行。 その後はデ・ラ・メア、ル=グウィンなど英語圏のファンタジーに専門を移行し、翻訳を多く刊行している。ノートルダム清心女子大学助教授、教授を歴任。
砂川 敏文(すながわ としふみ、1948年(昭和23年)1月… 砂川 敏文(すながわ としふみ、1948年(昭和23年)1月21日 - )は、日本の政治家・元官僚。元北海道帯広市長(3期)。 香川県大川郡志度町(現・さぬき市)出身。高松高校を経て、1970年帯広畜産大学畜産学部卒業。同年、農林水産省農地局入省。その後、北海道開発局と北海道開発庁を交互に渡り歩き、北海道開発庁大臣秘書官、北海道開発局帯広開発建設部次長、北海道開発庁考査主幹等を歴任し、1997年北海道開発局官房調整官を最後に退官。その後、1998年4月の帯広市長選挙に出馬し当選。以後連続3期当選。 2010年の市長選に出馬せず引退。 「環境に対する配慮と、福祉におけるユニバーサルデザインの推進」を掲げ、市の行財政改革にも着手。
根津 利三郎(ねづ りさぶろう、1948年1月4日 - )は… 根津 利三郎(ねづ りさぶろう、1948年1月4日 - )は、香川県出身の元通産官僚。
松本 一路(まつもと いちろ、1947年10月29日 - )… 松本 一路(まつもと いちろ、1947年10月29日 - )は、NHKの元エグゼクティブアナウンサーで、2007年11月から嘱託職、現在日本体育大学体育学部講師を兼務。 香川県立高松高等学校、早稲田大学教育学部卒業。1971年NHK入局。スポーツアナウンサーとして野球中継を中心に担当した。1992年9月11日に延長15回引き分け・6時間26分の激闘となった阪神タイガース対ヤクルトスワローズの実況を担当した際には、「十五万語喋ったアナウンサー」として翌日の新聞にも掲載された。
高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は… 高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は、香川県高松市出身の作家。本名は若狭雅信。 香川大学学芸学部附属高松中学校、香川県立高松高等学校、京都大学文学部言語学科卒業。京都の出版社に勤務。 1977年、「榧の木祭り」で新潮新人賞を受賞、同作で同年下半期(1978年1月)芥川賞を受賞。当時は山科区で学習塾経営をしていた。 芥川賞受賞後は小説を書く機会は減り、京都に関するエッセイや古代史関連の著作が中心になっている。連歌会の宗匠としても活動する。
横田 忠義(よこた ただよし、1947年9月26日 - 20… 横田 忠義(よこた ただよし、1947年9月26日 - 2023年5月9日)は、日本の元バレーボール選手、元全日本女子監督。 香川県三豊市出身。息子に元堺ブレイザーズ・福岡ウイニングスピリッツの横田一義がいる。
小坂 敏彦(こさか としひこ、1947年9月17日 - )は… 小坂 敏彦(こさか としひこ、1947年9月17日 - )は、香川県出身のプロ野球選手(投手)。
石床 幹雄(いしどこ みきお、1947年9月10日 - 20… 石床 幹雄(いしどこ みきお、1947年9月10日 - 2004年11月23日)は香川県小豆郡福田村(現・小豆島町)出身のプロ野球選手(投手。右投右打)・料理人。
水尾 順一(みずお じゅんいち、1947年8月12日 - )… 水尾 順一(みずお じゅんいち、1947年8月12日 - )は、日本の経営学者。駿河台大学名誉教授。専攻はCSR、経営倫理、コーポレート・ガバナンス、ブランド論など。 香川県善通寺市出身。1970年に神戸商科大学(現・兵庫県立大学)商経学部卒業後、同年4月に資生堂に入社し、同社でコーポレート・デザイン室課長、経営企画部課長、ビューティーサイエンス研究所課長、企業倫理委員会事務局リーダ等を歴任した。 1999年3月に同社を退職し(資生堂社友となる)、駿河台大学経済学部助教授に就任する。2000年に同大学教授に昇格後、2001年から大学院経済学研究科(現・大学院総合政策研究科)教授を務める。2002年~2008年は全学企画広報委員長、2006年~2010年に駿河台大学経済研究所長を兼任した。
