谷口 智彦(たにぐち ともひこ、1957年 - )は、日本の… 谷口 智彦(たにぐち ともひこ、1957年 - )は、日本の雑誌記者、ジャーナリスト。元内閣官房参与、元慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。日本会議会長。 株式会社日経BP編集委員室主任編集委員、外務省外務副報道官、明治大学国際日本学部客員教授などを歴任した。 1957年、香川県高松市に生まれる。1976年に岡山県立岡山朝日高等学校を卒業。上京し、東京大学に進学した。東京大学では法学部に在籍し、1981年に卒業した。大学卒業後は日本朝鮮研究所にて研究員に就任し、1984年まで務めた。同年、東京精密の従業員となり、翌年まで勤務した。 1985年より2005年にかけて日経BPにて勤務した。
木村 伊量(きむら ただかず、1953年11月16日 - )… 木村 伊量(きむら ただかず、1953年11月16日 - )は、日本の新聞記者、ジャーナリスト。朝日新聞社元代表取締役社長。 香川県高松市出身。 損害保険会社員だった父親の転勤に伴い、新居浜、徳島、大宰府、佐賀、大分で育つ。大分県立大分上野丘高等学校、香川県立高松高等学校を経て、1976年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。学生時代は西洋政治思想史を専攻し、藤原保信ゼミに属した。1911年設立の古い伝統を誇る学術サークル政治経済攻究会でおもに活動。チューターは大学院生の姜尚中(別名・永野鉄男)だった。 同年4月、朝日新聞社に入社。最初の赴任地は岐阜支局だった。平野三郎県知事らが収賄罪に問われた岐阜県政汚職や、9・12豪雨による長良川水害を経験(本人も岐阜市北部で取材中、決壊した支流の濁流に呑み込まれる)。
浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月2… 浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月27日 - )は、日本のジャーナリスト。「人権と報道・連絡会」世話人。元同志社大学教授。 香川県高松市生まれ。香川県立高松高等学校を経て、1972年慶應義塾大学経済学部卒業。同大学新聞研究所修了後、共同通信社入社。1984年「犯罪報道の犯罪」を発表。1989年から1992年までジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。他に、編集局社会部記者、外信部デスクなど歴任。1994年3月退社し、同年4月から同志社大学文学部社会学科教授(新聞学専攻)、同大学大学院文学研究科新聞学専攻博士課程教授。2002 - 2003年、英ウエストミンスター大学客員研究員。
村尾 清一(むらお きよかず、1922年 - )は、日本のジ… 村尾 清一(むらお きよかず、1922年 - )は、日本のジャーナリスト、文筆家。 香川県香川郡直島町生まれ。京都三高から、東京大学法学部政治学科卒業。 二代目・週刊新潮編集長の野平健一は旧三高時代の同級生。仏文学者の河盛好蔵は、京都三高の同じフランス文学のクラスの先輩だった。 終戦3年目の1948年に読売新聞社に入社し、社会部記者となる。 1953年 中東特派員で英国エリザベス女王の戴冠式を取材。1954年3月には第五福竜丸事件のスクープ報道に関わり、放射性降下物について「死の灰」という造語で伝えた。同年1月に、辻本芳雄(社会部次長)のもとで原子物理学に関する解説連載記事「ついに太陽をとらえた」に関わっていたことが早い初動につながったという。
大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年〈明治18年〉… 大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年〈明治18年〉1月17日 - 1923年〈大正12年〉9月16日)は、日本の無政府主義者、思想家、作家、ジャーナリスト、翻訳家、社会運動家。エスペランティスト、自由恋愛主義者でもあった。 愛媛県那珂郡丸亀(現・香川県丸亀市)で生まれた。父親の大杉東(おおすぎ あずま)は愛知県海東郡越治村(現・愛知県津島市)出身の大日本帝国陸軍近衛師団の前身である常時陸軍の軍人で、代々庄屋の家系で親戚にも軍人が多数いる家庭環境だった。その後、東は東京に移って近衛少尉として勤務し、大隊長の仲介によって母・とよ(豊)と結婚した。栄は次男で、はる、きく、伸、まつゑ、勇、進、あき、あやめの兄弟姉妹がいる大家族だった。
聖 真一郎(ひじり しんいちろう)は、日本のプロフェッショナ… 聖 真一郎(ひじり しんいちろう)は、日本のプロフェッショナル翻訳家、通訳者、アマチュア・アスリート、ジャーナリスト、自然科学とりわけ宇宙論、量子論・量子コンピュータ、希少糖などの研究者、一般社団法人科学技術翻訳通訳・科学研究国際機構理事長。 香川県立丸亀高等学校卒業。 2014年、放送大学教養学部入学 2016年9月、一般社団法人科学技術翻訳通訳・科学研究国際機構の理事長に就任。 現在、地球規模で、インターネットとグローバリゼーションが巨大な翻訳マーケットを創出している。このマーケットでは世界に通用する翻訳専門職が求められている。聖真一郎は、このような翻訳専門職として、20世紀末から21世紀にかけて、わずかの間に、ヨーギ・バジャン、バグワン・シュリ・ラジニーシ、サティヤ・サイ・ババ、ジッドゥ・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボームなど、当時、欧米を中心に国際世界を席巻していたニューエイジ・ニューサイエンスの旗手たちの代表作を翻訳出版していった。