植松 おさみ(うえまつ おさみ、本名は読みが同じで植松 修幹… 植松 おさみ(うえまつ おさみ、本名は読みが同じで植松 修幹、1947年〈昭和22年〉7月27日 - )は、香川県内で活動する男性のフリーアナウンサー。元西日本放送(RNC)アナウンサー。 香川県高松市出身。日本大学卒業後、1970年にRNC入社。全国ネット『ズームイン!!朝!』や香川・岡山ローカルの『カラオケ最前線』など昭和後期~平成初期にかけて活躍。特に『ズームイン!!朝!』では「讃岐弁でインタビューするアナウンサー」として知られた。 その後現場一線を退き、アナウンス部長を経て2003年春55歳でRNCを退職、高松市香南町由佐にうどん店「うえ松」をオープンしたが、その後閉店した。RNC退職後も、古巣のRNCをはじめ他系列の主に紀行番組に出演している。
加藤 繁秋(かとう しげあき、1947年〈昭和22年〉6月1… 加藤 繁秋(かとう しげあき、1947年〈昭和22年〉6月11日 - 2022年〈令和4年〉8月17日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)を務めた。 香川県出身。1966年香川県立丸亀高等学校卒業。高松郵便局勤務の後、社青同中央部副委員長、日本社会党香川県政策審議会事務局長を経て、日本社会党県組織部長。1990年の総選挙で旧香川2区から立候補して初当選。1993年の総選挙で落選した。 その後1996年の総選挙、1998年の参院選、2000年の総選挙、2003年の総選挙と続けて社会民主党から立候補したが、全て落選した。 2022年8月17日、膵臓がんのため、死去。75歳没。
岩田 喜美枝(いわた きみえ、1947年4月6日 - )は、… 岩田 喜美枝(いわた きみえ、1947年4月6日 - )は、日本の実業家、元官僚。厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を経て、資生堂代表取締役副社長、公益財団法人21世紀職業財団会長を歴任。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校を経て、東京大学教養学部を卒業後、1971年、労働省に入省。大阪婦人少年室長を経て、1991年労政局勤労者福祉部福祉課長、1992年婦人局婦人政策課長、1994年労働大臣官房国際労働課長、1995年労働大臣官房秘書課長、1998年労働大臣官房総務審議官、2001年厚生労働省雇用均等・児童家庭局長。 2003年、厚生労働省を退官し、2003年株式会社資生堂に入社。同年常勤顧問、2004年同社取締役執行役員CSR部長、2007年取締役執行役員常務を経て、2008年に代表取締役執行役員副社長に就任。
寒川 旭(さんがわ あきら、1947年4月1日 - )は、日… 寒川 旭(さんがわ あきら、1947年4月1日 - )は、日本の地震考古学者。 香川県高松市生まれ。1973年東北大学理学部地質学科卒、1979年同大学院博士課程修了、「西南日本中央部の第四紀における地殻運動と地形発達」で理学博士。通産省工業技術院地質調査所、独立行政法人産業技術総合研究所研究員を経て、客員研究員。地震考古学を提唱。遺跡に刻まれた地震痕跡を用いて地震の歴史を研究してきた。
多田羅 迪夫(たたら みちお、1947年(昭和22年)2月1… 多田羅 迪夫(たたら みちお、1947年(昭和22年)2月1日 - )は、日本の声楽家(バリトン、バスバリトン)・オペラ歌手・公演監督・指揮者・音楽教育者。 香川県坂出市に生まれる。香川県立坂出高等学校卒業。1969年(昭和44年)東京藝術大学音楽学部声楽科卒業、1971年(昭和46年)同大学院修士課程音楽研究科(オペラ専攻)修了。同年、日本人による日本語の創作オペラを掲げた「こんにゃく座」の結成に加わり、1972年(昭和47年)まで所属。しかし「もっと発声の技術を磨きたい」との思いを募らせ、中山悌一の下で「一から勉強し直しました」という。1972年(昭和47年) - 1973年(昭和48年)尚美高等音楽院非常勤講師。
尾木 直樹(おぎ なおき、1947年1月3日 - )は、日本… 尾木 直樹(おぎ なおき、1947年1月3日 - )は、日本の教育評論家、法政大学名誉教授、臨床教育研究所「虹」主宰、一般社団法人包括的性教育研究協議会代表。愛称は「尾木ママ」。 姉と弟を持つ3人姉弟の真ん中として誕生する。滋賀県坂田郡伊吹町(現:米原市)生まれ。高松第一高等学校を経て早稲田大学教育学部卒業後、高校・中学校教諭、東京大学教育学部非常勤講師などを歴任。教員生活22年間を経て1994年に教員を退職。同年、臨床教育研究所「虹」を設立。東日本大震災後の被災地に何度か足を運び、教育や子育て支援活動にも取り組んだ。2011年7月2日、故郷の滋賀県米原市の「まいばらふるさと大使」に任命され、講演先の大津市で委嘱式が行われた。
潮江 宏三(しおえ こうぞう、1947年1月 - )は、日本… 潮江 宏三(しおえ こうぞう、1947年1月 - )は、日本の美術史学者、京都市立芸術大学名誉教授、京都市美術館館長。英国美術を専門とする。 香川県丸亀市生まれ。1969年京都大学文学部哲学科美学美術史専攻卒、1974年同大学院博士課程中退、京都市立芸大助手。講師、助教授、教授。1998年「銅版画師ウイリアム・ブレイク」で大阪大学文学博士。2008年学長。2011年退任。2019年京都市文化功労者。
佐々木 公一(ささき こういち、1947年 - )は、香川県… 佐々木 公一(ささき こういち、1947年 - )は、香川県出身の日本の難病患者。NPO法人「わの会」理事長。 高松第一高等学校、中央大学法学部卒業。株式会社ベースボール・マガジン社を経て、全国建設労働組合総連合(全建総連)・東京土建一般労働組合で専従職員として勤務。 1998年、東京土建を退職。2009年、62歳で東海大学大学院修士課程修了(保健福祉学専攻)。 1996年春頃、右手の握力低下に気づく。6月か7月頃には、右足の動きにも異常を覚える。同年11月、東京都立神経病院で筋萎縮性側索硬化症 (ALS) との告知を受ける。なお同年3月に、阪神・淡路大震災ボランティアに参加している。 1997年(発症二年目)、ALS患者の交流組織「希望の会」、「府中地域福祉を考える・わの会」を結成。
細川 昌俊(ほそかわ まさとし、1947年 - )は、香川県… 細川 昌俊(ほそかわ まさとし、1947年 - )は、香川県出身の実業家、元アマチュア野球選手。 香川県立志度商業高等学校ではエースとして活躍。1964年秋季四国大会県予選では準決勝に進むが、丸亀商に敗退。1965年ドラフト会議でサンケイスワローズに8位指名を受けるが拒否。 東洋大学に進学し外野手に転向。当時の東洋大は東都大学野球リーグ二部に低迷していたが。同期のエース会田照夫の好投もあり1966年秋季リーグで二部優勝。入替戦で芝工大を降し、5年ぶりに1967年春季リーグから一部昇格を果たす。しかし一部優勝には届かず、1968年春季リーグの3位が最高成績であった。1968年秋季リーグでは、専大の芝池博明から神宮球場バックスクリーン越えの本塁打を放ち注目を集める。
山野 明男(やまの あきお、1947年 - )は、日本の地理… 山野 明男(やまの あきお、1947年 - )は、日本の地理学者、博士(岡山大学)。愛知学院大学教授。 香川県丸亀市生まれ。1969年駒澤大学文学部地理学科卒業。1974年駒澤大学大学院人文科学研究科地理学専攻博士課程満期退学。同年、名古屋市立高等学校教諭。1993年愛知学院短期大学助教授を経て1998年同教授に就任。2005年岡山大学大学院文化科学研究科博士課程修了(文学)。同年、愛知学院大学教授。日本うどん学会理事などを歴任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
白川 洋一(しらかわ よういち、1947年(昭和22年) -… 白川 洋一(しらかわ よういち、1947年(昭和22年) - )は、日本の医師。博士(医学)。前総合病院回生病院院長。愛媛大学名誉教授。 香川県出身。香川県立観音寺第一高等学校、東京大学医学部医学科卒業。 専門分野は、致死的疾患の急性期治療、外傷の診断と治療、急性中毒の診断と治療、救急医療システム、災害医療。 1972年(昭和47年)東京大学医学部卒業後、1980年(昭和55年)「胆道閉塞解除後の胆汁分泌機序と胆汁酸排泄の臨床的意義に関する研究」で学位修得(東京大学 医学博士)。 大学病院での1年間の初期研修の後、東京都立墨東病院において3年間外科全般の修練を積む。その後、東京大学第一外科に入局し、玉熊正悦博士(のちに防衛医科大学校教授)に外科侵襲学の指導を受ける。
上原 敦男(うえはら あつお、1947年- )は、日本の新左… 上原 敦男(うえはら あつお、1947年- )は、日本の新左翼活動家、共産主義者同盟赤軍派幹部。 香川県立高松商業高等学校を経て明治大学二部政経学部(夜間学部)卒業。大学在学中に社会主義学生同盟に参加。明治大学現代思想研究会で重信房子や遠山美枝子らと活動した。 東大安田講堂事件では講堂屋上に籠城し、学生らの中で最後に検挙された。 1970年6月30日、よど号ハイジャック事件の事前準備を行った罪状により逮捕された。
山内 俊夫(やまうち としお、1946年(昭和21年)12月… 山内 俊夫(やまうち としお、1946年(昭和21年)12月17日 - )は、日本の実業家、元政治家。香川県丸亀市出身。 参議院議員(2期)、文部科学副大臣(福田康夫改造内閣、麻生内閣)、香川県議会議員(2期)などを務めた。 1965年香川県立丸亀高等学校卒業、1969年早稲田大学教育学部教育学科卒業。セーラー広告勤務を経て、家業の株式会社山内不動産を承継し代表取締役社長。このほか瀬戸大橋タワー副社長等を歴任した。 1972年 丸亀青年会議所入会。その後青年会議所四国地区協議会会長、香川県社会教育委員などを歴任。 1991年 香川県議会議員に初当選、1995年に再選。 1998年 第18回参議院議員通常選挙(香川県選挙区)に自民党公認、公明党推薦で初当選。
入谷 泰生(いりたに やすお、1946年11月26日 - )… 入谷 泰生(いりたに やすお、1946年11月26日 - )は、日本の実業家。香川県坂出市出身。新日本海フェリー代表取締役社長、SHKライングループ代表。 入谷豊州の三男として生まれ、1969年京都大学文学部卒業、同年関光汽船入社。1970年新日本海フェリーに入社し経理職を経て、1976年取締役、1985年専務取締役、1994年代表取締役社長就任。 1989年日本クルーズ客船社長、1997年オーセントホテルズ社長、また阪九フェリー・関釜フェリー・東京九州フェリーの会長を兼務し、日本長距離フェリー協会会長、日本外航客船協会の副会長といった旅客船業界団体の要職も務める。
坂下 昭宣(さかした あきのぶ、1946年11月16日 - … 坂下 昭宣(さかした あきのぶ、1946年11月16日 - )は、日本の経営学者。神戸大学名誉教授、流通科学大学名誉教授。経営学博士(神戸大学・1988年)。専門は経営組織論、組織行動論、社会科学方法論。組織学会会員、日本経営学会顧問。 香川県小豆郡小豆島町生まれ。1965年香川県立小豆島高等学校を卒業。1970年神戸大学経営学部を卒業して日立製作所に入社。のち神戸大学大学院経営学研究科に進学し、学部時代からの師占部都美教授に師事。1975年就職のため神戸大学大学院経営学研究科博士課程を退学し、岡山大学法文学部講師に就任。1979年助教授(1980年の学部再編に伴い、経済学部助教授)を経て、1988年教授に就任。
田尾 雅夫(たお まさお、1946年7月11日 - )は、日… 田尾 雅夫(たお まさお、1946年7月11日 - )は、日本の社会心理学者。専門は、経営管理論・組織心理学・NPO論。学位は、博士(経済学)。京都大学名誉教授。 香川県出身。香川県立観音寺第一高等学校、京都大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程修了。 1993年(平成5年)「行政サービスの組織と管理 -地方自治体における理論と実際-」で学位修得(京都大学 経済学博士)。 行政サービス組織の持つ組織の特性とその独自のメカニズム(モチベーション、組織文化、態度、リーダーシップなど)についての研究において、特に地方自治体での行政サービス組織の組織論の研究で成果を上げた。1990年(平成2年)代表作『行政サービスの組織と管理』では、日経・経済図書文化賞、組織学会高宮賞を受賞。